配信開始まで、あと十五分。
竜崎は、パソコンの画面に表示されたサムネイルを、しばらく黙って見つめていた。
いつもなら、ここには赤と黄色の太い文字が躍っている。「衝撃」「ヤバすぎる」「専門家も絶句」。目を引けば引くほど再生数が伸びる。三十二万人の登録者を抱えるまでに、竜崎はそういう作り方を、嫌というほど覚えてきた。
今日のサムネイルは、白い背景に、黒い文字が一行だけだった。
【重要】昨今の情勢下における外出に関する注意事項
「……地味っすね」
後ろで機材を確認していた編集担当の若いスタッフが、ぽつりと言った。
「地味でいいんだよ」
竜崎は、マウスから手を離した。
机の端には、この一か月のニュースを書き出したメモが置いてあった。長野で、中型肉食恐竜五頭が逃走、死者八人。群馬で、包囲作戦の最中に草食恐竜八頭が乱入。北海道では、自衛隊の災害派遣が三週目に入った。九州では、市街地への侵入。四国沖では、海竜による漁船の被害。そして、海外。南米の山あいの村が、一晩で消えた。
メモのいちばん下に、赤いペンで書き足した一行があった。
群馬の現場に「温泉恐竜を探しに来た」配信者。斜面で滑落。救助にハンター二人と警察官四人。その間、封鎖線の一角が空いた。
「……あの人、俺の配信、見てたんだよな」
竜崎は、低い声で言った。
「コメントで、何回か名前見たことある。温泉恐竜の回のとき、絶対会いに行くって書いてた。俺、そのとき、笑って読み上げたんだ。会えたらすごいですねー、って」
スタッフは、何も言わなかった。竜崎は、配信開始のボタンに指を置いた。
◇
『こんばんは。D竜崎チャンネルです』
いつもの「はいどうもー!」は、言わなかった。
『今日は、いつもの解説回じゃありません。最初に言っておきます。今日の配信は、面白くないです。笑いどころも、たぶん一個もないです。それでも、最後まで聞いてほしいです』
コメント欄が、少しざわついた。
《え、どうした竜崎》
《声のトーンがいつもと違う》
《サムネで察した》
《エンタメしてないじゃん》
『今、日本中で、恐竜の異常行動が起きてます。皆さんもニュースで見てると思います。長野、群馬、北海道、九州、四国沖。それから海外。今日は、それがどれくらいまずいことなのかを、できるだけ正直に話します』
竜崎は、手元の資料を画面に映した。
『まず、数字です。日本の登録ハンターは、全国でだいたい三千人います。多いと思いますか。でも、ひとつの県ですぐに動ける人数は、だいたい十人から二十人です。長野の五頭のときも、最初に現場に入れたハンターは九人でした』
《九人で五頭はきつい》
《少なすぎない?》
《ハンターが足りないなら、一般人にも銃を持たせればいいだろ。アメリカみたいに各家庭で自衛すればいい。いつ来るか分からない助けを待つより、自分で撃てるほうがよっぽど安全。規制規制で何もさせないから、こういうことになるんだよ》
《>>銃持たせろ 長野の映像見た? プロのハンターが撃っても止まらなかったんだぞ。素人が住宅地で撃ったら、流れ弾で隣の家の子どもが死ぬ。恐竜より先に人間が人間を撃つことになる》
《そもそも人工恐竜なんか全部殺せばいい。最初から作らなきゃよかったんだ》
『銃を持たせろ、っていう意見、毎回出るんですけど、俺は反対です。訓練を受けたハンターでも、異常個体には何発も撃ち込まないと止まらない。そこへ慣れてない人が撃てば、外れた弾がどこへ行くか分からない。……それから、全部殺せ、の話は、あとでします』
『で、話を戻すと。それで足りてたんです、今までは。普通の恐竜は、人間を避けるから。クラクション鳴らして、人が集まって、大きな音を出せば、ほとんどの恐竜は山へ戻っていく。日本の恐竜対策は、そういう恐竜を前提に作られてます』
竜崎は、少し間を置いた。
『でも、今、異常行動を起こしてる個体は、逃げません。撃たれても寄ってくる。一頭を止めるのに、今までの何倍もの人が要る。しかも、それが同じ週に、何か所も起きてる』
『自衛隊は、北海道と九州の大規模対応に部隊を出しっぱなしです。警察も、自分の県だけじゃなくて、隣の県の応援に回ってます。誰もさぼってません。みんな、ぎりぎりまでやってます。それでも、足りてないんです』
《政府は何やってんだよ》
《政府は恐竜業界とズブズブだから動かないんだよ。観光だの輸出だので儲けてる連中が献金してるから、本気で取り締まれない。原因だってとっくに分かってて隠してるに決まってる。だいたい異常個体ってウイルスなんだろ? 近づいたらうつるって聞いた。ペットの超小型も全部処分しないと、そのうち人間にもうつる》
《>>ウイルス ソースどこ? そういうデマで去年、近所の人がペットの小型恐竜を河原に捨ててったんだけど。捨てられたほうが野良になって危ないだろ》
《全部処分って簡単に言うけど、国内に何十万頭いると思ってんの。山ごと焼くのか。恐竜観光で食ってる地域だってあるんだぞ》
《>>何十万頭 だから何? 人が死んでるんだぞ。観光と命どっちが大事なんだよ》
『ちょっと待ってください。一個、訂正させてください』
竜崎は、コメント欄の一つを指でなぞった。
『異常個体がウイルスで、近づいたらうつる、っていう話。これ、違います。少なくとも、今のところ、感染症を示すものは見つかってません。前に出てもらった御門先生も、はっきりそう言ってました』
『さっきの、全部殺せ、全部処分しろ、っていう話も。怒る気持ちは、分かります。人が死んでるんだから。でも、異常行動を起こしてるのは、今のところ一部の個体です。ほとんどの恐竜は、今も人間を避けて山で暮らしてる。それを全部殺しに山へ入れば、その分ハンターが取られて、本当に危ない個体のほうへ手が回らなくなる。今いちばん足りないものを、いちばん要らないところに使うことになります』
『それから、政府が原因を隠してる、っていう話。隠してるかどうかは、俺には分かりません。でも、分かってないことを、分かってないって言ってるだけかもしれない。研究って、そういうものなので。……前に俺、地震と凶暴化を結びつけて、思いっきり外したことがあるんで。分かったつもりになるのが一番まずいって、身に染みてます』
《竜崎の地震説は伝説》
《自分で言うな》
《でも、こういうとこは信用できる》
『政府が何をしてるか、俺には全部は分かりません。でも、少なくとも、現場の人たちは寝ないで動いてます。それは、取材で何人も会ったから、知ってます』
竜崎は、海外のニュースの画像を映した。屋根の抜けた家。焼け焦げた車。誰もいない村の通り。
『これは、南米の山の中の村です。人口は二百人くらいでした。一晩で、こうなりました。東アフリカでも、東南アジアでも、似たような村がいくつも出てます。どこの国も、軍隊を出して、それでも間に合ってません』
『日本は、まだ、こうなってません。それは、この国の仕組みが、ぎりぎりのところで持ちこたえてるからです。登録制度があって、ハンターがいて、警察も消防も、事件が起きれば何時間かで駆けつけてくれる』
竜崎は、カメラを真っ直ぐに見た。
『でも、ぎりぎりなんです。どこか一か所で余計な手間がかかったら、その分、別のどこかが手薄になる。そういう状態です』
◇
『だから、今日お願いしたいことは、三つです』
竜崎は、指を一本立てた。
『一つ目。外出は、最低限にしてください。特に、夕方から朝にかけて。異常行動の個体は、夜にも動きます。暗くなってからの散歩、ジョギング、ちょっとコンビニまで、っていうのは、しばらく我慢してください』
《夜のコンビニも駄目なのか》
《犬の散歩どうしよう》
《長野の人、犬の散歩中だったんだよな……》
《はっきり言うけど、今の時期に外に出るやつは全員自己責任。警報が出てるのに出歩いて襲われたなら、助けに行かなくていい。そいつのせいでハンターが死んだらどうするんだよ。外出したやつの救助は後回しにする法律を作るべき》
《>>自己責任 夜勤の看護師とか介護職はどうすんの。うちの母親、毎朝五時に家出て施設のおばあちゃんたちの朝ごはん作ってるんだけど。出歩くなって言うなら、誰が代わりにやるんだよ》
《>>自己責任 好きで出歩いてるやつと、出なきゃいけないやつを一緒にすんな》
『自己責任、っていう言葉、今日はなるべく使わないでほしいです』
竜崎は、少しだけ声を落とした。
『仕事で出なきゃいけない人もいます。看護師さんも、介護の人も、物流の人も。その人たちがいるから、俺たちは家にいられる。出た人を見捨てろ、っていう話じゃないんです。出なくていい人が出ないことで、出なきゃいけない人のために、助けの手を空けておく。そういう話です』
『犬の散歩は、明るい時間に、短く。できれば、人通りのある道で。それから、自治体の防災無線と、警戒情報のアプリは、必ず入れておいてください。自分の住んでる地域に警報が出てないか、出かける前に一回だけ確認する。それだけで、だいぶ違います』
二本目の指を立てた。
『二つ目。これ、すごく大事なんですけど。外出を減らせ、って言うと、必要なことまで我慢しちゃう人がいるんです。それは、駄目です』
竜崎は、少し声を強めた。
『薬。食料。病院。こういうのは、先延ばしにしないでください。特に、持病の薬。切れそうになってから慌てて取りに行くのが、いちばん危ないです。そのときに、たまたま近くで何か起きてたら、もう行けなくなる。行けなくなっても、薬は待ってくれない』
『だから、今のうちに。明るいうちに。余裕があるうちに。かかりつけの病院や薬局に相談すれば、少し多めに出してもらえることもあります。行くときは、行き先と帰る時間を、家族か誰かに必ず伝えて。用事を済ませたら、寄り道しないで、まっすぐ帰る』
コメント欄が、少しずつ質問に変わっていった。
《うちの親、透析あるんだけど》
《子どもの通院ってどうしたら》
《物資の買い出しは週何回くらいがいい?》
『透析とか、定期的な通院が必要な方は、病院と自治体が送迎や時間の調整をしてるところもあります。問い合わせてみてください。買い出しは、できるだけまとめて、回数を減らす。それだけです』
そのとき、一つのコメントが、竜崎の目に留まった。
《八王子住みです。母の持病の薬があと一週間分しかなくて。いつもの薬局が、恐竜のせいで臨時休業になってて、別の薬局は入荷が二十四日の午後になるって言われました。その日に取りに行って大丈夫ですか》
竜崎は、そのコメントを読み上げた。
『……二十四日の午後。クリスマスイブですね』
少しだけ、考えた。
『行ってください。それは、行かなきゃいけないやつです。お母さんの薬なんだから』
『ただ、さっき言ったことを、全部守ってください。明るいうちに。入荷の時間に合わせて、できるだけ早く。行き先と帰る時間を、家族に伝えて。防災無線とアプリを、出る前に確認して。もし近くで警報が出てたら、薬局に電話して、受け取りの時間をずらせないか相談して。用事が済んだら、寄り道しないで、まっすぐ帰る』
竜崎は、少しだけ笑った。今日の配信で、初めての笑顔だった。
『イブなんで、ケーキくらいは買って帰っていいと思います。でも、それも明るいうちに』
《イブに出かけるとか、どうせ薬のついでに遊びに行く口実だろ。今こそ家にいろよ。そういうやつが一番迷惑》
《>>口実 薬って書いてあるだろ。読めないのか》
《>>口実 親の薬が切れるかもしれない人に、よくそれ言えるな》
《八王子住みです。ありがとうございます。そうします》
『はい。気をつけて』
『それから、口実だろ、って書いた人。……薬を取りに行く人に、そういうことを言わないでください。行かなきゃいけない人が、行きにくくなるだけです。それで行くのが遅れたら、もっと危なくなる』
竜崎は、そのコメントの主が誰なのか、知らなかった。知る必要もなかった。画面の向こうの、名前も顔も知らない一人。今日の配信を見ている何万人の中の、たった一人だった。
◇
『三つ目です』
竜崎は、三本目の指を立てた。それから、しばらく、何も言わなかった。
コメント欄の流れが、少しだけ遅くなった。
『……これが、今日いちばん言いたいことです』
竜崎は、手元のメモの、赤いペンの一行を見た。
『先週、群馬で、逃げた肉食恐竜を包囲する作戦がありました。そのとき、現場の近くに、温泉恐竜を探しに来たっていう配信者がいました。立ち入り禁止の山に入って、斜面で足を滑らせて、動けなくなりました』
『その人を助けるために、ハンターが二人と、警察官が四人、現場を離れました。命に別状はなかったそうです。よかったです。本当に、よかったと思ってます』
『でも、その六人がいなかった間、封鎖線の一角が空きました』
竜崎の声が、少しだけ揺れた。
『何も起きなかったのは、運がよかっただけです。もしそのとき、逃げた二頭がそっちへ抜けてたら。封鎖線の向こうには、民家がありました。学校もありました』
『その配信者の人、俺の配信、見てくれてた人です。コメント欄で、温泉恐竜に絶対会いに行く、って書いてくれたこともありました。俺、それを笑って読み上げました。会えたらすごいですね、って』
竜崎は、カメラから目を逸らさなかった。
『……ごめんなさい。あれは、言っちゃいけなかった』
コメント欄が、止まった。数秒、何も流れなかった。
それから、ぽつり、ぽつりと、文字が流れ始めた。
《竜崎のせいじゃない》
《謝ることじゃない》
《自分の責任でないことまで背負い込むのは美徳というより、同情狙いに見えるからやめな》
《その配信者、名前出せよ。晒して二度と配信できないようにすればいい。そういう馬鹿は一回痛い目を見ないと分からない。むしろ助けないで放っておけばよかったんだよ。そうすれば他の野次馬も懲りる》
《>>晒せ それやったら、お前も同じことしてるからな。叩くために人が群がるのも、野次馬だろ》
《そういえば、夏の終わりにも青森で配信者が死んでたよな。酸ヶ湯の近くの山で、秘湯探してたら、落雷の跡っぽいのに全然焦げてない変な場所を見つけて、そこを映した直後に草食恐竜の群れに襲われたやつ。あれもアーカイブは消えてるけど転載されまくってて、今見ると怖すぎる》
《>>青森 草食じゃなくて小型の雑食な。普段は人間なんか追わない種類だったのに、何頭もで追い回してた。あれが最初の頃の異常個体だったって言われてる》
《>>青森 あの焦げてない場所、結局何だったんだろうな。ニュースにもならなかったし、誰も調べに行ってない》
《>>青森 行くなよ。今日そういう話してんだぞ》
『……名前は、出しません。晒すのも、やめてください』
竜崎は、はっきりと言った。
『それから、助けなきゃよかった、っていうのは、違います。絶対に違う。助けに行くのは、当たり前です。現場の人たちは、相手がどんな馬鹿でも、助けに行くんです。そういう人たちなんです。……だからこそ、その人たちに、余計な一回を使わせないでほしいんです』
『今、日本の恐竜対策は、ぎりぎりで回ってます。だから、誰かが「どうせ誰かが助けてくれるだろう」って思って無茶をしたら、その一人を助けるために、何人もの手が取られます。その手は、本当なら、別の誰かを守るはずだった手です』
『あなたが無茶をして助けを呼べば、その分、誰かの家族のところに、助けが届かなくなるかもしれない。逆に言えば、あなたが自分の身を自分で守れば、その分、誰かを守る手が一つ空くんです』
『自分のために、気をつけてください。それから、誰かのために、気をつけてください』
《温泉恐竜が助けてくれるんじゃないの?》
《温泉恐竜こそ一番危ないと思う。人間に慣れた肉食恐竜とか、いちばん怖いやつだろ。今は大人しくても、異常個体になったら人間の近くまで平気で来るんだぞ。福島で一回助けたからって、英雄扱いしてる場合じゃない。今のうちに駆除しとけ》
《>>駆除しとけ 青森で親子助けたのも、福島で母娘の前に立ったのも見てないの? あいつがいなかったら死んでた人がいるんだぞ》
《逆に、あいつに首輪つけて国が使えばいいじゃん。人間の言うこと分かるんだろ。自衛隊の代わりに異常個体と戦わせればいい。人手不足も解決》
いくつかのコメントが、続けて流れてきた。竜崎は、一瞬だけ口元を緩めかけて、それから、最初の一つを読み上げた。
『……温泉恐竜ですね』
少しだけ、言葉を探した。
『あいつは、たしかに、何回か人を助けてます。福島でも、栃木でも。俺も、あいつのことは好きです。この配信でも、何回も取り上げてきました』
『でも、あいつは、救助隊じゃないです。たまたま居合わせたところで、たまたま助けてくれただけです。あいつを当てにして危ないところへ行くのは、やめてください。あいつを探して山に入るのも、やめてください』
竜崎は、少しだけ目を伏せた。
『それと、駆除しろ、っていう人と、首輪つけて使え、っていう人。どっちも、俺は違うと思います』
竜崎は、少しだけ言葉を選んだ。
『あいつが本当に安全かどうかは、正直、誰にも分かりません。だから、近づかないでほしい。それは、駆除しろ、とは違います。それから、あいつは道具じゃないです。人を助けたから戦わせろ、っていうのは、助けてもらった側の言うことじゃないと思う』
『……あいつも、たぶん、どこかへ帰る途中なんだと思います。邪魔しないであげてください』
◇
『最後に』
竜崎は、背筋を伸ばした。
『怖がりすぎなくていいです。家に閉じこもって、何もできなくなる必要はないです。必要なことは、ちゃんとやってください。薬も、食べ物も、病院も』
『でも、なめないでください。今は、いつもの冬じゃないです。自分のことは、自分で守る。それが、今いちばん、誰かの役に立つことです』
『今日の配信は、アーカイブを残します。切り抜きも、自由に使ってください。広告もつけません。家族とか、友達とか、こういうの見なさそうな人に、送ってあげてください』
『以上です。……今日も、最後まで聞いてくれて、ありがとうございました。D竜崎でした』
配信が終わる直前、コメント欄に、見覚えのある名前が流れた。
【美月】拡散します。うちのフォロワーさんにも見てもらう。竜崎さん、ありがとう。
画面が暗くなった。
◇
配信が終わったあとも、竜崎はしばらく椅子から動かなかった。
同時視聴者数の最高は、九万人を超えていた。普段の三倍だった。けれど、それを見ても、何も嬉しくなかった。
「……お疲れさまでした」
スタッフが、温かい缶コーヒーを机の上に置いた。
「おう」
竜崎は、缶を握ったまま、アーカイブのコメント欄をスクロールした。八王子住みです、というコメントが、まだそこに残っていた。お母さんの薬。二十四日の午後。
「……明るいうちに、行けるといいな」
竜崎は、誰にともなく呟いた。
画面の向こうの、名前も顔も知らない誰か。その誰かが、その日、どんな道を歩いて、何に出会うことになるのか。竜崎には、知るすべもなかった。
窓の外では、冬の雨が、静かに降り始めていた。
断章 正しい畏れ 了