ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」   作:笑嘲嗤

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第8話 ドン「命の賭けどころを間違えるな」

「……ちょっと長い話になるな( ˙ω˙ )」

ドンはそう言った。

だが。

野帳を開こうとはしなかった。

ジンはそれを見逃さなかった。

三百年間。

暗黒大陸を歩き続けた男。

ブリオンを蹴り。

パプに食われかけ。

ゾバエ病になり。

ヘルベルにつきまとわれ。

未知の生物を見つければ近づき。

知らない植物を見つければ観察し。

食えるか分からないミミズを見つければ焼いて食う。

その男が。

今。

続きを話すことを躊躇している。

「ドン」

ジンが言った。

「その道は使うなって言ったな」

「うん」

「理由を聞かせろ」

ドンは少し考えた。

ビヨンドも黙って待っている。

やがて。

「先に確認していい?」

「何だ」

ドンはビヨンドを見る。

「君たち、今度はちゃんと正規の手続きで行くんだよな?」

ビヨンドが眉を上げた。

「そのつもりだ」

「門番っていうのも通る?」

「ああ」

「案内人も?」

「ああ」

「許可も取る?」

「当然だ」

ドンは頷いた。

「じゃあ、それで行った方がいい」

「だからなぜだ」

「安全だから」

ビヨンドが笑った。

「暗黒大陸への渡航に安全を求めろと?」

「違うよ」

ドンは即答した。

「暗黒大陸は危ない」

「なら同じだろう」

「違う」

ドンは地図を指差した。

「暗黒大陸で死ぬ危険と」

次に。

昨日の野帳を指差した。

「人間に殺される危険は別だよ」

部屋が静かになった。

◇ ◇ ◇

「……説明しろ」

ビヨンドの声が低くなる。

ドンは野帳を開いた。

昨日。

ジンが読んだページ。

約五十年前。

メビウス湖西方。

サヘルタの軍用規格と思われる装備を身につけた六名。

長期行動用装備。

南西へ移動。

缶詰を一つもらった。

美味しかった。

そこから。

さらにページをめくる。

「この人たちは普通だったよ」

ドンが言った。

「普通?」

「うん」

「軍人だったんだろ?」

「たぶん」

「何をしていた?」

「知らない」

「聞かなかったのか?」

「聞いたぞ」

「答えは?」

「教えてくれなかった」

「それで?」

「じゃあ仕方ないなって」

「諦めが早えよ!!」

「秘密なら聞いても仕方ないだろ」

「お前、未知への好奇心どこ行った!?」

「嫌がってる人に聞くのは違うじゃん( ˙ω˙ )」

「妙なところで常識的だな……!」

ドンはページを指差す。

「三日くらい一緒にいた」

「三日?」

「俺の食料が減ってたから」

「また他人の隊について行ったのか」

「缶詰くれた」

「そこは昨日から一貫してるな」

「美味かったぞ」

「味の話はいい!」

ドンは笑った。

「いい人たちだったよ」

ジンが訊く。

「具体的には?」

「怪我した人を背負ってた」

「…………」

「水はちゃんと分けてた。飯も平等だった。野営地のゴミも片付けてた」

「…………」

「一人が足を怪我した時は、予定を変えて休んでた」

「……ずいぶんまともな部隊だな」

「うん」

「お前には何を?」

「缶詰」

「それは聞いた」

「あと沼から引っ張ってくれた」

「お前、何してたんだよ」

「泥の温度測ってたら沈んだ( ˙ω˙ )」

「観察しながら遭難すんな!!」

「腰くらいまでだったぞ」

「十分だ!」

ビヨンドが腕を組んでいる。

「それで?」

「ん?」

「そんな連中が、なぜ危険なんだ?」

ドンはビヨンドを見る。

「その人たちが危険だとは言ってないよ」

「何?」

「むしろ逆」

ドンは答えた。

「ちゃんとした人たちだったから、気になったんだ」

◇ ◇ ◇

「その後」

ドンは言った。

「似たような人たちを何度か見た」

ジンの目が細くなる。

「サヘルタ?」

「分からない」

「軍人?」

「たぶん」

「どこで?」

ドンは地図に印をつけていく。

一つ。

二つ。

三つ。

どれも。

人類が公式に残している渡航記録とは、綺麗には重ならない。

「これだけか?」

「覚えてる範囲なら」

「野帳には?」

「もっとあると思う」

「あとで全部出せ」

「いいぞ」

ビヨンドが地図を見る。

「こいつらが同じ経路を使ったとは限らんな」

「そうだな」

ジンが答える。

「だが」

一つの地点を指す。

「おかしい」

「ああ」

「門番を通った記録がない」

「ああ」

「案内人の記録もない」

「ああ」

「それでも」

ジンは野帳を見る。

「人間はいた」

「うん」

ドンが頷く。

ビヨンドが口元を上げた。

「面白い」

「またそれか」

「当然だ!」

ビヨンドは地図を叩く。

「正規の経路とは別に、暗黒大陸へ至る道が存在する!」

「可能性は高いな」

「国家がそれを知っているなら、なおさら面白い!」

ジンがビヨンドを見る。

「……待て」

「何だ?」

「国家が知ってる、だけじゃねえかもしれない」

「?」

ジンはしばらく黙った。

そして。

「門番と案内人が知らない可能性がある」

ビヨンドの表情が変わった。

「なぜそう思う?」

「知ってるなら記録が残るはずだ」

「隠している可能性は?」

「ある」

「なら――」

「でも」

ドンが口を挟んだ。

「たぶん知らないと思うぞ」

二人が見る。

「根拠は?」

「一度だけ」

ドンはページをめくった。

「案内人みたいなのに会ったことがある」

「みたいなの?」

「今の案内人と同じか分からないから」

「何を話した?」

「人間を見なかったかって聞かれた」

「いつだ?」

「百年くらい前かな」

「それで?」

「見たって答えた」

「どこで?」

「今の地図だと……」

ドンが場所を示す。

ジンが黙った。

ビヨンドも。

正規経路から大きく外れている。

「案内人の反応は?」

「驚いてた」

「…………」

「何人か聞かれたから答えた」

「それだけ?」

「うん」

「所属は?」

「分からないって言った」

「その後は?」

「別れた」

ジンは地図を見つめる。

「……知らなかった」

「たぶんな」

ドンが言った。

「だから」

少し考える。

「門番と案内人とやらは、大国がハンターたちを管理する仕組みに利用してるんじゃない?」

「…………」

「でも、大国自身が使う道まで全部知ってるとは限らない」

ジンは何も言わなかった。

「表から行く人には首輪をつける」

ドンは自分の首を指差した。

「勝手なことしないように」

「…………」

「でも首輪をつける側まで、同じ道を通る必要はないだろ?」

ジンが小さく息を吐いた。

「……あり得る」

ビヨンドは笑っていた。

「ますます面白い」

「だから」

ドンが言った。

「使うなって言ってるんだよ」

◇ ◇ ◇

「分からんな」

ビヨンドが言った。

「国家が使える道なら、それだけ価値がある」

「うん」

「正規ルートより安全かもしれん」

「そうかもな」

「補給拠点がある可能性もある」

「あるかも」

「なら探す価値が――」

「あるよ」

ドンは認めた。

「ある」

「なら!」

「でも君たちは使わない方がいい」

「なぜだ!」

ドンは。

しばらくビヨンドを見ていた。

そして訊いた。

「今度の探検隊って、世界中に知られてるんだよな?」

「当然だ」

「君が暗黒大陸へ行くことも?」

「ああ」

「誰と行くかも?」

「完全ではないが、隠してはいない」

「船も?」

「ああ」

「出発も?」

「ああ」

「到着したら記録も残る?」

ジンが先に気づいた。

「……そういうことか」

ビヨンドが見る。

「何だ?」

ジンは答えない。

ドンが言った。

「それ、捨てるのもったいないぞ」

「何をだ?」

「君たちがそこにいるって、みんなが知ってること」

沈黙。

「正規の探検隊なら」

ドンは続ける。

「君たちが出発した記録がある」

「…………」

「どこへ行くか知ってる人がいる」

「…………」

「帰ってこなかったら、誰かが気にする」

「…………」

「何かあったら調べる人もいる」

ビヨンドの目から笑みが消えていく。

「でも」

ドンは。

地図の西側を指差した。

「誰も知らない道から入ったら?」

「…………」

「どこにいる?」

「…………」

「誰といる?」

「…………」

「いつ入った?」

「…………」

「そもそも」

ドンは言った。

「入ったことを誰が知ってる?」

静かだった。

「……国家が」

ビヨンドが言う。

「俺たちを消すとでも?」

「知らない」

ドンは即答した。

「そこは知らない」

「なら――」

「でも」

ドンの声は変わらない。

「消そうと思った時、どっちが消しやすい?」

誰も答えなかった。

「世界中が知ってる探検隊と」

「…………」

「誰にも知られてない場所を歩いてる人間」

ジンが目を閉じた。

「……後者だ」

「うん」

「正規の探検隊を攻撃すれば、記録が残る」

「うん」

「消えれば問題になる」

「うん」

「裏から入った人間なら」

ジンは続けなかった。

ドンが代わりに言った。

「最初からいなかったことにできる」

◇ ◇ ◇

ビヨンドはしばらく黙っていた。

そして。

「お前は?」

「ん?」

「お前自身は三百年間、正規の探検隊ではなかった」

「制度なかったからな」

「国家の人間に見つかったことは?」

「あるぞ」

「どうした?」

「逃げた」

即答だった。

「戦わなかったのか?」

「なんで?」

「捕まえようとされたんだろう?」

「一回は」

「なら」

「逃げた方が早いじゃん」

「倒せた可能性は?」

「知らない」

「お前なら――」

「ビヨンド」

ドンが遮った。

初めて。

名前を呼び捨てにした。

「人間と戦う時に」

ドンは言った。

「相手が目の前にいる奴だけだと思わない方がいいぞ」

「…………」

「兵士を倒して終わるなら簡単だ」

「…………」

「でも、その人たちには帰る場所がある」

「…………」

「上司がいる」

「…………」

「命令した人がいる」

「…………」

「予算を出した人がいる」

ジンがドンを見る。

「次の人たちも来る」

「…………」

「百人を倒したら?」

ドンが訊いた。

ビヨンドは答えない。

「千人来るかもしれない」

「…………」

「千人倒したら?」

「もっと来ると?」

「来ないかもしれない」

「なら」

「もっと遠くから何かするかもしれない」

沈黙。

ドンは。

その先を言わなかった。

ジンには。

なぜか。

その沈黙の方が気になった。

◇ ◇ ◇

「俺は」

ビヨンドが言った。

「危険を承知で暗黒大陸へ行く」

「知ってる」

「命を惜しんでいるわけではない」

「それも分かる」

「なら止めるな」

「止めてないよ」

「裏道を使うなと言った」

「うん」

「同じだろう!」

「違う」

ドンは首を振った。

「暗黒大陸で」

「…………」

「誰も見たことのない生き物を見るために命を賭ける」

「…………」

「誰も歩いたことのない場所へ行くために命を賭ける」

「…………」

「知らないものを知るために命を賭ける」

ドンは笑った。

「俺は好きだよ。そういうの」

ビヨンドも。

ほんの少し笑った。

「だろうな」

「でも」

笑みが消えた。

「誰かが昔作った秘密の道を探して」

「…………」

「そこで国家の秘密を見つけて」

「…………」

「見つけたから消される」

ドンは言った。

「それ」

一拍。

「君が賭けたかった命なの?」

ビヨンドは答えなかった。

「危険を恐れるなとは言わない」

「…………」

「死ぬなとも言わない」

「…………」

「俺だって何回も死にかけた」

「知っている」

「でも」

ドンは。

静かに言った。

「命の賭けどころを間違えるな」

◇ ◇ ◇

長い沈黙だった。

やがて。

ビヨンドが息を吐いた。

「……分かった」

ジンが驚いた。

「ずいぶん素直だな」

「勘違いするな」

ビヨンドは腕を組む。

「裏道を諦めたわけではない」

「おい」

「ただ」

ドンを見る。

「俺が求めているものではない」

「うん」

「俺は国家の秘密を暴きたいわけではない」

「ああ」

「誰かが使った道を歩きたいわけでもない」

「ああ」

ビヨンドの顔に。

再び。

あの笑みが戻る。

「俺が欲しいのは、本当に誰も見たことのない場所だ」

ドンも笑った。

「やっぱりそっちか( ˙ω˙ )」

「当然だ!」

「なら、もっと遠く行けばいいじゃん」

「それができれば苦労せん!」

「できるぞ?」

「…………」

「…………」

ジンとビヨンドが同時にドンを見る。

「何?」

ジンが嫌な予感しかしない顔で訊いた。

「今」

「うん」

「何て言った?」

「もっと遠く行けばいいって」

「どこへ?」

ドンは地図を見る。

メビウス湖。

その周辺。

人類が暗黒大陸と呼ぶ土地。

「この辺、人間が結構来てるから」

「それは今聞いた」

「もっと西」

「どのくらい?」

「かなり」

「何がある?」

「世界樹」

ジンの眉が動く。

「世界樹?」

「でかいやつ」

「やっぱりこっちの世界樹とは違うのか?」

「あれ若木だろ?暗黒大陸の方はデカいだけじゃないんだ」

「その話もあとで聞く!!」

ドンは地図の外側を指でなぞった。

「そこの世界樹から見えるんだ」

「何が?」

「湖」

「メビウス湖が?」

「それも見える」

「それも?」

ジンが止まる。

ビヨンドも。

ドンは。

当たり前のように言った。

「隣にも湖あるぞ( ˙ω˙ )」

「…………」

「…………」

「…………」

ジンが立ち上がった。

「隣の湖!?!?」

ビヨンドの目が輝いた。

「どれほどの大きさだ!?」

「メビウス湖と同じくらいかな」

「同じくらい!?」

「ちゃんと測ってないぞ」

「そこに人間は!?」

「分からない」

「行ったのか!?」

「行ってない」

ビヨンドが。

完全に停止した。

「…………」

ドンは首を傾げる。

「だから言ったじゃん」

「何を」

「俺が行ってない場所、いっぱいあるって」

ビヨンドが地図へ飛びついた。

「どこだ!!」

「この地図には載ってないよ」

「描け!!」

「だいたいなら」

「今すぐ描け!!」

ジンが頭を抱える。

「待て待て待て!! サヘルタの話がまだ終わってねえ!!」

「ジン!」

「なんだよ!」

「湖だぞ!!」

「俺だって気になってるよ!!」

ドンが鉛筆を取った。

「あとな」

二人が止まる。

「まだあんのかよ……」

ジンの声が震えた。

「その湖からかな。正確には分からないけど」

ドンは紙に。

一本の長い線を描いた。

「でかい川がある」

「川?」

「うん」

「どこまで続いてる?」

「分からない」

「見えなかったのか?」

「世界樹の上から見た」

「なら相当遠くまで――」

「水平線の向こうまで続いてた」

ジンが黙った。

ビヨンドも。

「……水平線?」

「ああ」

ドンは鉛筆を置いた。

「水だった」

「…………」

「陸が見えなかった」

「…………」

「一瞬だけ」

ドンは目を細めた。

三百年前から変わらない。

未知を語る時の。

あの顔だった。

「ずっと向こうで、何か光ったんだ」

「何が?」

「知らない」

「海なのか?」

ドンは首を振った。

「分からない」

「…………」

「ものすごく大きい湖かもしれない」

「…………」

「でも」

ドンは笑った。

「もしかしたら、本物の海かもしれない( ˙ω˙ )」

ビヨンドが。

笑った。

ジンも。

とうとう。

笑った。

「……クソ」

「何だジン?」

「世界が広くなりやがった」

ドンは不思議そうに二人を見る。

「最初から広いぞ?」

「お前が言うな!!」

ビヨンドが地図を丸める。

「決めた!」

「何を?」

「そこだ!」

「どこ?」

「湖の向こう!」

「場所分かってないだろ」

「なら探す!」

「いいなぁ( ˙ω˙ )」

「お前も来い!」

「考えとく」

「ジン!」

「俺を巻き込むな!」

「お前も来るだろう!」

「…………」

「来ないのか?」

「…………」

ジンは。

ドンが描いた一本の線を見る。

メビウス湖の外。

さらに別の湖。

その先。

水平線まで続く水。

「……行く」

「だろう!」

「ただし!」

ジンはドンを指差した。

「その前にサヘルタの記録を全部洗う!」

「いいぞ」

次にビヨンド。

「お前は正規の手続きを最後までやれ!」

「分かっている!」

ドンもビヨンドを指差した。

「あとゴミ」

「何?」

「持って帰れよ」

「…………」

「現地に捨てるなよ」

「分かっている!」

「植物も勝手に抜くな」

「分かった!」

「動物に餌やるな」

「分かったと言っている!」

「落ちてる変な枝も持って帰るなよ」

「なぜ枝まで!?」

「君、修学旅行で木刀買うタイプだろ( ˙ω˙ )」

「なぜ分かる!?」

「俺も買った」

「お前もかよ!!」

ジンが叫んだ。

ドンは満足そうに頷いた。

「よし」

「何がだ!」

「暗黒大陸二年生くらいにはなれそうだな」

ビヨンドの顔が引きつる。

「俺はすでに暗黒大陸へ行っている!」

「でも知らない湖は初めてだろ?」

「…………」

「未知の土地では全員一年生だぞ( ˙ω˙ )」

ジンが吹き出した。

「ハハハハハハ!」

「笑うなジン!!」

ドンがジンを見る。

「ジンも一年生だぞ」

「俺も!?」

「当たり前じゃん」

「…………」

「俺も」

「お前もかよ!」

「行ったことないからな( ˙ω˙ )」

三人は。

地図を見る。

そこにはまだ。

何も描かれていなかった。

だからこそ。

三人とも。

しばらく目を離せなかった。

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