その日、俺は光と出会った。
それで、俺の運命は始まったんだと思う。
先のない、俺の命。
そこに灯される光。
全ては、通い慣れてしまった病院から始まった。
「ありがとう…ございました」
「本当にいいのかい?」
「はい。両親にも、姉ちゃんにも…黙っててください」
長年向き合ってくれた、俺と姉ちゃんの主治医の先生に深々と頭を下げ、そう言葉を綴る。
俺は、先生の診断を聞いた後から、まともに先生の顔が見られなかった。
先生だけじゃない、看護師、受付の人、善意の顔が見られないまま、病院を後にした。
夜、病院からの帰路、いつもより遥かに重い足取りの帰り道を辿って明かりの灯る家に帰ると、姉ちゃんがいた。母さんも一緒に。
リビングへ俺が顔を出すと、音で俺が帰ってきたことに気づいた姉ちゃんが俺の方を向いた。
青が混じった髪が少し揺れ、青白い…透明の目が俺を射抜く。
俺は、平静を装いながら口を開いた。
「ただいま、姉ちゃん」
笑顔だけは忘れずに作った。
病院に通ってることは言ってない。全部秘密にしてる。
後ろめたさはあるけど、言えない、言えなかった。
「憐、おかえり。どこ行ってたの?」
「ん〜、ちょっと野暮用」
そんな感じで、俺は笑って誤魔化す。ちゃんと笑えているかな?なんて不安が過ぎる。
この時ばかりは、見えてなくてよかった…なんて心底吐き気のする邪念が己の中で生まれてしまった。
これ以上、姉ちゃんに負担はかけたくない。心労も、気苦労も、そんなのはもう…かけたくない。
ただ、笑っていてほしい。
例え、もう姉ちゃんの目に、光が宿らない、何も映らないのだとしても。
笑って、存在してくれるだけでいい。
それだけで、俺はいいのだから。
それから俺は部屋に戻った。
いつもの部屋、暗い、灯りの付いていない俺の心の中ような薄暗い部屋の中に。
病院からもらった検査結果の紙を見て、ビリビリに破いて、ゴミ箱に投げ捨てた。万が一にも見られないように、念入りに細かく。
ふと、思った。
俺の命は、この先、どこへ行くのだろう?と。
これから先、どうなってしまうとだろう。
細かく紙切れとなった検査結果が入ったゴミ箱を見つめながら、そんなことを考えた。
何かをする気になれず、薄暗い部屋の中、ベッドの上に腰を下ろす。
ただ何もせず、時間だけが無駄に過ぎていく。
そんな中で考えたのは、自分のことじゃなく、姉ちゃんの事だった。
今何してるんだろう?と。
聞きにいけばいい、ただいつものように顔を見に行けばこの考えはすぐに終わる。
でも、腰は上がらず、足も動かなかった。
行けない、行けなかった。頭に、検査結果が過ったから。母さんにも、父さんにも言っていないそれが、俺の世界を無色の透明へと塗り替えた。
見えてるはずなのに、色がない……そんな世界。姉ちゃんが見てる世界も、こんな感じなのかな。
(わかった気がする……)
俺は心の中でそう唱えた。
きっと、姉ちゃんもこんな気分だったんだ。
悪性の腫瘍が見つかって、転移して、目が見えなくなった時、きっと、こんなやり場のない不安ばかりが…どうしようもないくらい溢れたんだ。
心がただ沈んでいくのを感じている。鬱の中でそんなことを考えている俺は、差し詰め、ちっぽけで何者にもなれない『青い果実』なのだろう。
それも、価値なしと判断されて、切り捨てられる手前の。
そんな事を考え、俺は……思い立った。
"ある考え"のもとに、棚から引っ張り出した鞄へ、数日分の服などを適当に詰め込む。そんな時だったんだ、透明に塗り替えられた俺の世界に『光』が指したのは。
突然のことだった。
俺は何かを感じたんだ。
遠い地で、闇夜に蠢く怪物の姿を見たような気がした。
そして気がつくと、部屋にいたはずの俺は、赤い夕暮れの太陽が照らす森の中にいた。
不思議と、驚きはなかった。
ただじっと、目の前の光景に目を向ける。森の中に聳え立つ遺跡へ。
自分が何をすべきか、ここからどうすればいいのか、それはわからない。けど、足は自然と遺跡の方へと向き、俺は走っていた。
ーーーー鼓動が高鳴る。高鳴る鼓動が暴れる。
一心不乱に森を駆け、遺跡を目指す。突き付けられた現実を、抱えてた不安を置き去るために。
透明で夜のように暗かった俺の視界。駆ける中で、目に見えないものが見えた気がした。
遺跡の中にある"ナニカ"それが、俺を呼んでいる。
どくらいの距離を駆けたのかはわからない。後ろなんて見ずに、走り続けてきたけど、どうしても、心から消えないものがあった。
姉の…姉ちゃんの顔だけは、置き去れなかった。
(っ…!)
唇を噛み締め、俺は俯いた。
けれど、遺跡の入り口には辿り着けた。
中に入ると、遺跡の中の真っ直ぐ続いた道の先、石碑が安置されていた。
俺が静かに近づくと、石碑は青白く明滅し、触れろと言わんばかりの光りを放なっている。
その石碑に、俺は導かれるようにしてゆっくりと手を伸ばし、手のひらで触れた。
ここまでの道のりが"覚悟"と"資格"を試すためとでも言うのか、石碑は合格だと言っているかのように、光を放って俺を飲み込んだ。
あまりの眩しさに目を閉じた俺が目を開くと、俺の前には、銀色の巨人がいた。
胸に赤いクリスタルのある銀色の巨人。
「あんたか、俺を呼んだのは」
青い光の空間の中、俺は巨人と向かい合う。
「なんで俺なんだ?」
五万といる人間の中、なんで俺を選んだのか?そう問いかけるも、巨人は無言だった。
ただし、巨人の目にははっきりと俺の姿が映っていて、俺の事情をわかっているんだと、不思議と理解できた。
「へー、全部お見通しってわけね。俺のことわかってて、俺を選んだんだ」
不思議な感じだ、全部見透かされている。けど、そこに不快感はなかった。理解はされても、慰めを言われるわけでも、気休めを言われるわけでもないから。
巨人は、俺の体のことをわかってるんだ。
俺が抱えてる思いも、俺がさっき、荷物をまとめてしようとした事も、全部。
「上等じゃん。やってやるよ」
開き直った気持ちで俺がそう言うと、巨人が俺に見せたのは、怪物が人を襲い、補食する残酷な光景だった。
俺の通う病院から街一つ挟んだ森の中、暴れ狂う虚影と、それと戦う見たことない戦闘機の編隊。
青いカニか、それともエビか、化け物と戦闘機が戦っている光景を魅せられて、俺はへー、と思った。
あれと俺は戦わなきゃならないのか、と。
その光景を見て、俺は、嬉しいと感じた。
戦い、争い、そんな残酷なことへの嬉しさじゃなく、自分が選ばれた、自分にしかできないことがあることへの喜びが自分の中で溢れるのがわかった。
それから、思ったんだ……。
誰かを守れるなら……それでいいやって。
「そんじゃ……行きましょうか!」
俺は自らの中で固めた覚悟を光に変えて、この命で駆けることを決めた。
巨人の力が己の中で溢れていく。完全に同化した俺たちは、立ち上がった。
今脅かされる命を、一つでも救うために。守るために。
そして、最愛の姉のために。
透明な世界に、青い光がもたらされた。
姉譲りの青っぽさが混じった髪をした大学生の青年、冬月憐は、こうして光に選ばれた。
♢
踏み締める大地の重み、腹の底を揺らす地鳴り。
初めての感覚のはずなのに……不思議と、俺の身体はこの巨体に馴染んでいた。
夜の密林。スペースビースト・グランテラが醜悪な両椀のハサミを向け、青白い光弾を放とうとしたまさにその瞬間。
俺は腕から放った光の刃——パーティクルフェザーで光弾を撃ち落とし、眩い光を纏いながら敵の前へ舞い降りた。
溢れ出る光の中で、己の姿を「最も戦いやすい」と願った形へ塗り替えていく。
変貌した俺の肉体は、深い青に染まっていた。
姉ちゃんの色だ……。
青と紺が織り混ざった、姉ちゃんの青い髪と同じ色。
やっぱり、俺は姉ちゃんを置き去りにすることなんてできない。この姿になったことで、改めてそう突きつけられた気がした。
けれど同時に……まるで姉ちゃんがすぐそばで見守ってくれているような気がして、胸の奥が温かくなった。
『あれは……新しい……“青いウルトラマン”……!』
頭上を疾走する戦闘機から、無線越しに誰かの叫びが届く。
(そうか……俺は、ウルトラマンと呼ばれるのか)
自分以外の何か別の巨大な存在になった感覚。
だけど、俺の核にあるものは変わらない。巨体になろうと、冬月憐としての記憶が、姉ちゃんの笑顔が、俺の魂を強く繋ぎ止めている。
ここは、街をひとつ挟んだ森の奥だ。
この先を進ませれば、あの立ち並ぶ住宅街に……俺たちの家に辿り着いてしまう。
——ここから先には、絶対に行かせない。
俺は右手に全身のエネルギーを集約させ、天を貫くように拳を突き上げた。
解き放たれた一筋の光が夜空を穿ち、周囲の世界を眩い金色へと染め上げる。
フェーズシフトウェーブにて、異空間『メタフィールド』を展開し、グランテラを現実世界から完全に引き摺り込んだ。
視界が赤色の荒野へと切り替わる。
肌を刺すような風が吹き荒ぶ、現実と隔絶された戦場。
だが、その苛烈な風すらも俺に力を与えてくれているように感じた。ここなら、全力を出せる。
(ハッ……!)
青き光の弾丸と化し、俺は赤い大地を蹴った。
間合いを詰め、渾身の飛び蹴りをグランテラの巨体に叩き込む。初陣の火蓋が切って落とされた。
軽い。素早く動ける。まるで自分が風そのものになった気分だ。
俊敏なフットワークで敵の巨体を翻弄し、隙を突いて素早く鋭い打撃を打ち込み続ける。
これが……ウルトラマンの力。
これまでまともに喧嘩すらしたことがない俺なのに、重力を無視したバク宙もバク転も思いのままに決まる。まるで自分の身体が長年この戦い方に慣れ親しんでいたかのような、完璧な運動神経。恐ろしいほど不思議な感覚だった。
今までの、俺の前の適能者(デュナミスト)たちの経験が、光となってウルトラマンの中で俺を引っ張ってくれる。
この瞬間、俺は光のバトンを本当の意味で受け取ったんだと、思えた。
けれど、敵も甘くはなかった。
ほんの一瞬でも油断すれば、俺は二度と家族の元へ……姉ちゃんの元へ帰れなくなる。肉体の直感が、そう警鐘を鳴らしていた。
鋭い前蹴りで一瞬敵を怯ませた直後、グランテラが甲殻に覆われた尾を蠍のように頭上へ鎌首もたげさせた。
尾の先端に位置する砲口の奥で、鈍い殺意の光が蠢く。
来る——!
俺は迷わず右腕から、光の短剣『シュトロームソード』を形成した。
直後、敵の尾から放たれた光弾が、夜空の火花のように弾けて襲い来る。
白熱化させたシュトロームソードを高速で振り抜き、迫り来る光弾を連続で弾き落とす!
一発、二発——!
鋭い爆発音が鼓膜を打つ。だが、連続して迫る三発目の軌道に対応しきれない。
高熱の光弾が胸のエナジーコア付近を直撃した。
(ぐあっ……!?)
けたたましい衝撃波とともに俺の巨体は宙を舞い、豪快に背中から赤土の大地へ叩きつけられた。
胸を焼くような激痛と、背中を突き抜ける鈍い衝撃。
ウルトラマンの肉体を通してもなお、全身の細胞が悲鳴を上げるほどの苦痛。もし生身の俺だったら、苦痛に顔を歪めて涙を流し、一歩も動けなくなっていたはずだ。
このままじゃ、やばい……直撃する——!
そう覚悟を決めかけた瞬間、上空から放たれた4発のミサイルがグランテラを直撃し、視界が激しい閃光に包まれた。
空を旋回していたあの戦闘機の1機が、絶体絶命の俺を援護してくれたのだ。
(助けて…くれたのか?)
今の隙にどうにか上体を起こそうと膝に力を込める。だが、グランテラの矛先はもはや俺に向いてはいなかった。
奴は甲殻の隙間から不気味な足音を立て、今しがた自分を撃ち抜いた戦闘機へとその獰猛な狙いを定めていた。
——撃墜される!
そう直感した瞬間には、俺の身体は弾かれたように動き出していた。
追撃として解き放たれた光弾の軌道上へ、巨体を滑り込ませる。
(ぐああぁぁっ……!?)
右肩を直接焼き穿たれるような猛烈な痛みが全身を駆け抜け、俺は再び荒野の大地へ叩きつけられた。
あまりの激痛に視界が歪む。倒れ伏したまま頭上を見上げると、庇った戦闘機のキャノピー越しに、パイロットの男と目が合った気がした。
蒼白な顔、見開かれた目。心配と困惑が混ざり合った視線。
俺は右肩から上がる白い煙と激痛を力任せに押さえつけ、泥臭く立ち上がった。
敵を倒す——この肩の痛みを跳ね除け、両腕をクロスさせて放つ必殺光線『クロスレイ・シュトローム』の構えを取ろうとした、その時だった。
ずぞぞぞ……と、不気味な重低音が響いた。
メタフィールドの天頂、グランテラの頭上に、禍々しい紫色の粒子が巨大な渦を巻いて広がり始める。
(な、んだ……これ……!?)
思わず手を止め、上空を仰ぎ見た瞬間に背筋を強烈な悪寒が走った。
全身の細胞が「危険だ」と叫び声を上げる。底なしの狂気と殺意——あれは、純粋な“邪悪”そのものだ。
『“アンノウンハンド”……!』
旋回する戦闘機から、切迫した通信の声が漏れ聞こえてくる。
(アンノウンハンド……)
パイロットが叫んだその名を、俺は心の中で反芻した。
あいつがビーストたちの親玉……黒幕ってわけか。
……まあ、いいさ。相手が誰だろうと関係ない。俺は俺のやるべきことを、この命を使い果たすまで、やり遂げるだけだ。
紫の粒子が渦巻く空間へと吸い込まれるようにして、グランテラは煙のように姿を消した。
静寂が戻ってくる。最初の戦いは、こうして唐突に終わりを迎えた。
俺が力尽きて片膝をつくと、同時に周囲のメタフィールドが溶けるように霧散していく。
異空間の消失と調和するように俺の巨大な身体も蜃気楼となって消え去り、俺は「ウルトラマン」から、ただの「冬月憐」へと戻っていた。
気がつくと、俺は早朝の静かな森の中にぽつんと立っていた。
ここで戦いが行われていたなんて、嘘みたいだ。それくらい静かで、静寂に包まれている。
木漏れ日の眩しい朝日が差し込む中、俺は思わず右肩を押さえて顔を歪めた。
「痛っっ……あたた……」
軽んじていたつもりはなかったが、想像を絶する激痛だ。皮膚は破れていない、血こそ出ていないが、右肩の肌は赤黒く変色している。
病院での厳しい検査や治療の痛みには慣れていたつもりだったけれど、これは完全に次元が違う。生身の肩まで熱を持ってジンジンと疼いている。
ちょっときついな……なんて愚痴をこぼしている場合じゃない。
「やばい……早く戻らないと完全な朝帰りだ……!」
スニーカーで森の中、しかも朝日が昇る時間帯。
こんな時間に帰宅したら、間違いなく怒られる。両親にも、そして姉ちゃんにも怪しまれてしまう。
「昨日から走ってばかりだな、俺……」
俺は痛む肩をかばいながら、家を目指して再び走り出した。
帰路の頭の中は、家族を納得させるための言い訳をひねり出すことでいっぱいだった。
——この時の俺は、まだ何も気づいていなかったのだ。
なぜ、あのビーストが、俺たちの暮らす街のすぐ近くに現れたのか。
人間の恐怖や負の感情を餌とするスペースビーストが、目が見えない不安を抱え続けている俺の姉——冬月小春の心の中に渦巻く感情に、強く引き寄せられていたのだということに。
To be continued