森を出てから、ずっと後を付けられている。
街中に入っても、俺を追う足音が途絶えることはなかった。
まさか、戦闘機に乗っていた人たちが言っていたあの……アンノウンハンドとかいう奴なのか……?
それとも、別のビーストが付け狙って……?
どちらにせよ、このままのこのこと家に帰るわけにはいかなかった。
俺は家とは逆の方向へ、がむしゃらに走った。
息を乱し、気づいたときには朝焼けの差し込む静かな公園へ辿り着いていた。
その後のことなんて考えていなかった。
もし俺を付け狙っている奴が、このまま家まで追ってきて、家族に、姉ちゃんに危害を加えたら——そう考えたら、身体が勝手に動いていた。
朝の冷たい空気が満ちる公園で、俺は振り返って叫んだ。
「さっさと出てこい!」
前回の戦いの痛みに冷や汗を流しながら、俺はウルトラマンになったときエボルトラスターと共に託されたアイテム——ブラストショットを構えた。
すると、大木の影から静かに一人の男が現れた。
「あんたか! ずっと俺の後を付けてきたのは!」
身構えた俺だったが、男の姿に見覚えがあった。
そこにいたのは、あのグランテラとの戦いで、空から俺を援護してくれた戦闘機のパイロットだった。
青と黒を基調とした、特殊部隊のようなスタイリッシュな服を着た男。
たしか、最初に俺を「ウルトラマン」と呼んだ人だ……。
(なんだ……敵じゃないのか……)
そう理解した途端、張っていた緊張の糸がプツリと切れ、視界がぐるりと揺れた。
気がつくと、俺は公園の空を見上げていた。
あ、倒れたんだ——自分の身体の限界には嫌というほど覚えがあったから、すぐに分かった。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」
駆け寄ってくる足音と、俺を心配して叫ぶ声。
意識が遠のいていく中で、その声を聞いていた。
誰かを心の底から心配する、優しくて温かい声。どこか、姉ちゃんの声に似ている気がした。
(ああ、この人は……信用してもいい人だ……)
俺はかすかに口元を緩め、そのまま深い闇へと意識を手放した。
目覚めると、そこは見慣れた天井だった。
自分の家の次に、人生で見覚えがありすぎる場所。
病院——だ。間違いなく、人生で一番見慣れたくなかった場所。いい思い出なんて一つもない。辛い記憶ばかりで、思い出すだけで吐きそうになる。
ベッドの上で身体を起こすと、右肩に分厚い包帯が巻かれていた。
壁のフックには、俺が着ていたオレンジ色の服がかけられている。真っ白な病室にポツンと佇むその衣服が、ここが病院だという現実を残酷に突きつけてくる。
息苦しい。本当に嫌な気分だ。
「目が覚めたようだね、おはよう」
ベッドの脇に立っていたのは、俺と姉ちゃんの主治医である『三浦 一樹』先生だった。
いつもよりほんの少しタバコの匂いが強い。喫煙者だとは知っていたけれど、診察室や病室にまで匂いを持ち込むような人じゃないはずだ。
……違うな。俺がウルトラマンの力を得たことで、五感が過敏になっているんだ、きっと。
「先生……」
「ご家族には連絡していないよ。特別にね」
俺が口を開く前に、先生は俺の胸の内を見透かしたようにそう言った。
それを聞いて、俺は胸を撫で下ろした。何よりもまず、家族に連絡がいっていないことに安堵した。
姉ちゃんに、これ以上無用な不安を与えずに済んだ。
「よかった……」
安堵のあまり、心の声が漏れていた。
「良くないよ。君、その肩の熱傷と打撲……普通じゃない。いったい何をしたんだい?」
先生は俺の肩に巻かれた包帯を指差す。
いつもの温厚な声の裏に、医者としての鋭い探るような響きを感じた。
「……答えられない、です」
「そうか。……なら、これ以上は聞かない。ご家族にも言わないよ」
本当に、感謝しても仕切れなかった。
「病室は今日一日、特別に許可を出してある。……だが君は、行くんだろう?」
さすがは俺と姉ちゃんの苦悩を長年見守ってくれた主治医だ。本当によく分かっている。
「医者としては、絶対に引き止めたいんだがね。今すぐ入院して休んでほしい。……肩の傷だけじゃない。君の病気も含めてだ」
「姉ちゃんに……これ以上は、心配をかけたくないんです」
「そうか。だがね、君がいなくなったら、お姉さんもご両親も深く傷つく。それを君も分かっているだろう?」
言われるまでもなかった。
姉ちゃんは優しい。優しすぎるんだ。悪性の腫瘍で目が見えなくなっても、どれほど辛い思いを重ねても、誰かに優しさの手を差し伸べることを絶対にやめなかった。
自分が病気になったときだって、髪を長く伸ばして、同じように病気で苦しむ子どもたちのために「ヘアドネーション」へ寄付していた。自分が髪を失ったときの悲しさを、他の誰かに味わってほしくないからって。
あー、そういえば、俺も真似して髪を伸ばして、バッサリ切って寄付したことがあったな。
頭が丸まってお坊さんみたいになった俺を見て、「お揃いだね」って姉ちゃんと一緒に大笑いしたっけ。
姉ちゃんは優しい。そんな優しい姉ちゃんだからこそ、俺はもう何一つ心配をかけたくないんだ。
「……主治医として、君の強い意思は尊重しよう。それだけは覚えておいてほしい」
「はい……ありがとうございます、先生」
「それと、君をここまで運んでくれた人にお礼を言っていくんだよ。外で待っている。……ずいぶんと見慣れない格好をした青年だがね。ああ、それと、定期検診には絶対に来ること。約束だ」
先生は念を押すように告げると病室を辞し、入れ替わるようにあの男が入ってきた。
「まずは、命に直結する大怪我じゃなかったことを喜ぶべきだね。よかった」
「へー、そういうの分かるんだ?」
「これでも元レスキュー隊だからね。怪我の緊急性くらいは見分けがつくよ」
「へえ、すごいじゃん。じゃあ、昔からたくさん人を助けてきたんだ」
「まあね。僕は孤門一輝。君の名前は?」
「俺? 俺は冬月憐。よろしく、孤門」
孤門……孤門一輝。
うん、やっぱり優しそうな人だ。直感的にそう思えた。
「それで? なんで元レスキュー隊の孤門が、今はあんな化け物と戦ってるんだ?」
「気づいていたのか……」
「だってさ、戦っているときにバッチリ目が合ったろ?」
ビースト・グランテラとの死闘の最中、俺が孤門の乗る戦闘機を庇ったあの瞬間。キャノピー越しに目が合ったのだ。
「……それじゃあ、本当に君が……」
「ウルトラマンだよ。孤門が言ったんじゃないか。俺が『新しいウルトラマン』だって」
「それも、聞こえていたのか……」
「ウルトラマンになるとさ、遠くの声とか、色んな音が聞こえるようになるんだ」
「そう、なのか……」
「で? 孤門はなんで俺の後を追ってきたの? 俺を捕まえろとか命令されてきたわけ?」
「そんなわけないよ。ただ……現場のすぐ近くに、いるんじゃないかと思ったんだ」
孤門の話を聞いて、彼が俺をウルトラマンだと特定できた理由に納得がいった。
ビーストの出現現場のすぐ近くにいて、ウルトラマンが被弾した右肩と全く同じ場所に酷い重傷を負っている青年。状況証拠を並べられたら、ぐうの音も出ない。そりゃバレるわけだ。
ってか……今何時だ?
病室の時計を見上げて、俺は青ざめた。
「げっ、10時過ぎてる!? あっちゃー……午前の講義、完全に間に合わないじゃん!」
「君、大学生なのかい?」
「今年からね! ピカピカの一年生!」
「……憐は、どうしてウルトラマンに?」
孤門の眼差しが、急に真剣なものに変わった。
「なんでだろ。自分でもよく分かんないかな」
嘘だ。分かる。分からなくてたまるか。
ウルトラマンは、俺に最後のチャンスをくれたんだ。この残された命で駆け抜けるための、最後の存在意義をくれたんだから。
「じゃ、俺もう行くから」
俺はベッドから飛び降り、壁にかけられていたオレンジの服を羽織る。
「ダメだ。今日は一日安静にした方がいい。大人しく家に帰るんだ」
「も〜、孤門はお父さんか! ダメだって、もう午前の講義サボっちゃったし、午後からは単位がかかった必修科目があるんだから!」
それに……。
「姉ちゃんに心配をかけられない。何がなんでも行くから」
朝、俺が家にいなかったことで、姉ちゃんは絶対に不安になっている。母さんだってそうだ。
だから一刻も早く、俺たちの『日常』に帰らなければならない。早く家族に顔を見せて、安心させてあげないと。
俺の頑固な態度に、孤門は困ったように息を吐いた。
「分かった。なら、僕も大学まで付き添うよ」
「マジで孤門ってお父さんじゃん! 過保護すぎ!」
「まだお父さんなんて言われる歳じゃないよ、僕は」
「え? 孤門っていくつなの?」
「24歳だよ」
「ええっ!? うっそだろ! 30歳は絶対に過ぎてると思ってた!」
「そんなに老けて見えるか……!?」
孤門はあからさまにショックを受けて肩を落とした。
どこか大人びて見えて、ずいぶん苦労を背負っていそうな顔立ちをしていたからそう思ったのだが、そのリアクションが可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「あははは! 孤門って面白いな! でもさ、その特殊部隊みたいな格好で大学に来たらめちゃくちゃ目立つぞ?」
青と黒の隊服は文句なしにかっこいいけれど、大学キャンパスに現れたら異彩を放ちすぎる。
「色々ありがとな、孤門。じゃあまた!」
「憐!」
俺が病室のドアノブに手をかけた瞬間、孤門が背後から力強い声で呼び止めてきた。
「……次、戦うときは『ダークフィールドG』に気を付けろ。あれはビーストの存在値を飛躍的に高めて、奴らを限界以上に強くしてしまうんだ」
「ダークフィールドG……」
最後にビーストを飲み込んだあれがそうなのか。
「分かった、覚えておくよ」
俺は振り返って親指を立て、大急ぎで病院を飛び出した。
案の定、家に駆け戻った直後、玄関で待ち構えていた母さんにはこっぴどく怒られた。そして、それ以上に涙ぐみながら心配させてしまった。
もう二度とこんな思いをさせないよう、上手く立ち回らないとダメだな。
そして今、俺は大学へと続く坂道を走っている。
右肩の痛みはあるけれど、適切な処置をしてもらったおかげで、今は鈍痛程度に収まっている。
青く澄み渡る空の下、走り慣れたいつもの道。だけど、踏みしめる足取りは昨日までとはまるで違っていた。
たった一晩で、俺の運命が激変しすぎたから。
俺と姉ちゃんの母親——『冬月 陽華』。
「この親にしてこの子あり」とはよく言ったものだが、うちの場合は逆だ。姉ちゃんと一緒で、母さんもどこまでも優しい。だからこそ、絶対に心配をかけたくない。
母さんも、離婚した父さんも、姉ちゃんの病気でどれほどの涙を流してきたか……。
家族の泣き顔なんて、俺はもう二度と見たくないんだ。
小学6年生の夜、姉ちゃんに脳腫瘍が見つかったあのとき、母さんは暗いリビングで肩を震わせて泣いていた。
中学3年生の夜、姉ちゃんの目が見えなくなったとき、母さんと父さんは2人で抱き合って泣いていた。
その光景が、今でも鮮明に瞼に焼き付いている。
胸が締め付けられるように痛むと同時に、昔の俺はこう思ってしまっていた。
『なんで……なんで俺だけが元気なんだろう? なんで俺だけが、外で普通に遊べるくらい健康なんだろう……』
姉ちゃんが酷い病気で苦しんでいるのに、俺だけが五体満足で笑っている。
両親が絶望に打ちひしがれているのに、俺だけが何不自由なく生きている。
その事実に対する罪悪感と申し訳なさで、狂いそうだった。
だから……病院で自分にも余命いくばくもない病が見つかったとき、激しいショックを受けた反面、心のどこかでこう思ってしまった自分もいたんだ。
やっと…俺も姉ちゃんと同じ土俵に立てたな、って。
こんな考え、母さんや姉ちゃんに知られたら絶対に怒られる。
誰にも言えない、俺だけの胸の奥の秘密だ。
そんな過去の記憶を振り払うように走っていると、大学の校門が見えてきた。
時刻は12時少し前。無事に大学の門を潜った。これなら午後の必修講義には余裕で間に合う。
だけどその前に、何かお腹に入れたい。昨日の夜から何も食べていなくて、お腹と背中がくっつきそうだ。
ぐう〜と情けない音を立てそうになる腹を力ずくで押さえながら、学食を目指していると、前方に俺が誰よりも愛おしく思う人影を見つけた。
白杖を握りしめた姉ちゃん——そして、その隣に寄り添う男『空野 かける』だった。
「姉ちゃん、おはよ!」
2人の姿を見つけた瞬間、俺の声は自然と跳ね上がっていた。
ああ…やっと、いつもの日常に帰ってこられたんだ。
姉ちゃんは目が見えない。だから、最初に名前を呼んでからじゃないと、誰が誰を呼んでいるのかわからず、反応できない時がある。
でも、俺は別だ。俺だけは姉ちゃんを「姉ちゃん」と呼ぶ。
姉ちゃんは以前言った。
『憐なら最初に名前を呼んでくれなくてもわかるよ、憐の私を呼ぶ声はとっても優しくて、人懐っこいから』
それが嬉しかった、姉ちゃんの特別になれた気がして、すごく嬉しかった。
「憐……?」
白杖を止めた姉ちゃんが、声を響かせる。
「うん! 姉ちゃんの自慢の弟、憐くんだよ〜」
俺はおどけてみせる。無意識のうちに、自分が負傷していることや疲弊していることを悟らせないよう、道化を演じていたのだと思う。
「空野もおはよ」
「おはよう……ってもう昼だぞ、憐」
「言えてる」
あははは…と笑う俺を見て「まったく…」と呆れたように空野も微笑んだ。
けど、姉ちゃんは違った。
笑顔じゃなかったから。
心配と不安が複雑に混ざり合った、陰りのある表情。
……ああ、こんな顔、絶対にさせたくなかったのに。
「憐、夜からずっとどこに行っていたの?」
「だから、昨日も言ったでしょ?ただの野暮用だって……ってそんなにむくれないでよ。顔、リスみたいになってるよ」
「もう、茶化さないで……憐?」
「何?」
「憐、怪我をしてるの?」
——鋭い。
思わず背筋が跳ねた。
それもそうか、姉ちゃんは目で見ない代わりに、他の全てを使って世界を見ている。
だから、時々目で見るより鋭い時がある。服が擦れるわずかな音、歩幅のズレ、呼吸の浅さ、漂う雰囲気……目で見える以上の真実を、時として見抜いてしまう。
「え?ああ……いや〜、それが昨日友達とバカやってる時にちょっと転んじゃってさ。肩打ったんだ。今包帯ぐるぐる状態だから」
「……危ないこと、してない?」
「してないしてない」
嘘をついてしまった心苦しさの中、俺は…姉ちゃんが自分を気にかけてくれたことへの嬉しさも同時に感じてしまった。
でも、言えない。
ビーストなんて、戦いなんて、この世界の裏で起こってることなんて姉ちゃんは何も知らなくていいんだ。
「姉ちゃん、俺今………」
真実を言う気はない。でも、少しでも、姉ちゃんから不安を取り除きたい。不安の種があるなら、それが芽吹いてしまう前に、刈り取りたい。
「やりがいある事してるから。これだ!って、自分に誇りが持てるんだ」
ほんとだよ、これは嘘じゃない。自分にしかできないことに誇りだって持てるし、命の使い甲斐もある。
「友達とバカやることが誇り…?」
空野が半笑いで首を傾げた。
「日常一つ一つを大切にするってことだよ。だってさ、人間……いつ『死ぬ』とも限らないし、全力で!」
俺の場合は特に、終わりの見えてる消化試合のようなものだから。でも、ウルトラマンとしての戦いの勝敗だけはどう転ぶかはわからない。明日、明後日……ここに立っていられないかも知れないから。
俺の言葉を聞いて、姉ちゃんの顔が晴れた。
笑ってくれた。
「そっか……でも、外泊する時は必ず連絡!いい?」
「ちぇ〜、姉ちゃん厳しい〜」
「その友達って…鳴海じゃないよな?」
空野が聞いてきたが、俺は首を横に振る。
「ううん。大学の人じゃない。孤門っていう新しい俺の友達だよ。今度、2人にも紹介するから」
孤門なら全然紹介できる。なんか空野と似た雰囲気もある気がするし、2人とも気が合いそう。
みんなとも仲良くやれる気がする。
「楽しみにしてるね。それと、午後からの必修は参加しなきゃダメだよ。単位かかってるんだから」
「わかってるよ、姉ちゃん。それじゃあ俺学食行くから、後は若い2人で仲良くしてなよ」
茶化すようにそう言って俺は2人の元を去る。
「同い年だろ!」
「同い年でしょ!」
なんて重なった2人の声が聞こえたが、その声すらも俺にとっては愛おしいものだった。
ああ……本当に帰ってこられたんだな、日常に。
♢
学食で大盛りのカレーをペロリと平らげた後、俺は必修科目の講義が行われる大教室へ向かった。
いつもの後方の席に腰を下ろすと、隣にすっと誰かが滑り込んできた。
「あれ? 早瀬さんもこの講義取っていたんだ」
「同じ学科なんだから当然でしょ。それより冬月君、今日の午前の講義、どうして来なかったの?」
話しかけてきたのは、容姿端麗で鮮やかな髪色が印象的な女子生徒——『早瀬 優子』だった。
大学に入学してから姉ちゃんと知り合い、その繋がりで俺とも親しくなった友人だ。
空野とも仲が良く、もう一人の友人である『鳴海 潮』ともよく行動を共にしている。
「ちょっと昨日の夜からずっと野暮用があってさ。ごめんごめん」
「へ〜、彼女でもできた?」
「そんなんじゃないよ。あっ、でも友達はできたかな」
「女の子?」
「男。孤門っていうんだ。すっごい良い奴。今度、暇ある時に早瀬さんにも紹介するよ」
「楽しみにしとく。あ、そうだ。今日ね、鳴海君が『夜、みんなでもんじゃ焼きを食べに行こう』って言っているんだけど……冬月君も来る?」
「行く行く! 姉ちゃんと空野は?」
「もう誘ってあるよ。『行く』って言っていた」
「そっか、楽しみだな!」
今夜の楽しみが増えた。よし、頑張ろう。
だけど、やっぱりみんなに心配をかけているな……。今まで講義をサボったことなんて一度もなかったから、変に目立ってしまったみたいだ。
(今度からは、もっと上手く立ち回らないと……)
そう心の中で反省した、次の瞬間だった。
——ぞわっ。
背筋を氷の刃で撫でられたような、強烈な悪寒が走った。
闇の中に蠢く、ビーストの邪悪な気配。
頭の中で、ウルトラマンの直感が警鐘を鳴らす。
行かなければならない。今すぐに。
俺は無意識のうちに、ガタタッ!とけたたましい音を立てて椅子を蹴り、立ち上がっていた。もうすぐ必修科目の講義が始まるというのに。
「冬月君……?」
どうやら俺は、今日の必修科目も受けられないらしい。
夜のもんじゃ焼きには間に合わせたいけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
突然立ち上がった俺を見て、早瀬さんが驚愕で目を丸くしている。
「早瀬さん、ごめん! ちょっとトイレ!」
「えっ!? 今から!? もうすぐ講義始まるよ!?」
背中に飛んでくる早瀬さんの悲鳴のような声を振り切り、俺は大教室の中を風のように駆け抜けた。
周囲の受講生たちから「なんだあいつ」という困惑の視線が突き刺さる。
その中には、空野と姉ちゃんの視線もあった。
「すぐ終わるから!」
苦し紛れの言い訳を投げ捨て、俺は大急ぎで教室を飛び出し、静まり返った廊下を疾走した。
(ごめん、姉ちゃん……俺、行かなきゃ……)
教室を出る瞬間、目が見えないはずの姉ちゃんが、確かに俺の方をまっすぐ見つめていたのを感じた。
目が見えなくても、視線はある。声がした方を見てくれていると、ちゃんと感じられる。
だからこそ、姉ちゃんに心配をかけてしまうことが、苦しくて、胸が痛い。
でも、止まれないんだ。
(あとでちゃんと謝って……言い訳もしないとな。早瀬さんにも、空野にも……)
すれ違った教員の「廊下を走るな!」という怒号も、今の俺には遠い雑音にしか聞こえなかった。
まさかビーストが日中、それも太陽がのぼる真昼間に出現するなんて思ってもみなかった。不覚にも、勝手に夜行性だと思い込んでいた。
しかも最悪なことに、現れた場所はこの大学から目と鼻の先。
校舎の窓から見える数キロ先の深い山の中で、凶悪な気配が蠢いている。
昨日と同じ気配——グランテラだ。
「よっしゃあ!」
大学の玄関を飛び出すと同時に気合の声を上げ、迷いを振り切り、俺は人気のないキャンパスの隅へと向かった。
奇しくもそこは、一限目の講義の後、姉ちゃんと空野がよく2人で過ごしている自販機スペースだった。
2人が座っていたテラス席の机、いつも手を置いているテーブルを横目に、2人の日常の証を一瞬だけ目に宿す。
俺はその掛け替えのない日常を守るため、踏み躙らせないために、覚悟を持ってエボルトラスターを鞘から引き抜いて天へと翳した。
シュインッ!
眩く弾けた金色の光と共に、俺は天高く飛翔した。
To be continued
本来は夜行性のグランテラがなぜ日中現れたのか、それはまた次回です。