空母エンデュランスの格納庫。
この年季が入った"おふくろさん"で過ごし初めてからしばらくがたった。
その間体を休めながら、艦の乗員や他のパイロットとも交友を深める日々が続いていた。
俺は大佐に昇進し、その階級からか気軽に話しかけられることはあまり無かったが、ケイトが俺と周りとの橋渡し役となることで程よくコミュニケーションが取れて……いや、半分以上関係をいじられてただけだな。
「ねぇ、あなたパイロットなの?」
俺がスーパーホーネットのコックピットに座りながらリラックスしていると、ピンク髪の少女がコックピットまで登ってきた。
……若いな。船に乗ってる難民か?
「そうだけど、君は?」
「私はターシャ。アナスタシア・ターシャ・セヴェルスカヤ。しばらく義勇軍パイロットとしてこの船に乗ることになった」
「よろしくターシャ。俺はヴェラ・ブレッドだ。FCU海軍でパイロットをしてるよ」
俺はコックピットでから半身を乗り出してターシャと握手をする。
こちらを見るターシャの目はコックピットを前に目が輝いていた。
分かるぞ。コックピットはかっこいいよな。
まぁ、俺的にはこのF/A-18FやF35、F22のようなモダンなグラスコックピットよりも、アナログな計器が程よくある方が好きなんだけどな。
今まで乗ってきた中で一番良かったのはF15Eのコックピットだな。アナログとデジタルのバランスが程よくて……いや、そんなことはどうでもいい。
「で、どうしたんだ?暇つぶしの散歩か?」
「いやぁ。戦闘機操縦の勉強をしてたんだけど…勉強ばかりしてたら疲れるじゃん?だから気分転換というか」
「そうなのか?だが義勇軍のパイロットに選ばれたのなら元々飛行機の操縦はできるんだろ?」
「まぁね。でも私はアクロバットチームのパイロットだから、民間機しか乗ったことないの。ユークトバニアでいちばん有名なフライトチーム「チーム・ズヴェズダ」。その一番星が私」
「ほう?そんな一番星殿はどうしてこの船に?」
「あー。元々FCU軍の広報用動画撮影のために戦闘機の操縦を依頼されてたんだ」
「なるほど。なら飛行機の操縦自体はできるんだな。勉強してるのは兵装システムの使い方ってところか」
「うん、そう」
「ならちょうどいいな。暇なら実機を使って教えてやるよ」
「え?いいの!?」
「ああ。コックピットに座ってくれ」
ターシャにコックピットのシートを譲って、俺は機体に直接腰掛けた。
F/A-18のコックピット自体には慣れてるのかすぐに座る。
「あれ?なんか私が知ってるのと違う」
「ん?……あー、なるほど。しまったな。機種が違うのか」
「でも私が勉強してるのはこのF/A-18だと思うけど」
「それは多分F/A-18の中でもC型……いわゆるレガシーホーネットだな。このエンデュランスでは主力艦載機はC型だからな。だが俺のは近代化改修されているE型なんだ。こっちはスーパーホーネットと言われている。コックピットは全くの別物になってて、分かりにくいが外見も少し違うんだぞ」
「…なんか難しいね。てかなんでヴェラの機体は新しいの?もしかして特殊部隊とか?」
「いやいや、俺はそんな大それたパイロットじゃないよ。隊じゃ2番機だしね」
「へぇ?じゃあバクスターと一緒か」
「バクスター少佐?ああ、なるほど。バクスターが先生をしているのか」
「そうだよ。バクスターが先生。で、なんでヴェラの機体が違うの?」
「…俺は元々違う空母の所属だったんだが、戦闘中に帰るべき空母が呆気なく沈んじまってな。今じゃ海の底で眠ってる。元々所属してた空母ではこのE型が主力の艦載機だったと言うだけの話だよ」
「それは……ごめん。変な事聞いて」
「気にするな。ターシャは悪くない。悪いのは沈めたやつらだからな」
この子は、なんというか優しい子だな。
俺は思わずターシャの頭を撫でる。
グイグイ来るのも人懐っこいだけで、他意はないんだろうというのが見て取れる。
まるで妹のようだ。兄弟はいたことないが。
「ヴェラ・ブレッド大佐。妻がいる狭い空母の中で浮気とは随分良いご身分のようで。妻が私だけでは足りなかったかしら?」
「…あ」
カツン、カツンとフライトブーツの音が格納庫に響く。
今の俺にはケイトの顔を見ることはできない。多分、顔は笑顔なんだ。でも目が笑ってないはず。声が笑ってなかったから。
「け、ケイト。これは違うくて」
「なんてね。冗談よ。ターシャに教えてあげてたんでしょ」
「は?あ、ああ。そうだが」
ケイトの顔を見ると、イタズラが成功したと言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見ている。
一体なんだと言うんだ。
「ケイトさん?ヴェラと知り合いなの?」
「夫よ。私のね」
ケイトが左手の薬指を見せつけるようにターシャに向けると、煌びやかに光るシルバーのリングが蛍光灯の光を反射する。
それを見てターシャは口に手を当て驚く。
「…そういうことだ。というか、ターシャはケイトと知り合いだったのか?」
「うん。若い女性ってこの船の中でも少ないから、良くファッション事とか話すんだよ。ケイトさんめっちゃ綺麗だし。ってか!夫って!?結婚したってことだよね!?」
「そうよ。夫婦で海軍のパイロットをしてるのよ、私たち」
「す、すごい!ねぇねぇ!馴れ初めは!?海軍に入ってから出会ったの?」
「ふふっ。私たちは幼なじみなのよ。生まれた病院も一緒。小学校も中学校も、高校も、そして海軍士官学校もね。もはや自分の体の半分みたいな存在なの」
「えぇ!運命の出会いじゃん!良いなぁ〜。私もそんな恋愛してみたい〜」
「いつか見つかるわよ。ターシャにも、素敵な人がね」
「そうかな〜?ねぇ、もっと聞かせてよ!2人の話」
「……ここじゃなんだから、コックピットから降りよう。勉強はやめだ」
今はケイトがコックピットの下から見上げる形で、少し話しづらそうだし。
俺は立ち上がり、主翼から飛び降りる。
……少し足が痺れてジーンとしたのは内緒だ。
何事も無かったかのように歩いてケイトの方へと向かう。
ターシャが降りる間、ケイトが俺の横腹を肘でつつく。
「若くないわね?お互いに」
「…そうだな」
バレてたみたいだ。
5年前までならこれくらいなんてこと無かったのだがな。
そういえば、前世じゃいいおじさんになった頃に身体能力の低下や腰を痛めたのを認めたくなくて現実逃避してたっけな。
ターシャがこちらへ歩いて来ると、3人でベンチに腰かける。
「ほらほら。聞かせてよ、2人の話を」
「いいわよ。そうね、まずは私が彼のことを好きになった時の話をしようかしら」
私が10歳の頃。
私たちが今も暮らす中央ユージア連合は、度重なる戦争で復興が中々進まない都市で暮らしていた。
子供たちが大きな公園や学校で遊ぶ中、彼はいつも1人だった。
存在はもちろん知っている。家も近いし、小学校も同じ。一緒に遊んだこともある。
でも、その頃は特段仲がいい訳じゃなかった。
今見れば確かに顔は整っていて愛おしいと思うけど、当時はそんな色恋沙汰に興味はなかったし。
ある日、私は気になって聞いてみた。
毎日1人で居る理由を。
「ねぇ。ヴェラはなんでいつも1人なの?みんないっぱいヴェラのこと誘ってるのに、いつも断るじゃん。みんなはヴェラと一緒に遊びたいって言ってるのに、ヴェラが遊んでくれたら次の日は雨だって言われるくらいには遊ばないよね」
「なんだそれ。俺そんなこと言われてんのか?」
少しだけ、少しだけ表情が変わった。ヴェラは面白いことを聞いたかのように目を開いた。
その目を見た時に、私は大きく心を揺さぶられた。
海のように青い瞳が私を捉えたとき、彼の瞳は海ではなく空なのだと知った。
根拠も、そう思った理由すらわからないけど、どうしてかそう思った。
「…ねぇ。一緒に遊ぼうよ。今日はみんなフットボールするんだって」
誤魔化すように言葉を紡ぐ。
何故だか、まじまじと瞳を見ていると思われたくなかった。バレたくなかった。
「俺はいいよ。ケイトは遊んできな」
「なんでよ。てか、いつも公園でも1人で座ってて、何をしてるの?」
「……空を見てるんだ」
「空を?」
「そう。空に国境はないし、終わりは見えなくてどこまでも続いているんだ。素敵な話だと思わないか?」
そう話すヴェラの目はいつもより輝いている気がして、たまに一緒に遊ぶ時とは全く違って……なんというかムカムカした。
私たちと遊ぶより、空を見て話してるほうが楽しいっていうの?
何がそんなに楽しいのか私は知ってみたくなった。
私は何も言わずにヴェラの横に座って、同じように空を見上げる。
「きっと君には退屈だよ」
「それは私が決めること。それよりあの雲。どうしてあんなに高い場所にあるの?いつも空見てるなら分かったりするわけ?」
私が指を差した先には、壁ように高くそびえる雲が浮かんでいる。
本気で気になっていた訳ではなかった。
ヴェラと2人で過ごす時間を、無意識に求めてた。
でもヴェラは……あなたは私の事なんて全く見なくて。
私は楽しそうに空を指差すあなたの横顔を見ていた。
「あれはTCU…って言ってもわかんないか。塔状積雲だよ。あの雲は大気が不安定な時にできやすいんだ。ふっ。勉強みたいで面白くないでしょ」
「別に。じゃああの雲は?」
「あれは高層雲って言って、同じように……」
ヴェラとは空にまつわるあらゆる話をした。
私が聞いて、ヴェラが答える。
そんな日々を過ごしていたらいつの間にか私も空に詳しくなってしまった。
その後も私はヴェラと過ごす時間を増やしていった。どれも大切な時間だった。
たまに顔を合わせる程度の存在が、いつの間にか毎日顔を合わせる存在に。
ヴェラが泊まりに来たこともあった。
そんな毎日が続いたある日のこと。外には雪がパラつく真冬。
私は自分の部屋でヴェラに告白した。
「あのさ。今まで散々一緒にいてヴェラが私のこと嫌いじゃないのはわかってる。でも、私はそれじゃあ物足りなくなった。私たちは大きくなって、あなたはそれなりにモテるようになったでしょ。私は……ヴェラが他の人に取られるのが怖い。いつか私の手が届かない場所に行ってしまうんじゃないかと思うと、本当に怖い」
「……そうだな。嫌いじゃないよ、ケイトのことは。どちらかと言うと好きな方だ。でも、俺はその告白を受ける訳にはいかない」
「それは、戦闘機のパイロットを目指してるから?」
「…バレてたか。そうだ。俺は空軍のパイロットになる」
「やっぱりね。前に空軍の戦闘機が飛んでいるのを見て、ヴェラの目が見たことないくらい輝いてたから、そうなんだって気付いた」
「そういう訳で、いつ死ぬかも分からない人生にケイトを付き合わせる訳にはいかないんだ。分かってくれ」
ヴェラはどこまでも優しい。常に他人のことを考えている。
普段誰とも遊んでいなかったのは、子供らしい遊びを楽しめない自分がいると空気を悪くするかも、という理由からだというのを後に本人から聞いた。
わがままや文句も一切言わずに学校生活を送り、パイロットになる為の勉強をしながら日々を過ごす。
そのひたむきな努力も私が惚れる一因になったのは間違いない。
なんというか、物事を俯瞰して考えることができる人だったのだ、彼は。
だからこそ放っておけない。
1人にしていたら、誰にも知られずに死んでるんじゃないかと思ったから。
私が出した結論は……
「ええ。よく分かったわ。私がどうするべきかをね」
「そうか。なら」
「私もパイロットになる。それなら構わないでしょう?」
「……本気か?」
その言葉にムカついた。
私がどれだけあなたの事が好きなのかわかってないの?
私はヴェラの顔を掴んで無理やり唇を奪った。
見たことない程に目を見開くヴェラの顔を見て私の心は優越感に浸った。
この表情をさせているのは私なんだ、と。
初めてのキスは、歯が当たって痛かったとだけ言っておく。
「これでわかったでしょ。私がどれだけ本気か」
「ああ。マジかよ」
「優しいヴェラの事だから、私がパイロットを目指すのは自分のせいだとか思ってるなら、勘違いしないで。私が自分の意思で決めたのよ。だから……私からあなたの隣にいる権利を奪わないで。お願い」
「…全く。そこまで言われて拒絶できる男はいないよな。…これから恋人としてよろしくな、ケイト」
差し出されたヴェラの手を、私は見つめていた。
顔が熱いのが自分でも分かった。胸がドキドキして、爆発するかと思った。
すぐに手を取って、自分の指を絡ませた。握手なんかで足りると?
その後は恋人として初々しいスキンシップを取りながら日々を過ごし、2人でパイロットになる為の勉強を進めた。
そんな日々を過ごすとよく分かった。
ヴェラは、異常な程に空に詳しい。
なんでそんなことを知っているのかと聞いたことは1度や2度では済まなかった。
この人は本気で空が好きなんだ。
なら、私は同じ空でそれを支える。それが私の夢なんだ。
「じゃあ、ケイトさんは今夢を叶えてるってことだよね?」
「そうね。とっても幸せよ。世界はこんなにも残酷なのにね」
「良いじゃん。こんな世の中だからさ、楽しいことは多い方が良いと思うし」
その時、1人の兵士がこちらへと歩いてきた。
おおかたヴェラを呼びに来たのだろう。
大佐になってからのヴェラは作戦立案にも関わるようになって、前よりも忙しくなった。
「ブレッド大佐、お話し中申し訳ありません。副長がお呼びです」
「分かった、今行く。悪いな2人とも。あとは女子2人で楽しんでてくれ」
ヴェラは気怠げに立ち上がって離れていく。
それからはバクスターがターシャのことを呼びに来るまで、2人で恋バナに華を咲かせた。
ヴェラ、少し離れただけなのにもう会いたい。
あなたが死んでしまえば私も死んでしまう。
もう既に一心同体なんだから