エーミールがおにゃのこだった場合の世界線です。
純愛って、えっちだ!!!!!!!!!
蝶の収集を始めたのは八或いは九歳頃だったろうか。
なんてことはない、ただ周囲の流行りを真似てみようと考えただけだった。
しかし、十歳にもなる頃には私はこの遊戯にすっかり夢中になり、他の全てを投げ捨てるような態度に私を引き留める友人もいた程だった。
私は授業中も、昼休みでさえ熱心に蝶集めに勤しんでいて、そう言う時に限ってチャイムは鳴ってくれなかった。
どれだけ珍しいか、と言うことを友は気にしてばかりであったが、私自身はどんな種であろうと美麗な蝶を逃せるほどの性根を持ち合わせてはいなかった。
向日葵で翅を休めるそれを見つけるたびに、その美しい羽が呼吸のたびに上下する光景に目を奪われ、その羽毛や瞬く粉の一つ一つに心すらも奪われてしまうのだ。
両親は一度たりとも道具の一片ですら買ってはくれなかった、そのために私はそのコレクションを古いボール紙の箱に押し留めておくしかなかったものだ。
一度、貴重であるとされた青紫の蝶を捕まえたことがある。
乾かしピンで止めた後に、その高揚感にせめて隣の家に住む子供には自慢したいと思った。
エーミールと云う子供で、中庭を挟んで隣に住んでいる先生の愛児。
いつも妙なほどに小綺麗で傷ひとつない珠のような肌を持ち、他の子供よりも幾分か達観していたためか、皆がわいわいと遊んでいる中一人座って蝶眺めに耽り、ふらりと来訪した子供を少し掠れたような声であしらうようなやつだった。
標本作りも丁寧で、もげた蝶の羽や足を元通りにくっつける術を心得ている数少ない子供である。
どこに行くにも模範になるような子供であったために、私はそれをひどく妬ましく思うどころか、憎悪さえしていたかもしれない。
ともかく、私がこの青紫の蝶を自慢しに行くと、エーミールは軽く一瞥し、欠け散らばった足や甘く開かれた翅をその観察眼で即座に認識し、精々二十ぺニッヒほどの価値にしかならないだろうと気難しそうに笑った。
そうして、一度玄関の奥に引っ込むと、何やら怪しげな道具を取り出しいくつか私に見せて、君の標本を直してあげようと、そう特徴的な声で囁く。
少し悩んで、私は蝶の美しさを最大限引き出せていないととうとう認め、その標本を引き渡すとともに二度と標本を見せないと心の奥底で誓った。
二年の月日が経過しても、私の情熱は未だ燃え盛っていた。
その頃、ふとエーミールがクジャクヤママユを羽化させたと言ううさわが友の間を流れた。
とても貴重な蝶で、私の友の中では誰一人として見たことはない、私だって図鑑の絵で見るに限った。
この赤褐色の蝶に鳥などが襲いかかる時、ただその優美な翅を広げ後翅を露にする。
すると、その予想外な輝きに鳥たちは驚き逃げ帰ってしまうのだそうだ、と友は言った。
そうして、私はエーミールの元を訪ねた、詰まりはこの情熱がエーミールへの憎悪を乗り越えてしまったのだ。
三度扉を叩くと、記憶より髪を長くした影が扉の後からのぞいて、そうして少し笑うと私を手招きして呼び寄せてくれた。
きっと私の目的を察していたのだろう、まだ作業中だから触らないように、と言いながら少し甘い匂いを纏ったやつは私を部屋に案内してくれた。
四階に着いて扉を開けるとそこは酷く広々とした部屋で、人一人が生活できる分の家具一式と、机には蝶の標本が所狭しと置いてあった。
そこにあるものであれば見ていってくれたまえと言ったやつは妙に機嫌が良く、不思議がりながらしばらくは好奇心のままに蝶の標本を眺めていた、そうしている間は随分と楽しかったものだが、エーミールがクローゼットの棚から取り出し見せてきた標本の中に、昔渡したはずの、ほとんど完璧な状態の青紫の蝶を認めると、やはり技術を認めなければならないと少し複雑な気分になった。
クジャクヤママユは、ちょうどその隣にあった。
土の様な濁った赤さに色彩を伴った柄には感嘆するしかないと、二人見つめ頷き合う。
ふと、クローゼットが目に入った。そこに幾つかのドレスを認めて、しばらくしてようやくその情報を咀嚼し終えると、少し顔がこわばる。
そうして、彼女に向き直ると、熱った顔を隠すようにこんな不用心に男を部屋に入れていいのかと、そう訪ねた。
当たり前だ、いつか年が若かろうと性別に違いはないのだ。
すると彼女は一瞬きょとんとした顔をし、少しして吹き出した。
どうせ君は蝶に夢中だろうし、君にそんなことをする勇気もないだろう、と。
淑女の香水のような花の甘ったるい匂いが部屋に充満している。
心臓が激しく跳ねていて、だからそっと標本から手を離す。
気づけば、互いに寝具の上でもつれ合っていた。
近くで見れば、今まで気がつきはしなかったが、なかなかどうして嶺美な顔だ。
ぱっちりと長いまつ毛に伏せられるように輝く琥珀色の瞳がある。
鼻も少し高くてそれでいて筋は細い、唇はふっくらと丸くすぐ下にある黒子でさえ魅力的に映る。
茹でたように頬を赤くして彼女はそれら全て腕で隠す。
艶やかな髪は寝具の上で散らばっていて、翅の模様の様な形相を示していた。
蝶以外に向けられるはずのなかった情熱と欲が全て彼女に向けられているような感覚を覚えて、酷く乱雑に彼女を包む布を押し除けて貪るように彼女を味わって、そうして気がつけば、二人乱れた服を纏って、熱い息を吐きながら寝具に座っていた。
そうしてそこまでしてやっと、私は自分へのとてつもない恐怖と成した過ちの深さを認め、可能であるならばこのまままるで何も起こらなかったかのように立ち去ってしまいたいと、そう思った。
どうしようとエーミールは私の謝罪を受け取らない、そんな確信があったからだ。
けれど私は、彼女に謝り、金輪際近づきすらしないことを誓った。
なるべく視界にすら入らないように、と。
彼女は怒ることも怒鳴ることもせず柔らかに舌を打って、そうしてしばらくを私を見つめてから
「そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな」
と言ったので、私は自分の玩具をあげると言った。
それでも彼女はどこか落胆したように私を見つめるので、今まで集めた標本を全て上げようとも申し出た。それでも彼女は
「結構だよ。僕は君の集めたやつらをもう知ってる。 そのうえ、今日また、君がどうやってそれを取り扱ってるか、ということを見ることができたさ」
と言った。
私は今すぐに窓からでも飛び出したいという衝動に駆られた。
彼女はこの世界の法であるかのように私の前に立ち、冷たい視線を浴びせている。
彼女は、私を呪うことすらしなかったのだ。
私ができることなどないと気づいて私は立ち去った、母親には酷く叱られ、今すぐに寝るよう指示された。
時計を見れば、いつも寝る時間よりもずっと遅かった。
けれど、ちょうど寝巻きに着替える時、指に透明な何かが付着しているように見えた。
私はその、さなぎを誤って潰してしまった時のような、ぬるぬるとした液体をハンケチの中へ一生懸命押し込み、それをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱の中へと放り投げた。
いやぁ...いいですなぁ...