憐が大教室を飛び出す少し前。その日の昼近く——
俺——空野かけるは、今や日課となったいつもの場所……テラス席で冬月小春と話をしていた。
「そっか……憐、昨日から帰ってないんだ…」
「そうなんです。連絡も取れなくて、かける君はなにか知りませんか?」
「ごめん。俺も知らないな…」
「そう…ですか…」
冬月の弟、憐……冬月憐。
第一印象は素直で陽気な奴、今は姉に懐く人懐っこい弟、といったところか。
そんな憐が昨晩家に帰ってきてから、夕飯も食べずに外に出ていき、それっきり戻っていないと冬月は打ち明けてくれた。
俺が何か知っているんじゃないかと思ってのことらしいが、残念ながら俺も心当たりはない。
それとなくメッセージを送ってみたものの、一向に既読にならず、連絡は途絶えたままだった。
「なにか危険なことに巻き込まれたり、首を突っ込んでないかが心配なんですよ…」
姉としては心配で仕方ないだろう。
でも、俺には弟も妹もいない。正直なところ、弟を心配する冬月の気持ちを、俺は本当の意味では理解できない。だからこそ、迷った。
(俺が今、不安に震える冬月にしてあげられることは何だろう? かけてあげられる言葉は何だろう?)
そんな悩みが頭に浮かんだ。
ここで軽々しく「大丈夫だよ」と言うのは簡単だ……だが、それはあまりにも無責任な気がして、唇まで出かかった言葉が喉元で引っかかり、言えなかった。
「早瀬には?聞いてみた?」
「いいえ。まだなんです…あまり大事にして、心配させるのも気が引けてしまって……」
「そっか…でも聞くだけ聞いてみようよ。早瀬なら午後からの必修に来るだろうから、そこで」
あとは鳴海……か。鳴海は確か今日の日程が違っていたから、今すぐには会えないか。
「鳴海には俺から連絡して聞いてみるから」
「はい。ありがとうございます」
そんな話をしているうちに、いい時間になった。
冬月と一緒に席を立ち、校舎を目指してキャンパスを歩いていると、背後から元気な足音が近づいてきた。
「姉ちゃん、おはよ!」
弾んだ声。冬月を「姉ちゃん」と呼ぶ人物は、世界にただ一人しかいない。
「憐…?」
冬月が声のした方へ振り返る。俺も冬月に合わせて視線を向けると、そこには満面の笑みを浮かべた憐が立っていた。
「うん! 姉ちゃんの自慢の弟、憐くんだよ〜」
戯けたようにおどけてみせる憐。そのいつも通りの無邪気な様子に、俺の胸からすっと毒気が抜けた。よかった、別段変わった様子もない……。
だが、その安堵感は次の瞬間に吹き飛ぶことになる。
「空野もおはよ」
「おはよう……ってもう昼だぞ、憐」
「言えてる」
あははは、と軽快に笑う憐を見て、俺は「まったく……」と呆れたように微笑んだ。
けれど、隣に立つ冬月は違った。
(冬月…?)
憐の姿が見えているわけがない冬月。
なのに、その顔に笑顔はなかった。言葉にはできない深い不安の陰りが、彼女の表情を暗く覆っていた。
「憐、夜からずっとどこに行っていたの?」
「だから、昨日も言ったでしょ?ただの野暮用だって……ってそんなにむくれないでよ。顔、リスみたいになってるよ」
「もう、茶化さないで……憐?」
「何?」
「憐、怪我をしてるの?」
冬月が静かに問い詰めた瞬間、憐の表情が一瞬だけ引きつるように強張った気がした。けれど次の瞬間には、いつもの戯けたような笑顔で上書きされていた。
目の見える俺ですら気づかなかった憐の異変——冬月はそれを、一瞬で見抜いてみせたのだ。
「え?ああ……いや〜、それが昨日友達とバカやってる時にちょっと転んじゃってさ。肩打ったんだ。今包帯ぐるぐる状態だから」
憐はそう言って服の襟元をずらし、痛々しい包帯を見せる。
だいたいいつも憐はそうだ。冬月の目が見えていなくても、まるで全てが見えているかのように振る舞う。声や言葉は冬月を優しく気遣いながらも、態度は気さくな弟のまま。
配慮すべきところは自然に配慮し、それ以外は対等に普通に接する。それを息をするように当たり前にやってのけるのだ。流石は弟……長年連れ添った姉弟ならではの立ち振る舞いに、俺は感心させられてばかりだった。
「……危ないこと、してない?」
「してないしてない」
ひらひらと手を振り、憐は答える。
だが、肩から胸にかけて厳重に巻かれた包帯は、素人目の俺から見てもかなりの大怪我に思えた。
これを隣の冬月に伝えるべきか否か、俺は苦悩した。けれど俺の葛藤を置き去りにして、憐は言葉を繋ぐ。
「姉ちゃん、俺今………やりがいある事してるから。これだ!って、自分に誇りが持てるんだ」
「友達とバカやることが誇り…?」
ついつい半笑いで聞き返してしまった。馬鹿にしたり軽んじたりする気持ちは一切ない。だって、今の憐の瞳は、眩しいほど真っ直ぐで晴れやかだったから。
俺には真似できない、真剣に何かへ命を打ち込んでいる男の顔。
「日常一つ一つを大切にするってことだよ。だってさ、人間……いつ『死ぬ』とも限らないし、全力で!」
いつ死ぬとも限らない——その一言が、俺の胸の奥に針のように深く刺さった。
冗談……ただの言葉の綾や比喩表現で言っているのだと思う。いや、そう思いたいだけなのかもしれない……俺自身が。
俺は、静かに佇む冬月の横顔を見つめた。
「そっか……」
短く呟く冬月。これで不安が消えたわけではないはずだ。俺にはまだよく分からない……冬月が本当はどんな痛みを抱えているのか。だけど、分かりたいと思い始めていた。
そして、憐のことも。
冬月姉弟に出会うまで、他人と深く関わることを避けて生きてきた俺が、誰かの心を知りたいと思うようになるなんて……我ながら驚きだった。
「でも、外泊する時は必ず連絡!いい?」
「ちぇ〜、姉ちゃん厳しい〜」
「その友達って…鳴海じゃないよな?」
俺の問いかけに、憐は笑って首を横に振る。
「ううん。大学の人じゃない。孤門っていう新しい俺の友達だよ。今度、2人にも紹介するから」
「楽しみにしてるね。それと、午後からの必修は参加しなきゃダメだよ。単位かかってるんだから」
そうだ。俺も冬月も憐も同じ学科だから、今日の午後の講義は絶対に外せない重要コマだ。
「わかってるよ、姉ちゃん。それじゃあ俺学食行くから、後は若い2人で仲良くしてなよ」
憐は俺と冬月を交互に見ながらニヤニヤと笑い、そのまま背を向けて去っていった。
「同い年だろ!」
「同い年でしょ!」
俺と冬月の声が見事に重なった。思わず顔に熱が集まるのを感じながら叫んでしまう。
ったく、憐のやつ……揶揄われた後、どんな顔をして冬月の隣に立てばいいのか分からなくなってしまうじゃないか。
「もう…憐ったら。まるで自分がおじさんみたいに。そんな歳じゃないでしょ…もう…ね?かける君」
「えっ?ああ、うん…そうだね……」
カップルだのデートだのというニュアンスで揶揄われたのだと思ったが……やっぱりそういう意味だよな?
(ああ、冬月って…やっぱりちょっと天然でズレてるんだ)
そんなやり取りを経て、俺と冬月は午後からの必修科目が行われる大教室へ向かい、いつもの後方の席に二人で並んで腰を下ろした。
冬月のすぐ隣の席。
当初は気乗りしないまま冬月の講義サポートを早瀬や憐から引き受けた俺だったけれど、今は……こうして自ら進んで冬月の隣にいる。
何事にも前向きで、凛とした明るさを持つ冬月。自分にはない眩しさを持つ彼女と言葉を交わすうちに、俺は強く心惹かれていた。これが……人を「好きになる」ということなのだと思う。
そのきっかけをくれた憐と早瀬の姿も、同じ大教室の中にあった。
俺たちの席から少し離れた列で、憐と早瀬が楽しそうに談笑している。
あと数分で授業が始まる……まさにその時だった。
早瀬と話していた憐がガタタッ!と椅子を蹴るような勢いで立ち上がったかと思うと、緊迫した表情で出入り口へ向かって走り出した。
「早瀬さん、ごめん! ちょっとトイレ!」
「えっ!? 今から!? もうすぐ講義始まるよ!?」
「すぐ終わるから!」
早瀬の制止を振り切り、廊下へ飛び出していく憐。
俺が一瞬見た憐の緊迫した表情は、早瀬に語りかける頃には笑顔に戻っていた。
何故だろう……あの表情を見た後だと、憐の笑顔が、早瀬に不安を与えないようにする仮初の笑顔に見えてしまった。
結局、その後……講義が終わるまで憐が教室に戻ってくることはなかった。
講義中は、冬月も気丈に振る舞っていたものの、チャイムが鳴り終わった後……冬月の顔には再び濃い不安の色が落ちていた。
(憐は何をしているんだ……?)
漠然とした疑問が頭を巡る。だが、実の姉である冬月にすら明かさない秘密を、俺に話してくれるとも思えない。
こういう時、鳴海なら俺より器用に上手く立ち回れるのだろうが、あいにく俺は鳴海ではない。
相談……してみるだけしてみよう。
俺はスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。
『鳴海、ちょっといいか?』
『憐のことで相談あるんだ』
画面の向こうで、すぐに既読がついた。
『ええで』
相変わらずの短い返信。
最近……冬月の件はもちろん、困ったことがあればすぐに鳴海へ頼ってしまう癖がつき始めている気がする。いかんいかん、これを当たり前にしてはいけないな。人に頼るのも大事だが、自分の頭で考えることも同じくらい大切なはずだ。
何より、冬月から相談を持ちかけられたのは鳴海ではなく、俺なのだから。
けれど、この時の俺は……憐がその背中に背負っているものが、想像を絶するほど過酷なものだとは……思いもしなかった。
俺たちが当たり前のように平和な講義を受けているその陰で、憐が自らの命を擦り減らし、血を吐くような死闘を繰り広げていたなんて——。
♢
スペースビーストが爆音の咆哮を上げ、すぐ先の街へと侵攻を開始しようとしたまさにその瞬間。
俺はウルトラマンの姿——眩い光の巨人となって、その巨体の前に立ちはだかった。
広がる森の中、俺はウルトラマンとして、因縁のビースト・グランテラと再び相対した。
背後には、大切な人たちが暮らす街がある。
愛する人たちが過ごす日常がある。
さらに森の木々の隙間には、逃げ惑う人々の姿もあった。
崩れたキャンプ道具と、恐怖に引きつった顔で走り惑う若者たち。
あと数秒、俺の到着が遅れていれば、彼らはグランテラの餌食となっていただろう。
「守りたい」——その想いが、俺の全身に闘志をみなぎらせる。
銀色の身体を、蒼い光の鎧へと塗り替えていく。
この姿は……きっと俺の心の深層が反映された姿なのだと思う。だって、この青に包まれると、どうしても姉ちゃんの存在を強く感じてしまうから。
……講義をサボっちゃって、約束は破っちゃったけれど、姉ちゃんの日常だけは……この平穏だけは、絶対に破らせない。
強い決意を拳に込め、メタフィールドを展開すべく上空へ向かって拳を突き上げる。
空を穿つ青白い光が一筋、夜空の天頂で弾け、眩い金色の光波となって辺りを包み込み、世界を飲み込んでいく。
光の泡が弾けるように周囲の情景が書き換わり、現実世界から隔離されていく。この断絶感は、正直少し苦手だ。まるで姉ちゃんと引き離されてしまうような寂しさを覚えるから。
けれど、この青い姿でいる限り、その漠然とした恐怖にも、目の前のビーストにも俺は立ち向かえる。
(大丈夫だよ、姉ちゃん。俺……頑張るから。姉ちゃんが病気と戦ったように……今度は俺が戦う番だ!)
最愛の姉への想いを胸に刻み、赤土の荒野が形成されようとした——まさにその時だった。
ずぞぞぞぞ……っ!
突如、世界全体が不気味な暗闇へと暗転した。
(!?)
驚愕して頭上を仰ぎ見る。
金色のフィールドは禍々しい闇の波動に塗り潰され、漆黒の凶悪なエネルギーが空間全体を満たしていく。
(これが、孤門の言っていたダークフィールドGってやつなのか……!)
引きずり込まれたのは、赤黒い空と紫の土が広がる異界。
ウルトラマンの光で生成されるメタフィールドとは根本から異なる、絶望と狂気、そして悪寒の走る殺意が空間全体に充満する恐ろしい世界だった。
ダークフィールドGの中心に鎮座するグランテラ。
気のせいか、昨日対峙した時よりも巨体が何倍も大きく感じられた。俺の心が雰囲気に呑まれ、縮こまってしまっているからだろう。
戦う前から気持ちで負けていては、勝てる戦いも落としてしまう。
少なくとも今は、空野、早瀬さん、鳴海……そして世界で一番大切な姉ちゃんの四人と、もんじゃ焼きを食べるまでは絶対に死ねない。死にたくないんだ。
姉ちゃんに過酷な運命を突きつけた意地悪な神様だって、それくらいの願いなら許してくれるはずだ。
暗黒の空間の中で、ウルトラマンとグランテラとの激闘が再開された。
上空では、昨日も見かけた戦闘機がエンジン音を響かせて旋回している。
孤門も来てくれたのか。一瞬交錯したキャノピーの奥には、孤門と、もう一人厳しめな目をした女性隊員の姿が見えた。
どれほど絶望的な状況であれ、孤門が現場にいてくれるだけで、どこか救われるような気がした。
誰かが近くで見守ってくれているというだけで、人は強くなれる。俺の日常に……いつだって姉ちゃんがいてくれたように。
「セアッ!」
気合の咆哮とともに戦いが始まった。
俺はウルトラマンの肉体を躍動させ、グランテラへと打撃を叩き込む。
だが……強い。昨日とは比較にならないほどに。
甲殻はより強固になり、ハサミの振り下ろしは速く鋭く、動き全般に無駄がない。
何より……こちらの行動、攻撃のパターンが見切られ、先手を打たれてしまう!
(昨日の戦いで、俺の動きを学習したってことかよ……全部、織り込み済みってわけね)
圧倒的な猛攻の前に苦戦を強いられながらも、泥臭く隙を見つけては反撃を叩き込む。
両腕のハサミを身を翻して交わし、手薄な腹部へ渾身の膝蹴りを叩き込み、鞭のようにしなる尻尾の払いをバク転で回避し、間髪入れずに鋭い打撃を打ち込んで有効打を探る。
だが、拳を打ち込むたびに、手首に鋭い痛みが走る。ビーストの肉体が昨日以上に硬化しているのだ。孤門の言った通り、この暗黒空間がビーストを限界以上に強化している!
そして何よりも……。
(一撃一撃が重い…!)
甲殻の一撃をかすめるだけで全身の骨が軋み、節々が悲鳴を上げる。思わずたじろぎ、後退してしまうほどに。
それでも歯を食いしばって食らいつき、グランテラの腹部へ渾身の右拳を捩じ込んでダメージを与える。
攻撃を受けて数歩後退したグランテラの瞳に、獰猛な殺意が宿った。
重厚な腹部の甲殻がシャッターのように左右へ開き、内部に隠されていた6つの発射口——気門が牙を剥く! 尻尾の気門と合わせて計7箇所。奴はその全方位から光弾を放てるのだ。
腹部の気門が灼熱の赤光を帯びた次の瞬間——連続して光弾の雨が解き放たれた!
気門から繰り出される光弾の猛射を間一髪で回避し、シュトロームソードで弾き落としながら耐え凌ごうとするが、波状攻撃の前に巨体が追いつかない。
高熱の光弾の一撃が、俺の腹部を撃ち抜いた。
「セアッ……!?」
息が吸えないくらいの痛みを感じながら、俺の巨体は赤土の大地へ叩きつけられた。動こうにも、全身を苛む痛みに身体が言うことを聞かない。
直後、絶望的な足音とともにグランテラが距離を詰めてくる。
——やられる……!
そう死を覚悟したまさに次の瞬間、グランテラの背後で凄まじい爆発が巻き起こった!
背中を叩かれたグランテラが怯み、動きがピタリと止まる。
頭上を掠め去っていくのは、孤門の乗るクロムチェスターの影だった。
孤門が……ミサイルを撃ち込んで俺を助けてくれたのだ! その千載一遇の隙を逃さず、俺は重い身体を泥臭く立ち上がらせる。
立ち上がろうと地を這う瞬間、ふと頭の隅に昔の記憶が過った。
思えば……こんなに全身を使って走り回ったのなんて、昔公園で姉ちゃんと遊んだ時以来かもしれないな、と。
もちろん、こんな命がけのものじゃなかったけれど……どこか懐かしい。
昔の姉ちゃんは、今よりもずっとお転婆で……一緒に泥だらけになって走っていた。
だけど今、走ることができるのは……駆け抜けることができるのは、俺一人だけだ。
何か行動を起こすたび、姉ちゃんの顔が浮かぶ。何かを考えるたび、姉ちゃんの言葉が胸を駆け巡る。
それだけ、姉ちゃんと過ごした時間が俺の人生の全てであり、何物にも代えがたい宝物だから。
そんな大切な思い出を、化け物なんかに汚させはしない!
俺たちの思い出も、これから姉ちゃんが創り上げていく輝かしい未来も、俺が絶対に守り抜く!
俺自身に未来はなくても……姉ちゃんには、絶対に未来があるのだから。少なくとも、俺よりはずっと長い未来が。
(だから、俺がそれを守るんだ……!)
大地を踏みしめ、ウルトラマンは再び立ち上がった。
だが、グランテラの矛先は今度、俺を救ってくれた孤門の戦闘機へと向かっていた。ウルトラマンに背を向け、全身の気門に高熱エネルギーを集約させていくグランテラ。
(ありがとう、孤門…今度は……次は俺が助ける番だ!)
孤門を撃たせはしない!
俺は残る力を脚に集中させ、グランテラが射撃姿勢に入る直前、背後から両腕をクロスさせて『クロスレイ・シュトローム』を放った!
必殺の光線がグランテラの無防備な背中を直撃し、絶叫とともに巨体が地響きを立てて倒れ伏す。
終わった……勝った……。
安堵しかけたその瞬間、天頂の暗雲が不気味に渦を巻いた。
ダークフィールドGの空から降り注ぐ、禍々しい紫色の粒子。
昨日の戦いと同じだ。
底なしの狂気と殺意——純粋な“邪悪”そのものが、闇の光となって瀕死のビーストへ降り注ぐ。
その邪悪な光を浴びたグランテラが、信じがたい力で再び立ち上がった。しかも、与えたはずのダメージが完全に再生している!
これこそが孤門の言っていた、ビーストを限界以上に強化してしまう悪夢の現象だった。
「キィィィィィン…!」
鼓膜を切り裂くような高音の電子音が混ざった咆哮を上げ、完全復活したグランテラが襲いかかってくる!
強化された猛攻の前に、俺は成す術もなかった。
格段にスピードと重みを増したハサミの一撃で地面に薙ぎ倒され、容赦なく腹部を踏みつけられ、荒野を転がり回る。
踏みにじられる激痛の中で、ついに胸のエナジーコアが青から赤へと変色し、ピコン、ピコン……と命のカウントダウンを刻み始めた。
ハサミで首を絞め上げられ、尻尾の振り下ろしで吹き飛ばされ、大地を激しく抉りながら倒れ伏す。
視界が明滅し、意識が遠のきかける……全身が破裂しそうなほど痛い。だが、目の前の惨劇の化け物は攻撃の手を緩めない。
そして再び、紫の邪悪な光がグランテラに降り注ぎ、7つの気門全てがこちらへ照準を合わせた。
(もしも、今の状態であれを全部食らったら…死ぬんじゃないだろうか……)
死ぬ……自分の終わりが脳裏をかすめる。
気門に高熱のエネルギーが蓄積されていく。直後、一斉射が解き放たれようとしていた。
『逃げろ!』
孤門の悲鳴のような叫びが届いた。
(逃げる?ここで?もし逃げたら……)
こいつは抑えを失い、間違いなくあの街へ進撃する。
(そうすれば、姉ちゃんが…みんなが……)
冬月小春の身に、最悪の危険が及ぶ。姉ちゃんだけじゃない、空野も、早瀬さんも、キャンパスにいる仲間たちも、大勢の人々が悲鳴をあげることになる。
あの温かい笑顔の数々が、この化け物に踏みにじられてしまう。
それに……俺は……。
(もうすぐ死ぬんだ。だったら………)
だったら、ここで……ここで俺が退く理由なんてどこにもない!
だって俺は……みんなの日常を守りたいから、ここに立っているんだから!
そのために、ウルトラマンになったのだから!
「セアッ!」
ここが命の張りどころだ!俺は渾身の力で叫び、風となって駆け出した!
ただ真っ直ぐ、後ろなんて振り返らず、目の前のグランテラへ向かって弾丸のように走る!
『無茶な…!』
孤門の隣の、女性隊員の驚愕する声が聞こえた。
無茶なことなんて分かっている……けれど、俺がやらなきゃ、大切な人たちの日常が奪われてしまうんだ!
守れるなら、俺はどこまでだって走ってみせる!
俺が突撃した直後、グランテラの全ての気門から光弾が一斉に解き放たれた!
7発の光弾が美しい放物線を描き、迫り来る!
追尾して襲いかかる光の雨の中を、無我夢中で駆け抜ける!
一発、二発と間一髪で回避するが、三発目が胸部を激しく打ち抜き、俺は大地へ転倒した。
だが、止まるわけにはいかない! 俺はまだ……!
(終わってない!)
追撃の光弾を引きつけるように、俺は空へ向かって跳躍した!
疾風のような空中機動で、連続する光弾を間一髪で避け続ける。
悲鳴を上げる全身の激痛を引きずり、上空でさらに加速した瞬間、四発目が腹部を掠め、激痛に意識が揺らぐ。それでも歯を食いしばり、さらに高度を上げた。
わざと速度を落とし、左右から迫り来る五発目と六発目の光弾を自らに引き付けて、互いにぶつけて相殺する!
そして……残る最後の七発目……!
放物線を描いて迫る光弾が、上空のウルトラマンを直撃し、激しい爆炎が空を包んだ。
コックピットで孤門が息を呑んだ、その時——。
黒煙を突き破り、青い光の巨人が舞い戻った!
右腕のアームドネクサスから、光の弓が形成される。
上空からグランテラを捉え、渾身のエネルギーを弓へ引き絞る!
「シュウワアアアァァァァ……!セアッ!」
残されたエネルギーはわずか。それをすべて注ぎ込み、左手を極限まで引き絞る!
気門から全弾を打ち尽くし、地上で再度エネルギーを溜めているグランテラを撃ち抜くには今しかない!
超高速の光の一撃を今、解き放つ!
光の矢『アローレイ・シュトローム』が放たれ、暗黒の風を切り裂き、グランテラの胴体を射抜き、巨体を両断した。
力無い断末魔を上げ、グランテラは、青白い粒子となって、今度こそ完全に消滅した。
空間を覆っていたダークフィールドGが、潮が引くように溶けて消えていく……。
敵を倒した……これでようやく終わった……。
憐の意識から力が抜けると、ウルトラマンの巨体は膝から崩れ落ちた。
全身は傷つき、精神も肉体も限界を超えて悲鳴をあげていた。
♢
僕、孤門一輝は……クロムチェスターδ機のコックピットから、どこか悲壮感すら漂わせるウルトラマンの……憐の大きな背中を見つめていた。
同時に、胸を締め付けるような不吉な胸騒ぎを覚えていた。
憐の前の適能者(デュナミスト)だった姫矢さんの時には感じたことのない……胸を刺すような予感。
(なぜ憐は…自らを犠牲にするような捨て身の戦い方をするのだろう?)
そう問いかけた直後、満身創痍のウルトラマンはゆっくりと膝をつき、蜃気楼のように空間へ消え去っていった。
(憐は……無事なのだろうか……?)
不安だけが胸の中で大きく膨らんでいく。
この時の僕は……憐がどれほど苛烈で残酷な宿命と戦っているのか、何一つ知らなかった。
彼の明るい笑顔の裏にある苦悩も、悲痛な覚悟も……何も分かってはいなかったのだ。
そして、それを確かめる術も、今の僕にはなかった。
ただ……この死闘をTLT(ティルト)極東本部・フォートレスフリーダムのモニター越しに見つめていた『イラストレーター』を除いて、誰もその真実を知る由はなかったのだ。
To be continued
冬月 憐の中には、姉ちゃんとこれからも生きたいという思いがあると同時に、俺の先のない命で誰かを守れるなら、死んだっていい…という2つの相反する思いがあります。
生き残りたい気持ちを持ちながら、自分の命を犠牲にする覚悟も捨てきれない……それが冬月 憐です。