温泉恐竜は家に帰る   作:ごろうまるし

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本日二話目。
前話が長いので区切ったらこっちが短くなっちゃった。



第48章 雪の上の足跡

 黒い背中が雪の斜面の向こうに消えた。

 峠の駐車場には灯油ストーブの燃える音だけが残った。誰も口を開かなかった。最初に沈黙を破ったのは榊原だった。

 

「……で」

 

 帽子をかぶり直しながら、榊原は北の山から目を離さずに言った。

 

「どうするんだ、これ」

 

「どう、とは」

 

 御門が振り返った。

 

「とぼけるな、先生。四メートル超えの肉食恐竜だぞ。昨日、八王子で同じ肉食を一頭、跡形もなく引き裂いた個体だ。それを俺たちは目の前で治療して、発信機までつけて、手を振って見送った」

 

 榊原はようやく御門のほうを向いた。

 

「上にバレたら、ただじゃ済まん。俺と岳はハンターの登録を取り消されるかもしれん。日下部先生だって獣医の免許がどうなるか分からん。あんたはたぶんクビだ」

 

「クビで済めば、いいほうですよ」

 

 ストーブに手をかざしたまま、岳がぼそりと言った。御門は三人の顔を順に見た。それから、まっすぐに背筋を伸ばした。

 

「全部、私が決めたことです」

 

 静かな声だった。

 

「報告書にはそう書きます。黒い個体の追跡は、研究担当の御門の独断で行われた。黒い個体と接触したのは御門一人。発信機を取りつけたのも、見送ったのも御門一人」

 

「先生」

 

「今日、ここには」

 

 御門は、榊原の言葉を遮った。

 

「頭のおかしい恐竜フリークの研究者が、一人いただけです。恐竜に会いたい一心で、上の許可も取らずに峠まで来て。恐竜相手に一人で喋って、勝手に機械を押しつけて、勝手に見送った。……皆さんは、ここには来ていません」

 

 誰も何も言わなかった。それから、榊原が盛大にため息をついた。

 

「……誰が信じるんだ、そんな話」

 

「信じます。私の普段の言動を知っている人なら、全員」

 

「そこを否定できないのが、つらいところですね」

 

 岳が苦笑した。それから、ちらりと榊原を見た。

 

「それに、ライフルの持ち出し記録でバレバレですよ。子供の嘘じゃないんだから」

 

 日下部が医療品を入れたケースの留め金をぱちんと閉めた。

 

「俺は昨日の夜は孫とケーキを食ってたことにしときてぇな」

 

「先生まで」

 

「本当に食ってたんだ。途中までは」

 

 日下部は立ち上がって、腰を伸ばした。

 

「それに、あの小さいのはもう俺の病院の患者だ。患者を連れてきた付き添いのことを、獣医がいちいち上に報告する義務はない。……少なくとも、俺はそう解釈する」

 

 御門は、三人を見た。

 

「……皆さん」

 

「先生」

 

 榊原が御門の前に立った。

 

「一人で背負うな。そういうのは、柄じゃないだろう」

 

「でも」

 

「ここまで来たら、一蓮托生だ」

 

 榊原は北の山を顎でしゃくった。

 

「あいつの鞄にあの機械をつけたのは、先生の手だ。だが、あいつが峠に来るまで銃を下ろして待ってたのは、俺たちだ。あいつの首を縫ったのは、日下部先生だ。……今さら、知らん顔はできん」

 

 岳が肩をすくめた。

 

「俺、あいつにまだ話しかけてもいないんですよ。今度会ったら、ちゃんと名乗るつもりなんで。そのときハンターじゃなくなってたら、格好つかないでしょう」

 

 御門は何か言おうとした。けれど、言葉にならなかった。そのとき、岳の肩の無線が小さく鳴った。

 

『こちら三枝。……全部聞こえてましたけど』

 

 四人は顔を見合わせた。

 

『発信機の受信今のところ私のパソコンにしかつながってないです。本部のシステムに登録するの、うっかり忘れてました。……年末で忙しいので。年明けまでたぶん忘れたままです』

 

 榊原が天を仰いだ。

 

「……どいつもこいつも」

 

『あと、峠の道路カメラ。あれ県の道路情報サイトで数分おきに更新される静止画で、向こうに記録は残らないんです。大雪の日にあんな山奥の峠の画像をわざわざ見てる人も、まずいません。うちで念のため録画してた分は……録画ボタン押し忘れてました。年末で忙しいので』

 

「三枝さん」

 

 御門の声が震えた。

 

『先生。一蓮托生なら私も混ぜてください。仲間外れは嫌です』

 

 御門は無線を見つめたまま動けなかった。それから、雪の上で深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 顔を上げたときその目は赤くなっていた。

 

「では、改めて」

 

 乱れた髪を手で押さえながら、御門は小さく笑った。

 

「今日ここには、頭のおかしい恐竜フリークが五人いた、ということで」

 

「一人で十分だろ、そんなもん」

 

 榊原が呆れたように言った。

 それでも、その口元は笑っていた。岳も日下部も苦笑していて、無線の向こうからは、三枝が小さく吹き出す音が聞こえた。

 

 北の山の向こうで、日が沈もうとしていた。

 雪の斜面に、黒い恐竜の足跡が一列に続いている。

 

 いつもその足跡の横でちょこまかとついていた、小さな足跡はもうついていなかった。

 

第48章 雪の上の足跡 了

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