温泉恐竜は家に帰る   作:ごろうまるし

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第13章 赤い恐竜

 福島県へ入ったころ、男は山形での生活を少し懐かしく思い始めていた。

 

 秘境の温泉に数日間も居座り、食べ物にも困らず、最後には道連れまでできた。本人としては寄り道が多すぎた自覚もあったので、県境を越えてからは余計なことをせず、山林を使って南へ進むことに集中している。

 

 福島を抜ければ栃木。その先はいよいよ関東だった。青森の山中で目覚めたころには、八王子という目的地が途方もなく遠く感じられたが、地図の上では確実に近づいている。身体の成長も止まっておらず、今では鼻先から尾の先までおよそ四メートルに達していた。山形で数日間しっかり食べて休んだこともあって筋肉も一回り厚くなり、山岳地帯を長時間移動しても以前ほど疲れなくなっている。本人は毎日同じ身体で過ごしているので変化を実感しにくいものの、青森で目覚めた直後と比べれば、もはや同じ幼体とは思えないほど大きくなっていた。

 

 それでも成長途中であることに変わりはない。今の身体なら山岳地帯の移動そのものは難しくなく、食料の確保にも慣れたが、南へ行くほど人口密度が上がっていくことのほうが問題だった。四メートルもの黒い肉食恐竜が人里へ姿を見せれば、もう「見間違い」で済ませられる大きさではない。

 

 だから人間には近づかない。町にもできるだけ入らず、必要なら遠回りする。これまで何度も確認してきた方針であり、福島へ入ってからも変えるつもりはなかった。

 

 ただ、一つだけ山形までと違うことがあった。後ろから、小さな足音がついてくる。

 

 男が振り返ると、茶褐色の小型草食恐竜が少し離れたところで止まった。全長一メートルほどの相手は、四メートル近くまで育った男と並ぶと昨日まで以上に小さく見える。出会ってからまだ一日しか経っていないが、いなくなる気配はなく、昨夜は当然のように男の腹へ身体を寄せて眠り、朝になるとどこからか木の実を持ってきた。

 

(本当に来るんだな、お前。福島だぞ。山形終わったぞ)

 

 小型恐竜が短く鳴いた。

 

(……まあいいか)

 

 男は前を向いた。今では、一頭分しか足音が聞こえないほうが少し不自然に感じ始めていた。

 

◇

 

 その日の午後、男は森の中で血の匂いを拾った。昨日、自分の脇腹から流れたものではない。傷はすでに塞がり始めているし、匂いの方向も違う。もっと新しく、量も多かった。

 

 男が足を止めると、後ろの小型恐竜も止まった。昨日の五頭を思い出す。若い草食恐竜が傷ついても逃げず、仲間を殺されても最後まで襲ってきた。あれと似たものが近くにいるなら、わざわざ近づく理由はない。

 

(また何かいるのか?)

 

 ところが、血の匂いに混じって別のものがあった。大型肉食恐竜の体臭で、しかもかなり近い。

 

 男はすぐに姿勢を低くした。小型恐竜が一歩近づいてきたので、鼻先を使って身体を後ろへ押す。

 

(お前は来るな)

 

 通じるはずはない。小型恐竜は意味が分からないらしく戻ってきたため、もう一度押した。

 

(駄目だ。今回は隠れてろ)

 

 三度目でようやく何かを察したらしい。男は周囲を確認し、根元が大きく窪んだ倒木を見つけた。小型恐竜をそこまで誘導すると、前肢で落ち葉を掻いて入口近くへ寄せる。完全に閉じ込めるわけではないが、身体の小さな相手なら十分に身を隠せる。

 

 小型恐竜は窪みの奥から男を見ていた。男が離れようとすると一歩出てきたので、振り返ってもう一度鼻先で押し戻す。

 

(ついてくるのはいいけど、こういうときまで来るな)

 

 ようやく小型恐竜が身体を伏せた。男はそれを確認してから、スポーツバッグと防水シートを近くの茂みへ下ろし、身軽になって血の匂いを追った。

 

 数分後、木々の向こうに赤いものが見えた。

 

◇

 

 大きい。最初に思ったのは、それだった。

 

 全長は六メートルを優に超えている。二足歩行を基本とする大型肉食恐竜で、全身は暗い赤褐色。太い後肢に長い尾、頭部も大きく、男より明らかに重い。

 

(……でかいな)

 

 宮城で戦った個体を思い出す。同じくらいか、それ以上だった。

 

 男は木々の間から動かず、相手を観察した。赤い恐竜の足元には草食恐竜の死骸があり、周囲には争った跡が残っている。低木が倒れ、地面には草食恐竜のものらしい足跡が複数あり、赤い個体の肩にも浅い傷があった。獲物を仕留めるまでに、多少抵抗されたらしい。

 

 しかし、食事を終えた赤い恐竜は死骸へ何度も攻撃することもなければ、周囲の動物を探して暴れ回ることもなかった。水を飲み、周囲の匂いを確かめてから木陰へ移動し、身体を伏せる。

 

(普通だな)

 

 少なくとも昨日の五頭とは違った。五頭は、こちらが明らかに強いと分かっても攻撃をやめず、仲間が倒れても逃げず、自分が傷ついても向かってきた。目の前の赤い個体には、そうした異常さがない。男が風下にいる限り、こちらへ反応する様子もなかった。

 

(こいつは違うのか)

 

 何が違うのかまでは分からない。昨日の五頭がおかしかっただけかもしれないし、種類によって行動が違うだけかもしれない。そもそも自分は研究者ではない。

 

 ただ、危険だからといって、すべてがおかしいわけではないらしい。大型肉食恐竜は、普通にしていても十分に危険なのだから。

 

 男が引き返そうとしたとき、遠くからエンジン音が聞こえてきた。山沿いの道路を一台の軽トラックが走っているらしく、木々に遮られて車体はほとんど見えない。それでも赤い恐竜はすぐに顔を上げ、身体を起こして音のする方向を見た。

 

(まずいか?)

 

 男は動かなかった。

 

 軽トラックが通り過ぎ、エンジン音が遠ざかる。赤い恐竜は数歩だけ道路の方向へ進んだが、それ以上追うことはなかった。しばらく耳を澄ますように立っていたあと、興味を失ったように元の場所へ戻る。

 

(やっぱり普通だな)

 

 少なくとも、動くものを見境なく追いかけるわけではない。ただし、普通の大型肉食恐竜だから安全というわけでもなかった。腹が減れば狩り、追い詰めれば反撃し、縄張りへ入れば威嚇する。熊だって凶暴化していなくても人を殺せるのだから、六メートルを超える肉食恐竜ならなおさらだった。

 

(迂回だな)

 

 戦う理由はない。食料にも困っておらず、今は守らなければならない小さな同行者までいる。男は来た道を静かに戻った。

 

◇

 

 同じころ、東京都内では御門優子が複数の資料を並べていた。

 

 北海道、長野、九州、青森。国外からも検証可能な事例が少しずつ集まり始めている。以前なら動画ごとに種類と状況を確認していたが、今回は個体識別が可能なものについて、推定年齢、性別、飼育・野生化履歴、孵化時期まで一覧化されていた。

 

 政府の恐竜対策部門からオンライン会議へ参加している職員が画面を共有した。

 

「若齢個体に偏っている、という先生の見立てですが、少し修正が必要かもしれません」

 

「はい。私も同じところを見てました」

 

 御門は一覧を拡大した。

 

「『若い個体』だと広すぎます。幼体はむしろ少ない」

 

「では?」

 

「成熟して間もない個体です」

 

 異常行動が確認された個体の多くは、身体的にはすでに繁殖可能、あるいはそれに近い段階へ達している。その一方で、成熟してから長期間が経過した個体は少なく、孵化から間もない幼体にも明確な偏りは見られなかった。

 

「若い成体、と呼ぶのが現状では一番近いと思います。ただし、標本数はまだ少ないです」

 

 別の研究者が資料を確認した。

 

「それなら、小型種に事例が多いことも説明できますか」

 

「可能性はあります。小型種は大型種より成熟が早い傾向があります。中型でも成長の速い種類なら、すでにその段階へ達している個体がいる。これまで小型種の異常に見えていたものが、実際には体格ではなく成熟時期の問題だった可能性は考えるべきです」

 

 そこで新しい映像が共有された。山形県内の森林を巡回していた無人機が捉えたばかりの映像で、温泉恐竜の目撃が相次いだことで山間部の巡回頻度が増え、その途中で五頭の草食恐竜の死骸が発見されたのである。映像には荒れた地面と血痕、そして大型の肉食恐竜が争ったらしい痕跡が残っていた。

 

「死因は大型肉食種による捕食、あるいは攻撃とみられますが、現時点では個体の特定はできていません」

 

「五頭とも同種?」

 

「はい」

 

 御門は静止画を拡大した。体格に対して、角の発達が十分ではない。

 

「若いですね」

 

「映像だけで分かりますか?」

 

「正確な年齢までは無理です。ただ、体格と角の発達を見る限り、十分に成熟してから長期間経過した個体には見えません。この種類なら、若い成体の可能性があります」

 

 死骸しか残っていない以上、その五頭が異常行動を示していたと断定することはできない。それでも確認すべき材料ではあった。

 

 職員の一人が一覧へ新しい行を追加した。

 

「小型だけじゃなくなった可能性がある、と」

 

「可能性だけです。死んでいる以上、行動は確認できません。ここから先は痕跡だけで決めないでください」

 

 御門が念を押すと、別の研究者が大型種へ広がる可能性について尋ねた。御門はすぐには答えず、画面に並んだデータを確認する。推測だけならいくらでもできるが、公的な会議で口にするなら、どこまでが観察事実で、どこからが仮説なのかを分ける必要がある。

 

「あります。ただし、『小型種から大型種へ何かが広がっている』という意味ではありません。そもそも感染性の現象なのかどうかさえ分かっていません」

 

「では、どういう意味ですか」

 

「もし体格ではなく成長段階が共通条件なら、成熟に時間のかかる大型種は、単にその段階へ達した個体が少ないだけかもしれません」

 

 画面に並ぶ大型種のデータへ視線が集まった。全長六メートル、七メートル、あるいはそれ以上。今まで同様の異常行動がほとんど確認されていないことは、安心材料の一つと思われていた。

 

「現時点で大型種に同じ傾向があるとは言えません。そこは重要です。ただ、大型だから対象外だとも言い切れなくなりました」

 

「大型肉食種で起きた場合は?」

 

「被害規模は、今までとは比較にならないでしょうね」

 

 御門はそれ以上続けなかった。

 

◇

 

 男が倒木のところまで戻ると、小型恐竜は言いつけを守って窪みの中にいた。

 

(よし)

 

 男の姿を見た途端、相手は窪みから飛び出してきた。いつもより速く近づき、男の前で止まる。匂いを確かめるように鼻先を動かしたあと、昨日角で裂かれた脇腹へ顔を寄せた。

 

(そこは昨日の傷。今日は戦ってない)

 

 もちろん通じない。小型恐竜はしばらく男の周囲を歩き、ようやく安心したのか、いつもの位置へ戻った。

 

(ちゃんと待てたじゃん)

 

 男はスポーツバッグを身体へ掛け、防水シートを固定した。赤い恐竜とは戦わず、距離を取ればそれで終わる。地図を確認し、赤い個体がいた方向を避けて迂回路を選んだ。少し遠回りになるが、安全には代えられない。

 

(行くぞ)

 

 男が歩き出すと、小型恐竜がついてくる。

 

 森の中をしばらく進んだところで、遠くから複数の車が走る音が聞こえてきた。ほどなくサイレンまで混じり始める。

 

(……何だ?)

 

 赤い恐竜を警戒して、警察が来たのかもしれない。それなら近づかないほうがいい。

 男は進路をさらに山側へ変えた。

 そのころ、赤い恐竜の近くでは別のことが起きていた。

 

◇

 

 最初の規制線が作られたころには、赤い恐竜は山林と道路の境界付近にいた。警察車両が道路を塞ぎ、自治体の職員が周辺住民へ屋内待機を呼びかける。大型肉食恐竜への対応資格を持つハンターも要請されていた。

 

 本来なら、それでよかった。距離を取り、山側を開け、恐竜が人間の多い場所から離れるのを待つ。御門からも同じ助言が届いていた。

 

 だが、現場には専門家だけがいるわけではなかった。

 

「赤いやつ、あそこだって!」

 

 規制線の外側に人が集まり始めた。その多くがスマートフォンを手にしている。

 温泉恐竜の騒ぎが起きたばかりだった。山奥の温泉に入っていた黒い恐竜の映像は広く知られ、珍しい恐竜の映像には価値があると、多くの人間が知ってしまった。

 

「もっと近くで撮れない?」

 

「警察いるから無理だろ」

 

「山側回れば見えるんじゃない?」

 

 警察官が止めているにもかかわらず、路肩へ車を停めようとする者が現れ、後続車がクラクションを鳴らす。人の声とエンジン音が重なり、山際の静けさが失われていった。

 赤い恐竜が顔を上げた。

 騒音から離れるように山側へ動き始めたが、その先にも人間がいた。撮影しようと規制線を避け、林道へ入った二人組だった。

 

「うわっ!」

 

 木々の間から現れた巨体を見て二人が叫び、反射的に走り出す。赤い恐竜も突然目の前に現れた人間へ驚いたらしく、身体を反転させた。山側への進路を失った結果、開いていた道路へ出る。

 

「下がって! 全員下がってください!」

 

 警察官の声で人が一斉に動き、停車していた車も発進しようとする。その混乱の中を、赤い恐竜は人間へ向かうのではなく、空いている場所を求めるように走った。

 

 しかし、六メートルを超える肉食恐竜が、人と車のいる道路を走れば、それだけで事故になる。

 

 停車していた軽自動車へ肩がぶつかり、車体が大きく揺れた。驚いた運転手が反射的にクラクションを鳴らすと、赤い恐竜は振り向き、頭を低くして車へ威嚇する。

 

 運転手は恐怖から急発進した。

 その急な動きに反応し、赤い恐竜も走り出す。

 追跡は数秒しか続かなかった。車が十分に離れると、赤い恐竜は速度を落として追うのをやめたが、その数秒だけで周囲の人間には「巨大な肉食恐竜が車を追った」という事実が残った。

 

 逃げ始める住民。恐竜が人間のいる方向へ走ったと判断する警察。そして現場へ向かっているハンターには、『赤色大型個体、車両を追跡』『市街地方向へ移動』『住民避難中』という断片的な情報が次々に送られていく。

 

 どれも嘘ではなかった。

 

 ただ、それだけを並べると、そこで起きたこととは少し違うものに見えた。

 

◇

 

「待ってください。この個体、やっぱり凶暴化していません」

 

 現地対策室とオンラインで接続していた御門が映像を止めた。

 

「車を追っています」

 

「その前を見てください」

 

 御門が映像を戻すと、山側へ移動しようとする赤い恐竜の先に林道へ入り込んだ人間が現れ、それを避けるために反転した個体が道路へ出ていた。そこでクラクションを鳴らされ、さらに急発進した車へ短時間だけ反応している。車が離れたあとは追跡を継続していなかった。

 

「刺激に反応しています。最初から人間を狙っているわけじゃない」

 

「でも市街地へ向かっています」

 

「だから危険なんです。凶暴化していないから安全、ではありません。追い詰められた大型肉食恐竜が、人と車の多い方向へ押し出されています。このまま刺激を増やせば、普通の個体でも攻撃します」

 

 現地の職員がハンターへの指示を確認すると、御門は先制射撃を待つよう求めた。まず山側への経路を開き直し、撮影目的で集まった人間まで含めて周辺から退かせる。そのうえで個体が自発的に山へ戻る余地を作るべきだった。

 その途中で、新しい映像が対策室へ入った。赤い恐竜が道路脇を走っている。

 その先には住宅がある。

 

「まずい」

 

「凶暴化が?」

 

「違います。人間が逃げ道を潰してます」

 

 御門はすぐに現場地図を開き、恐竜の位置と規制線、まだ人が残っている道路を重ねた。

 

◇

 

 男は遠くのサイレンを聞きながら、さらに市街地から離れる方向へ進んでいた。音の数は増えており、やがてヘリコプターらしい低い響きまで混じり始める。

 

(絶対近づかないほうがいいな。な?)

 

 後ろを見ると、小型恐竜は道端の木の葉を食べていた。

 

(聞いてないな)

 

 男は迂回を続けた。

 ところが夕方近くになると、山沿いの道路を走る緊急車両がさらに増えた。人間から距離を取るために道路を避け、斜面を登っている途中で、男は道路沿いに設けられた小さな休憩施設を見つけた。

 

 建物そのものは無人だったが、二十四時間開放されている休憩室があり、ガラス越しに壁のモニターが見えた。音量は小さいものの、ニュースが流れている。

 

(ちょうどいいな)

 

 福島へ入った以上、周辺で何が起きているのか確認しておきたい。

 

 小型恐竜がついてこようとしたので、男は少し離れた茂みを鼻先で示した。

 

(お前はこっち)

 

 通じたのか偶然なのか、小型恐竜はその場で座った。

 

(今日は優秀だな)

 

 男は建物へ近づきすぎない位置に身体を伏せ、ガラス越しにモニターを見た。警察車両と道路封鎖、避難する住民、上空から市街地を撮影するヘリコプターの映像が続き、そのあとに赤い巨体が映る。

 

(……あいつじゃん)

 

 昼間に見た個体だった。

 画面下には《福島県内 大型肉食恐竜が市街地付近へ侵入》という文字が出ている。

 

(何やってんだよ)

 

 男は昼間の姿を思い出した。草食恐竜を食べ、水を飲み、車の音がしても少し見ただけで追わなかった。少なくとも、あの時点では普通だった。

 

 ニュース映像では道路を走る赤い恐竜の周囲を人間と車が逃げ、別の角度から撮影された映像では、赤い個体が車体へ頭を向けて威嚇していた。嫌な状況ではあるが、昨日の五頭とは何かが違う。

 

(追われたのか?)

 

 男には詳しい経緯までは分からない。ただ、赤い個体は無意味に周囲へ攻撃しているようには見えなかった。走る車へ反応し、人間が近づけば威嚇し、進路を塞がれると別方向へ移動している。

 

 そこで画面がスタジオへ切り替わった。専門家らしい女性が映る。

 男にとっては初めて見る顔だった。

 画面の下には《恐竜行動学研究者 御門優子》という名前が出ていた。

 

『現時点の映像を見る限り、この赤色個体を、各地で確認されている異常行動個体と同じ状態だと考える根拠はありません』

 

 司会者が確認すると、御門は少なくとも現在確認されている行動については、通常の捕食や警戒、刺激への反応として説明できると答えた。ただし、大型肉食恐竜である以上、通常の状態でも極めて危険であることに変わりはない。

 

(やっぱりか)

 

 続いて話題が各地の異常行動へ移ると、御門は、それらが単純に小型種へ集中しているのではなく、成熟して間もない個体に偏っている可能性が出てきたと説明した。

 昨日の五頭が頭に浮かんだ。

 

(……あれか)

 

『では、大型種でも起こるんでしょうか』

 

『現時点では分かりません。大型種は成熟まで時間がかかりますから、今後も注意して追跡する必要があります』

 

 そこで話題は現場の避難状況へ移った。

 男は少しだけ考えた。

 

 昨日の五頭が、目の前の赤い個体ほど大きかったらどうなるのか。傷ついても逃げず、相手との力量差も無視して攻撃を続ける六メートルを超える肉食恐竜など、想像するだけで厄介だった。

 

(……それは嫌だな)

 

 後ろから小型恐竜が短く鳴いた。

 男が振り返ると、いつの間にか茂みから出て、数メートル後ろまで来ている。

 

(お前は来るなって言っただろ)

 

 仕方なく小型恐竜のところへ戻った。

 ニュースでは、赤い恐竜を山へ戻すため周辺の避難と交通規制を進めていると説明していた。ならば人間に任せればいい。専門家もいるし、ハンターもいる。自分が関わる必要はない。

 

(行くぞ)

 

 男は休憩施設を離れた。

 小型恐竜も当然のようについてくる。

 今度こそ市街地から離れる方向へ進み、二百メートルほど山へ入ったところで、遠くから乾いた音が響いた。

 

 男は足を止めた。

 銃声だった。

 少し間を置いて、二発目が響く。

 

(……撃った?)

 

 小型恐竜が不安そうに男の脚へ寄った。男はその身体を自分の後ろへ入れながら、市街地の方向を見る。

 赤い恐竜は凶暴化していない。

 

 昼間、自分が見た限りでもそうだったし、さっきテレビに出ていた御門という研究者も同じ判断をしていた。だからこそ、人間がうまく距離を取れば終わるはずだった。

 

 再び銃声が響いた。

 今度は一発ではない。

 何発も続いた。

 男はその場から動かなかった。脚へ寄ってくる小型恐竜を前肢でそっと押し、自分の後ろへ移動させる。

 

(……嫌な音だな)

 

 福島の空へ、ヘリコプターの音が重なっていた。

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