山形県内を南へ進むようになってから、男は以前より速く距離を稼げるようになっていた。山中で過ごした数日の休養が効いている。身体は軽く、宮城で大型肉食恐竜と戦った際に負った細かな傷もほとんど気にならない。何より、成長した身体の扱い方が分かってきたことで、木々の密集した山中でも無駄な動きが減っていた。
地図を見る限り、福島県境まではもうそれほど遠くない。できれば今日のうちに少しでも南へ進みたかったが、その予定が狂ったのは昼を過ぎたころだった。
沢沿いの斜面を進んでいた男は、かなり離れた場所から騒がしい音を聞いた。木が折れる音に、何かが地面を蹴る音。それだけなら恐竜同士の争いとして珍しくないが、その中に甲高い鳴き声が混じっている。悲鳴に近い。
(……何だ?)
男は風向きを確認すると、音のする方向へ近づいた。ただし、何がいるのか分からない場所へ荷物を背負ったまま入るほど不用心ではない。途中で岩陰を見つけるとスポーツバッグを下ろし、身体に巻いていた青い防水シートも外して一緒に置いた。帰りの目印になる周囲の木を確認してから、身軽になって先へ進む。
木々の隙間から様子が見える位置まで来たところで、男は足を止めた。
五頭の恐竜がいた。
いずれも全長三メートル前後の中型草食種で、ずんぐりした胴体と発達した後肢を持っている。成体ならもう少し大きくなり、頭部の角状突起も太く発達するはずだが、目の前の五頭は身体の大きさに比べて角がまだ短い。成長の速い若い個体らしかった。
その五頭が、一頭の小型恐竜を囲んでいた。襲われている個体は全長一メートルほどしかなく、細い身体を丸め、岩壁を背にして逃げ場を失っている。捕食されているわけではない。中型種の一頭が頭を下げて突進し、小型恐竜が避けると、別の個体が横から蹴りつけた。
小さな身体が地面を転がり、それでも起き上がって逃げようとすると、五頭は再び追いかけた。獲物を仕留めようとしている肉食恐竜なら目的は分かるが、こいつらは違う。
(……草食だよな?)
男は記憶を探った。少なくとも、あの口で肉を食べる種類には見えない。縄張り争いなら分からなくもなく、繁殖期に気性が荒くなる動物もいる。しかし、目の前の五頭には追い払うだけでは説明しにくい執拗さがあった。小型恐竜が距離を取ろうとしても追いかけ、転ばせたあとも離れようとしない。
(嫌な感じだな)
人間ならともかく、知らない恐竜同士の争いへ毎回介入していたらきりがない。自然界では何かが何かに襲われること自体は日常だが、今回はどうにも様子がおかしい。
そう考えているうちに、状況のほうが先に動いた。
五頭のうち一頭が顔を上げ、木陰にいる男を見た。擬態は使っていないため、黒い身体は森の中でも十分に目立つ。体格だけなら相手もそれなりに大きいが、こちらは明らかな肉食恐竜であり、普通なら距離を取る場面だった。
ところが、その一頭は逃げなかった。
頭を低くする。
(いや、それはやめとけ)
忠告が届くはずもなく、中型草食恐竜は地面を蹴った。
◇
真正面から突進してくる速度はかなりのものだったが、宮城で戦った大型肉食恐竜とは比べるべくもなかった。男はぎりぎりまで動かず、相手の頭部が目前まで迫ったところで身体を横へずらす。突進の軌道から外れながら前肢を伸ばして首の付け根を掴み、相手自身の勢いを利用して引くと、中型恐竜の身体が大きく傾いた。
前肢が地面を離れたところへ体重をかけ、そのまま倒す。男は起き上がる暇を与えず、首へ噛みついた。数秒後、身体から力が抜けたのを確認して牙を離す。
(……食料確保)
ちょうど次の狩りを考えていたところだった。襲ってきたのは向こうであり、肉も無駄にはならない。ここから福島へ向かうなら、出発前に腹いっぱい食べておくのも悪くなかった。
問題が一つ片づいたつもりで顔を上げると、残り四頭がこちらを見ていた。
仲間を一頭、目の前で殺された。今度こそ逃げるだろうと思ったが、先頭の一頭が地面を蹴り、それに続いて残る三頭も走り出した。
(なんでだよ)
男は本気で困惑した。仲間を守るために大型捕食者へ立ち向かう草食動物はいるが、守るべき幼体がいるわけでもなく、こちらから群れへ近づいたわけでもない。最初の一頭はすでに死んでいる。四頭まとめて自分へ突っ込んで得られるものは何もない。
それでも四頭は止まらなかった。
正面から受ければ、さすがに危険である。男は斜面の下側へ走り、追わせながら前方の太い木へ向かった。直前で進路を変えると、先頭の一頭は曲がりきれず、肩から幹へ激突する。普通ならそこで怯むはずだったが、その個体は肩を痛めたまま無理に立ち上がり、もう一度こちらへ頭を向けた。
(そこまでして来るのか)
男は起き上がった相手の首へ回り込み、噛みついて仕留めた。
その間にも残り三頭が迫っている。一頭が横から頭を振り、角状突起を胸へ突き上げてきた。男は前肢で頭部を押さえながら身体を逃がしたが、続けて入ってきた別の個体への注意が一瞬遅れた。
脇腹に衝撃が走った。
(っ……!)
短い角が皮膚を掠め、熱い痛みが走る。深く刺さってはいないが、皮膚が裂けて血が滲んだ。
男はすぐに距離を取った。
今のは危なかった。
一頭ずつなら明らかに自分のほうが強い。それでも、恐怖も損得も無視して複数で突っ込んでくる相手は別だった。身体能力で勝っているからといって、一度の判断ミスで角が腹へ深く入れば無事では済まない。
ところが、男を傷つけた個体は成功に興奮するどころか、まったく同じ調子で再び突進してきた。仲間が二頭死んでいることにも、自分たちの攻撃がほとんど通用していないことにも反応していない。
(やっぱり、おかしい)
男は今度こそ慎重に動いた。
一頭の突進を横へ流し、体勢が崩れたところへ喉元から噛みつく。次の一頭には正面から付き合わず、木々の間へ誘導して旋回できる範囲を狭めた。太い幹を避けようと速度が落ちた瞬間に側面へ回り、後肢の付け根を前肢で払って倒す。
最後の一頭は、そのあいだも逃げなかった。
肩には木へぶつけたらしい傷があり、片方の前肢をわずかに引きずっている。それでも仲間の死骸を踏み越え、鼻息を荒くしながら男へ向かってきた。
(怖くないのか?)
答えはない。
最後の突進をかわし、首を押さえて体勢を崩す。倒れた相手がなお起き上がろうとするのを見てから、男は牙を入れた。
ようやく山に静けさが戻った。
◇
男はすぐには食事へ移らなかった。
周囲の匂いを確認して別の恐竜や人間がいないことを確かめ、それから脇腹を見る。自分では見にくい位置だったが、傷は浅いらしく、出血もすでに弱くなっていた。歩くのに支障はない。
(五頭相手は、さすがに危ないな)
それ以上に気になるのは、相手の行動だった。
傷ついても逃げない。仲間が殺されても逃げない。こちらのほうが明らかに強いと分かってからも、最後の一頭まで攻撃をやめなかった。肉食恐竜なら飢えという理由も考えられるが、草食種である。
しかも若く、成体になったばかりの様子だ。
男は少し考えたが、答えは出なかった。
専門家でもない自分が、山中で五頭見ただけで何かを判断できるはずもない。異常だったということだけ覚えておくことにして、ようやく足元の死骸へ意識を戻した。
(……それはそれとして、多いな)
冷静になって見ると、ものすごい量だった。
最初の一頭だけでも数日は食料に困らない。今の身体は以前より食べる量が増えているとはいえ、五頭全部など一度に食べられるはずがない。
食料が大量にあるという事実は、やはり素直に嬉しかった。
山中を移動している以上、食べ物は毎回自分で確保しなければならない。狩りに失敗することもあるし、獲物を探すだけで半日使うこともある。今回は危険だったとはいえ、向こうから食料がやって来たようなものである。
(食べ放題だ)
少し楽しくなった。
かなり食べても大量に残った。人間なら保存して持っていきたいところだが、この身体で冷蔵庫を背負って歩くわけにもいかない。
(明日の分だけでも持っていければな)
スポーツバッグへ生肉を入れる案は一秒で却下した。
そこで、視線を感じた。
男は顔を上げる。
少し離れた岩のそばに、小型恐竜がいた。
(……あ)
忘れていた。
さっき五頭に襲われていた個体だった。
◇
小型恐竜は逃げていなかった。
全長は一メートル少々。細い後肢と長めの尾を持ち、口先は小さく、身体には茶褐色のまだら模様がある。先ほど蹴られたらしく脇腹に泥が付いていたが、立っていられる程度には元気らしい。
その個体が十メートルほど離れた場所から、五頭を殺して食事まで済ませた肉食恐竜を見ている。
(何してるんだ?)
普通なら全力で逃げる場面だと思う。
男が首を傾けると、小型恐竜も少し首を傾けた。
(……真似した?)
偶然だろう。
襲ってくる様子もなく、近づいて肉を奪おうとするわけでもない。ならば放っておけばいい。
男は沢で水を飲んでから、荷物を置いてきた岩陰へ戻った。スポーツバッグを身体へ掛け、防水シートを固定し、地図が入っていることも確かめる。そのあいだも、小型恐竜は少し離れたところからついてきた。
男が南へ向かって歩き始めると、小型恐竜も動いた。
最初は気にしなかったが、百メートルほど進んでも軽い足音が後ろから続いている。振り返ると、十五メートルほど離れたところで小型恐竜も止まった。
(……何で?)
歩けばついてくる。速度を上げれば小走りになり、男が完全に身体を反転させると、その場で立ち止まる。試しに近づけば二歩ほど後退するので、警戒心そのものは残っているらしい。
群れらしいものはいない。親らしい個体も見当たらない。先ほどの五頭が仲間だったとも思えなかった。
小さい。遅い。襲ってこない。こちらの食料を奪う様子もない。
何より、邪魔ではなかった。
(……まあいいか)
男は再び南へ向いた。
小型恐竜もついてきた。
◇
夕方までに、二頭の距離は少しだけ縮まった。
男が歩けば小型恐竜も歩き、周囲の匂いを確認するために止まれば後ろで待つ。沢へ降りて水を飲むと、少し離れた下流で同じように水を飲んだ。急斜面では無理に男と同じ場所を通ろうとせず、自分が歩きやすい経路を選んで迂回してくる。
(頭は悪くなさそうだな)
しばらく進んだところで、小型恐竜が突然道を外れた。
茂みの奥から葉の揺れる音がする。逃げるなら放っておけばいいと思ったが、少し待っているとすぐに戻ってきた。
口に、赤黒い小さな木の実をくわえている。
男の前まで来ると、小型恐竜はそれを地面へ置いた。
男は木の実を見て、小型恐竜を見る。
(……俺に?)
確認する方法はない。
小型恐竜は男が食べないので不思議に思ったのか、自分でも同じ木の実を一つ食べてみせた。それから地面に置いたほうを鼻先で男の方向へ転がす。
どうやら本当にくれるらしい。
(いや、俺、肉食なんだけど)
しかも腹はいっぱいだった。
男は木の実へ鼻先を近づけたところで、山中で目覚めたばかりのころに自分で決めたことを思い出した。
正体の分からないものは食べない。
毒があるかもしれない。人間には安全でも、この身体に安全とは限らない。生き延びるために決めた、ごく真っ当な規則だった。
小型恐竜がこちらを見ている。
(…………)
木の実を見る。
小型恐竜を見る。
相手はもう一つ食べた。
(いや、そういう問題じゃないんだけどな)
それでも、わざわざ取ってきてくれたらしい。
男はしばらく迷った末、前肢の先で木の実を拾った。匂いを十分に確かめてから、ほんの一つだけ口へ入れる。
甘みがあり、そのあとに少し酸味が残った。
(……うまい)
男が飲み込むと、小型恐竜はなぜか満足したらしく、すぐに茂みへ戻った。
今度は三つ持ってきた。
(規則、一瞬で崩壊したな)
断る方法が分からなかった。
結局、二つ食べた。
一つは小型恐竜が食べた。
気づけば、二頭で同じ木の実を食べていた。
目覚めたころに覚悟していた暮らしとは、だいぶ違う方向へ進んでいる気がした。
◇
少し休んでから、二頭は再び南へ歩き始めた。
夕暮れが近づき、木々の隙間から差し込む光が橙色へ変わっている。男は歩きながら、地図で見かけた山形の地名を思い出していた。
蔵王温泉、かみのやま温泉。人間だったころに旅行番組やネットの記事で見た程度だが、銀山温泉の古い旅館が並ぶ景色は覚えている。夕暮れから夜にかけて灯りが点き、川沿いの温泉街全体が昔の時代へ戻ったように見える場所だった。
(行ってみたかったな)
今なら同じ山形県にいる。
距離だけなら、以前よりずっと近い。
ただし、行けない。
山奥の野湯ならまだしも、有名な温泉街へ三メートルを超える黒い肉食恐竜が入っていけば、観光どころではなくなる。温泉へ入る前に警察とハンターが来るだろう。
(温泉街は無理だな)
少し残念だった。
しかも温泉を考えると、今度は食べ物まで浮かんでくる。山形牛や米沢牛、芋煮、冷たい肉そば、だし、さくらんぼ。ラーメンも有名だったはずだ。
(米沢牛、食いたかったなあ)
肉なら先ほど嫌というほど食べた。
だが違う。
焼いた肉が食べたい。塩でもいい。できればタレが欲しい。そこに白いご飯があれば、なおいい。
五頭分の新鮮な肉を前にして喜んでいたばかりなのに、人間の料理を思い出した途端、自分の食生活が急に寂しく感じられてきた。
男は後ろを歩く小型恐竜へ視線を向けた。
(お前はいいよな。木の実、そのまま食えば完成だもんな)
小型恐竜が顔を上げる。
(こっちは肉を捕まえるところから始まって、焼くことすらできないんだぞ)
もちろん意味は通じていない。それでも、小型恐竜は歩きながら男のほうを見ている。
(米沢牛って知ってるか? 知らないよな。芋煮も知らないか。山形まで来たのにもったいないぞ)
そこまで考えてから、自分も何一つ食べていないことに気づいた。
観光地には近づけず、店にも入れず、名物料理も食べられない。温泉だけは入れたが、二度目は旅行者の真正面で湯から出る羽目になった。
(俺も大概だな)
小型恐竜が短く鳴いた。
(何だよ。お前は木の実食っただろ)
もう一度、小さく鳴く。
(はいはい。うまかったよ。ごちそうさま)
意味が通じたはずはない。それでも小型恐竜は満足したように前を向き、少しだけ男との距離を縮めた。
誰かに話しかけながら歩くのは、ずいぶん久しぶりだった。
声にはならない。
相手にも通じない。
それでも、一頭で頭の中に言葉を溜め続けていたころとは少し違った。
(福島も食い物うまいんだろうな)
小型恐竜を見る。
(まあ、どうせ食えないけど)
今度は鳴かなかった。
(そこは何か言えよ)
二頭はそのまま山道を進んだ。
◇
夜になり、男は岩壁の張り出した場所を寝床に選んだ。雨の心配はなさそうだったが、山の夜は冷える。スポーツバッグを身体から外して枕代わりに置き、防水シートは荷物へ被せた。
小型恐竜は去らなかった。
最初は男から五メートルほど離れた場所へ身体を伏せている。
(泊まるの?)
返事はない。
当然だった。
男も身体を伏せて目を閉じた。
どれくらい眠ったのかは分からない。身体の近くで葉が擦れる音がして目を覚ますと、小型恐竜との距離が二メートルほどになっていた。男が頭を持ち上げると相手も動きを止めたが、逃げる様子はない。危険もなさそうなので、そのまま再び眠る。
次に目を覚ましたとき、距離は一メートルになっていた。
(近くなってない?)
小型恐竜は何食わぬ顔で丸くなっている。
男はしばらく眺めたが、好きにすればいいと思って再び目を閉じた。
三度目に目を覚ましたとき、腹のあたりに何かが触れていた。
顔を向ける。
小型恐竜が、男の腹の横へぴったり身体を寄せて眠っていた。
昼間に見たときより、ずっと小さく感じる。身体を丸め、細い尾を男の後肢へ巻きつけるようにしている。身体から伝わる熱が心地いいのか、男が顔を近づけても起きなかった。
(お前なあ)
追い払おうと思えば簡単だった。
けれども男は動かなかった。
昼間、五頭に囲まれていた姿を思い出した。あのとき小型恐竜は逃げ場を失い、一頭で岩壁へ追い詰められていた。群れがいたのか、親がいたのか、それとも最初から単独だったのかは分からない。
ただ、今はここにいる。
(……まあ、寒いしな)
自分にそう説明しながら、男は身体の位置をほんの少しだけ変えた。小型恐竜を押し潰さないよう腹との間に空間を作り、尾を外側へ回す。結果として、小さな身体を囲うような形になった。
小型恐竜は目を覚まさなかった。
一度だけ小さく鼻を鳴らし、さらに身体を寄せてきた。
(図々しいな)
そう思ったが、不思議と嫌ではなかった。
山の中で目覚めてから、誰かの体温を感じながら眠るのは初めてだった。
◇
翌朝、男が目を覚ますと、小型恐竜の姿がなかった。
身体を起こして周囲の匂いを確認すると、近くにはいる。少し待っていると茂みが揺れ、昨日と同じ木の実を口にくわえた小型恐竜が出てきた。
(またか)
男の前まで来て、二つの木の実を地面へ置く。
一つは自分で食べ、残った一つを鼻先で男へ押した。
(朝飯?)
昨日はあれだけ悩んだ規則について、今日は五秒ほどしか考えなかった。
男は木の実を拾って食べた。
小型恐竜も食べる。
(……悪くないな)
米沢牛でも芋煮でもなかった。
昨日と同じ、名前も知らない木の実だった。
それでも、一頭で食べるよりは少し楽しかった。
男は荷物をまとめ、スポーツバッグを身体へ掛けた。防水シートを固定し、地図が入っていることを確認する。
小型恐竜は、その一連の動きを近くで見ていた。
男が歩き始めると、当然のようについてくる。
(……来るのか)
昨日より距離が近い。
山形の南端までは、もう遠くない。
その先は福島だった。
追い払う理由はなかった。食べ物は自分で探せるらしい。歩くのにも困らない。夜になれば勝手に近くで寝るだけで、少なくとも今のところ邪魔にはなっていない。
それどころか木の実までくれる。
(まあいいか)
男は歩き出し、数歩進んでから後ろを見た。
小型恐竜がついてくる。
(福島に着いたら、何があるんだろうな)
小型恐竜がこちらを見る。
(温泉はもういいぞ。しばらくは)
男は前へ向き直った。
それから歩調を少しだけ落とした。
後ろの小さな同行者が、無理に走らなくてもついてこられるくらいに。
昨日まで一頭だった足音が、二頭分になった。
二頭はそのまま、福島へ向かって山を下っていった。