二度目の突進は、最初より遅かった。
だからといって、楽になったわけではない。むしろ男には、その遅さのほうが厄介だった。六メートル近い肉食恐竜は勢いだけで押し潰そうとはせず、こちらの動きを見ながら距離を詰めている。男が右の後肢へ重心を寄せれば頭がわずかに右へ向き、左へ逃げる素振りを見せれば進路もそれに合わせて修正された。さっきまでのように、最後の瞬間に横へ跳ぶだけでは追いつかれる。
上空ではドローンが旋回していた。逃げるにしても、戦うにしても、こちらの動きは見られている。少し離れた道路脇には、地図と水を入れたスポーツバッグと青い防水シートまで置いてきてしまった。あれを捨てれば身軽にはなれるが、山形へ向かうための地図を失うことになる。もっとも、そんなことを考えられるのも、生き残ってからだった。
男は左へ身体を傾けた。大型肉食恐竜の頭がわずかにそちらへ動いた瞬間、左ではなく右へ地面を蹴る。道路脇に放置された二台の車、その狭い隙間へ身体を滑り込ませた。三メートル近くまで成長した身体でも余裕のある幅ではなかったが、肩を斜めにして尾を振れば抜けられる。
大型肉食恐竜は同じ場所へ突っ込んではこなかった。車体を押し退けることもできたはずなのに、それを選ばず、二台の車を迂回してこちらへ向かってくる。
(やっぱり、考えてる)
最初の突進で男が横へ逃げたことを覚え、二度目には進路を修正した。今度は車の隙間へ入った男を見て、自分には狭いと判断している。力任せに襲ってくるだけの相手ではなかった。
男は道路へ戻らず、そのまま建物の裏へ走った。この辺りを慎重に移動していたとき、道路沿いに資材置き場があることは見ている。建築用の木材やパイプが積まれ、簡易な屋根の下にはフォークリフトらしい車両も残されていた。人が使わなくなってから時間が経っているらしく、雑草が敷地へ入り込み、一部の資材は固定が緩んでいる。
三メートル近い男には窮屈だが、動けないほどではない。それなら、六メートルの相手にはもっと使いにくい場所になる。
背後から足音が迫り、男は積まれた木材の脇を抜けた。大型肉食恐竜も入口で止まることなく入ってきたものの、速度は明らかに落ちている。巨体を左右へ振るたびに尾が資材へ触れ、足元に転がった角材を避けるため進路も限られる。広い場所なら圧倒的だった体格差が、ここでは少しだけ相手の邪魔をしていた。
(ここなら、少しは差が消える)
男は逃げながら周囲を見た。積まれた木材、錆びたパイプ、倒れかけた棚、大型車両。相手を倒せる武器を探しているわけではない。自分が通れて、相手が通りにくい場所を一つでも多く見つける。その積み重ねで、噛みつかれる機会を減らすしかなかった。
大型肉食恐竜が距離を詰めてくる。男は木材の山の脇を走り抜け、その直後を巨体が追った。肩が積み上げられていた木材の端へ触れ、固定の緩んでいた束が崩れる。何本もの木材が乾いた音を立てて落下し、そのうち一本が裂けた端を向けたまま滑って、相手の肩の上部を深く擦った。
大型肉食恐竜が吠え、傷口から血が流れ始めた。それでも男は足を止めず、距離を取りながら相手の動きを確認する。あの程度で倒れるような相手ではないし、倒れてくれることを期待するつもりもなかった。
予想どおり、大型肉食恐竜は身体を振って木材を落とし、再び追ってきた。ただし今度は資材の山へ身体を近づけず、男が同じような場所へ誘導しようとすると外側から回り込む。最初の失敗から危険な場所を覚え、それどころか男の逃げ道そのものを狭めようとしていた。
(もう覚えたか)
同じ罠は使えない。それなら、次は相手ではなく自分の変化を使うしかなかった。
男は資材置き場の中央へ走りながら、自分の身体の動きを意識した。ここ数週間で急激に大きくなった身体は、山で目覚めたころとは明らかに違う。脚は長くなり、尾も重くなり、単純な速度だけなら以前よりずっと上がっている。それ以上に、身体の成長へ感覚が追いつくにつれて、どの程度踏み込めば止まれるのか、尾をどちらへ振れば姿勢を立て直せるのかが分かるようになっていた。
男は一度加速したあと、後肢で地面を掴みながら尾を逆方向へ振った。以前なら身体ごと流れていたはずの勢いが止まり、そこからすぐ別方向へ踏み出せる。
(できる)
大型肉食恐竜が迫る。男は正面から逃げ続けるのではなく、横へ進路を切った。相手が追従したところでもう一度方向を変えると、今度は男のほうが早く向きを変えられた。六メートルの巨体が身体を回すより先に側面へ入り、そこで先ほど裂けた肩口が見えた。
(ならば、その傷を広げればいい)
男は踏み込み、噛みつく代わりに前肢を伸ばした。爪が傷口を横切り、大型肉食恐竜が激しく身体を振る。男はその動きを見た瞬間にはもう後ろへ退いていた。一度でも顎に捕まれば終わる以上、欲張って二撃目を狙う理由はない。
大型肉食恐竜がこちらを向いた。肩から流れる血は増えていたが、まだ十分に動ける。男の呼吸も荒くなり、走り続けた後肢には重さが溜まり始めていた。上空ではドローンが一定の距離を保って旋回し、互いに次の動きを探る二頭を見下ろしている。
先に動いたのは大型肉食恐竜だった。ただし今度は突進せず、傷のある肩を庇いながらゆっくり距離を詰めてくる。男も無理に攻撃せず、相手が右へ動けば左へずれ、左へ回れば反対へ逃げながら、傷のある側へ回り込める位置だけを維持した。
しばらく続いた駆け引きの末、大型肉食恐竜の動きが鈍くなった。長い追跡と二度の傷で消耗しているらしく、最初のころほど踏み込みが深くない。それでも男は近づかなかった。自分の目的はこいつを倒すことではなく、山形へ向かうことである。
やがて大型肉食恐竜が一歩下がった。さらにもう一歩距離を取り、身体を完全には背けないまま、傷ついた肩を男から遠ざけていく。男が追わないと分かると、そのまま資材置き場を離れ、道路の向こうへ姿を消した。
男はしばらくその場から動かなかった。本当に戻ってこないことを確認してから、ようやく張り詰めていた身体の力を抜く。喉は渇き、後肢は重く、身体のあちこちが痛んでいたが、大きな怪我はない。
(……疲れた)
そこで思い出したように上を見れば、まだドローンがいた。
(まだいるのかよ)
戦いの最中は気にしている余裕などなかったが、最初から最後まで見られていたらしい。男は少し考えたあと道路へ戻り、置いてきたスポーツバッグと青い防水シートの前で立ち止まった。
ここで捨ててしまえば、少なくとも妙な荷物を背負っているところまでは見せずに済む。しかしバッグの中には山形へ抜けるための地図があり、二本のペットボトルには水が入っている。拾った硬貨も、予備として残している古い肩掛け鞄も入っていた。どれも命より大切なものではないが、戦いが終わった今、わざわざ失う理由もなかった。
(……仕方ない)
男はスポーツバッグへ前肢を掛け、何度か身体を動かしながらいつもの位置へ戻した。続いて青い防水シートも拾い上げ、折り畳んでバッグへ収める。
上空のドローンは、その一部始終を見ていた。
◇
「……今、自分で掛けましたよね」
宮城県内の監視施設で、職員の一人が呟いた。
複数の画面には、道路脇でスポーツバッグを身体へ掛け直す黒い個体が映っている。ドローンはもともと、周辺で家畜や野生動物への被害が確認されていた六メートル級の大型肉食恐竜を監視するために飛ばされていた。そこへ黒い個体が現れ、予想外の戦闘が始まったのである。
「今の、戻してください」
御門優子が言った。
二十八歳。政府の恐竜対策部門に協力する研究者で、人工恐竜の行動と交雑個体を専門としている。映像が巻き戻され、黒い個体がスポーツバッグへ近づくところから再生された。
頭を下げ、前肢を使いながらバッグを身体へ掛け直す。続いて青い防水シートを回収し、折り畳んで収納する。
「これ、戦う前から持っていたんですよね?」
「はい。ただ、ドローンが現場へ到着した時点では、すでに道路脇へ置かれていました」
「外すところは?」
「撮れていません」
御門は画面を見たまま頷いた。
「なら、戦闘のために意図的に外したとは断定できません。そこは事実と推測を分けてください。ただし、戦闘後に同じ場所へ戻り、自分で回収して再び携行したことは記録できます」
職員の一人が、もう一度映像を止めた。黒い個体は大型肉食恐竜がいなくなったことを確認してからバッグの場所へ戻り、迷う様子もなく回収している。
「少なくとも、この個体がバッグを自分の持ち物として継続的に運んでいる可能性は高いですね」
別の職員が過去の記録を画面へ呼び出した。最初に表示されたのは青森県内で撮影された映像で、負傷した父親と子供、その前にいる肉食恐竜、そして両者の間へ割って入った黒い個体が映っている。続いて夜間の町で撮影された不鮮明な影や道路脇に残された足跡、さらに災害警戒区域に設置されていた固定カメラの映像が並べられた。
固定カメラには、黒い個体が道路を横切り、案内標識の近くで一度立ち止まる様子が残っていた。
「標識を読んでいるようにも見えます」
「見えるだけです」
御門はすぐに答えた。
「交差点なら進路を確認した可能性がありますし、匂いや音に反応しただけかもしれません。映像だけで文字を認識しているとは判断できません」
そのやり取りを聞いていた別の担当者が、腕を組んだまま画面へ視線を向けた。
「ただ、危険性については別ですよね。六メートル級の肉食個体を退ける未登録個体ですよ。しかも人工交雑種の可能性が高い。これが人里へ出てからでは遅いんじゃないですか」
御門は答えず、続きを待った。
「先週、青森では配信者が小型種の群れに襲われて死亡しています。生配信だったから映像も残っている。あれとの関連だって、まだ否定できていないでしょう」
死亡した配信者が最後に訪れていたのは、黒い個体が最初に確認された地域から大きく離れていない山中だった。襲ったのは別種の小型雑食恐竜であり、黒い個体そのものが現場にいた証拠はない。それでも、短期間に同じ地域で説明のつかない恐竜の行動が重なれば、対策側が警戒する理由にはなる。
「だからこそ、別件か同じ問題かを確認せずに一括りにはできません」
御門は画面から目を離さずに答えた。
「配信者を襲った群れと、この黒い個体の間に関係があるという証拠は、現時点ではありません。逆に、無関係だと証明できる材料も足りない。分からない部分を、分からないまま分けておく必要があります」
「それで人が死んだら?」
「捕獲を選択肢から外すべきだとは言っていません。この個体が人間を積極的に襲った記録は、今のところ確認されていない。一方で、六メートル級の肉食個体を退ける能力があることは今回の映像で確認できました。危険性が低いとは言えません」
「なら、所在を把握できているうちに捕獲を検討すべきでは?」
「検討は必要です。ただし、これだけの能力がある個体だからこそ、行動を理解しないまま刺激したくありません。捕獲行動そのものが人間への攻撃を誘発する可能性もあります」
御門は捕獲そのものに反対しているわけではなかった。危険だから捕らえるべきだという意見も、これまで人間を襲っていないから様子を見るべきだという意見も、現時点ではどちらも材料が足りない。彼女が嫌っているのは、その足りない部分を推測で埋めて結論だけを急ぐことだった。
再び画面へ視線を戻すと、黒い個体はバッグを背負って道路から離れようとしていた。何を考えているのかは分からず、どこへ向かっているのかも分からない。ただ、偶然そこに居着いているだけの個体には見えなかった。
「報告書には、確認できた事実だけを書きます」
御門は端末へ入力を始めた。
未登録とみられる黒色の人工恐竜。推定体長、約三メートル。大型肉食恐竜との接触後、生存。大型個体は負傷後に離脱。黒色個体は戦闘終了後、現場に残していたバッグ状の物品および防水シートを回収し、携行を再開。
過去記録については、山中で親子と肉食恐竜の間へ割って入った黒い個体との外見上の類似を確認、とだけ記した。意図的な救助だったとは書かず、標識を読んだとも書かない。
最後に「移動方向」という項目が残った。
御門の指が止まる。
映像に残っているのは、黒い個体が道路を離れていくところまでだった。その先でどちらへ向かったのかを示す材料はない。
彼女はその欄を空白のままにした。
◇
それから三十分ほど経っても、御門優子は監視施設から帰ろうとしていなかった。
黒い個体についての報告はすでに担当部署へ送られている。本来なら今日の仕事はそこで一区切りだったはずなのだが、御門の前にある大型モニターでは、先ほどの戦闘映像がまた最初から再生されていた。
「二回目の突進を見てください。一回目と違って、大型個体が速度を落としてるでしょう。黒い個体が直前で回避したのを学習している。それに対して黒い個体は左へ重心を見せてから右へ切り返しているんです。ここ、二頭とも相手の行動を見て戦術を変えてるんですよ。すごくないですか?」
「すごいですけど、先生」
「それで、このあとです。車の隙間を使ったあと、資材置き場へ入るでしょう。偶然逃げ込んだ可能性もあります。でも、そのあと大型個体の旋回半径と障害物への反応を利用して――」
「先生」
「はい?」
御門がようやく振り返った。肩まで伸びた黒髪を耳へ掛け直しながら首を傾げる彼女の前で、若い分析担当者が紙コップを二つ持って立っている。
「夕飯、食べました?」
御門は少し考えた。
「……お昼は食べました」
「夕飯を聞いてます」
「お昼は遅かったので、実質的には――」
「午後二時です」
即答され、御門は黙った。
同じ部屋に残っていた職員が笑いを堪えている。政府の対策部門に所属しているわけではない御門だが、人工恐竜の行動分析で彼女が呼ばれると聞けば、事前資料を読み直してから打ち合わせへ臨む職員も少なくなかった。
「あと十五分だけ」
「三十分前にも聞きました」
「今度は本当に十五分です。この個体、成長速度を考えると運動制御の学習がかなり速い可能性があって――」
「その十五分で何を見るんですか」
「全フレーム」
「何フレームあると思ってるんですか」
御門はそこで少し考えた。
「必要なら徹夜で」
「十五分はどこへ行ったんですか」
今度は何人かが普通に笑った。御門自身も悪びれた様子はなく、「確かに」と笑っている。そこで話が終わればよかったのだが、数秒後にはもうモニターへ視線を戻していた。
「でも、面白いんですよ。この大型個体もかなり頭がいい。最初の失敗を繰り返していない。それに黒い個体も、相手が学習したことを認識して戦い方を変えているように見える。もしそうなら、単なる条件反射や捕食行動とは――」
「先生、それ以上はまだ仮説です」
別の分析担当者が言った。
御門が止まった。
「……そうですね」
「事実と推測を分けろって、先生がさっき自分で言いましたよ」
「言いました」
「三十分前です」
「覚えてます」
「なら守ってください」
「はい」
返事だけは妙に素直だった。
若い職員が紙コップを机へ置き、その横にコンビニのおにぎりを二つ並べる。御門はようやくそれに気づき、少し申し訳なさそうに笑った。
「ありがとうございます。でも、皆さんは帰って大丈夫ですよ。ここからは私が気になって確認しているだけなので」
「帰れると思います?」
「え?」
「明日の朝になったら先生から、『夜中に気になるところが二十七個見つかりました』って資料が送られてくるじゃないですか」
「二十七個とは限りません」
「そこじゃないです」
また笑いが起きた。
それでも職員たちは席を立たなかった。文句を言いながら端末を開き、戦闘映像をそれぞれの画面へ呼び出していく。一人が大型個体の動きを追い、別の一人が黒い個体の移動軌跡を記録し始めた。
「大型個体の速度変化、こっちで出します」
「じゃあ俺、黒い個体の方向転換を拾います。先生が変な結論を出す前に数字にしましょう」
「変な結論は出しません」
「さっき十五分で全フレーム見るって言った人が言っても説得力ないですよ」
「それとこれとは別です」
御門は反論しながらも、どこか嬉しそうだった。
彼らもそれぞれ、対策部門の分析担当として十分な経験を積んでいる。それでも御門が興奮した様子で映像を止めるたび、何を見つけたのか理解しようと画面を覗き込み、必要なら自分たちで数字を取り直した。彼女の思考速度についていくのは楽ではなかったが、そうして持ち込まれた仮説が、翌日には重要な発見へ変わっていることを何度も経験していた。
「先生」
「はい」
「おにぎり食べながらなら続けていいです」
「本当ですか?」
御門の表情が一気に明るくなった。
「ただし今日は十一時まで」
「分かりました」
「十一時になったら帰ります」
「はい」
「絶対ですよ」
「努力します」
「約束してください」
御門はおにぎりの包装を開けながら、少し困ったように笑った。
「研究者にできない約束をさせるのは、よくないと思います」
「そういうところですよ、先生」
部屋のあちこちから呆れた声が上がったが、誰も席を立とうとはしなかった。
「じゃあ、まず二回目の突進から見ましょう」
「食べてから喋ってください」
「はい」
御門は素直におにぎりを一口食べた。
十秒後には、もう片方の手で映像を巻き戻していた。
◇
男はしばらく山へ入ったところで、ようやく休んだ。
大型肉食恐竜の匂いはもうしない。ドローンの音も消えている。木々の間へ身体を伏せてスポーツバッグを外し、ペットボトルの水を飲んでから身体の傷を確認すると、幸い大きな怪我はなかった。
運がよかった。それと同時に、身体の動かし方が以前とは変わっていることも分かる。最初に山で目覚めたころなら、あんな動きはできなかった。大きくなったことで速くなっただけではなく、どこまで踏み込めば止まれるのか、尾をどの方向へ振れば身体が流れないのか、四本の肢をどう使えば急な方向転換ができるのかを、少しずつ理解し始めている。
(成長してるんだよな)
喜んでいいのかは分からない。身体が強くなること自体は、生き残るうえでありがたい。しかし三メートル近い肉食恐竜がスポーツバッグを背負い、青い防水シートまで持ち歩いている姿を、ドローンにはしっかり撮られてしまった。
(……まずいな)
戦っているところだけなら、野生動物同士の争いで済んだかもしれない。だが戦いが終わったあと、自分は置いていたバッグのところへ戻り、それを身体へ掛け直し、防水シートまで回収した。野生動物として説明するには、さすがに妙な行動が増えすぎている。
(ただの恐竜とは、もう思ってもらえないかもしれないな)
今さら考えても仕方がなかった。
男はスポーツバッグから地図を取り出し、木々の隙間から入るわずかな明かりを頼りに広げた。戦いのせいで端が少し折れているものの、読むのに問題はない。自分がいる場所から西へ進めば、目指している山形へ抜けられる。
六メートルの肉食恐竜と戦った直後に紙の地図を眺めている自分がおかしくなり、男は喉の奥で小さく音を鳴らした。
(……旅行って大変だな)
地図を畳み直すのも、爪では意外に難しい。何度か折り目を外しながら元に近い形へ戻し、バッグへ収める。水も残っており、防水シートも無事で、身体にも致命的な怪我はない。ならば予定を変える理由はなかった。
男は身体を起こし、再びスポーツバッグを掛けた。
山形へ向かう。
その背中には、また旅の荷物があった。
今度はもう、空から見ているものはいなかった。