先頭の白い子 作:Lagavulin
宝塚記念のファン投票で、シロハナビが1位になった。
ハナビは松浦の机で、その発表を見た。表の一番上に自分の名前があり、その下にオグリキャップがいた。さらに下へ目を移すと、タマモクロスをはじめ、G1を勝ってきたウマ娘の名前が続いていた。
ページを上へ戻した。
宝塚記念のファン投票最終結果、と書かれている。
「1位ですね」
「うん」
「オグリさんより、多いです」
「そうだね」
「みんな何考えてるんですか?」
松浦も、さっきから同じ画面を見ていた。
中間発表の時にも、上の方に名前はあった。それでも、最後に一番上へ残るところまでは、ハナビも考えていなかった。
「こんなに、入れてもらったんですか」
票数へ指を置く。
数字が大きくて、レース場で振られていた旗や、机へ届いた手紙と、すぐには結びつかなかった。
「1回、投票してくれたみんなに並んでもらったら、規模感が分かりますかね」
「どこで?」
ハナビは考えた。コースの脇でも、食堂でも、こんな人数が並ぶところは想像できなかった。
「広いところです」
「かなり広いところになるな」
松浦の机に置いたスマートフォンが鳴った。
ハナビの方にも、母親から連絡が来た。お祝いの言葉のあとに、店の人がもう張り紙を作っているとあった。
「まだ、勝ってないです」
ハナビが言うと、松浦は画面を指さした。
「こっちは1位だから」
ハナビはもう一度、自分の名前を見た。
うれしくないわけではない。何度確かめても、一番上にあることに慣れなかった。
*
昼食へ行くと、ターボが先に見つけた。
ハナビが自分の丼を受け取るより早く、遠くの席から名前を呼ぶ。
「ハナビ、1番!」
「聞こえてます」
トレーを持って席まで行くと、ターボはすぐ横の椅子を引いた。向かいにはネイチャもいた。
「おめでと。いよいよ一番上かあ」
「ありがとうございます。びっくりしました」
「そりゃするよね」
ネイチャが笑った。
ターボは、ハナビの投票結果が出ているスマートフォンを見せてきた。名前のところを指で広げたので、票数も周りの名前も画面の外へ消えた。
「ターボも入れた!」
「ありがとうございます」
「また先頭のハナビが見たいから!」
ハナビは座り、丼を置いた。
「一緒に走る時は、ターボさんが先頭に行きたいんですよね」
「うん!」
「両方は無理じゃないですか」
ターボが少し止まった。
ネイチャが口元へ手を当てた。
「見る時と、走る時は違うってことじゃない?」
「そう!」
ターボは大きくうなずいた。ハナビも、そういうことならと礼を言い直した。
あとからオグリとタマモが来た。
オグリは投票のことを聞き、おめでとうと言ってくれた。ハナビが頭を下げると、タマモが席の間からこちらを見た。
「よう集めたなあ」
「何をしたかは、よく分からないです」
「別に、昨日今日のことやないやろ」
タマモはそう言い、オグリの隣へ座った。
「最初は白くてちっさい子がよう飛ばすな思って見て、次は勝ちそうやから見て、今度はどうなるか気になって。そら増えるわ」
「タマ、詳しいな」
「あんたが食堂で話してたんやろ。小さいのに、よう食う子がおるって」
オグリは、そうだったとうなずいた。
ハナビは、初めてタマモと会った日を思い出した。あの日はまだ、オグリの食べる量と比べるのはおかしいと話していた。
「でも、投票で上でも、宝塚は譲らへんで」
タマモが箸を取った。
「去年はオグリ。今年はウチがええ」
「私も、もう一度勝ちたい」
オグリが答えた。
ハナビは2人を見てから、自分も勝ちたいと言った。ターボが、じゃあ前へ行けと身を乗り出したので、ネイチャがトレーへ肘を入れないようにと止めた。
*
紹介番組の取材は、ファン投票1位という結果も含めたものになった。
ハナビは練習を終え、松浦と一緒に担当者を迎えた。カメラを合わせるために2人で並ぶと、スタッフが三脚を下げたあと、少し後ろへ引いた。
「もう少し近づいてもらえますか」
ハナビが松浦の隣へ寄った。
2人の肩の高さがずいぶん違う。最初に構えていたマイクが頭の上へ来たので、担当者がハナビの口元まで下げてくれた。
「これで大丈夫です」
ハナビはうなずいた。
投票のお礼を言い、宝塚へ向けた練習について話す。去年と同じところが苦しくならないようにしていると答えると、担当者は具体的にどこかを聞いてきた。
松浦と一緒に説明したあとで、人気についての質問になった。
「これだけ多くの支持を集めた理由は、何だと思いますか」
ハナビは、少し考えた。
「前を走るところが好きだと、言ってもらえます。地元の方も、ずっと応援してくれていて」
食事を見た人からも手紙が来た。復帰を待っていた人もいた。どれも本当なので、言い始めると続きが出てきた。
「あと、ぬいぐるみから知った方もいるそうです」
「ご自身では、どれが一番だと?」
ハナビは松浦を見た。
松浦も、すぐには答えなかった。
「聞いた人によって、違うんです」
ハナビが答えると、担当者は資料を確かめた。
「今回、こちらで伺った方もそうでした」
休憩の間に、街で撮った映像を少し見せてもらった。
最初に映った女性は、ハナビの白い髪とすみれ色の服が好きだと言った。ぬいぐるみにも裾の花火が付いていてうれしかった、と笑う。隣にいた友人が、自分は大逃げでゴールへ向かうところが好きだと続ける。
『最後、毎回声が出ちゃうんですよ』
別の男性は、七夕賞の逃げ切りを挙げた。
その次の人は、中央へ移る前から追っていたと話す。最初に見たのは、地方で4着に負けたレースだったという。
「4着の時も、いたんですね」
ハナビが言うと、松浦はうなずいた。
あのレースは、早く追ってこられて苦しくなった。今でも、三木と映像を見たことを覚えている。
次の映像では、親子が、特盛りのご飯について話していた。
子どもの方は、ハナビが走るウマ娘だと知ったのはあとだったらしい。母親に、最初は食事の番組しか見ていなかったでしょうと言われ、笑っていた。
担当者が再生を止めた。
ハナビは隣を見た。松浦はメモにいくつか言葉を書いていたが、途中からペンが止まっていた。
「数えてたんですか」
「俺にも聞かれるだろうから、少し整理できればと思って」
メモを見せてもらうと、見た目、先頭、地元、食事、と続いていた。復帰という文字の脇には、地方の4着という書き足しもある。
「私が負けたのも、入ってます」
「そこから見始めたなら、入るだろう」
「勝ったのもありますよね」
「あるよ」
松浦は七夕賞の文字を指した。それからペンを置いた。
「1つにするのは、無理そうだな」
ハナビは映像を止めた画面へ目を戻した。
食事の話をしていた子どもが、ハナビのぬいぐるみを両手で持っていた。
撮影が再開し、最後に宝塚記念への意気込みを聞かれた。
ハナビはマイクへ向き直った。
「投票してくださった方、ありがとうございます。レースでも、1着がいいです」
そこは、迷わず答えられた。
*
宝塚記念を特集した雑誌が届いた。
表紙にはハナビもいて、中の見開きにはファン投票の結果が載っていた。さらにめくると、レースの勝利予想が並んでいる。
オグリキャップを選ぶ人が多かった。
大阪杯を勝ったタマモクロスを推す人もいる。ハナビが勝つという印もあったが、投票結果と同じ順番ではなかった。
「こっちは、分かります」
ハナビは誌面を松浦へ向けた。
「どちらも、強いので」
「そうだね。今日の練習も見たけど、オグリはよく動いてた」
ハナビは雑誌を閉じた。
応援してくれた人も、この予想を読むのだろう。それでも見に来てくれる人がいる。勝ちそうだから選んだ人も、好きだから選んだ人も、同じ客席にいる。
「今年も、後ろから来ますね」
「来ると思う」
松浦が練習の記録を出した。
ハナビはそちらへ椅子を寄せ、最後の区間の数字を見た。
その日の練習を終えると、三木から、休みが取れたと連絡が来ていた。
ハナビはすぐに返信した。松浦へも伝えると、駅からの道順を送っておくと言った。
「先生、迷わないですかね」
「去年も別のレースで来たことはあるって」
ハナビはうなずき、出走者用の通路から客席を見るならどの辺りが近いか、会場の案内図を開いて確かめた。