先頭の白い子 作:Lagavulin
七夕賞のあと、地元から学園へ米が届いた。
差出人は、応援バスに乗っていた米農家の人だった。母親の知り合いらしい。ハナビが礼の電話をかけると、向こうからは、よく食べて秋も走ってほしいと言われた。
米は寮の食堂へ預けた。
夕食で出してもらった日、ハナビが少し落ち着かない気持ちで食べていると、隣のオグリが、これはどこの米かと尋ねた。
「地元の人が送ってくれたんです」
「そうか。おいしいな」
そこへ、トレーを持ったタマモクロスが来た。オグリが空いた席を示す。
「タマ、こちらがハナビだ」
「ああ、あんたか。オグリから聞いとるで。ちっこいのに、よう食べる子がおるて」
ハナビは箸を置き、挨拶した。タマモが席に着くと、ほとんど顔を上げずに話せた。オグリと話す時とは、目の高さが違った。
「ほんまに小柄やな。ウチとあんまり変わらへん。身長、いくつなん?」
「138cmです」
「ウチより2cm低いんか。それで、ご飯はそんだけ食うんやなあ」
「オグリさんよりは少ないです」
「比べる相手、そいつでええんか?」
タマモがオグリを見ると、ちょうど丼が空になったところだった。
「タマもおかわりするか?」
「まだひと口も食べてへんわ!」
オグリがタマモのトレーを見てうなずいた。ハナビは笑いながら、自分の丼を持って立った。
オグリと一緒におかわりの列へ並んだ。そのことを後日、地元の取材担当者へ話すと、食事の様子も撮れないかと聞かれた。
前の番組の続きとして、重賞を勝った今の暮らしを紹介したいのだという。
「食べてるところでいいんですか?」
「はい。普段に近い様子を撮れれば。ご一緒しているオグリキャップさんにも、お願いできるか確認してみます」
ハナビは松浦に相談した。夏の間はレースを入れず、秋へ向けて少しずつ練習を戻す予定だった。撮影するなら、休みの日の昼がよかった。
場所を探している時、食堂でネイチャが声をかけてきた。
「ご飯食べながら取材? なら、学園の近くにいいお店あるよ。奥にまとまって座れるし、撮影の相談も聞いてくれると思う」
「ネイチャさん、よく行くんですか」
「時々ね。定食のおかずがちゃんとおいしいの。ご飯のおかわりもできるし」
オグリが顔を上げた。
「それはいいな」
隣で同じようにうなずいたハナビを見て、ネイチャは少し黙った。
「……一応、お店には先に伝えとくね」
*
取材当日、ハナビが定食屋に入ると、奥の席でカメラの準備が始まっていた。
ネイチャは店主に挨拶してから、ハナビの向かいへ座った。店を紹介した縁で、昼食に付き合ってくれることになっている。
オグリも到着すると、店主が炊飯器のある方から顔を出した。
「送ってもらったお米、炊けてるよ。おかわりの分もあるからね」
地元の米を紹介したいという話になり、取材用にも送ってもらっていた。
ハナビは礼を言い、席に着いた。目の前に置かれた献立には、焼き魚、鶏のから揚げ、生姜焼きなどが並んでいる。
「好きなものを選んでください。食事はこちらで用意しますので」
担当者に言われ、ハナビは一度、献立から目を上げた。
「結構、食べますけど」
「伺っています。今日は気にせず、普段どおりに」
ハナビは安心して、から揚げ定食を頼んだ。オグリは生姜焼き定食、ネイチャは焼き魚の定食にした。
店の人がご飯の量を尋ねると、ハナビとオグリは特盛りと答えた。
「アタシは普通で」
ネイチャが付け加える。注文を書いた紙には、3人分なのにずいぶん差があった。
料理が来る前に、重賞を勝った感想を聞かれた。
ハナビは、客席に地元の人が見えたこと、最後は抜かれたかどうか分からなかったことを話した。カップは松浦の部屋に飾ってあり、練習の相談に行くと見える場所にある。
「ナイスネイチャさんも、同じレースでしたね」
「ええ。3着でした」
ネイチャは自分で答え、ハナビへ顔を向けた。
「あとで映像見たら、思ってたより遠くにいて。あれを追いかけた方の気持ちも、たまには聞いてほしいですけどねえ」
「次は離さないって言われました」
「言いましたとも」
担当者が笑っているところへ、料理が運ばれてきた。
ハナビの前に、大きな丼とから揚げの皿が置かれる。ご飯から湯気が上がり、から揚げの脇には刻んだキャベツが盛られていた。
「では、どうぞ」
3人で手を合わせた。
ハナビはご飯をひと口食べ、次にから揚げを取った。熱かったので少しずつ噛む。衣の下に肉汁が残っていて、ご飯をもうひと口食べたくなった。
「寮で食べた時と、どうですか?」
聞かれた時には、すでに次のから揚げを取っていた。ハナビは箸を止め、口の中を空にしてから答えた。
「おいしいです。から揚げにも合います」
もう少し何か言った方がよかっただろうか。担当者を見たが、続きを求められなかったので、そのまま食べた。
隣ではオグリも、ご飯と生姜焼きを交互に食べていた。
「米が甘いな。肉のたれがかかっていても、よく分かる」
そう言って、またひと口食べる。ハナビは自分のご飯も確かめ、うなずいた。
「家でも、これを食べてました」
「そうか。いいな」
オグリが顔を上げる前に、ご飯の丼が空になった。ハナビの分も、間もなく空になった。
「おかわり、お願いします」
2人の声が重なった。店主が笑い、空の丼を受け取る。
ネイチャの皿では、焼き魚がまだ半分ほど残っていた。
*
食べながらの取材は、初めて会った日の話になった。
ハナビが食堂で席を探していたこと、オグリにおかわりの列を教えてもらったことを話すと、オグリは覚えているとうなずいた。
「トレーがいっぱいだったからな。汁物が載っていなかった」
「お味噌汁も、あとから取りに行ったんです」
「2人とも、よく覚えてるね」
ネイチャに言われ、ハナビは少し笑った。
「最初、すごく緊張してたので」
「今は?」
「お昼に会えたら、一緒に食べてます」
カメラの横にいる担当者がうなずいた。地元を離れて困ったことを聞かれ、ハナビは洗濯機の使い方に最初は迷ったと答えた。
話しているあいだも、箸は止まらなかった。ご飯のおかわりが来るたび、湯気で少し見えにくくなる。ハナビは丼を持ち直し、カメラから顔が見えるかを確かめた。
から揚げがなくなると、店主がおかずの追加もできると教えてくれた。ハナビは担当者を見た。
「食べても大丈夫ですか」
「もちろんです」
それならと、生姜焼きをもう1皿頼んだ。オグリはから揚げを追加した。
ネイチャは最後の魚の身を取り、ご飯を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
手を合わせてから、ネイチャは湯飲みを両手で包んだ。ハナビとオグリの前には、追加のおかずが届く。
担当者が腕時計を見た。ハナビも壁の時計を確かめたが、まだ次の質問が来たので、答えながら食べ続けた。
「秋の目標は、もう決まっていますか?」
「次はオールカマーを考えてます。そのあと、出られたら天皇賞に」
「あ、やっぱり同じだ」
ネイチャが湯飲みを置いた。
「アタシもオールカマーのつもり。じゃ、秋にまた走れるね」
「はい」
ハナビは箸を持ったまま、ネイチャを見た。
「今度も勝ちたいです」
「うん。それ、アタシもです」
ネイチャが笑う。その隣で、オグリが空の丼を少し持ち上げた。
「すまない。もう1杯いいだろうか」
店主が受け取りに来たので、ハナビも自分の丼を渡した。
担当者は時計から2人へ目を戻し、カメラ係と小声で話した。カメラの向きが少し変わった。今度は、ハナビの前の皿まで広く映しているようだった。
「これ、昼の分だけだよね」
ネイチャがハナビに聞いた。
「はい」
「念のため聞くけど、朝は?」
「食べました」
ハナビは、朝食を抜いたと心配されたのかと思った。
「夜も、普通に食べます」
「そっか。うん。そうだよね」
オグリがうなずいた。
「今夜は、寮の食堂でカレーが出る」
「そうでした。あれも食べたいです」
ネイチャが額へ手を当てた。担当者は声を出さずに笑い、カメラ係へ何か合図していた。
*
公開前の確認用映像は、松浦の部屋で見た。
ハナビのほかに、オグリとネイチャも来ていた。松浦が再生すると、最初に七夕賞で逃げ切る映像が流れ、そのあと地元の田んぼや、取材に答える農家の人が映った。
食事の場面は、思ったより長かった。
オグリの隣に映る自分は、顔も肩も小さい。それなのに、目の前の丼はオグリと同じ大きさで、同じように空になっていく。
レースの話をしながら、ご飯を食べる。寮の話をしながら、ご飯を食べる。空いた丼が下げられ、湯気の上がる丼が戻ってくる。
途中からは、画面の隅に杯数が出ていた。
「6杯も食べたんですね」
ハナビが言うと、ネイチャが横を向いた。
「数えてなかったの?」
「空いたら、お願いしてたので」
オグリの方には、倍近い数が表示されていた。松浦はしばらく黙って見たあと、撮影時の献立を手元で確かめた。
「2人とも、ご飯だけじゃないんだよな」
「から揚げも、生姜焼きもおいしかったです」
ハナビが答えたところで、映像の中のオグリが夕食のカレーの話を始めた。
ネイチャが額を押さえる。その顔が大きく映り、ハナビは隣にいる本人を見た。
「ネイチャさん、こんな宇宙みたいな顔してたんですか」
「してましたとも。お2人が晩ご飯の相談してる間ね」
ハナビは少し肩を縮め、笑った。
番組が公開されると、地元の米農家から母親へ連絡があった。番組を見た人から、同じ米を注文したいという問い合わせが増えたそうだった。
ハナビはそれを聞いて、農家の人へもう一度電話をかけた。ちゃんとおいしさを伝えられたか心配だったが、向こうは、あれだけ食べてもらえば十分だと笑っていた。
週末、ネイチャと一緒に撮影した店へ礼を言いに行った。
入口には、番組で紹介された米を使っているという小さな札があった。中へ入ると、食事中の女性がハナビを見て、連れの腕をたたいた。
「この子。ご飯食べてた子」
ハナビは会釈した。女性は嬉しそうに頭を下げ、それから少し迷って尋ねた。
「レースも出てるんですよね。次、いつですか?」
ネイチャがハナビを見る。ハナビは、秋のオールカマーだと答えた。
「生で見たことなくて。どこでやるんですか?」
ハナビが説明するあいだ、女性の連れがスマートフォンでレース名を調べていた。写真を見つけると、今度はネイチャへ顔を向けた。
「あ、お友達も走るんだ」
「ええ。同じレースに出る予定です」
ネイチャが答える。女性がもう一度画面を見てから、ぱっと顔を上げた。
「カレーの時の人!」
ネイチャは笑顔のまま、ハナビの肩に手を置いた。
「次は、名前で覚えてもらおっか」
ハナビはうなずいた。女性に聞かれ、2人で自分の名前を言った。連れの人が、見つけた出走予定のページを画面に残していた。