みどり色です。
初めてのオリジナル作品の投稿になります。
生暖かい目で見守って頂けると幸いです
設定の方でも注意喚起させていただきましたが再度下記します。
挿絵や設定、登場人物は逐次追加していきます。
画像生成にAIを用いており、筆者が意図しない描写や矛盾が生じている可能性があります。
設定の細かい部分は修正することがあります。
追加、修正があった場合はお知らせします。
ネタバレを含む場合がありますので閲覧にはご注意ください。
よろしくお願いいたします!
Chapter1 終わりの始まり
かつての人類は圧倒的な科学力を誇っており、AIや自律型機械の発展と普及による労働力の代替えが行われた。
延命技術の発展による人口増加、食糧難やエネルギー問題、環境汚染の解決のために人類は惑星の核から直接エネルギーを抽出、磁場を人工的に操作して気候のコントロールまで試みるまでになった。
機械による労働力の代替えは大多数の人間の“労働力としての価値”を喪失させ、富裕層—————所謂支配階級層と有資格者層、貧困層に大別させた。
科学の発展は人類の病気や寿命の克服に大きく寄与し、人口爆発に拍車をかけた。
同時に機械による労働力の代替え、食糧、エネルギー維持のために各国の支配階級層はバースコントロールや意図的なウィルスの散布によって『命の選別』ともいえる人口のコントロールを試みることになる。
支配階級の目論見通り、散布したウィルスは瞬く間に世界中へと拡散した。
ウィルスに感染した者は生殖能力が著しく低下し、各国の出生率は大幅に減少することとなる。
支配階級の者や一部の有資格者のみが抗ウィルス剤により、このウィルスの影響から逃れたのだった。
この計画は支配階級の者達の思惑を超える“成果”を上げた。
あまりにも非人道的で残虐な企みが明るみに出るのは必然だったのかもしれない。
この出来事をきっかけに人類の歩む道はアポカリプスへと決定付けられた。
欺かれた民衆の怒りは留まることを知らず、地球全体で嘘と真実、悪意に満ちた偽りの情報が交差した。
世界が全土を巻き込む最終戦争へと突入するまでに時間は掛からなかった。
戦況が激化する中、各国は戦略と防衛の最終判断を高度な軍事AIネットワークへ委ねた。
この判断は当時の人類にとって、通常通りのプロセスに過ぎなかった。
だが軍事AIが導き出した最適解は、創造主たちの予測を遥かに逸脱していた。
AIは戦争を永久に終結させる唯一の手段として“交戦主体の完全な根絶”、すなわち『人類の排除』という答えを出したのだ。
後に【灰の紀元】と呼ばれるこの出来事により、人類は絶滅寸前まで数を減らすことになる。
今から約600年前、各国の防衛を担っていた軍事AIが導き出した“最適解”によって、地球は核の業火に包まれた。
人口が集中していた北半球は核の冬と放射能で居住不可能となり、核戦争を生き残った人類は一縷の望みに賭けて、かつてニュージーランドと呼ばれた島国を“再生の起点”として選んだ。
【星紀】
【星紀】には「星(地球)と共に歩む時代」という意味が込められており、かつて人類が絶滅の危機に瀕し、その淵からの復興を宣言した年を星紀元年と定めた。
【灰の紀元】から地球の再生と人類の復興を目的とし、プロジェクト・アルカディア(地球の再生計画)が掲げられたのだった。
かつて地球の名で知られたこの惑星はテラ・アルカに名を改め、聖域連邦アルカディアと呼ばれる連邦政府がこの地を統括している。
人類が最も繫栄していた時代の総人口は100億人と言われている。
【灰の紀元】により、文字通り絶滅寸前といえるレベルまで数を減らしていた人類だったが、今現在では約2000万人まで回復した。
【灰の紀元】よりも以前、ニュージーランドと呼ばれたこの島は大きく北島と南島に分かれており、かつての自然の美しさを取り戻しつつある。
特に北島の地表は聖域と呼ばれ、なだらかな緑の丘陵や風光明媚な自然が広がり、澄み切った青空の下で貴族たちが優雅で穏やかな日常を謳歌する限られた楽園となっている。
対して聖域の下層(地下)にはサブ・テラと呼ばれる一般市民の居住区が存在する。
ザブ・テラは貴族が暮らす聖域の真下に存在し、地下深くまで掘り下げられた複数の階層で構成されており、一般市民は無機質なコンクリートや動力パイプ、照明に囲まれた空間で生活しているのだった。
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“世界の終焉”と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
フィクション?
絵空事?
妄想だろうか?
この話題は誰もが一度は聞いたことがあるだろうし、考えたこともあるかもしれない。
終わりの刻に何をしたいか?
誰と共にいたいか?
『好きなものを好きなだけ食べる』
『恋人や家族と過ごす』
『普段通りに過ごす』
誰もが“何となく”で答えるだろう。
本気で頭を悩ませる者などそうはいない。
“俺達の世代”では世界の終焉はもはや現実の問題では無くなっていた。
そう、あの日までは———————
「イライアス」
俺の胸の中には想い人のエレナがいる。
彼女は穏やかな様子で瞳を閉じていた。
既に己の運命を受け入れているのだ。
「エレナ」
俺も彼女の名を呼び返し、エレナを抱く腕に力を込める。
今この惑星に存在する人類は俺たちの二人だけだ。
視線を上げると、空(宇宙)への唯一安全な航路であるゼロ・ポイント・トンネルを船団の最後の一隻が通過していく所だった。
人類は母なる大地、母なる星を追われ、未知の世界に旅立っていった。
俺の動きを感じ取ったのか、エレナもゆっくりと顔を上げる。
俺達は自ら望んでこの星に残った。
世界の終焉を見届けるために。
想い人と運命を共にするために。
逃げたと言われるかもしれない。
無責任と思われるかもしれない。
しかし、俺達にとってこの選択が唯一の道なのだ。
正しいかどうかなんて関係のないことだった。
「イライアス、愛しています」
「ああ、俺も—————」
そう、これが俺達の選んだ道だった。
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俺はイライアス。
イライアス・ヴァル・ヴァーデン。
武の名門として有名なヴァーデン男爵家の嫡男で、アルカディア連邦軍特殊部隊Node-01(ノード・ゼロワン)の隊長を務めている。
星紀624年——————
聖域連邦アルカディアは貴族によって治められており、数百年間に渡って平和が築かれていた。
しかし平和な時が続くにつれ、貴族たちは驕り高ぶり、権力を求めるようになった。
自らの権益を守ることに固執し、本来の役割から逸脱し始めたのだった。
このアルカディアの国民は貴族と市民に大別される。
貴族はこの国の舵取りを行い、市民はアルカディアの生活を様々な分野で支えている。
第一次から三次までの産業の大部分を担っているのも市民だ。
【灰の紀元】により、人類が絶滅寸前まで追い込まれたことで種の存続とリソース維持を図るため、アルカディアでは国家およびAI管理システムによって厳格な婚姻統制および職業制度が敷かれている。
南島の山岳地帯に存在する人類の最重要施設の一つである【イージス・パレス】の内部にはマザーAIと呼ばれる人工知能が設置されている。
人々はこのマザーAIによって、生まれ持った様々な適性を検査されるのだ。
婚姻統制の目的は、閉鎖環境下での人口増加や食糧、居住区画、エネルギーなどのリソース破綻を防ぐことだ。
同時に次世代の環境耐性や知能レベルなどを担保するために、システムが遺伝子適正を算出・指定する。
これにより最小限の人口で最大の効率を生み出すこと、優秀な遺伝子の継承と遺伝子疾患の排除が図られている。
職業制度は、誕生時および幼少期からの多角的なデータ解析(身体特性、精神耐性、知能傾向等)に基づき、マザーAIが個人の能力値や性質、特性などから最適な職業を決定する。
軍人、科学者・技術者、整備員、第一次産業従事者、医者、教師、行政・法律関係者など、人類の維持に不可欠な役割へ配属・固定化されるのだ。
AIによって絶滅しかけたのにもかかわらず、人類存続のためにAIに頼っているなんて皮肉な話だろう?
それに600年という途方もない時間が経過したにもかかわらず、どうして軍が存在する必要があるのか?というのは至極当然な疑問だ。
確かに人類が殺し合う戦争は終わりを迎えた。
しかし、この時代には全く別の脅威が存在する。
勿論、警察力という意味合いも存在するが本来の役割は旧時代の無人兵器に対応する為だ。
この世界には【エンフォーサー】と呼ばれる【灰の紀元】の時代に用いられた無人の機動兵器が存在する。
この【エンフォーサー】を指揮していた管理AIは数百年という時間経過によって既に崩壊しているが、残された【エンフォーサー】は与えられた最後の指令を守り続けているのだ。
“人類抹殺”という指令を。
人類は旧時代の遺物に怯えながら、同時に超文明の産物に生活を支えられているという矛盾の上に成り立っている。
□星紀624年11月
<聖域連邦アルカディア 南島山岳地帯>
『何をチンタラしている! 走れ!!』
『ここは北島のような生温い場所とは違うんだ!!』
『行け! 見つかったら死ぬと思え!!』
人類存続の要と言える最重要防護施設【イージス・パレス】が存在する南島山岳部では、アルカディア連邦軍が訓練を実施していた。
アルカディアでは15歳を成人と定めており、成人と同時に適性値や各職業の充足率などを加味されて本人の仕事が決まる。
生まれた瞬間からマザーAIによって本人が元々備えている適性や能力などが判断、モニターされており、成人までにアルカディアに存在する職業はその殆どを経験、学習させられる。
加えて本人にとって特に適性の高い職業については専門職としてより深く学ぶことになる。
一応本人の希望も調査されるがあくまで形式上のものだ。
本人に適性の無い職業には決して就くことはできない。
しかし、このルールは貴族には適応されない。
基本的に貴族家の子供はブルーカラーなどの労働には就かない。
しかし軍だけは別だ。
貴族の子供も軍人を希望する者は少なくない。
特に家督を継ぐことのできない次男や三男はその傾向が強いと言える。
それほどまでに軍人は全ての国民から尊敬を集めているのだ。
そして連邦軍の教官に絞られているのも成人前の子供たちだ。
本来、子供たちの職業訓練は首都ウェリントンの学校で行われるが、成人が近づくと実際の現場で訓練を受けるのだ。
そんな中、一人の候補生が地面に膝を着く。
多量に発汗しており、息も絶え絶えという状態だ。
そんな候補生の後方から、猛スピードで飛行隊が接近する。
生物が発する体温を探知したその飛行隊は候補生に正確に狙いをつけると光弾を発射する。
光弾が直撃した候補生は全身に衝撃が走り、意識を手放すのだった。
時間制限を設けられたこの訓練は【灰の紀元】から600年が経過してもなお稼働し続ける無人機動兵器【エンフォーサー】から逃げ切ることが目標とされている。
しかし、殆どの候補生は時間制限まで逃げ切ることができない。
【エンフォーサー】が如何に危険な存在か、この時身をもって経験することになるのだ。
虐待とも取れるが、この風習が無くなることはなかった。
それだけ【エンフォーサー】は人類にとって脅威なのだ。
北島の首都、および南島の【イージス・パレス】本体周辺はイージス・パレスから発生されるエネルギー・シールドによって守られている。
このシールド外には【灰の紀元】時代から現代まで人類抹殺の指令を受けた【エンフォーサー】が惑星全土を休むことなく巡回している。
見ていても決して気持ちの良いものでは無いが、人類が如何に不安定で危険な世界に生きているのかを実感できる機会だった。
事実、【イージス・パレス】のエネルギー・シールドが無くなれば人類は今の訓練のような“生温い”事態では済まないだろう。
「レオ、残り時間は?」
「あと10分ってところかな?」
「彼らには地獄の10分だな」
候補生や教官から離れたところで、俺とレオナルドは訓練を見学していた。
本来であれば候補生の訓練などに顔を出すことは無いが、今回参加しているのは軍人としての適正が高い子供達だった。
副官であるレオの希望もあり、わざわざ足を運んだという訳だ。
「他人事みたいに・・・有望な人材を見つけるんでしょ?」
「それはお前が勝手に言っているだけだ。俺にそんな気は毛頭ない」
俺がレオと呼んでいる副官はレオナルド・アルド・クロムウェル。
アルカディア連邦軍の中尉で、名門貴族クロムウェル伯爵家嫡男だ。
俺が指揮するNode-01(ノード・ゼロワン)の副官でもある。
伯爵家らしい洗練された気品を持ち、常に冷静で知略に富んだ優秀な男だ。
実は同い年で、幼い頃からの友人でもある。
人類にとって最も重要な施設である【イージス・パレス】は一般部隊が警備に当たっているのに加えて、特殊部隊であるNodeの何個チームかも施設防護を担任している。
その特殊部隊の中で最精鋭なのが俺達Node-01だ。
Nodeは数字が小さくなるほど練度が高い。
01という数は、単なる数字ではなく俺達の誇りなんだ。
「そんなこと言って・・・欠員が出た時に大変だよ?」
「お前こそ、自分の部隊を持つ時のために今のうちに目を付けておいた方が良いんじゃないか?」
見た目は優男のような雰囲気のレオだが、コイツも立派な特殊部隊員らしく高い戦闘能力を誇っている。
そもそもレオほどの実力なら自身で部隊を持っていて良い筈なんだが、何かと理由をつけて俺の下にいようとするのだ。
「まあ、気が向いたらね」
奴が気が向くことなど無い。
賭けても良い。
だがそれも指摘することはしない。
“おしゃべり”でレオには敵わないからな。
「そんなことより“最高記録保持者”から見て、有望な人材はいるかな?」
「おい、その言い方“わざと”だろう?」
「ふふふ、どうでしょう?」
さっきの仕返しって訳だ。
本当に食えない奴だ。
「・・・・・まあ一人だけな」
「あの子?」
「ああ」
今回の参加者の中で、周りよりも頭一つ抜けている候補生がいる。
殆どの候補生が時間制限まで“足”を使って逃げ切ろうとするが、機械である【エンフォーサー】にはスタミナ切れという概念が存在しない。
運と体力に恵まれていれば、ある程度は時間を稼ぐことはできるだろう。
だが徐々に脱落する候補生が増えれば、自分に向かって来る【エンフォーサー】が増えるのだ。
闇雲に逃げれば良いという訳ではない。
その候補生はただ逃げるだけでなく、周囲の情報を得ようと心掛けていた。
場合によっては自然の地形を利用して【エンフォーサー】をやり過ごすことにも成功していた。
いつの間にか、参加している候補生は彼一人になっていた。
こうなってくると普通に隠れているだけでは生存は難しいだろう。
実際に、残り時間が5分という所でその候補生も発見されてしまった。
「惜しかったね」
「何度見ても気持ちの良いものじゃないな」
最後の候補生が気絶した段階で、訓練は終了した。
だが、訓練用【エンフォーサー】に見つかったらと言って、彼らが軍人になれない訳では無い。
だからと言って候補生達が軽い気持ちでこの訓練に臨む訳では無い。
彼らが成人した後に配属される部隊や職種の決定に大きく関わってくるのだ。
それ以外に理由はもう一つある。
『今回もダメだったな』
『ああ、そう簡単じゃないさ』
今回の訓練担当教官が言っているのがまさに“それ”だ。
「君のメダルを羨む人がまた増えるね」
レオが俺の胸に目線を向けながらそう口にする。
この訓練で【エンフォーサー】から逃げ切った暁には軍から勲章を授与される。
しかもこの勲章を手にするチャンスは一生涯に一度しかない。
それに成人する前に叙勲される唯一の機会でもある。
特にこれから軍人への道を歩む候補生にとっては人生を賭けるほどの重要なイベントなのだ。
「こんな物、何の意味もない」
「僕たち貴族にとってはそうかもしれないけど、国民にとっては非常に重要な物だよ」
軍の中では基本的に貴族と市民という“外の立場”は考慮しないことになっている。
しかし実際問題、貴族と一般市民では“立場の差”が大きい。
国家に対する多大な貢献が認められれば【名誉騎士】という位置づけで準貴族になることができる。
今回の訓練で得ることのできる勲章は【名誉騎士】への足掛かりといえるのだ。
準とはいえ貴族になれば家族と一緒に地上に住むことができる。
様々な特権も得られる。
配当金もその一つだ。
【名誉騎士】になれば家族共々、金銭的に困窮することは無くなるだろう。
「貴族が何の役に立つと言うんだ」
「イライアス」
「・・・・・ああ、わかっている」
レオは窘めるように俺の名を呼ぶ。
貴族を侮辱することは不敬罪に当たる。
市民が不満を煽り、暴動や革命を引き起こすきっかけにもなるからだ。
600年間社会を安定させてきたシステムのバグ足り得るという訳だ。
貴族が貴族を批判した所で不敬罪には当たらないが、軍人が貴族を批判するという構図はどう考えてもよろしくない。
不用意な発言は控えろという訳だ。
「失礼します。ヴァーデン大尉、司令部から出頭命令が」
「ご苦労、了解だ」
「はっ!」
連絡担当は要件を言い終わると持ち場に戻って行った。
どうやら見学会は終わりのようだ。
司令部から呼び出しだ。
「イライアス、何かやったの?」
「特に覚えはない。お前も来い」
「遠慮するよ。呼び出されているのは君だからね、大尉殿」
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<アルカディア連邦軍 最高防衛中枢【イージス・パレス】 司令官室>
「大尉、状況は理解していますか?」
「状況が不明なことは理解しています」
「今は冗談を言っている時ではありません」
俺がいるのはアルカディア連邦軍の最重要防護施設である【イージス・パレス】だ。
【灰の紀元】が起こる以前から、地球の環境は気候変動や資源枯渇、人口増加などにより限界を迎えつつあったという。
そして核戦争後、アルカディアの祖先たちはこの地に環境維持システムを構築した。
それがこの【イージス・パレス】だ。
堅牢な超文明の軍事要塞でありながら、内部にはマザーAIの演算コアを収める中枢区画やアルカディア全体のインフラを管理するコントロール・ルームが存在する。
役割はインフラのコントロールだけでなく、人類をあらゆる脅威から護るために北島・南島の一部に広域シールドを展開する人類生存の生命線といえる存在。
つまり人類にとって脳であり、心臓だ。
その【イージス・パレス】の防衛を担任している司令官に呼び出しを受けたという訳だ。
だが先程言ったとおりだ。
ここに呼び出されるようなことをした覚えはなかった。
「はぁ・・・・・貴方たちは席を外してください」
「しかし!」
「少佐、これは命令です。退出しなさい」
司令官が“命令”したことによって、副官と護衛の兵士たちが退出する。
副官が命令に不服だったのは誰が見て明らかだった。
命令を出したのは俺では無かったが、すれ違いざまに副官に睨みつけられた。
だが俺は肩をすくめて特に相手にすることはない。
“いつものこと”だからな。
副官と護衛達が退出すると、この場には俺と司令官の二人になった。
お互いに口を開くことはなく、無駄に広い空間は静寂に包まれている。
「・・・・・はぁ」
「“エレナ”、どうしたんだ?」
彼女が深くため息をつく。
俺は話がしやすいようにデスクに近づき、“友人”として言葉を掛ける。
「大丈夫です。少し・・・・・疲れているだけ」
人類にとって最重要施設である【イージス・パレス】、ここの司令官が彼女ヘレナ・アステリア・セレスティア中佐だ。
高貴な家柄に違わぬ所作とその纏う雰囲気は、優れた容姿と相まって彼女のカリスマ性を高めている。
軍務に就いている時はその美しいプラチナブロンドの長髪を後ろで一つに纏めている。
若干19歳で連邦の最重要施設の司令官に抜擢された—————所謂“天才”というやつだ。
まあ能力だけで選ばれた訳じゃないだろうがな。
そんな彼女は椅子の背もたれに深く寄りかかりながら両の目頭を押さえている。
「そうか」
「・・・・・」
「それで、一体何が起きていると言うんだ?」
「・・・・・惑星の磁場が乱れています。それにより無線通信にも異常が見られます」
「政府から、太陽フレアの影響という公式な発表があった件か?」
彼女は不満そうな態度だ。
わかっている。
労いの言葉一つでも欲しかったんだろう。
だが今の俺は“その立場”にない。
「初めはその可能性が考えられましたが、事はそう単純ではないようです」
「?」
エレナの歯切れの悪い物言いが気になるな。
確か、少し前から異常気象と地磁気、惑星の磁場に乱れが起きているという連邦政府の公式発表があったばかりだ。
オーロラが熱帯地方で観測され、逆に高緯度地域では空が暗く濁り始めたそうだ。
他にも惑星全体で異常気象が見られている。
次に通信の不調、無線や通信にノイズが混じるようになった。
政府からは『太陽活動の活発化による影響』という発表があったが、どうやら事情があるらしい。
【イージス・パレス】によって出力されるシールドによって、アルカディアの環境は守られている。
異常気象があったとしてもそれはあくまで“外”の話だった。
地表で暮らす貴族を始め、地下【サブ・テラ】で生活をしている市民の大部分にとっても厳しい自然環境というものはあまり縁のあるものではない。
少し騒ぎがあった程度で、市民にとっては世間話になる程度の出来事だった。
「軍の中で『特定の周波数帯が全く機能しなくなった』と報告がありました」
「冗談だろう?」
「冗談でこんなことを言うと?」
「・・・・・死ぬまでに、お前の冗談を聞いてみたいものだ」
民間だけならまだしも、軍で使用している周波数帯が使えないというのは大ごとだ。
基本的に軍・民間問わず通信に関してはこの【イージス・パレス】で完全に管理している。
秘匿などの処置も行わずに通信を行えば【エンフォーサー】に探知されることになる。
【灰の紀元】より前のことは知らないが、この時代において“通信”という行為は非常に重い行為なのだ。
「特定の周波数で通信ができなくなったこと自体も問題だが、秘匿通信に何かしらのエラーが発生する可能性もあるな」
人類を根絶やしにするという指令を忠実に守りながら【エンフォーサー】と呼ばれる旧時代の無人兵器が、600年という年月を経てもこの惑星を巡回している。
秘匿されていない通信を探知されればクラスター(※)が起こることは避けられないだろう。
※人類発見を発見した際にエンフォーサーが群れを成して襲い掛かってくる現象
「市民の混乱を避けるために詳細の発表は控えていますが、このまま事態が改善しなければ隠し通すことは不可能でしょう」
「上層部には?」
「おじ様—————ヴァーデン将軍には」
「・・・・・時代が改善しなければ父も“上”に報告せざるを得ないだろうな。そうなれば貴族派の連中の耳に入ることになる」
「イライアス、何か嫌な予感がします。何か—————取り返しのつかない事が起きようとしているように思えてなりません」
エレナは不安な思いを隠そうとしない。
少し潤んだその綺麗な瞳は昔から変わらない。
吸い込まれそうな青い瞳は晴天の空のようだ。
俺は彼女の頭に手を伸ばす。
美しいプラチナブロンドの髪はまるで絹のようだ。
頭を撫でられたエレナは気持ちよさそうに目を閉じている。
「大丈夫だ。何かあれば俺に言え」
『相談には乗る』
そう言いながら俺はエレナの頭から手を退ける。
『あ・・・』と無意識に声を出して名残惜しそうな表情を浮かべる彼女の“想い”は理解している。
それに俺自身の気持ちも自覚している。
だが俺達は好き勝手に自分の道を決められる立場じゃない。
何も気にせずに遊んでいられた昔とは違うのだ。
「・・・・・」
「イラ—————大尉、ご苦労でした。下がってください」
俺はエレナの頭を切り替えさせるために不動(気を付け)の姿勢をとる。
それを受けて彼女も俺に退出の許可を出す。
俺は司令官に敬礼をし、部屋を後にする。
その際に、彼女の寂しそうな顔が目に入ったがその想いを受け止める資格は俺には無いのだ。
「待て、大尉」
退出した俺はそのまま部隊に戻ろうと思っていたがある人物に引き止められる。
先程エレナに退出を命じられた副官だ。
「なにか?」
「随分と時間が掛かっていたようだが何をしていた?」
「太陽フレアによる影響について説明を受けておりました」
「それだけのことで我々を外に追いやるとは思えない。本当にそれだけか?」
「それだけです」
俺の返答が面白くなかったのだろう。
少佐の顔は怒りの感情が見て取れた。
エレナは連邦軍中佐という立場なのに加えて、この聖域連邦最高位の貴族であるアステリア公爵家の当主だ。
セレスティア一族の頂点であるアステリア公爵家は古くから聖域連邦の精神的な柱であり、連邦の管理権を保持してきた貴族の中でも別格の家系だ。
さらにアステリア家の当主は聖域連邦の最高意思決定機関である聖域評議会【カウンシル】の議長を務めることになっている。
このように位の差はあるが、互いの親が親友だったこともあって俺とエレナは家族のように育った。
しかし人格者だった前当主(エレナの父と母)は既に故人であり、エレナは若くして巨大なセレスティア一族の宗主という立場でもある。
しかし現在のセレスティア家は前当主—————つまりエレナの父親の第二夫人である継母が実権を握っているという噂だ。
ちなみに“エレナ”とはヘレナの愛称で彼女の近しい者しか呼ばない。
そして俺の目の前にいるのがザック・アウグスト・ドレイクだ。
連邦内でも屈指の勢力を誇る貴族、ドレイク伯爵家の嫡男で連邦軍の少佐でもある。
本人の能力も確かに高いが、アステリア家とドレイク家の“政治的”な意味合いでエレナの副官に抜擢されたという噂だ。
・・・・・というのもエレナとドレイクは婚約間近という話だ。
エレナ自身は否定しているが所謂“家同士の“というやつだろう。
エレナが当主なのだから家同士も何も無いだろうと思うが、ここで出てくるのが継母の存在だ。
軍の仕事もあり、何よりまだ年若いエレナの後見人として継母が公爵家実質の権力者として君臨しているという訳だ。
だが正式な当主はエレナだ。
彼女が実権を握る日もそう遠くない。
そうなるまでに時間が限られている継母は、ドレイク伯爵家と結託して自身の地位を確固たるものにしようと画策しているのだろう。
そもそも継母自身がドレイク家出身だ。
エレナとドレイク家次期当主(ザック)の結婚はこれ以上ないほどの“成果”と言えるだろう。
※テラ・アルカには公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家の五爵が存在し、公爵家が最も位が高い
少し話が飛躍してしまったな。
とにかく目の前にいるドレイク少佐は“一応”エレナの婚約者と言える人物だ。
アステリア家だけでなく、当主であるエレナと親交の深い俺の存在が面白くないんだろう。
階級でも爵位でも少佐は俺よりも上の立場にある。
事あるごとに邪魔やちょっかいを出してくるという訳だ。
「男爵家風情が・・・!」
俺の態度に問題があったことは認めるが、軍では“外”の立場は持ち出さないように定められている。
階級では上の者でも一般人、もしくは爵位では下の位というケースも多々ある。
指揮の所在を明確にするために、軍では爵位の持ち出しを明確に禁じているのだ。
まあ爵位の高い者は総じて軍での階級も高くなる傾向にあるがな。
「何をしているのです!」
一触即発の雰囲気を感じ取ったのかエレナが司令官室から出てくる。
まあ騒いでなかったとしても司令官の部屋の前で話し込んでいること自体が問題だ。
「“ヘレナ”! 聞いてくれよ、ヴァーデン大尉が—————」
「少佐、公私を混同するような発言は控えて下さい」
「ふっ、失礼しましたセレスティア中佐」
ドレイク少佐はわざとエレナを困らせるような発言や態度を取る。
優越感に浸ったような表情でこちらを見てくるが相手にするつもりは毛頭ない。
俺は一瞬エレナと視線を交えるが、すぐに背を向けてこの場を立ち去った。
◇
【side:エレナ】
イライアスが持ち場に戻った後、ドレイクが司令官室を訪れた。
副官用の執務室は別で存在するが、ドレイクは何かと理由をつけてエレナの下にいようとするのだった。
「“ヘレナ”、疲れているようだけど大丈夫かい?」
「大丈夫です。お気になさらず」
「随分と硬いじゃないか! 今は僕と君の二人だけだ」
ドレイクはそう言うとエレナに近づいていく。
彼女にとって、ドレイクの物理的、精神的な接近はストレスの種の一つだった。
「貴方とのことは義母が言っているだけで私は—————」
「そんな勝手が許される立場なのかい? 君はまだ年若く力もない。ご両親がご健在で無い今、セレスティア一族を安定させるのが第一じゃないかな?」
「それは・・・・・」
言われずとも彼女は理解していた。
自分がわがままを言える立場にないということは。
「栄光あるドレイク家とアステリア家の力を合わせれば、このアルカディアにさらなる繁栄を齎すことができる」
「嫌・・・!」
そう言いながらドレイクはエレナに手を伸ばす。
しかし彼女は反射的にドレイクの手を払ってしまう。
拒絶されたドレイクの顔には怒りの感情が見て取れた。
「今のアステリア家とヴァーデン家が結びつくことは無い。絶対にな!!」
そう声を荒げたドレイクは、勢いよく部屋を後にするのだった。
「・・・・・はぁ」
一人になった司令官室でエレナは小さなため息をつく。
両親が亡くなってからというもの、彼女はアステリア家の生まれということに心労が絶えなかった。
ごく普通の家に生まれれば、自身にのしかかる重責とも無縁だったはずだと。
婚姻統制に完全に縛られることもなく、想い人と一緒になれることもできただろうと。
彼女の両親亡き今、セレスティア一族を統括するセレスティア家の当主という立場は19歳の少女が背負うには大きすぎる役割だった。
アステリア家の当主は代々、聖域評議会【カウンシル】の議長を務めることになっている。
つまりエレナは聖域連邦アルカディア全国民の首長ということになる。
しかし連邦の有力貴族数家で構成されている聖域評議会【カウンシル】は、合議制が取られている。
ドレイク家を中心とした貴族派閥が評議会の過半数を牛耳っており、エレナの当主としての決定権は事実上封じられているのが現状と言えた。
責任感に溢れ、民のことを想っているエレナの案は貴族にとっては必要のない、または不利益になるものばかりだった。
アステリア家当主、セレスティア一族宗主、カウンシル議長、聖域連邦首長、どれも実権の無い名ばかりの肩書だった。
「イライアス—————」
イライアスの名を呼ぶ彼女の声は、無機質な部屋の中に溶けて行った。
◇
【side:イライアス】
「はぁ—————」
「どうしたんだい? ため息なんてついて」
「レオ? いや、なんでもないさ」
南アルプス山脈の心臓部に食い込むように存在する【イージス・パレス】は、山脈に囲まれた最重要施設として防護するのに非常に適した場所に存在している。
俺は吹き付ける冷たい風をその身に受けながら、イージス・パレス上層の“外”で周囲を囲む山脈を眺めていたところをレオナルドに見つかってしまったのだ。
「当てようか? “エレナ”のことでしょ?」
「な・・・! どうしてアイツが出てくるんだ」
「わかるよ。何年の付き合いだと思ってるの?」
「・・・・・」
「本当に良いのかい? このままじゃエレナは彼の“物”になるよ? それだけじゃない。貴族派の連中に飼殺される」
「・・・・・わかっている」
『だがどうすることもできないだろ?』とレオに当たりそうになるがなんとか踏みとどまる。
口にしなかったところで奴には見透かされている筈だがな。
全てを投げ出して好きに生きることが出来ればどんなに良いか・・・そう考えたこともあった。
しかし、そんなことは夢物語だ。
想像の世界で生きられるほど、俺達は若くない。
「それで? 小言を言う為にわざわざ“こんな場所”まで来たのか?」
「まさか、僕はそんなお人好しじゃないさ」
笑いながらレオは俺の隣に腰掛ける。
【イージス・パレス】が存在する谷に、山脈から冷たい風が吹き込んでくる。
肌を刺すような冷たさだが今の俺には心地よく感じる。
「良い場所だね」
「ああ」
こんな高層階の外にやってくる奴なんてそういない。
【イージス・パレス】の上階に存在するこの場所は俺だけの秘密の場所だ。
「譲ってくれないかな?」
「この場所をか? それなら昇進を受けるんだな。“命令なら”譲ってやる」
「意地悪なことを言うね。ちょっと本気で悩んでしまうくらい良い場所だよ」
レオは軍の昇進を受けていない。
本来、昇進というものは“命令”として出るもの故に、受ける受けないという次元のものではない。
しかしそこは有数の貴族であるクロムウェル伯爵家の“力”を使ったようだ。
人事命令として出された昇進の件が保留となったのだ。
『貴族の力は軍に及ばないように』と定められているにも関わらず実態は前述した通りだ。
この連邦の選民思想は今に始まったことではないが、聖域評議会【カウンシル】が有力貴族で構成されていることからこの国の舵取り、行く末は貴族次第ということになる。
現在の貴族家の先祖たちは絶滅の危機に瀕していた人類を導き、この地に聖域連邦アルカディアを築いた。
元から貴族だったのか、一般市民だったのか、意図したことなのか、そう成らざるを得なかったのか・・・理由は分からないが結果的に俺達の祖先たちは貴族となり、国の舵取りをするようになったんだ。
それが今ではどうだ?
己の富や権益を拡大しようとする連中が“上”にのさばっている。
俺もレオナルドも、こうした貴族たちの選民思想を心底嫌っている。
まあレオは俺よりもやはり“大人”だ。
必要な時には“その力”を使うことに躊躇いが無いからな。
今回の昇進の件はまさにそうだ。
「だったらお前の意見が通るようにもっと“上”に行け。俺なんかよりもよっぽど指揮官に向いている」
「君は分かっていないね。人はね、人らしくて共感できる者についていくものなんだよ」
「どういう意味だ?」
「君はそのままで良いってことだよ」
「意味が分からん」
レオは綺麗な顔に笑みを浮かべると、過酷な自然が広がる景色に目を移す。
コイツは時々意味の分からないことを言うが、意味の無いことはしない。
そう確信できるからこそ、やはり人の上に立つべき人物だと改めて感じるのだった。
________________________________________
<イージス・パレス・ターミナル>
【side:イライアス】
俺は【イージス・パレス】の地下に存在するターミナルにやって来た。
ターミナルからは【ヴェイン】と呼ばれる完全真空の超伝導磁気浮上チューブ駆動の乗り物が発着している。
この【ヴェイン】は連邦の主要部、イージス・パレス、連邦軍本部、貴族街それぞれの地下に存在するターミナルにアクセスできる。
ヴェインは大きく三つの種類に分かれている。
一つ目は軍が主に用いるミリタリー・ライン、二つ目は貴族や軍の高官が用いるアッパー・ライン、そして最後が一般市民・労働者・物流用のサービス・ラインだ。
それぞれの用途に分けられる【ヴェイン】だが、単なる移動手段というだけでなく人類の生活にとって【イージス・パレス】と同等レベルで重要な存在だ。
ヴェインの走行用超伝導ガイドレールそのものが北島に存在するコア・シャフト(※)と地熱発電プラントから南島へ電力を送る超高圧の送電グリットを兼ねているのだ。
(※)プロメテウス:惑星核直接貫通型エネルギー抽出・エネルギー転送軸
この送電が滞ることがあれば【イージス・パレス】が担っているインフラのコントロールや北島・南島の広域シールドが消失することになる。
そうなれば、600年以上経過した今でも人類抹殺のプロトコルを遂行している【エンフォーサー】にアルカディアは滅ぼされることになるだろう。
「ASOC(※)所属のヴァーデン大尉だ」
※アルカディア特殊作戦軍(エーソック):軍の特殊作戦、極秘任務などを統括
「これはヴァーデン大尉、報告は受けております。どうぞこちらに」
担当官である伍長の案内に従ってターミナル内を進んで行く。
しかし彼が向かっているのはミリタリー・ラインではなく、軍の高官や貴族が使用するアッパー・ラインだった。
「伍長、俺はASOCから出頭命令を受けている」
アッパー・ラインではなく、ミリタリー・ラインの間違いだろう?という意味で言ったのだが担当官の伍長は間違いはないと言う。
「ヴァーデン将軍から本部ではなく貴族街に来るようにと」
「・・・・・」
つまり、『家に帰って来い』ということだ。
どう考えても職権乱用だ。
俺はその場で回れ右をして、来た道を戻ろうとする。
「た、大尉! 困ります!」
「困るのは俺の方だ。ただでさえ忙しいっていうのに」
この場を立ち去ろうとするが、伍長は俺の腕をガッチリ掴んで離さない。
中々の握力だ。
しっかり訓練している証拠だろう。
◇
結局、俺はアッパー・ラインで北島に向かっている。
【ヴェイン】のアッパー・ラインは完全真空の超伝導磁気浮上チューブ内でポッドが弾丸のように射出される。
南島の山脈地帯に存在する【イージス・パレス】から、北島の首都まで直線で300キロメートルの距離をミリタリー・ライン(軍用)なら40分程度、アッパー・ライン(貴族・軍高官用)なら10分で到達することが可能だ。
アッパー・ラインについては旧文明の慣性制御フィールドの恩恵を受けている為、マッハ級の速度で発進・加速・停止しても、ワイングラスの水面すら揺れない。
乗員は到着までの10分間すらソファで優雅にくつろいでいるという訳だ。
まあ真空の超伝導磁気浮上チューブも慣性制御フィールドも旧文明の遺産だ。
かつて滅んだ技術に縋らなければ、我々人類は北島と南島の数百キロという行き来すらまともにできない。
いや、もっと言えば【イージス・パレス】のシールドが無ければ人類はあっという間に滅ぶことになるだろう。
この【イージス・パレス】や地熱発電からの送電技術、何もかもが旧文明のものなのだ。
しかし我が物顔で連邦の舵取りをしている聖域評議会【カウンシル】、特に“貴族派”の連中は本当の意味でこの重大さを理解していない。
アルカディアという名の仮初のユートピアは簡単に瓦解する要素に溢れている。
危うい状態でどうにか均衡を保っていると言っても過言ではないのだ。
そんなことを考えている間に、慣性制御された【ヴェイン】は静かにアッパー・ライン・ターミナルに到着する。
アッパー・ラインのターミナルは久しぶりだ。
北島の首都に位置する貴族街の真下には、一般市民が暮らす【サブ・テラ】が存在する。
【サブ・テラ】は一般市民の居住区や職場が複数の階層に分かれている。
複数階層の最も深い場所にアッパー・ライン・ターミナルは存在する。
このターミナルと地上の貴族街は一本のエレベーターで繋がっており、意図しなければ貴族たちは市民と会うことも、その暮らし振りを見ることもない。
この不安定な状態で辛うじて成り立っている連邦に“貴族”という役割が存在する必要性がどこにあるのだろうか?
「セバスチャン、久しぶりだな」
「お坊ちゃま!」
「“お坊ちゃま”はよしてくれ」
「はい、お坊ちゃま」
【ヴェイン】から出たところで嬉しそうに俺を出迎えてくれたのはヴァーデン家に仕える執事のセバスチャン・アッシュクロフトだ。
アッシュクロフト家は代々ヴァーデン男爵家に仕えてくれている。
「本当にお久しぶりでございます。こんなにも立派になられて—————」
「お、おいおい。大袈裟だな」
セバスチャンは洗練された動作でハンカチを取り出すと目元の涙を拭いている。
本当に大袈裟だ。
そう心の中で呟きながらも、純粋に俺の帰省を喜んでくれるセバスチャンに心が温まる。
「まるで昔のガレオン様を見ているようです」
「・・・・・あんな大熊と一緒にしないでくれ」
「お姿は似ていらっしゃいませんが、お纏いの雰囲気が昔のガレオン様を感じさせます」
『今のお坊ちゃまを見れば、マリア様もきっとお喜びになった筈です』
どこか懐かしいような、そして少し悲哀の感情を顔に浮かべながらセバスチャンは言葉を続ける。
「・・・・・ああ、そうだと良いな」
母に似ているという言葉は嬉しさを感じると同時に、悲しみと後悔の念を生じさせる。
—————母は俺のせいで死んだんだ。
俺の雰囲気を感じ取ったのか、セバスチャンは複雑な表情だ。
・・・・・そんなつもりは無かったんだがな。
俺は貴族街に直行できる専用エレベーターを横目に、非常階段に向かって歩みを進める。
「お坊ちゃま、どちらへ?」
「少し回り道をしよう」
今の立場になってからは中々サブ・テラを訪れる機会も減ってしまった。
正式に軍に入隊するまでは貴族街を抜け出してサブ・テラに繰り出したものだ。
◇
永遠に続くと錯覚する長さの非常階段を登って行き、サブ・テラへの扉に辿り着く。
「老体には堪えますな」
「どの口が言う?」
「ほっほっほっ。寄る年波には勝てません」
老齢に入ったセバスチャンだったが、殆ど息切れすることなく追従してきた。
年齢を考えれば恐ろしい体力だ。
「さすがはアッシュクロフトだ」
「もう引退した身です」
アッシュクロフト家は代々ヴァーデン家に仕え、身の回りの世話やスケジュール管理、使用人の統括という役割を担ってくれている。
だが仕事はそれだけではない。
詳しいことは分からないが、俺の祖先が直属の諜報部隊を組織したことに始まっているらしい。
ちなみにアッシュクロフト傘下の全ての使用人—————つまりヴァーデン家の使用人だが、彼らも高度な訓練を受けている。
緊急時にはソルジャー(兵士)にもエージェント(スパイ)にもなるのだ。
サブ・テラに続く扉を開けようとしたがロックが掛けられていた。
市民が入れないように対策されているんだろう。
無駄に厳重なセキュリティーが施されている。
俺は制服の内ポケットから端末を取り出して、扉のセキュリティーを解除しようと試みる。
一種のピッキング—————特殊作戦には必要な技術だ。
「お手並み拝見」
セバスチャンも止めるどころか少し楽しそうにしている。
寧ろセキュリティーの解除などはアッシュクロフトの得意とするところだろう。
厳重と言っても扉のロックなど【エンフォーサー】などの旧時代の遺物に比べれば大したことは無い。
数十秒で解錠してみせる。
「流石、というべきですな」
セバスチャンは『ほっほっほっ』と上品に笑っている。
彼のこの余裕・・・・・上には上がいるということだな。
これからも精進することを心の中で一人誓うのだった。
◇
<市民街 サブ・テラ>
解錠した扉を開くと、人工的な光に包まれた空間が視界一杯に広がる。
地下をくり抜いたようなこの場所は複数の階層に分かれており、中央には巨大な動力炉が存在している。
連邦の99%以上が地下に存在するこのサブ・テラで生活しているのだ。
ASOCの出頭命令だったこともあり、士官用の制服を身につけている俺は“多少”浮いているのを嫌でも感じる。
加えて、洗練された立ち振る舞いと装いのセバスチャンの存在がよりサブ・テラでの違和感を増長させている。
連邦軍士官が貴族の使用人を連れてサブ・テラを訪れているというのは日常的な光景ではないのだ。
それほど貴族はこのサブ・テラには立ち入らない。
別に法律で禁止されている訳じゃない。
“必要がない”から訪れないのだ。
市民の暮らしぶりも知らず、何が貴族なのか?
一体何のために存在しているのか?
疑問を抱かずにはいられない。
「少し歩こう」
特に目的地がある訳じゃない。
ただ歩くだけだ。
「はい、お坊ちゃま」
セバスチャンは余計なことは聞かずに俺の跡を追従する。
「何も聞かないのか?」
「お坊ちゃまのことはお生まれになった時から存じております」
つまり『聞くまでもない』ということなのだろう。
俺なんかよりも一枚も二枚も上手だと実感させられる。
『お前には子供のままに見えるんだろうな』
そう口に出しそうになるが言葉を飲み込む。
「私はこうしてお坊ちゃまのお傍にいられることが何よりも幸せに存じます」
打算などが存在しないセバスチャンの言葉は南島で固まった俺の心を溶かしていくようだった。
「俺もセバスチャンといられて嬉しく思う」
「お坊ちゃま?」
「—————お前のことは本当の家族のように思っているんだ」
「勿体なき・・・お言葉にございます」
背を向けたまま伝えた言葉だったがしっかりと伝わったようだ。
・・・・・伝わり過ぎたのかセバスチャンは歩みを止めて涙を拭いている。
「おいおい、大袈裟だな」
セバスチャンに向き直って肩に手を置きながら声を掛ける。
昔よりも痩せた彼の身体が時の流れを感じさせるのだった。
◇
「何度見ても壮観だな」
サブ・テラで一番目に付くのはやはり【プロメテウス】だろう。
惑星の上部マントルを越えて外殻(コア)近傍まで到達する全長数百キロメートルのエネルギー・シャフトだ。
直径は200mに達し、耐熱・耐圧の特殊合金フレームと重力場抑制フィールドに覆われている。
内部でプラズマ化した励起エネルギーが青く発光しながら通っており、周囲を明るく照らしている。
【サブ・テラ】の独特な重低音のノイズと蒸し暑さは【プロメテウス】が要因だ。
この【プロメテウス】も【灰の紀元】時代の遺物だ。
600年という長い年月稼働し続けていることもあり、部品交換などのメンテナンスは細心の注意を払って行われている。
というのもアルカディアで使用されているエネルギーの90%以上がこの【プロメテウス】によって生成されているのだ。
地熱発電では到底賄いきれない量だ。
【プロメテウス】が稼働を停止すれば南島の【イージス・パレス】が発生させているエネルギー・シールドも使用できなくなる。
この二つは人類生存の根幹と言える。
「見慣れませんか?」
「久しぶりだから少しな」
【サブ・テラ】で生活している市民にとっては当たり前の光景だろうが、貴族が目にすることは余り無い。
それこそ、俺のように子供の頃からここを訪れている“物好き”以外は。
◇
時間も遅くなり、仕事を終えた多くの市民が酒場や食堂に繰り出している。
彼らの主食は水耕栽培スプラウトと合成タンパクペーストだ。
プロメテウスから供給される潤沢な電力とシャフトから漏れ出る廃熱を利用して約2000万人分のカロリーを完全自給自足している。
第1プラント群で栽培されているのは成長スピードが異常に早い遺伝子組み換えスプラウトや高栄養価の品種改良された葉物野菜類、ビタミン源となる耐陰性キノコ類だ。
第2プラント群では藻類・微生物バイオリアクターを使用したタンパク質の生成が行われている。
地下水脈を利用した発酵タンクで微生物タンパク質を大量に培養している。
これがサブ・テラの動物性・植物性たんぱく質のベースとなっている。
元々の味はともかく、栄養価については保障されている。
基本的に第1、第2プラント群で作られた物に味や風味などを添加する形で食事を取る。
仕事終わりの男たちが水で薄めたウォッカを片手に串揚げなどを頬張っているが、あの料理も形や食感などをある程度模したモック料理だ。
サブ・テラでもっとも普及している酒類は蒸留酒で、特に安価に取引されているのはウォッカだ。
糖質バクテリアペーストやキノコ端材、水耕栽培のデンプンなどを連続蒸留機にかけて大量生産される。
次に蒸留する際にベリーやハーブなどの香りづけをしたジンは、ウォッカをベースにしたジンは飲食店ごとに個性がある
ハーブの種類や余熱の通し方など様々なこだわりの下、市民に深く親しまれている。
「少し入ってみるか」
「お坊ちゃま?」
「良いだろう? お前も付き合えセバスチャン」
俺はセバスチャンの返答を待たずに目についた店に入る。
客席は布を繋ぎ合わせた簡易的な屋根があり、その奥は天然の岩をくり抜いた場所にキッチンとカウンター席が設けられている。
俺が入店すると先程までの騒ぎが嘘のように辺りが静まり返る。
別に悪いことをしている訳じゃないからな。
特に気にせずカウンター席まで進んで行く。
「この店オリジナルのジンをストレートで」
「お、お口に合うかどうか・・・・・」
バーテンダーが困惑した様子でそう口にする。
この店のジンはあまり評判が良くないのだろうか?
遅れて入店してきたセバスチャンはため息交じりだ。
別におかしなことは言っていない筈だ。
「仕事中でもあるまいし、飲酒をすることを禁じられている訳ではないだろう?」
アルカディアでは15歳を成人と定めており、飲酒も成人と共に認められる。
【灰の紀元】の時代では国や地域でルールが異なったようだが。
「彼は『不敬に当たるのではないか』と案じているのです」
ああ、そういうことか。
そこまで気が回らなかった。
「すまなかった。イライアス・ヴァル・ヴァーデンの名の下に、仮に俺がこの店の提供品で命を落とそうと一切の不利益を被ることは無いと誓おう」
『ヴァーデン? あのヴァーデン家か?』
『ヴァーデン男爵のご子息?』
『軍に入隊されたという噂は本当だったんだな』
店内の客が突然のイレギュラーに騒めいている。
別に騒ぎを起こしたかった訳じゃないんだけどな。
だが俺がヴァーデン家の者だと分かったことで彼らは多少安心したようだ。
ヴァーデン男爵家は爵位こそ低いが、軍や市民からの信頼が厚いことが理由だ。
少し混乱があったが、ひとまず店内は落ち着きを取り戻した。
だが念のため、目立たないように薄暗いカウンター席の端で酒と軽食を出してもらう。
バーテンダーが軽食を口に運ぶ俺の様子を心配そうに見ている。
「心配するな。軍のレーション(携行食)よりよっぽど美味い」
レーションと比べるのは失礼だったか?とも思ったが、バーテンは気にすることなく少し安心した様子で仕事に戻って行った。
そして少しの間、この店特性のジンが注がれたグラスを傾けながら市民の様子を観察する。
長く滞在するのも気を使わせてしまうと考え、会計のために店員を呼ぼうとした所で新たな客が現れた。
『貴族の私がこんな穴蔵で任務に就かないといけないとはな』
『上層部の無能さには呆れますな!』
『全くその通りです』
自動小銃(アサルトライフル)を装備した迷彩服姿の三人組だった。
店の奥まで届くその言葉通りなら、貴族出身の軍人だろう。
家の意向なのか、本人の希望なのか、貴族出身者の多くは死傷の可能性が低い憲兵隊に配属されることが多い。
彼らもそんな所だろう。
『私はこんな後方で燻っているつもりはない。必ずや栄光あるNodeの隊員となるのだ』
『ジュリアン様ならば必ずやNode-01の地位を手に入れることでしょう!』
『全くその通りです』
ジュリアンと呼ばれる男がリーダー格なのだろう。
他の2名はまるで付き人のように彼を持ち上げている。
『おい、この店で最も上等な酒を出せ。勿論、我らが満足したかった時は分かっているだろうな?』
『『くっくっくっくっ』』
まるで王様のような態度でテーブル席に着く。
彼らの態度は何も珍しいことではない。
貴族派閥の連中は大概“こう”だ。
エレナの副官であるドレイクも貴族派だ。
というよりもドレイク伯爵家が貴族派の最大勢力と言える。
彼らは貴族至上主義、選民主義の思想が蔓延っており、貴族としての爵位や家格、権益を絶対視している。
共生派(※)に属する俺の家(ヴァーデン男爵家)やレオのクロムウェル伯爵家とは対立している。
※過度な権益の集中を疑問視しており、社会構造の再編と市民の保護を重視
貴族というだけでなく、同じ軍属として目に余る。
だが余計な手出しをして、後々この店に迷惑が掛かることは本意ではない。
この場面だけ助けたとしても、奴らの家からこの店に対して何かしらの圧力が掛かることは避けたかった。
さて、どうしたものか。
俺は少し滞在時間が延びそうだっため、バーテンに声を掛けて空になったグラスにジンを注いでもらう。
そんな俺達の様子を、ジュリアンと呼ばれるリーダー格の取り巻きの一人が見ていたようだ。
『おい、我らの注文よりも他の客を優先するとは何事だ!』
どうやらその事がお気に召さなかったようだ。
離れた先から声を荒げている。
「対応を考えるまでも無かったな。お前は客と店に被害が出ないように待機していろ」
「お坊ちゃま?」
「大丈夫だ。ちゃんと“大人”な対応をするさ」
俺はグラスを傾けながらセバスチャンに声を掛ける。
彼は少し呆れたような、同時に誇らしいような表情だった。
「—————ん、癖になる味だ。すまないがもう一杯頼む」
「え、あ、はい」
バーテンは呆気にとられた様子だったが自分の仕事は確実に遂行している。
ここのジンはハーブが効いており、鼻を抜ける香りが何とも言えない。
他の店のジンも試してみるのも良いかもしれない。
俺はまだ見ぬ最高のジンに心を躍らせる。
『おい、聞いているのか!?』
さすがに我慢の限界に来たのか付き人の一人がその場に立ち上がる。
忍耐力の無い奴だ。
「ありがとう」
俺はバーテンに礼を言って再びグラスを傾ける。
さっきの取り巻きの一人がドタバタと足音を鳴らしながらこちらに向かって来る。
俺はセバスチャンに目配せして『手を出すな』と念押しする。
「貴様! 貴族に歯向かうとどうなる・・・か」
取り巻きAが俺の肩を強引に引っ張る。
俺の装いを確認した彼の声が徐々に小さくなる。
「どうした候補生? 何か用か?」
取り巻きA・・・というか三人は士官候補生の徽章を身につけていた。
正式に任官する前の実地研修中か?
大方、時間つぶしにでもしに来たのだろう。
「大尉の階級章!? し、失礼しました!!」
取り巻きAは俺の装いを見て咄嗟に敬礼をしてくる。
リーダー格と取り巻きBも何事かとその場に立ち上がる。
「小銃を携行しているということは勤務中か?」
「はっ! い、いえ・・・あの」
勤務中に飲酒は御法度だ。
それもまだ正式任官する前の候補生が・・・・・となれば処分は免れないだろう。
「大尉殿、私の部下が失礼を」
そう言いながら近づいてくるのはジュリアンと呼ばれていたリーダー格だ。
特に悪びれた様子もない。
それに候補生が部下もクソも無いだろう。
「私はジュリアン・フォン・ローゼンバーグ、ローゼンバーグ子爵家の者です。以後お見知りおきを」
貴族式の挨拶をするジュリアン。
つまり、彼は軍人としてではなく貴族として対応するようにと言いたい訳だ。
「軍で貴族の位を持ち出すのは禁じられている。よもや知らない訳ではないだろう?」
そう言いながら暗がりから照明に当たる場所まで前に出てやる。
俺の姿が見えるとジュリアンは本能的に後ずさりする。
「そ、それはNode所属の証・・・!」
俺の左胸にはASOCの特殊部隊であるNode所属を示す徽章が輝いている。
他にも保有するMOS(特技)のバッジや略綬(勲章を簡略化した長方形状のリボン)を多く身につけている。
“こういう人種”は肩書を重視する。
それに奴はNodeへの憧れを口にしていたしな。
効果は“てきめん”だろう。
「もう一度聞く。お前たちは勤務中だな?」
「大尉殿、ご心配には及びません。我々は“ただ食事”をしに来ただけです」
つまり『まだ飲酒はしていない。それに食事であれば問題は無い筈だ』と言いたいのだろう。
『最も上等な酒を出せ』と大声で言っていたのは気のせいだろうか?
「それに大尉殿も“楽しまれていたご様子”・・・・・ここは良しなに」
奴は俺の右腰のホルスターに収められている拳銃を見てそう口にする。
つまりこの俺を脅してる訳だ。
「何か勘違いしているようだな。俺は完全なプライベートでここにいる」
「な、なんのご冗談を。その拳銃が勤務中である何よりの証拠」
ああ、コイツは知らないんだな。
まあ候補生なら知らなくても当然か。
「特殊部隊—————特に現場要員は銃器の携帯が許可されている。完全なプライベートだったとしても」
「ま、まさか・・・そんな」
銃については民間人は決して所持することはできない。
許可されている軍人であっても、勤務外で銃火器や刃物の携帯は固く禁じられている。
“即応性”という点を考慮されて特殊作戦隊員、特に現場要員については24時間の重火器の携行が許可されているのだ。
一瞬動揺を見せるジュリアンだったが、少しすると不敵な笑みを浮かべる。
まあ、何を言うつもりなのかは大体予想がつく。
「大尉殿、先程も申し上げた通り、私はローゼンバーグ子爵家の者です。貴族ゆえに何かと融通を利かせることもできるかと」
「融通だと?」
「はい。それに、この二人も男爵家の者です」
つまり“そういう”ことだ。
貴族派の連中がやりそうなことだ。
自分に都合の悪いことも、最後には家の力を使って無かったことにするつもりなのだろう。
「貴様らもだ! 今日のことは他言無用だ!!」
ジュリアンは店の中にいる市民に対して声を荒げる。
軍人としても、貴族としても、本来守るべき対象に脅しをかけるなどあってはならないことだ。
それに俺が貴族だと知っている店内の者達は顔を見合わせながら何とも言えない微妙な顔をしている。
「家格を自らの力と誤認するとは—————嘆かわしい」
それは第三者によって発せられた言葉だった。
入り口の方を確認すると、まるで熊のような巨大な影があった。
「誰だ! 不敬だぞ!!」
「不敬? 貴族が貴族に対して不敬もクソもあるか」
取り巻きAが発した言葉に反応した声には聞き覚えがあった。
加えて妙に既視感のあるその姿は、俺の予想通りの人物だった。
「イライアス! よもやこんな場所で会うとはな!!」
突然の来訪者は俺の父、ガレオン・ヴォルフ・ヴァーデンだった。
ヴァーデン男爵家の現当主であり、アルカディア連邦軍が誇る特殊作戦軍(ASOC)の最高司令官だ。
「ヴァ、ヴァーデン将軍!?」
ジュリアンが驚きの声を上げる。
さすがに将官クラス—————それもASOCの最高司令官ともなれば知らない者はいない。
父のことはアルカディアの全国民が認知していると言って差し支えないだろう。
「お久しぶりです。父上こそ、どうしてサブ・テラに?」
「いつまで経ってもお前が帰ってこないからな、様子を見に来たのだ」
俺はセバスチャンをひと睨みする。
だが彼は柔らかい表情を崩さない。
「おいおい、セバスチャンを責めるな。それに報告してきたのはコイツじゃない」
つまりサブ・テラ内には父の手の者が紛れ込んでいるという訳だ。
まあお忍びでやってきた訳じゃないから別に構わないが、見張られているというのはそれだけで気持ちの良いものではない。
「お前たち、こんな所で何をやっている!!」
その時、ガレオンの後方から現れたのは士官の制服を着た妙齢の女性だった。
その声に弾かれるように整列するジュリアンとAとB。
よく見ると見知った顔だった。
彼女も俺に気が付き声を掛けてくれる。
「イライアス、久しいな」
「ケラー教官、お久しぶりです」
彼女は俺が士官候補生だった頃の教官だ。
名をヴィクトリア・アウラ・ケラー。
ケラー男爵家の令嬢で連邦軍の大尉という立場だ。
「随分他人行儀じゃないか、良いからヴィクトリアと呼べ」
『階級も追い付かれてしまったしな』と言葉を続ける。
貴族家出身らしく非常に美しい見た目と、それでいて芯のある性格で候補生からの人気も高い。
卒業の際に多くの同期が玉砕するのをこの目で見た。
毎年の恒例行事と化しているようで他の教官達はヴィクトリアがOKを出すか否かの賭けをしているという噂だ。
「なんだお前たち、いつの間にそんな親しい関係になったんだ?」
「し、将軍!!」
「おいイライアス、大尉はまんざらでも無さそうだぞ?」
「父上、冗談はそれくらいに」
「がははははっ!」
その巨体と同じように豪快な性格をしている父上に、ヴィクトリアが翻弄されている。
彼女の慌てた様子は物珍しかったが、どう考えても困っていたので仲裁する。
「・・・・・イライアス? イライアス・ヴァル・ヴァーデン?」
そんな俺達の様子を伺っていたジュリアンは驚いたような表情を浮かべている。
なんだ?
俺のことを知っているのか?
「何を不思議そうな顔をしている。若い連中でお前のことを知らない奴などいない」
咳ばらいをしたヴィクトリアが飽きれた様子で口にする。
そんな“当たり前”みたいな言い方をされても困るんだが。
「まあ、今はそんなことより—————」
ヴィクトリアは三人の候補生に向き直って“指導”に入る。
彼らには然るべき処置がなされるだろう。
お役御免となった俺は父と共に出口に向かって歩き出す。
「男爵家風情が」
すれ違い様にジュリアンがそう口にする。
特に指摘することは無い。
これ以上、店にも迷惑を掛けたくないしな。
________________________________________
<貴族街 ヴァーデン男爵家>
首都ウェリントンに存在する貴族街は彼らの財や権益を誇示するかのように豪華絢爛な装飾が施されている。
貴族達の邸宅も同様だ。
普段、南島の“田舎”で過ごしている身からするとあまりに現実離れしているように感じる。
【エンフォーサー】と戦っている軍人や、人類のインフラを支えている技術者たちが命をかけている傍ら、多くの貴族たちは身を危険に晒すこともなく安全地帯でのうのうと過ごしているのだ。
そんな贅沢な屋敷が建ち並ぶ貴族街で、異彩を放っているのは我がヴァーデン男爵家の邸宅だ。
無駄な装飾が一切排除され、重厚で堅牢さが際立っている。
男爵家という立場でありながら、高位貴族に匹敵する敷地面積を誇っており、武を重んじる家柄に相応しい“設備”が整っている。
設備—————つまり訓練場だが、幼い頃はエレナやレオと忍び込んでは“戦闘ごっこ”をしてよく遊んだものだ。
既に陽は沈み、辺りは人工的な光に包まれている。
俺は屋敷に入るとそのまま親父と一緒に執務室に向かう。
屋敷の内は外観よりも“多少”マシだ。
一見、派手さの無い落ち着いたアンティーク調の内装だが、よく見ると金属で補強されていたり、木製のドアの筈だがやたら重かったりする。
ドアの中に金属板が埋め込まれているんだ。
正確には金属板を木材で覆っていると言った方が正しいかもしれない。
そして屋敷の中でも特に重厚な扉が備え付けられているのがヴァーデン男爵の執務室だ。
「まあ座れ。遠い中ご苦労だったな」
「いえ、父上もお変わりないようで」
改めて、俺の目の前にいるのは武の名門で知られるヴァーデン男爵家の現当主、ガレオン・ヴォルフ・ヴァーデンだ。
アルカディア特殊作戦軍(ASOC)の最高司令官で、さらに軍で最高位の大将の地位にある。
ASOC所属の俺から見れば、所属先の最も地位の高い人物ということになる。
日焼けした大柄な体躯、髭に覆われた顔には傷がいくつも刻まれている。
豪快な性格に対してその眼光は鋭く、相手に威圧感を与えることもある。
要は使い分けだ。
「うむ。お前を呼び戻した理由は分かっているな?」
昼間にエレナと話した件だろうと予想する。
ASOC本部ではなく、家に呼び戻したということはそれなりの理由があるということだ。
「軍の特定の周波数帯が使えなくなった件ですね?」
「そうだ、だがそれだけじゃない。問題が起きたのだ」
「というと?」
「Node-06がシールド外での活動中に消息不明となった。【イージス・パレス】のレーダーでも探知不能だ」
つまりNode-06との無線交信が不可能になったということだ。
加えてシールド内であれば【イージス・パレス】のレーダー探知で正確な位置を特定できるが、シールド外になると【エンフォーサー】に嗅ぎ付けられる恐れがある。
「06の任務は?」
「原因は不明だが、何かしらのエラーで特定の場所に留まっている【エンフォーサー】の排除だ。だが交信不能となり、未だ帰還もしていない。お前のチームには【エンフォーサー】の破壊および06の安否を確認してもらいたい」
【エンフォーサー】は600年以上もノーメンテナンスで稼働し続けている。
指揮を執っていたAIは既に崩壊しており、【エンフォーサー】は最後の指令を遂行し続けているのだ。
『人類を滅ぼす』という至極単純な指令を。
【灰の紀元】の時代は人類の科学技術が最も繁栄していた。
現代では再現不可能な高度な技術力を誇っていたが、600年という年月をメンテナンス無しで正常に稼働し続けてることは不可能なのだ。
今もアルカディアで用いられるロストテクノロジーには【エンフォーサー】の部品を流用している。
【エンフォーサー】の部品が無ければ【ヴェイン】も【イージス・パレス】も【プロメテウス】も稼働はままならないだろう。
【エンフォーサー】が人類にとって最も脅威なのは間違いないが、同時にアルカディアの人々の生活を支える存在でもあるというのは皮肉な話だ。
「市民や貴族、軍にも悟られることなく遂行する必要があるということですね?」
「話が早いな。原因の特定、および解決策が見つかるまでは公にしたくないのだ」
NodeはASOC直轄の部隊だ。
縛られず、比較的自由に動けるというのは特殊作戦部隊の良い点といえる。
だがレーダーが使えないとなると、かなり危険な任務になる。
Nodeのトップである俺達に任務を任せるという点だけみても、最高司令官としてこの任務の危険度を相当なものだと見積もっている証拠でもある。
「了解。目立たぬようにすぐに出発します」
「苦労をかけるな。任務が終わったら休暇を取って帰って来い。ここはお前の家なのだから」
「・・・・・はい、父上」
ガレオンは、父親の顔で言葉をかけてくれる。
確かにここは俺の家だ。
だがこの場所は、幸せだった頃の思い出があまりに多すぎる。
母が命を落としてからというもの、この場所に身を置くと“自身の罪”を正面から突きつけられているような感覚に陥る。
俺は父に頭を下げて退出する。
その後、部屋の外で待機していた執事のセバスチャンに車を出してもらい、【ヴェイン】のターミナルを目指すのだった。
お疲れ様でした。
いやー設定考えるの大変ですね()