ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」   作:笑嘲嗤

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第9話 ドン「闇のソナタ聞きたいんだけど、サブスクにはいればいいの?」ジン「絶対に聞くなよ?!」

ジンは野帳を読んでいた。

 机の上には、すでに十冊以上が積み上がっている。

 三百年間。

 メビウス湖沿岸。

 暗黒大陸東西。

 動植物。

 気象。

 遺跡。

 人間との遭遇記録。

 どうでもいい食事の感想。

 腹を壊した記録。

 たまに挟まる落書き。

 情報量が多すぎる。

「……これ、一人で読む量じゃねえな」

「俺は一人で書いたぞ( ˙ω˙ )」

「三百年かけてな」

「うん」

「だったら読む方にも三百年寄越せ」

 返事がない。

 ジンが顔を上げる。

 ドンはスマートフォンを弄っていた。

「おい」

「ん?」

「手伝え」

「今忙しい」

「何してる」

「音楽探してる( ˙ω˙ )」

「俺がお前の三百年分の記録と格闘してる横で?」

「最近の音楽ってすごいな。これ一個で聴けるんだな」

「後にしろ」

「でも俺、サブスク入ってないんだけど」

「知らねえよ」

「無料じゃないの?」

「曲による」

「広告見たら聴ける?」

「サービスによる」

「難しいな……」

「暗黒大陸より簡単だ!!」

 ドンはスマートフォンへ視線を戻した。

 しばらく操作する。

「ないな」

「何が」

「聴きたい曲」

「三百年前の曲なら残ってねえんじゃねえか?」

「楽譜は残ってると思うぞ」

「曲名は?」

 ドンはスマートフォンを見ながら答えた。

「闇のソナタ」

 ジンの指が止まった。

「…………」

「検索しても演奏が出てこないんだよ」

「…………」

「サブスク限定?」

「待て」

「ん?」

「今なんつった?」

「サブスク限定?」

「その前だ!!」

 ドンが首を傾げる。

「闇のソナタ?」

「なんでお前がそれを知ってる」

「知ってるよ」

「どこで知った」

「昔」

「どこで聴いた」

「聴いたこともあるぞ」

 ジンがゆっくり野帳を閉じた。

「……お前」

「うん?」

「今すぐスマホ置け」

「なんで?」

「いいから置け」

 ドンは素直に置いた。

「楽譜は?」

「覚えてる」

「どこまで」

「全部」

「…………全部?」

「うん」

「一曲?」

「全部だぞ( ˙ω˙ )」

 ジンは数秒黙った。

「なんで?」

「俺が書いたから」

「…………」

「…………」

「お前が作曲者なのか!?」

「違うよ」

「じゃあどういう意味だ!!」

「口述筆記」

 ジンの表情が消えた。

「作った人が言うから、俺が書いた」

「待て待て待て」

「待ってるぞ」

「紙」

「ん?」

「書け」

「何を?」

「覚えてるんだろ」

「うん」

「闇のソナタだ」

 ドンは少し考えた。

「長いぞ?」

「いいから書け!!」

     ◇

 ドンが五線紙へ音符を書いていく。

 ジンは黙って見ていた。

 十小節。

 二十小節。

 迷わない。

 時々手を止める。

 だが思い出せないのではない。

 次の瞬間にはまた書き始める。

「……ここ」

「ん?」

「なんで休符が入る」

「そういう曲だから」

「本当に?」

「そこはよく覚えてる。俺、一回間違えたんだよ」

「何?」

「長く書いたら怒られた」

「誰に」

「作った人」

 ドンは笑った。

「『そこじゃない』って( ˙ω˙ )」

 ジンは端末を開いた。

「何してる?」

「裏取り」

「俺、嘘ついてないぞ」

「お前が嘘つきかどうかは関係ねえ」

 ハンター専用サイトへ接続する。

 通常の検索では、大した情報は出てこない。

 伝承。

 被害記録。

 魔王が作曲したとされる禁断の楽曲。

 ピアノ。

 ヴァイオリン。

 ハープ。

 フルート。

 演奏した者、そして聴いた者に災いをもたらすとされる曲。

「魔王?」

 後ろからドンが覗き込んだ。

「誰これ( ˙ω˙ )」

「お前の知ってる作曲者じゃねえのか?」

「人間だぞ」

「…………」

「魔王じゃない」

「書け。とにかく続けろ」

 ジンはさらに深い記録へ潜る。

 過去の被害調査。

 回収された楽譜の断片。

 完全な楽譜ではない。

 それでも照合には使える。

 ドンが書いた五線紙。

 画面。

 また紙。

「…………」

「どうした?」

「続けろ」

「うん」

 別の断片。

 一致。

 さらに別の部分。

 一致。

 三つ目。

 また一致。

「おい、ドン」

「ん?」

「ここ」

 ジンが指差す。

「この休符」

「ああ」

「協会側に残ってる断片にもある」

「だから言ったじゃん」

「こっちの情報は一般公開されてねえ」

「へえ」

「『へえ』じゃねえよ」

 ジンは椅子へ深く座った。

 目の前の紙を見る。

「……本物だ」

「そうだぞ」

「少なくとも、お前は現在《闇のソナタ》と呼ばれてる曲の、既知の資料じゃ説明できねえ情報を持ってる」

「俺が書いたからな」

「だから」

 ジンが顔を上げた。

「なんでお前が書いた?」

「頼まれたから」

「誰に」

「作った人」

「なんで自分で書かなかった」

 ドンの鉛筆が止まった。

「書けなかったんだよ」

「なぜ」

「もう手が動かなかった」

「…………」

「だから俺が書いた」

 ジンの目が細くなる。

「どこで?」

「病院」

「お前も?」

「うん」

「何の病気だ」

「病気じゃない」

「怪我?」

「それもあったけど」

 ドンは少し考えた。

「毒、だったんだろうな。今ならそう思う」

「何の毒だ」

 返事がない。

「ドン」

「当時は名前がなかったんだよ」

「何に?」

 ドンは窓の外を見た。

 三百年以上前。

 まだハンターでもなかった。

 暗黒大陸を知らなかった。

 ただ銃を持たされて戦場にいた、一兵卒だった頃。

「あの日さ」

 ドンが言った。

「空に、すごく大きな黒いものが咲いたんだ」

 ジンの表情が変わる。

「……おい」

「みんな薔薇みたいだって言ってた」

「待て」

「綺麗だったぞ」

 ドンは笑わなかった。

「すごく、嫌な綺麗さだった」

「ドン」

「それで俺、あの人を見つけたんだ」

 ジンは何も言わない。

 ドンは三百年以上前を思い出すように、目を細めた。

「あれがたぶん――」

 ほんの少し間を置いた。

「世界で初めて、薔薇が咲いた日だったんだよ( ˙ω˙ )」

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