【――ひとりぼっちだった少女は、たくさんの人に支えられながら「勇者」になっていく――】

六歳で両親を失い、孤児となった少女カリナ・ウィングス。
剣を学び、仲間や師と出会い、聖剣の精霊エリュシオと絆を結び――十歳で魔法剣士騎士団の団長へ。

傷つき、迷いながらも、多くの人に支えられ、やがて世界を救う勇者へ成長していく少女の物語です。

本作で描かれるのは、十歳のカリナが挑んだ王族令嬢誘拐事件。
行方を追う王族親衛隊が捜索に苦戦する中、カリナはエリュシオ、そして仲間のエルリック、ソフィア、ミリアとともに犯人を追跡します。

しかし、その誘拐事件の背後には、人間の盗賊だけではない魔族の影が――。

本作は、本編冒頭で描かれる「十歳のカリナ」の活躍を、一本の短編として読みやすく再編集したものです。

気に入っていただけましたら、ぜひ本編『少女と精霊の聖剣十年戦記』もお楽しみください。

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 そこはルミナリア王国の王都の郊外だった。

 時刻は夜。峠道の入口となる山の麓。空には満月が登り、辺りを薄明かりで照らしていた。

 

「拐われたカロリーナ公爵ご令嬢の行方は掴めたか?!」

 

 王族親衛隊の彼らは、かどわかされた1人の令嬢を探索しているのである。すると、白い羽の兜飾りの隊員たちが次々に報告する。

 

「目撃証言を頼りにここまで来ましたが足跡はここから先、途切れております」

「いくつかの邸宅の護衛衛士に話を聞きましたが、それらしき影は見なかったと申しております」

「唯一、さらに山の方へと向かう影を見たとの証言を得ました。ですが、この周辺の山々は古い道が入り組んでおります」

 

 隊長の副官と思わしき人物が助言する。

 

「隊長――夜間に山道に足を踏み入れるのは自殺行為。追跡する我々が道に迷う恐れすらあります」

 

 だが隊長は言い放った。 

 

「道迷いがなんだというのだ! 王族親衛隊の名誉にかけても確実に探し出せ! 追跡隊を複数に分けろ! 一命を賭してもカロリーナ嬢を救い出せ!」

「はっ!」

 

 隊長の号令が隊員たちの迷いを吹き飛ばした。もはやなりふり構っていられない状況だったのだ。

 だがそこに声をかけてくる者が居た。短髪の赤毛の鋭い印象の女性だ。軽装の革製鎧に短弓やナイフ類で武装している。斥候やスカウトと言った印象の女性だった。

 

「失礼いたします。ルミナリア王国王族親衛隊の皆様でいらっしゃいますね?」

 

 それは音もなくかげろうのように静かにその姿を現した。気配を一切感じさせないその振る舞いに王族親衛隊の者たちは驚きを隠せなかった。

 

「何者だ?」

「失礼いたしました。魔法剣士騎士団アルカナヴァンガード技能士長ミリア・シルバーアイと申します」

「アルカナ――、新設されたばかりの寄せ集め部隊が何の用だ?!」

 

 王族親衛隊の隊長の彼の言葉には明確な苛立ちがにじみ出ていた。余計な雑事は持ち込むなと言わんばかりだ。

 

「我ら、アルカナヴァンガードの団長であるカリナ・ウィングス様が、王族親衛隊隊長殿にお聞きしたいことが有ると申しております」

「なに? アルカナヴァンガードの団長だと?」

「こちらです」

 

 ミリアがそっと脇に控える。すると、青鈍色に鈍く輝く全身鎧を身につけた戦士と伴い、一人の少女が姿を表した。

 

「な――?」

「子供だと?」

 

 月明かりの下――、現れたのは一人の少女である。

 白い素肌に金色に光る長い腰まで届く髪、琥珀色の瞳が神秘的な光をたたえている。

 少女が身につけているのは足首までの丈のサーコート、騎士階級の戦士が身につける単衣の衣装だ。腰には皮帯を巻き、足にはロングブーツを履いている。胸には胸甲鎧(キュイラス)を着け、両肩からは背中に向けてマントをたなびかせている。

 まさに、見るも見事な魔法剣士装束である。

 鎧には剣で切りつけられた跡もあり決してお飾りでない。

 

 歳の頃合いから言って10歳程度だろう。まだその体のシルエットは細く小さく、思春期にすら到達していない。

 だがその左腰に下げているのは見事なサイズのバスタードソード。漆黒の革製の鞘に収まったそれは、握りも十字鍔(つば)も黄金色に輝いていた。10歳という少女が腰に下げるにはあまりにも不似合いに見えた。

 彼女は凛として佇み、左手で剣の柄を握り、王族親衛隊隊長をしっかりと見つめていた。

 年相応の軽やかな声ながら、発音は明瞭で、力強い声で問いかけた。

 

「まだ、王家の公式行事には拝謁できておりませんので、お会いするのはこれが初めてかと思います」 

 

 口調に乱れはなく、堂々としたその姿は、親衛隊を前にしてもいささかも乱れない。

 

「申し遅れました。魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードの団長を拝命しております、魔法剣士カリナ・ウィングスと申します」

 

 そして、略式ながら軽く会釈する姿は礼儀礼節をわきまえている。再び頭を上げた時、親衛隊隊長は内心に、冷や汗をかいていた。礼儀には礼儀を――、それを一瞬、忘れそうになっていたからだ。

 

「――丁寧な口上と挨拶、痛み居る。ルミナリア王家直下、王族親衛隊隊長エミール・クローヴィスである」

 

 カリナが子供ということにざわめいていた王族親衛隊だったが、エミールはとっさに右手を上げて隊員たちを黙らせた。大人でも通じる礼儀作法を示した以上、それ相応に遇するのが社交場の礼儀というものだ。

 

「して、かかる危急の状況下に、魔法剣士騎士団の卿たちは何ゆえの訪問か?」

 

 つまりは言外に〝急いでいるのだからさっさとしろ〟と言っているのだ。王族親衛隊の隊長の彼の言葉には明確な苛立ちがにじみ出ていた。

 威圧的な親衛隊長の態度にもカリナは一切怯まず、落ち着き払って言い放った。

 

「われらアルカナヴァンガードは、すでにご令嬢誘拐の犯人の足跡を捕捉して追跡を始めております」

 

 その一言に王族親衛隊の彼らが騒然となった。

 

「何を馬鹿な?! 我らとてこの山岳地帯に逃げ込んだという事実を掴むのがやっとだったのだぞ?」

 

 それに彼らにはカリナが率いるアルカナヴァンガードという新設の部隊を認め難い理由があったのだ。

 

「新造の騎士団ごときが吹かしおって! 子供ごときに、王族警備の一端を任せられるものか!」

 

 ルミナリア王国は大陸の覇者だ。その王族の身を守る彼らのプライドはズバ抜けて高かった。その時、カリナの周囲には斥候のミリア、全身鎧姿の戦士、そして女性魔道士が控えているが、カリナの左右に立ち、何時でも動けるように待機していた。

 クローヴィス隊長は威圧気味に言い放つ。

 

「貴様、時に幾つだ?」

 

 カリナは一切、動揺すること無く落ち着いて答える。

 

「今年に入り10歳を数えました」

「馬鹿にするのも大概にしろ! 10やそこらの歳でどうやって騎士団を率いるというのだ? 戦場経験などあろうはずがなかろう!」

 

 クローヴィスの怒号は騎士や兵士として真っ当に階級を上がった者なら、当然の考え方だ。さもなくば、特別なコネでもなければありえない話だ。それは王族親衛隊の隊員たちも同じ様な空気であった。

 だが、クローヴィスの乱暴な言葉に真っ向から答える女性の声があった。落ち着いた妙齢女性の大人の声だ。

 

『我が愛しきカリナにも戦場経験はあります』

 

 だが、声はすれども姿は見えなかった。

 

「何者だ?」

『失礼いたしました』

 

 その大人の女性の声と同時にカリナは剣を抜いた。剣先を地面に向けたまま、その十字鍔の側面をクローヴィスたちに向けて掲げる。その金色に光るバスターソードの中心には虹色に光り輝く大粒のクリスタルが輝き、その不思議な声に合わせて明滅を繰り返している。

 

『私、聖剣レギオンブレイドに宿る精霊が一柱――エリュシオと申します』

「聖剣の精霊――だと?」

『はい、今から1500年前に歴代魔王率いる魔王軍と戦うために鍛えられた聖剣レギオンブレイド――、その中に宿る精霊です。

 その私が、カリナを――〝勇者〟として認めました。それ故に、彼女のもとに心ある者たちが集ったのが魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードなのです』

 

 その言葉にクローヴィスたちはさらに驚かされた。

 荒唐無稽過ぎて二重三重に信じられないようだった。そこに、クローヴィスたちをたしなめるように語ったのが青い全身鎧姿の戦士エルリックだ。

 

「彼女が軍事訓練を受けさせられたは6歳から。そして10歳になるまで過酷な訓練と、様々な戦場を巡ってきた。少なくとも4年の軍事経験は事実だ。

 今から約1年以上前、軍事国家ネルガルで起きた大規模戦線崩壊――そこで一千人以上の兵士を助けるために、一人の勇者が百柱の歴代勇者の英霊を召喚し、魔王軍を相手に立った一人で〝殿(しんがり)〟を務めると言う事件が起きた」

「まさか?」

 

 驚愕の表情でカリナを見つめるクローヴィスに聖剣の精霊のエリュシオは明瞭に告げた。

 

『聖剣レギオンブレイドを手にする者は、現世勇者として過去の勇者の英霊を召喚する事ができます。しかし、それはそれぞれの技量次第。我が愛しきカリナは極めて困難な〝英霊100体召喚〟を果たした者――、過去において100体召喚に成功したのはわずかに10名、カリナはその中の一人なのです』

「だからこそ、彼女の才能を伸ばし、力となり、友に戦うことを志して大陸中から勇気あるものが集まった。それこそれがアルカナヴァンガードだ」

 

 エルリックも鋭い視線を交えてアルカナヴァンガードの実情を語った。

 まさかの事実にクローヴィスは言葉を失った。取り繕う言葉すらも見つからなかった。だが、カリナは素の自分に戻って、ため息交じりにあっさりと言った。

  

「もういいよ、エリュシオ」

『カリナ?』

「こんな事やってる間に犯人逃げちゃうよ。もう私たちだけでやろう」

 

 それは10歳そのままの語り口だった。それが本音のカリナである。つまり、これまでは礼儀をわきまえて相手を立てていたのだ。立派な大人の振る舞いである。

 

「行こう! エルリック! ソフィア! ミリア!」

「心得た」

「ええ」

「参りましょう」

 

 自ら走り出したカリナとともに3人が後をついていく。カリナはつぶやくように言った。

 

「ご令嬢が攫われた状況を考えると、ただの人間の盗賊の犯行だとは到底思えなくてさ、王族親衛隊の人たちと協力しようとおもったんだけどなー」

 

 不満げなカリナをたしなめるようにエリオットが語りかける。

 

「拘っても仕方ないさ。相手が信じてくれないなら、そのやり方は初めからないのと同じだからな」

「そうだね、私たちだけでさっさと済ませよう」

「あぁ」

 

 その方らでソフィアはある魔法を詠唱し実行していた。

 

「誘拐犯たちの足跡は捕捉できたわよ。カリナ」

「ありがとうソフィア」

 

 ソフィアは振り上げた人差し指の先から魔力の光を放つと1つの道を指し示した。

 

「問題の令嬢の霊体の波動を捉えたわ。魔法のマーカーで確実に追えるわ」

「ありがとうソフィア! これで探索の手間を省けるわ」

 

 さらに道を追えば、カリナはたちは山への道の中をより深いところへ到達していた。

 ソフィアは追跡魔法を駆使しており、変化を感じたようだ。

 

「もう少しと言うところなんだけどね」

 

 するとエリュシオが問いかけてきた。

 

『詳細な位置が掴めないのですか?』

「えぇ、強い力に阻害されているようなの」

 

 するとカリナもなにか気づいたようだ。

 

「魔族の妨害かしら?」

「あり得るわね」とミリアも同意する。

 

 そこにエリュシオが提案をした。

 

『カリナ、ここは聖剣の力を借りて〝遠隔視〟で行きましょう』

「そうね、力を貸してエリュシオ!」

『承知しました。では、遠隔視の技の体勢をお願いします』

 

 カリナは左腰に下げている黄金色の聖剣の剣先を地面に突き立て、その柄に自らの額を当てて目を閉じた。

 

『遠隔視能力、発動します』

 

 この技は厳密には聖剣レギオンブレイドの力と言うよりは、それに宿る精霊のエリュシオの力でもある。聖剣に宿っている精霊だからこそ、聖剣から離れることができない。その不利を補う意味で〝見る力〟をどこまでも飛ばせると言う能力だった。これを聖剣を介することでカリナも遠隔視を出来るのである。

 カリナは、何か瞑想に耽っていた。随行しているエルリックたちもじっと見守っている。そして、カリナは目を閉じたまま何かをつぶやき始めた。

 

「見えた……人数は5人、うち1人が気を失っているカロリーナ嬢を肩に担いでいる……ここから迂回して先回りできる……」

 

 カリナは、目を開いて剣から額を離して静かに立ち上がった。そこにソフィアが問いかける。

 

「何か分かった?」

「はい、ここから先、しばらく緩やかなカーブを描いた下り道が続きます。安全なのはこのまま山道を降りていく方法です。ですが、森の木の間を抜けることで先回りして迂回することが可能です」

「夜の森の木の間を――それができるのは――」

 

 カリナの視線の先にはミリアの姿があった。彼女は元来、山岳作戦に強い斥候兵だ。

 

「ミリアは先回りしてください。ソフィアはミリアと視覚共有を行って魔法で敵の進路遮断を。エルリックは私と犯人制圧をお願いします」

「心得た!」

「了解です」

 

 3人にそれぞれの能力に見合った任務を割り振る。そこにエリュシオがカリナたちに問いかけてくる。

 

『お気をつけを、拉致犯に嫌な予感がするのです』

「いつもの〝予感〟?」

『はい、拉致襲撃者たちに切り札となる人物が居るようが気がするので』

 

 これも精霊エリュシオのもつ力の一つだ、優れた素質を持つ者が手にすることで、聖剣レギオンブレイドとその精霊であるエリュシオは様々な力を発揮できるのである。

 そこにソフィアが言う。

 

「カリナ、あなたの指揮官としての采配も板についてきたんじゃない?」

「いいえまだまだです。それに今回はさらわれたご令嬢を救ってこそ、任務が成功したと言えるのですから」

「それもそうね」

 

 そして全員は頷き合う。

 

「それでは各自行動開始よ!」

「はい!」

 

 そこから先、ミリアたちはカリナの下した采配の通りに、正確かつ緻密に、それぞれの役割をこなした。

 まずミリアはほとんど真っ暗闇と言っていいほどの夜の森の中を、わずかな明かりと、周囲の気配だけで通り道を見極め、誘拐犯たちが歩く道の先へと先回りしたのだ。

 

『敵、視認しました。総数五名、保護対象も確認』

 

 その時ミリアが見えているものを、ソフィアは視覚共有魔法で、同時に見ていた。

 

『こちらも見えてるわよ、ミリア。崖際の道を明かりもつけずに歩いてる。向こうも発見されるのを恐れてるんだわ』

『ですが、こちらは悟られてません』

『なおさら、好都合よ。今の場所から動かないでね、もう少し先のポイントで崖崩れを起こすから』

『了解』

 

 二人は念話魔法で会話も共有している。饒舌なソフィアと、シンプルな物言いのミリア。それぞれの性格がはっきり出ていた。ソフィアはミリアの視覚から得た光景を頼りに魔法を発動させる。

 

『地精系魔法――〝岩盤崩壊〟――』

 

 詠唱が終わると魔法は即座に効果を発揮する。辺りは湾曲した谷間であり、地響きと共に小規模な崖崩れが起きて、誘拐犯たちは退路をたたれる形になった。

 ソフィアは魔法を使った意思伝達でカリナに告げる。

 

『崖崩れ誘発、成功したわよ!』

「ご苦労様! 次は我々の番です!」

『頼んだわよ! 私もそっちへ向かうわ』

 

 そしてカリナはエルリックに言い放った。

 

「さあ次は我々の番です! 不届き者を一気に制圧します」

「ああ、行こう!」

 

 そこからのカリナたちの行動は素早かった。かたや、カリナの目の前で誘拐犯たちはパニックに陥っていた。

 

「が、崖崩れ?」

「こんなところで? 地震も何もなかったぞ?!」

「道は? 他に道はないのか!」

 

 賊の者たちは、逃げ場を探して混乱しているのがよくわかる。その彼らを視界に収めたカリナは冷静に言い放つ。

 

「エルリック! 警告として彼らを攻撃するわよ!」

「不殺か?」

「可能な限り」

「了解!」

 

 2人は腰に下げていた剣を抜く。加えてエルリックは背中に背負っていたシールドも手にした。

 そして混乱を極めている誘拐犯たちに一気に肉薄すると、攻撃したのはエルリックだった。

 左手に持ったシールドで敵の顔面を強打、意識を失わせた状態で胴体を浅く袈裟斬りにする。

 カリナは、エルリックの戦闘が目を引いている隙に、一番近くに立っていた男の懐に飛び込むと、刃物を持ったその手首に刃を走らせる。

 派手に血しぶきが吹き上がり、手傷を負った2人が崩れ落ちる。突然の襲撃に誘拐犯たちは一気に恐慌に陥った。

 

「な、なんだ?!」

「何が起きた」

 

 あたりは暗闇に包まれている、夜間の戦闘に慣れていない者なら、この状況で相手の顔を認識するのは難しいだろう。だが頭上には満月がある。木の枝や雲の隙間から、月明かりがこぼれてそれがカリナを照らし出した。

 

「こ、子供?」

「ガキじゃねえか?!」

「まさかこいつがやったのか?」

 

 カリナは剣を一閃して血糊を振り払う。

 

――ビュッ!――

 

「大人しく、その令嬢を返しなさい。その上で背後関係を白状すれば死一等を減じる猶予を与えます!」

 

 その言葉は恐ろしく理知的で落ち着き払っていた。

 

「王族への狼藉は刑死とされています。死にたくなければ投降しなさい!」

 

 到底10歳の子供には思えない力ある言葉が朗々と響いた。

 

「うるせえぇ、人数はこっちの方が多いんだ!」

 

 誘拐犯の1人はそう言い放ち腰に下げていたフリントロックの拳銃を突きつける。だが――

 

――ヒュッ――

 

 かすかな風切り音がしてスローイングナイフが飛んできた。そして男の拳銃を握る手に突き刺さり、拳銃は地面に落ちて暴発する。弾丸がカリナの方に偶然に飛んできたのだが、カリナのまわりに薄く光る魔法結界が瞬時に張り巡らされ、弾丸は結界で弾かれた。

 

『カリナ、お怪我はありませんか?』

「ありがとうエリュシオ! 大丈夫!」

 

 結界魔法を張ったのは他ならぬエリュシオだったのである。

 一方で、冷酷な声でミリアが言った。

 

「無駄な抵抗はやめなさい」

 

 鬱蒼とした森の木の間から流れる声が不気味に感じたのだろう。残る3人のうち2人の誘拐犯も両手を上げて観念をした。

 

「降伏の意思を確認しました。大人しく地面に伏せ――」

 

 カリナたちがそう勧告しようとした時だ。

 

『やはりダメだナ、人間の賊とイウのワ』

 

 残り1人の男は目深に頭にフードをかぶっていたため、顔は見えなかったが、その右手の指先を前方へと突き出すと、その指先から銀色に光る光弾を4発撃ち放った。

 投降しようとしていた4人を背後から打ち抜き瞬殺したのである。

 

――ドサッ――

 

 4人はほぼ同時に崩れ落ちた。フードの男の指先からはおぞましい波動を放つ光弾が更に一発撃たれ、カリナはそれに襲われる。

 

「エリュシオ! 剣に魔法結界をエンチャント(付加)して!」

『承知しました』

 

 即座に聖剣レギオンブレイドの表面に結界魔法が発動し、敵の光弾はあっさり弾かれていた。

 それと同時に男はフードをゆっくりと後方へと降ろした。

 

「角に金目!」

 

 男の正体をミリアが言い放つ。頭部の角、金色の瞳――、生身の人間とは異なるその外見は、絶対的な相容れなさをかもし出していた。

 

「やはり魔族でしたか」

「分かっていたノカ?」

「半分は推測でしたが、残りは確信です。こんな明かりもない道を目が見えているようにさっさと歩けるなんて、よほどの訓練を受けているか特殊な目を持っているかのどちらかです」

 

 カリナの推測に魔族の男はニヤリと笑った。

 

「その黄金の輝く剣、それを持っているということは小娘、貴様ただ者ではナイナ?」

 

 だがカリナはわかっていた。穏やかそうに語りかけていながら、こちらの心理を乱すことが向こうの目的なのだと。魔族は油断のならない生き物なのだから。

 相手のペースに応じず、相手の目的を見抜いて言い放つ。

 

「カロリーナ嬢を殺さなかったのはその生きた血が必要だからですね?」

 

 会話に応じず、いきなり確信を突きつけてきたカリナに対して魔族は苛立ったように片目をしかめる。そしてさらにカリナは突きつける。

 

「カロリーナ嬢の誘拐を〝発注〟したのは、おそらく魔将軍クラスでしょう。高レベルの呪術を行うために王族クラスの高貴な血が必要になったのでは?

 そのため大部隊を率いて押し寄せるよりも、現地の人間をたぶらかし巻き込んで誘拐事件を企てた方が効率がいいと踏んだのですね」

 

 カリナは逆に言葉を駆使して相手のペースを乱そうとしていた。事実相手は、令嬢を殺さない理由を看破されて〝人質を殺すぞ〟と言う脅しが使えなくなっていた。

 

「その令嬢を殺せば、依頼人である魔将軍から怒りを買う。そうなればあなたの命は風前の灯」

 

――チャッ!――

 

 カリナは言葉の韻と同時に剣を握り直して正眼に構えた。

 

「皆殺すシカないナ――」

  

 対する魔族の男も武力行使しか道は残されていなかった。独特のイントネーションの声が重く響く。

 魔族は気づいていなかったが、カリナが剣を構えるのと同時にミリアとエルリックが目線で頷きあい、カリナもそれは気配で感じ取っていた。

 そこからは〝4人〟の行動は一瞬であった。

 崖崩れを仕掛け終わった後のソフィアが少し離れた位置から魔法を仕掛けていた。

 

「魔力抑制フィールド発動!」

 

 呪文と共に波動が一気に広がり魔族の男に重い力がのしかかる。

 

「ぐぅっ?!」

 

 さらにミリアが手投げ式の焙烙玉を魔族の男の顔面めがけて投げた。

 

――ボォオン!――

 

 中に火薬が詰め込まれた焙烙玉は炸裂して男の視界を奪った。

 

「ガァッ!?」

 

 さらに同時にエルリックがシールドを前に立てて突進し男の胴体を強打し、魔族の男が肩に担いでいた令嬢を手早く奪い取る。

 そしてダメ押しに男の胴体を蹴飛ばして、令嬢から引き剥がしたのである。

 

「今だ!」

 

 まさに好機だ。1人だけになった魔族へカリナは一気に駆け出した。

 残るはカリナと魔族の男の1対1だ。

 エルリックに蹴飛ばされ体勢を崩しかけている魔族の男だったが、気配だけで右手の指をカリナのいるであろう方向へと向けてきた。

 そして5本の指先から同時に、白銀の魔力弾を撃ち放って来た。

 

「死ねェ!」

 

 カリナは、眼前に迫るその5つの魔力弾丸を、すでに抜刀していた黄金色の聖剣を翻して弾き返したのである。

 

「なんだと?――ただのガキが、俺のこの弾ヲ?」

 

 慌てて再度指先に魔力を込めようとするが、ソフィアの妨害魔法でなかなかそれもままならなかった。

 そして、珍しくも精霊のエリュシオが怒気をはらんだ声で言い放つ。

 

『カリナはガキでは有りません』

 

 同時に聖剣レギオンブレイドの表面に、光り輝く魔導の力が迸っていた。抗魔調伏の対魔族用の攻撃結界である。

 

『彼女こそは、未来の勇者たる、偉大なる素質を秘めた〝聖剣の巫女〟です』

 

 それに対してカリナは焦ることなく敵のそのどてっ腹を真一文字に一気に切りつける。

 

「いやぁあああああっ!!

 

――ザヴァァアアッ!――

 

「ぐぁあああっ!」

 

 レギオンブレイドの切っ先は、魔族の男の腹部を深々とえぐって切り裂いた。魔族の男はそのまま起き上がることもできなくなっていた。

 そんな状況下でカリナは、その男に剣を突きつけながらまだ間合いを計っている。

 

「な……何者ダ? 貴様……」

 

 その言葉を聞きながらカリナの仲間たちが集まってくる。まずエルリックが言い放った。

 

「我らは魔法剣士騎士団アルカナヴァンガード――、その幹部だ」

 

 次にミリアが言う。

 

「彼女こそは、アルカナヴァンガードの団長にして、先陣を切る者」

 

 さらにソフィアが言った。

 

「彼女こそは、聖剣レギオンブレイドの継承者――、勇者カリナ・ウイングス」

 

 その言葉に魔族の男は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「勇者? 勇者だと? こんなガキが?」

 

 だがカリナは明快に言い換えした。

 

「魔族の人たちってみんなそれを言うのよね」

『言わせておきましょう。どうせここで死ぬのですから』

「そうね――」

 

 カリナはその両手で聖剣レギオンブレイドを高く振りかぶった。

 

「ま、待て! 話し合おう! お前に魔王軍の重要情報を教える! 侵攻計画も知っている!」

 

 ここに来て魔族の男は命乞いを始めた。だがそれに取り合うカリナではない。

 

「見苦しいよ」

 

 それがカリナから魔族の男にかけられた最後の言葉である。

 かたや、エリュシオと呼ばれたその精霊は、聖剣から黄金色の波動を解き放ちながら最終浄化処理の魔法を実行する。

 

『最終浄化魔法、執行します』

 

 剣先が翻(ひるがえ)り、魔族の男の首が切り落とされ魔の命が断たれる。

 そして、その体内に蓄積されていた魔力がどす黒いオーラを払って一気に吹きだす。その魔力そのものが炎となりその男を骨まで焼き尽くす。

 

「魔界から二度と出てこないことね」

 

 その炎を眺めながらカリナは静かな怒りを込めて言い放ったのだった。

 するとその時、カリナたちが元来た道の向こうを見れば、そこには山の頂に明かりが灯っていた。人間が手にしている松明の明かりである。

 

「あれは王族親衛隊の人たちだな」

 

 冷静に告げるエルリックにソフィアは答えた。

 

「今更何しに来てんだか」

 

 それに対してカリナはたしなめるように言った。

 

「彼らは彼らなりに職務に熱心です。そう悪しげに言わないでおきましょう」

「あなたに言われちゃ仕方がないか」

 

 そう言いながら苦笑しつつカリナたちは彼らを待っていると、確かに王族親衛隊だった。

 

「そこにおられたか! アルカナヴァンガードの皆様方」

 

 隊長らしき人物が礼儀を尽くした言い方で呼びかけてきた。

 

「戦闘の気配が感じられたので急いで駆けつけてきた」

 

 彼らの善意を感じてカリナもまた礼儀で返した。

 

「ご心配いただきありがとうございます」

 

 軽く会釈をしてさらに言葉を続けた。

 

「誘拐犯の一団は魔族が背後に関係していたことが分かりました」

「何? 魔族が?」

 

 その時、周囲に転がる4人の亡骸を目の当たりにして親衛隊の彼らはため息をつく。

 

「金になる仕事があるとか囁かれて引き受けたのだろう。そしてその結果がこれか――」

「魔族を信じた結果です」

「同情には値せぬな」

「同感です」

 

 そしてその上で、王族親衛隊の彼らはカリナたちに対して頭を下げた。

 

「先ほどはカリナ卿に失礼な態度を取った。誠に申し訳ない」

 

 たしかに、失礼――と言うより頑迷さを感じた出来事だった。でもカリナには、正面から非礼を詫びてくれただけその心遣いが嬉しかった。

 

「いえ、お気になさらず、願わくばこれからも良い関係を」

「お心遣い、感謝する」

 

 一方で、睡眠薬でも飲まされているのであろう今なお眠り続ける令嬢は王族親衛隊の彼らへと引き渡した。その上で、王族親衛隊の隊長はカリナに告げた。

 

「もう夜遅い。我々が馬車を用意するのでカリナ卿とその従者の方々をお送りしよう」

「本当ですか?」

「うむ」

 

 それが彼らの最大限の礼儀だと、カリナは理解していた。

 

「ありがとうございます!」

 

 カリナは満面の笑顔で、そして10歳相当にふさわしい柔和な笑顔で、感謝を口にしていたのである。

 そこから馬車の場所までは、カリナはエルリックの肩に腰をかけていた。そして、そのまま山の麓まで戻るとすでに王族親衛隊の彼らが用意した4人乗りの馬車が待っていた。

 そこにカリナたち4人が乗り込み、王族親衛隊の彼らは敬礼で見送った。無論カリナも車上から一礼して礼儀を返したのである。

 走る馬車の中でカリナは思いを口にする。

 

「いい人たちでしたね」

 

 だがミリアは不満げに皮肉った。

 

「そうですか? 初めはかなり言いたい放題だったけど?」

 

 それに対してカリナは思いの訳を口にする。

 

「仲良くなれたんだから、それでいいのよ」

「結果オーライというわけか」とエルリック

「はい」

 

 馬車の中に笑顔があふれた。

 そしてそれからさらに馬車の中で揺られ続ける。

 それはカリナに心地よい揺れをもたらした。

 カリナがいつのまにか静かになったことに気づいたソフィアがカリナの顔を伺えば――

 

「あら寝ちゃった」

 

 カリナはいつの間にか睡魔に負けて船を漕いでいた。

 

「仕方ないさ、まだ10歳だからな」

「ええそうよね」

 

 するとミリアは苦笑交じりに言う。

 

「最強の10歳ですよね」

「ああそうだな」

 

 ミリアとエルリックは笑いあう。

 ソフィアはカリナをそっと愛おしく抱きしめながら馬車の中で寄り添っていた。

 こうして、深夜にまで及んだ令嬢誘拐事件は、カリナたちの活躍により無事に解決されたのである。

 




( 'ω'o[ 読者さまへ ]o
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この続きは以下の本編にて楽しめます。
聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記―

https://syosetu.org/novel/426015/

注:小説家になろう/カクヨム/ハーメルン 同時掲載です

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