先代博麗の巫女について
( 血のにおいがする…)
今宵は満月
深い闇の空に淡い光を放つ月
地上を妖しく照らすその光
その光を拒むように入り組んだ暗い暗い竹林
入ったら最期抜け出せないといわれる光も届かぬ場所
そんな迷宮を迷いなく駆け抜ける一つの影があった
暗がりで表情や姿はわからない
ただ、追いかけるでもなく追われているでもないのにその速さには、一刻の猶予もゆるされていないどこかに必死に向かっている逼迫さが現れていた
「瑞霊!」
ふいにひらけた場所に月に照らされ、黒い影が紅白の姿に変わった
紅白の声に振り向くは、数え切れない忌々しき魑魅魍魎の数々
月の光を背に紅白に一斉に立ち塞がる
ちらりと映る魍魎達の身体のところどころには赤黒いものが飛び散っているのが見えた
紅白はその姿を見るなり、大きな鈴を携えた不思議なお祓い棒を構える
袖やリボンをしならせながら、大きな鈴を弧を描くように一振り
その音色は美しくも力強く、魍魎達を怯ませた
それを合図に紅白は宙へ舞い、どこからともなく雨のように鋭く煌めく針を魍魎達に浴びせた
一分の隙もなく撃ちだされる技に大量にいた魑魅魍魎は全て無に帰した
月に照らされ宙を舞う美しい姿から繰り出される激しい攻撃
遠くから見れば、空中で激しい舞を舞う不思議で魅惑的な巫女の姿に見えただろう
ただ紅白は必死だった
護りたかったものに手を伸ばした
しかしもう遅かったのだ
『今日は何事もない一日だった。明日も何事もないことが約束されている』
自分の力なら全てを護れると思っていた
いつもと同じ仕事をすればいつもの日常のままにすごせるはずだった
"技術は安定を生む。己の腕を他に認めてもらえる。
だがそれは、変化することを放棄し、自己を技巧の裏に隠すことである。
テクニックと自己否定は等しいーー
先代は巫女としか呼ばれなかったのだ。
名前も忘れてしまった。"
目の前にあるのは、安寧の代償ーー
そういえば瑞霊は、私が嫌いだった。
ずっと彼女は変化を求めていた。
やっと瑞霊が私を嫌いな理由がわかった気がした。
何もできない私は、目の前に煙のような姿で浮かび上がる彼女を、せめて鎮めることしかできなかった。
私は博麗の巫女の仕事を全うするだけ。
説得が無理なら、もうーーー
ーーー博麗○○○!!!
「瑞霊…」
生まれて初めて名前を呼ばれた気がした。
私をきっと恨んでいる。それなのに彼女だけは私を人間として見てくれていた…。
悲しみとあたたかな気持ちが混ざり合う。
どうすれば良いの。
ーー初めて私は変化してみたくなった。
これはいずれ瑞霊のため、になるはず。
私は瑞霊を未来の"私"に託したのだ。