掲示板要素が途中にあります。
断章7 人生最後?の温泉よりも前の話
福島で起きた大型肉食恐竜による市街地被害は、日本国内だけで終わるニュースではなかった。
最初に海外へ広がったのは、赤い大型肉食恐竜が市街地を走る映像だった。放置された車両の間を六メートルを超える巨体が抜け、銃声が響き、建物の一部が壊れる。人工的に復元された恐竜が人間の生活圏へ入り込む事故そのものは、もはや世界で前例のない出来事ではない。それでも人口密集地域で大型肉食種と複数のハンターが交戦し、死者まで出した事件となれば、各国のニュース番組が扱うには十分だった。
ところが、数時間後には事件の焦点が変わった。
別の恐竜が現れたからである。
黒い個体が画面へ入ってくる映像は、いくつもの角度から残されていた。赤い恐竜が、路上で娘へ覆いかぶさる母親へ近づく。その横から黒い影が飛び込み、赤い巨体を横へ弾き飛ばす。四メートル近い肉食恐竜が母娘へ背中を向け、より大型の肉食恐竜との間へ立つ。
警察官が母娘を運び出してからは、さらに奇妙だった。
黒い個体の戦い方が変わったのである。
突破を防ぐような動きから、負傷していた赤い個体の後肢を狙う動きへ切り替わる。警察車両のサイレンと消防の放水で赤い個体の注意が逸れれば、その隙を使うように位置を変えた。そして最後には、唯一戦闘可能な状態で残っていたハンターを一度見たあと、自ら右肩を噛ませるように踏み込み、赤い恐竜の頭部を低い位置へ押さえ込んだ。
そこへ、ハンターの銃弾が撃ち込まれた。
赤い巨体が崩れる。
それだけなら、人間と野生動物が偶然同じ敵と戦った珍しい映像として処理されたかもしれない。しかし黒い恐竜は倒れた相手を食べず、周囲の人間にも襲いかからなかった。生き残ったハンターへ頭を下げ、救助された母娘の方向にも同じような動きを見せると、そのまま山へ向かった。
進路にいた警察官たちが道を空ける。
一人の若い警察官が敬礼した。
隣にいた警察官も続き、さらにその隣も続いた。やがて血に濡れた黒い恐竜の両側へ警察官たちが並び、その間を負傷した個体がゆっくり歩いていく。
海外へ最も速く広がったのは、その三十秒ほどの映像だった。
『Japanese Police Salute Mysterious Dinosaur After Fukushima Battle』
(福島での戦闘後、日本の警察が謎の恐竜に敬礼)
そんな見出しをつけた動画は、公開から数時間で再生数を伸ばした。
『WHY DID THE DINOSAUR BOW!?』
(なんで恐竜がお辞儀したんだ!?)
『Forget the bow. WHY DID THE POLICE SALUTE IT?』
(お辞儀より待て。なんで警察が敬礼してるんだ?)
『Japanese dinosaur has better manners than me.』
(日本の恐竜、俺より礼儀正しいんだが)
最初の数時間は、その程度だった。日本文化と恐竜という、海外のインターネットが好みそうな組み合わせである。黒い恐竜へ日本刀を持たせた雑な合成画像まで作られ、「SAMURAI DINOSAUR」という単語が飛び交った。
しかし、誰かが気づいた。
『Wait. Is this the SAME dinosaur from the Japanese hot spring video?』
(待って。これ、日本の温泉動画に出てた恐竜と同じやつじゃないか?)
比較画像が投稿された。
片方には、山形の山中で温泉へ浸かる黒い恐竜。もう片方には、福島の市街地で血まみれになりながら大型肉食恐竜と戦う黒い恐竜がいる。身体の大きさは違っていたが、体色や頭部、四肢、尾の特徴は一致しており、専門家が同一個体と判断するまで、それほど時間はかからなかった。
さらに過去の映像が掘り返された。
青森で、危険な状態にある親子の前へ割って入った黒い恐竜。宮城で、自分より大型の肉食恐竜と戦い、戦闘後には置いていた荷物の場所へ戻ってスポーツバッグを回収する姿。山形では温泉に入り、旅行者に発見されると人間へ向かわず逃げている。そして福島では母娘の前へ飛び込み、人間と共同で大型肉食恐竜を倒し、頭を下げて山へ帰った。
『Why does the dinosaur have LUGGAGE?』
(なんで恐竜が荷物持ってるんだ?)
その疑問は、お辞儀以上に海外の人々を困惑させた。
『I was okay with the dinosaur fighting another dinosaur.』
(恐竜が恐竜と戦うところまでは理解できた)
『I was willing to accept the hot spring.』
(温泉もまあ受け入れよう)
『BUT WHY DOES IT HAVE A SPORTS BAG?』
(でもなんでスポーツバッグ持ってんだよ)
やがて過去映像を時系列順にまとめた動画まで作られた。
『The increasingly strange life of Japan's Hot Spring Dinosaur』
(どんどん奇妙になっていく日本の温泉恐竜の生活)
学名でも個体識別番号でもない日本の呼び名は、そのまま英訳されて海外へ定着していった。
『HOT SPRING DINOSAUR』
いつしか、それだけで通じるようになっていた。
◇
もっとも、海外の研究機関や行政が日本の黒い恐竜へ注目した理由は、奇妙な行動や福島での戦闘だけではなかった。
同じ時期、恐竜を野生動物として抱える複数の国で、説明の難しい攻撃事例が報告され始めていた。
北米では、人間の生活圏に比較的近い場所へ定着していた小型種の群れが、これまでなら避けていたはずの車両や人間を執拗に追跡する事例が続いた。南米では農場周辺へ現れた小型の雑食種が、餌を得たあとも離れず作業員への攻撃を繰り返し、オセアニアでも若い個体を中心とする群れがレンジャーの威嚇に反応せず接近を続けた例が記録されている。地域も種も異なり、行動の程度にも差があったため、当初はそれぞれ独立した事故として処理されていた。
恐竜が人間を襲うこと自体は、異常ではない。肉食種なら捕食があり、草食種でも縄張りや防衛、繁殖、負傷、子を守るための攻撃は起こる。人間側が距離を詰めすぎれば、普段はおとなしい種でも危険になる。
問題視されたのは、攻撃そのものではなかった。
通常なら脅威から距離を取り直す場面でも接近を続け、威嚇や負傷を受けても行動を中断しない。獲物を追っているわけでも、巣や子を守っているわけでもないのに、一度反応した対象へ繰り返し向かっていく。日本で報告され始めていた事例と、よく似ていた。
ただし、この段階で各国の研究者が共有できていたのは、その程度だった。感染症を示す共通所見は確認されておらず、特定の餌や薬剤、人工遺伝子系統との関連も証明されていない。そもそも世界各地の事例が本当に同じ原因によるものなのか、それさえ確定していなかった。
それでも統計を並べれば、無視しにくい偏りが一つあった。
若い個体が多い。
そして現時点では、比較的成長の早い小型種での報告が目立っていた。
だからこそ、福島事件は海外でも一時混乱を招いた。
『Was the red dinosaur another aggression case?』
(赤い恐竜も異常攻撃の事例だったのか?)
六メートルを超える大型肉食恐竜が市街地へ入り、七人のハンターが投入され、六人が死亡した。世界各地で原因不明の攻撃事例が問題になり始めている時期に起きた事件としては、二つを結びつける者が出るのも無理はなかった。
しかし、日本側の分析は早い段階からそれを否定していた。
赤い個体は、市街地へ入る以前には通常の採食、飲水、警戒、休息を行っている。通過した車両を追跡した記録もなく、人間を探して襲っていた形跡もない。市街地では人間、車両、道路規制、撮影目的で山側へ入った人々によって退路を失い、さらに銃撃を受けた結果、周囲の脅威へ反応し続けていた。
危険だったことと、行動が異常だったことは同じではない。
海外向けの取材でも、御門優子はそこを繰り返した。
「福島の赤色個体と、現在各国で報告されている異常行動を同じものとして扱うべきではありません。大型肉食種が人間を死亡させたという結果だけを見れば似ているように感じますが、行動に至る過程が違います」
「では、福島事件は世界的な異常行動とは無関係であると?」
「少なくとも、赤色個体をその事例へ含める根拠はありません。前後の挙動を見ればパニックになった大型肉食恐竜の行動であると考えたほうが順当です」
「それでは、今後この自体が大型種でも起こる可能性は?」
御門は少しだけ返答を遅らせた。
「分かりません。現在目立っているのは小型種と中型種です。ただし、それが身体の大きさそのものと関係しているのか、別の要因によるものなのかも分かっていません。体積に対して一定量が蓄積すると発症する脳炎のようなものでない限り、小、中型種のみに限定される状態とは判断できません。大型種でも起こりえる、と考えて備える必要があります」
福島では、正常な大型肉食恐竜一頭を止めるだけで六人のハンターが死亡している。もし同じ規模の個体から、本来備わっているはずの退避や抑制まで失われたらどうなるのか。その仮定を御門は口にはしなかったが、関係者にとっては説明されるまでもなかった。
そして海外では、もう一つの理由から黒い恐竜への関心が強くなっていた。
こちらも若い個体だったからである。
青森で初めて明確な映像が残った時点では現在よりはるかに小さく、その後、短期間で急速に成長している。それだけを見れば、世界各地で問題になっている個体群と重なる部分がある。
ところが行動は、ほとんど正反対だった。
人間を見つけても追わない。集落へ積極的に入らず、人間から食物を奪った記録もない。危険な状態にある人間の前へ二度介入した可能性があり、山形では人間に発見されると自分から離れている。
『So the aggressive dinosaurs are young, and the weirdly polite dinosaur is ALSO young?』
(狂暴化している恐竜は若くて、妙に礼儀正しい恐竜も若いのか?)
『Maybe Japan got the defective one backwards.』
(日本だけ不具合の方向が逆なんじゃないか)
『Do not call the dinosaur that fought a six-meter predator "defective."』
(六メートル級と戦った恐竜を不具合品呼ばわりするな)
『He has a bag and takes baths. He's doing better than us.』
(バッグ持って風呂入ってるんだから、俺たちよりちゃんとしてる)
冗談の裏で、研究者たちは慎重だった。
黒い個体と異常行動を示す個体に関連があるという証拠はない。同じ若い個体というだけで結びつけるには違いのほうが大きすぎる。それでも、世界各地で若い恐竜の行動が問題になり始めた時期に、まったく別の意味で既存の動物行動から外れ続ける若い個体が日本を移動している。
御門は海外研究機関から届いた事例一覧と、黒い個体の記録を同じ机の上へ置いていた。
だが、二つを結ぶ線は引かなかった。
まだ、その線を引く理由がなかった。
◇
海外メディアが次に始めたのは、専門家探しだった。
「温泉恐竜は人間を守る習性か教育を受けた恐竜だと考えていいのでしょうか?」
「駄目です、現状そこまで高度な判断をさせる教育事例がありません」
「過去の二件を見ても、人間に友好的では? お辞儀などの文化も把握している」
「二件で断定できるなら、ヤンキーは捨て猫を拾う習性があると言えます。いずれもそう見える行動が記録されています」
「斜線の誘導など、銃を理解しているようですが?」
「行動を分析すればその可能性は高いですが、そうと断定して作成や行動を決めることはできません」
メディアとしては一般人からの認知度と人気から御門にはわかりやすい答えを引き出したかったが、一筋縄ではいかない。業を煮やして問いを投げかける。
「御門先生。それでは、何なら断定できますか?」
御門は少し考えた。
「そうですね、温泉に入るのは好きでしょう」
そこだけは確実だった。
インタビュー映像が海外へ転載されると、御門まで妙な人気を得た。
『Japanese scientist refuses to speculate on anything except dinosaur spa preferences.』
(日本の研究者、恐竜の温泉の好み以外は何一つ断定してくれない)
本人にとっては不本意な要約だった。
しかし研究者へ聞いても慎重な回答しか返ってこないと分かった海外メディアは、別の専門家へ目を向けた。
ハンターである。
数日後、日本国内で収録された海外ニュース番組の特集に、一人の男が呼ばれた。
榊原宗一、四十六歳。
大型種を含む危険恐竜の捕獲・討伐を長く経験している現役ハンターだった。
番組は、日本の制度の説明から特集を始めた。多くの国では軍や専門の公的機関が受け持つ仕事を、この国では自衛隊と民間人が連携して担っている。危険な恐竜が人里へ出たとき、警察が行うのは住民の避難と道路の封鎖までで、初動として実際に銃を向けるのは、自治体の要請を受けて出動する登録ハンターである。扱える相手は資格で区分され、大型の危険個体に対応できる者は全国でも限られていた。
榊原はその一人で、出動実績をもとにした国内の順位表では、長く上位に名前がある。
「日本では、軍だけではなく民間人が恐竜と戦うのですね」
司会者の最初の質問に、榊原は首を傾げた。
「自衛隊も出動することも多いですが、どうしても即応性というか各地に点在していない分、地場のハンターが初動を担うことが多い面はあります。また、ハンターが戦う、というと少し違いますね。出動しても十中八九は撃ちませんから」
「そんなにですか?」
「足跡を見て、どこから来てどこへ帰るのかを調べる。人を近づけないようにして、帰り道を空けて、帰ってもらう。撃つのは、それが全部駄目だったときです。恐竜が出るたびに撃ってたら、恐竜より先に弾が足りなくなりますよ。向こうは山にいくらでもいて、こっちは資格を取るだけで何年もかかるし、武器の所持にも厳密な規定がある」
「榊原さんはハンターランキングでは上位だと伺いました。これまでに何頭を討伐したのですか?」
「いえ、数えてません」
「討伐数を数えていない?」
「ランキング、あれは出動の点数です。強さの順番でも、倒した数の順番でもない。俺が数えてるのは別のほうです」
「別の、というと」
「一緒に仕事をして、一緒に帰ってきた人数です」
司会者が手元の資料へ目を落とした。番組の調べでは、榊原が現場をまとめた出動で、班から死者が出たことは一度もない。最近は若手のホープも加入して、ますます勢いづいて来ている印象だった。
それを読み上げられると、榊原は少し嫌そうな顔をした。
「運がよかっただけです。福島の七人だって、あの日の朝までは同じことを言えたはずですよ」
司会者は福島の戦闘映像を表示した。
「単純な質問です。赤い恐竜と黒い恐竜。どちらが強かったのでしょう?」
「赤い方ですね」
榊原は即答した。
司会者が少し驚く。
「しかし、最終的に倒されたのは赤い個体ですが」
「ええ、ですが黒いやつが一頭で倒したわけじゃないですから」
榊原はモニターを指した。
「ここ見てください」
映像が停止する。
赤い大型肉食恐竜の左後肢だった。
「もうかなりやられてます。踏み込みが浅いでしょう。黒いのが来る前から七人のハンターが戦って、ここまで傷を負わせてる。元気な状態でこの二頭を何もない場所へ放り込んだら、俺なら赤の勝ちに有り金を賭けますよ」
榊原は、画面に映る傷の一つを指で囲んだ。
「特にこれ。走ってる相手の脚の、関節のすぐ上に弾着してる。まぐれじゃないですよ。街の中で、弾の行く先に家がないか確かめながら、狙って当ててる。これができる人がいなかったら、最後の形にはなってません」
「では、黒い個体は恐竜でも弱いほうであると?」
「何でそうなるんですか、前提をずらされたら比較の意味がないでしょう」
榊原は少し困った顔をした。
「四メートル程度の個体が、自分より二メートル以上でかい大型肉食種と格闘して持ちこたえている。十分おかしいです」
司会者が笑ったが、榊原はそのまま映像を巻き戻した。
母娘がまだ現場にいる。黒い個体は赤い恐竜の正面近くへ位置し、突破を防ぐように動いている。やがて警察官によって母娘が運び出されると、黒い個体が横へ回った。
「ここから動きが変わるでしょう」
「親子がいなくなった時から?」
「ええ、そう見えますね。理由はわかりませんが」
「分からない?」
「分からないものは分からないですよ。ただ、戦う側から見るなら、ここまでは赤いやつを通さないことを優先してるように見える。親子がいなくなったら、今度は傷んでる左後肢を狙い始める。それと、回る向きです。数えた限り、全部左。常に負荷をかけさせるのは傷んでる脚の側で、一度も逆へ回ってない。俺がこいつと戦うなら、この挙動ができる判断力は絶対に覚えておきます」
「恐竜の知能範囲を逸脱するような、知的な戦術判断だと?」
「そう見えるし、私見で言えば相対するならそう言った知能があることを前提に、こちらの戦術も組みますね。また、詳しくは研究者に聞いてください。行動生理学の観点で判断できるかどうかと、現場で警戒するかどうかは別ですから」
司会者は質問を変えた。
「赤い個体のほうはどうでしょう。世界各地で報告されている、異常な攻撃を続ける個体と同じだったと思いますか」
「研究者が違うと言ってるなら、違うんでしょう。現場の感覚でも違います、あれは正しく怯えていた」
「どこがですか」
「撃たれたら建物の陰に入ってる。水をかけられたら顔を背けてる。嫌なことをされたら、ちゃんと嫌がるんですよ、こいつは。追い詰められて暴れてるだけで、中身は普通の大型です」
榊原は少し間を置いた。
「最近、小さいので妙なのを何度か相手にしました。空へ一発撃てば、普通は散ります。散らないんです。追い払っても戻ってくる。嫌がらない」
「それが大型種で起きたら?」
「考えたくないですね」
答えは短かった。
「普通のやつ一頭で、腕のいいのが六人帰れなかったんです。あれが嫌がらなくなったら、撃つ場所を選んでる余裕なんかなくなる。市街地で討伐することになれば、それこそ相当なコラテラルダメージを覚悟しないといけない」
御門が口にしなかった仮定を、榊原は現場の言葉でそのまま言った。
「あなたが福島の現場にいれば、結果は違ったと思いますか」
「思いません」
即答だった。
「同じ条件で入れば、俺も帰れなかった側かもしれない。後から映像を見た人間が、あの七人に点数をつけることはできない」
「では、どうすれば変えられたと思いますか?」
「始まってからは変えられません。変えられるとしたら、撃つ前です。山側へ入った見物人を先に退かせて、帰り道を一本空けておく。そこまでできていれば、たぶん誰も死なずに済んだ。銃の腕やハンターの数の話じゃないんですよ、殺そうとすれば殺そうとしてくる。そこまで追い詰めるなら、殺しきる覚悟と準備が必要です」
映像は終盤へ進んだ。
黒い恐竜が生き残ったハンターを見る。右肩を噛ませ、赤い個体の頭を押し下げる。そこへ銃弾が撃ち込まれる。
榊原はその場面を二度再生した。
「この挙動ができるということは、俺が相手する側であれば、かなりやっかいですね。もし本当に銃を持った人間が何をできるのか分かってて、この位置取りと射線を作ったなら、普通の大型肉食種と同じつもりで相手しちゃ駄目でしょう」
「では、我々はこの個体に対してどうすべきだと思いますか?」
榊原は少し考えた。
「触らぬ神に祟りなし。好奇心は猫をも殺す。こちらから好奇心で近寄って、人間を学習させすぎるのも危険ですよ、こちらの弱点を観察される。下手をすれば民間人を盾にしたり、インフラを破壊するような、悪辣な手段を学習しかねない」
その回答は、海外でかなり好評だった。
『Finally, a dinosaur hunter whose strategy is "don't fight the dinosaur for no reason."』
(ついに「理由もなく恐竜と戦うな」が戦術の恐竜ハンターが出てきた)
『He doesn't count kills. He counts who came home.』
(倒した数じゃなくて、帰ってきた人数を数えてるのか)
『This man has survived this long for a reason.』
(この人が長く生き残ってるのには理由がある)
『Scientists: We need more data.』
(研究者「もっとデータが必要です」)
『Hunters: I don't know what it is and I don't want to make it angry.』
(ハンター「何なのか分からんし、怒らせたくない」)
最後の投稿には、御門と榊原の顔写真が並べられていた。
本人たちは知らなかったが、海外では二人とも少しずつ顔を覚えられ始めていた。もちろん頭に手ぬぐいと温泉マークをつけたファンアートが氾濫する黒い恐竜も。
断章8 ワールドワイド温泉恐竜 了