ぼくのなつやすみ〜のんのんといっしょ〜   作:Edward

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8月4日 海水浴!そのにっ♪

「ボク君ーっ!!」

 

「ボク君ーっ!! どこーっ!?」

 

「お願い! 返事してようーっ!」

 

 海水浴場に、蛍の悲痛な声が響き渡っていた。

 

 砂浜はもちろん、売店の裏、海の家の陰、トイレの前。

 

 ついには――。

 

「ボク君ーっ!」

 

「蛍ちゃん、そこにはいないと思うのん」

 

 蛍は自動販売機の取り出し口にまで手を突っ込んでいた。

 

 もはや探しているというより、祈っている。

 

「だって、どこにもいないんだもん!」

 

「お、落ち着くのん! ボク君ならきっと……どこかで誰かに呼び止められてるのん!」

 

「誘拐されたの!?」

 

「なんでそうなるん!?」

 

 蛍の頭の中では、すでに事件になっていた。

 

 れんげは腕を組み、むむむ、と考え込む。

 

 そして何かを閃いたように、人差し指を立てた。

 

「分かったん!」

 

「なに!?」

 

「どっかで修理してるのん!」

 

「…………」

 

「だからクーラーとか扇風機のあるところで待ち伏せすれば、そのうち出てくるのん!」

 

「……れんげちゃん。それは、ちょっと無理があるんじゃないかな」

 

 ほのかが困ったように笑う。

 

 いくら機械いじりが好きだからといって、迷子になるたびに何かを修理しているわけではない。

 

「……わたしのせいだ」

 

 ぽつり。

 

 今までとは違う声が聞こえた。

 

 振り返ると、小鞠が俯いている。

 

 目から、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

 

「わたしが……着替えるの遅かったから……。だからボク君、一人で行っちゃって……」

 

「こまちゃん……」

 

「もし何かあったら……」

 

 その言葉に、さっきまで騒いでいた全員が黙り込んだ。

 

 蛍がそっと小鞠の前へ行く。

 

「……先輩。大丈夫です」

 

「ほたる……?」

 

「ボク君、すごくしっかりした子ですから」

 

 蛍は小鞠の手を握った。

 

「私が前に迷子になった時だって、二回も助けてもらったんです。だから……きっと大丈夫です」

 

「ほたるぅー……!」

 

 小鞠が蛍に抱きつく。

 

「先輩ぃ……!」

 

 二人で抱き合う姿を、夏海が珍しく何も言わず見守っていた――その時だった。

 

 ――ピンポンパンポーン♪

 

『えー、迷子のお知らせをいたします』

 

「!」

 

 一同が一斉に顔を上げる。

 

『東京から、お母さんが出産を迎えるため帰郷しております――』

 

「……ん?」

 

 夏海が首を傾げた。

 

『名前不詳の――』

 

「ぼくはボクだってばー!!」

 

『――ボク君をお預かりしております』

 

「いたあああああっ!!」

 

 蛍が叫んだ。

 

『お心当たりのある方は、迷子センターまでお越しください』

 

「ボク君なのん!」

 

「ボク君だ!」

 

「ボク君だね」

 

「ボク君だよ!」

 

「だから迷子じゃないってばーっ!!」

 

 遠く離れた迷子センターから、本人の抗議だけが虚しく響いていた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「……ごめんなさい」

 

 数十分後。

 

 無事回収されたぼくは、みんなの前で正座していた。

 

「迷子センターの人が、ぼくのこと迷子だって決めつけるから……」

 

「いや、迷子だろ」

 

 夏海の一言が突き刺さる。

 

「迷子じゃないよ! みんなが迷子になったんだよ!」

 

「多数決でボク君の負けなん」

 

「そんな多数決あるの!?」

 

「まあまあ。無事だったんだからいいじゃないかねー」

 

 一穂お姉ちゃんがのんびり笑う。

 

「もう小鞠ちゃんと蛍ちゃんなんか、泣いて泣いて――」

 

「あーっ!!」

 

 小鞠が顔を真っ赤にして割り込んだ。

 

「それは言わない約束でしょ!!」

 

「えっ、小鞠お姉ちゃん泣いてたの?」

 

「泣いてない!」

 

「蛍お姉ちゃんも?」

 

「えっ!? あ、あの、その……」

 

 蛍まで真っ赤になった。

 

 ……なんだか悪いことをした気がしてきた。

 

「ごめんなさい……」

 

「もういいよぉ。見つかったから……」

 

 蛍が安心したように笑った。

 

 その顔を見て、ぼくもようやくほっとした。

 

「さーて」

 

 一穂お姉ちゃんがパン、と手を叩く。

 

「ボク君も戻ってきたし、そろそろお昼ご飯にしようかねー」

 

「おー!」

 

 真っ先に夏海が反応した。

 

「かず姉! 今日お弁当持ってきてないけど、どうすんの?」

 

「ふっふーん♪」

 

 一穂お姉ちゃんが得意げに胸を張る。

 

「今回は、すぺしゃるなイベントを用意しているのだよ」

 

「なになに!? 楽しみ!」

 

 ぼくもすっかり迷子騒動を忘れて、一穂お姉ちゃんについて行こうとした。

 

 その時。

 

 とん、と後ろから肩を叩かれた。

 

「ん?」

 

 振り返る。

 

 そこには、水玉模様のワンピースを着た女の子が立っていた。

 

 ぼくより少し背が高い。

 

 長い黒髪に、れんげちゃんと同じくらい白い肌。

 

 腰に手を当て、呆れたような顔でぼくを見下ろしている。

 

「……あれ?」

 

 見覚えがある。

 

「…………みどりちゃん?」

 

「やっぱり、あんただったんだ」

 

「ええっ!?」

 

 なんで!?

 

「さっきの放送聞いて、もしかしてと思ったけど……」

 

 みどりちゃんはじろりとぼくを見る。

 

「こんなところで何してるのさ?」

 

「みどりちゃんこそ! 北海道にいるはずじゃないの!?」

 

 その瞬間。

 

 周囲の空気が止まった。

 

 夏海。

 

 小鞠お姉ちゃん。

 

 れんげちゃん。

 

 ほのかちゃん。

 

 そして蛍お姉ちゃん。

 

 みんなが同じ顔をしていた。

 

 ――誰、この子?

 

 ぼくは東京から来た人間だ。

 

 そのぼくに、なぜこの海水浴場で知り合いがいるのか。

 

「お母さんがこの夏休みに出産するから、こっちの親戚の家に厄介になってるんだわ」

 

「みどりちゃんも!?」

 

「『も』?」

 

「うちのお母さんも赤ちゃん産むから、ぼくもこっちに来てるんだよ!」

 

「……なんだ。あんたも同じじゃん」

 

「そうだね!」

 

 顔を見合わせる。

 

 なんだかおかしくなって、二人で笑った。

 

 その笑い声に、みんなの視線がますます集まる。

 

 夏海は口を半開きにしたまま、ぼくとみどりちゃんを交互に見ていた。

 

 小鞠お姉ちゃんは、驚きのあまり両手を胸の前で握りしめている。

 

 れんげちゃんは、みどりちゃんの周りをぐるぐる回りながら、じっと観察していた。

 

 ほのかちゃんは少し離れたところから、興味深そうに目を輝かせている。

 

 蛍お姉ちゃんだけは、驚きながらも、ぼくの隣に立つみどりちゃんへにこりと笑いかけた。

 

「あのー……ボク君?」

 

 蛍お姉ちゃんがおそるおそる手を挙げる。

 

「その子、お友達?」

 

「あっ、そうだった!」

 

 ぼくはみどりちゃんの横に立った。

 

「この子はみどりちゃん。蛍お姉ちゃんがお母さんのお姉ちゃんの子供で、みどりちゃんはお父さんの弟の子供!」

 

「ボク君の親戚なんだ!」

 

 小鞠お姉ちゃんが、ぱっと表情を明るくした。

 

「初めまして」

 

 みどりちゃんがぺこりと頭を下げた。

 

「吉本みどりです。ボク君の従妹で、普段は北海道に住んでます」

 

「北海道!」

 

 小鞠お姉ちゃんが驚いた。

 

 その声につられるように、夏海も身を乗り出す。

 

「北海道って、あの北海道!? 雪がいっぱい降るところ!?」

 

「うん。冬はすごいよ」

 

「じゃあ、雪合戦とかできるのん!?」

 

 れんげちゃんの目がきらきらと輝いた。

 

「できるけど……こっちの海もすごいね。こんなに人がいる海、初めて見た」

 

 みどりちゃんは砂浜を見渡し、少しだけ目を丸くした。

 

「北海道にも海はあるけど、こんなに暑くないし、みんなで泳ぐ感じでもないから」

 

「そうなん! じゃあ、みどりお姉さんは海水浴初心者なん!」

 

「初心者っていうか……今日は見てるだけだったんだけど」

 

「それなら、うちらが海水浴を教えてあげるん!」

 

 れんげちゃんが胸を張る。

 

「まずは砂に埋めるん!」

 

「最初からそれ!?」

 

 みどりちゃんが思わず一歩後ずさる。

 

 その反応が面白かったのか、夏海が声を上げて笑った。

 

「大丈夫大丈夫! れんちょんの言うこと、半分くらいは冗談だから!」

 

「半分なんだ……」

 

 みどりちゃんが少し困ったように笑う。

 

 その笑顔を見て、小鞠お姉ちゃんもほっとしたように頷いた。

 

「なるほど……どうりで肌が綺麗……っていうか」

 

 視線が少しずつ上がっていく。

 

「また私より背が高い……」

 

「こまちゃん、そこなん?」

 

「そこだよ!」

 

「みどりちゃん、私よりも大きいんだね!」

 

 蛍お姉ちゃんが嬉しそうに声をかける。

 

「えっ、蛍さんも五年生なんですか?」

 

「うん。みどりちゃんは?」

 

「三年生です」

 

「じゃあ、私の方がお姉さんだね」

 

 蛍お姉ちゃんがにこにこすると、みどりちゃんは少し照れたように頷いた。

 

「はい。でも、背はみどりちゃんの方が高いね」

 

「……それ、ちょっと複雑です」

 

「ふふっ。私も小さい頃は、背の高い子が羨ましかったよ」

 

 蛍お姉ちゃんの柔らかな笑顔に、みどりちゃんの表情も少しずつほぐれていく。

 

「にゃんぱすー」

 

 れんげちゃんが片手を挙げる。

 

「みどりお姉さん、こんにちは」

 

 ほのかちゃんも丁寧にお辞儀した。

 

「にゃん……ぱす?」

 

 みどりちゃんが固まる。

 

「ここの挨拶?」

 

「そうなん!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 みどりちゃんは少し考えたあと、おそるおそる手を挙げた。

 

「にゃ、にゃんぱすー……♪」

 

「合格なん!」

 

「試験だったの!?」

 

 れんげちゃんは満足そうに頷いていた。

 

 みどりちゃんは、ほっとしたように息を吐く。

 

「よかった……変な挨拶だったらどうしようかと思った」

 

「変じゃないよ!」

 

 ぼくが言うと、みどりちゃんは少しだけ目を細めた。

 

「そう? じゃあ、あんたの友達って、みんな面白いね」

 

「うん! みんな優しいよ!」

 

 ぼくがそう答えると、みんなが一瞬だけ顔を見合わせた。

 

 夏海は照れ隠しみたいにそっぽを向き、小鞠お姉ちゃんは嬉しそうに頬を緩める。

 

 れんげちゃんは、なぜか得意げに胸を張った。

 

 ほのかちゃんは小さく笑い、蛍お姉ちゃんはみどりちゃんへもう一度、優しく頭を下げた。

 

 その後、ほのかちゃんとも改めて挨拶を交わす。

 

「しかし、あんたもこっちに預けられてたんだ」

 

「うん」

 

「私も同じ。お母さんの出産が終わるまでね」

 

「吉本のおばちゃんも、もうすぐ赤ちゃん生まれるんだよね」

 

「うん」

 

「じゃあ、みどりちゃんも赤ちゃんのお姉ちゃんになるんだね!」

 

 小鞠お姉ちゃんが身を乗り出す。

 

「はい。ボク君もお兄ちゃんになるんですよね?」

 

「うん!」

 

「じゃあ、私たち、ちょっと似てるね」

 

 みどりちゃんがそう言うと、小鞠お姉ちゃんは嬉しそうに頷いた。

 

「そうだね! 親戚だし、これから仲良くできそう!」

 

「……うん」

 

 みどりちゃんは少し驚いたように瞬きをした。

 

 けれどすぐに、照れくさそうな笑顔を浮かべた。

 

「まあまあ」

 

 一穂お姉ちゃんが二人の間に入る。

 

「積もる話もあるだろうけど――みどりちゃんだっけ? よかったら一緒にご飯食べていかない?」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「一人増えたくらい、どうってことないよー」

 

「ありがとうございます!」

 

 みどりちゃんは深々と頭を下げた。

 

 顔を上げた時には、さっきまでの警戒した様子はもうほとんど消えていた。

 

 こうして、みどりちゃんも一緒に昼ご飯を食べることになった。

 

「みどりちゃん」

 

 歩きながら蛍お姉ちゃんが声をかける。

 

「私、蛍っていいます。遠いけど、私たちも親戚になるんだよね。よろしくね」

 

「あっ、みどりです。よろしくお願いします」

 

 二人がぺこりと頭を下げ合う。

 

「みどりちゃんはぼくと同じ三年生だよ」

 

「そうなんだー。私は五年生」

 

「ご、五年生!?」

 

 みどりちゃんが蛍お姉ちゃんを見上げた。

 

「私も背が高い方って言われるけど……蛍さん、すごく大きい……」

 

「え? でも私、三年生の頃はみどりちゃんより小さかったよ」

 

「本当ですか?」

 

「うん。だから、きっとみどりちゃんの方が大きくなるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 みどりちゃんは嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、蛍お姉ちゃんもつられて笑う。

 

 ……なんだろう。

 

 背の高い小学生同士、何か通じるものがあったらしい。

 

 少し後ろでは、小鞠お姉ちゃんが二人を見ながら肩を落としていた。

 

「……いいなぁ」

 

「こまちゃん?」

 

「なんでもない!」

 

     ◇ ◇ ◇

 

「いらっしゃいませー!」

 

「こちらへどうぞー!」

 

 目的地に着いた瞬間。

 

「…………ひか姉、何やってるん?」

 

 れんげちゃんが真顔になった。

 

「このみちゃんも……どうしてここに?」

 

 小鞠お姉ちゃんも固まる。

 

 二人の視線の先には、見覚えのある顔があった。

 

 ひかげお姉ちゃんと、このみお姉ちゃんだ。

 

 しかも――。

 

「なにって……バイトだよ!」

 

 ひかげお姉ちゃんが顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「駄菓子屋が海の家で定食屋やるから手伝えって! そそのかされて来てみたら、このザマだよ!」

 

「あはは……」

 

 このみお姉ちゃんも苦笑いする。

 

「この制服、ちょっと恥ずかしいよね」

 

 確かに。

 

 今時のファミレスでもなかなか見かけないような、やたら丈の短いスカートの制服だ。

 

 場合によっては水着より恥ずかしいかもしれない。

 

 ふと店を見る。

 

 看板には大きく――。

 

『かがや』

 

 と書かれていた。

 

「あっ」

 

「駄菓子屋のお店なん!」

 

「海の家までやってるの!?」

 

「夏だけな」

 

 厨房から声が飛んできた。

 

 楓お姉ちゃんだ。

 

 頭にタオルを巻き、慣れた手つきで焼きそばをひっくり返している。

 

「おーい、バイト共! 無駄話してたら時給下げるぞ! キビキビ働けー!」

 

「あんの悪魔めーっ!!」

 

 ひかげお姉ちゃんが叫びながら注文の品を運んでいく。

 

「はいはい。みんなこっちだよ」

 

 このみお姉ちゃんに案内され、ぼくたちは予約席に座った。

 

 なるほど。

 

 一穂お姉ちゃんが言っていた『すぺしゃるなイベント』とは、これだったらしい。

 

 店内はかなり繁盛していた。

 

 楓お姉ちゃんの作る焼きそば、カレー、ラーメン。

 

 いかにも海の家らしい料理だけれど、どれも美味しい。

 

 しかも接客は、ひかげお姉ちゃんとこのみお姉ちゃん。

 

 厨房には楓お姉ちゃん。

 

 ……さっきから男のお客さんがやけに多い気がする。

 

「駄菓子屋……もしかして、そこまで計算してるのかな」

 

 ぼくが厨房を見る。

 

 楓お姉ちゃんと目が合った。

 

 にやり。

 

 笑った。

 

「……計算してる」

 

 間違いない。

 

 恐るべし、加賀山楓。

 

 商売人だった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「しかしさー」

 

 焼きそばを頬張りながら夏海が言った。

 

「蛍といい、みどりちゃんといい……ボク君の親戚の女の子、どうなってんの?」

 

「何が?」

 

「育ちすぎでしょー、君たち」

 

 一穂お姉ちゃんまで同意した。

 

「そう言われても、何もしてないべさ」

 

 みどりちゃんが首を傾げる。

 

「う、うん……私も特には……」

 

 蛍お姉ちゃんも困ったように笑った。

 

「…………」

 

 小鞠お姉ちゃんが露骨にがっかりした。

 

「なんで先輩が落ち込んでるんですか?」

 

「いや……何か秘訣があるのかと思って……」

 

 でも。

 

 ぼくは二人のお皿を見る。

 

「蛍お姉ちゃんとみどりちゃん、いっぱい食べるよね」

 

「え?」

 

 蛍お姉ちゃんの皿は、もうほとんど空。

 

 みどりちゃんも同じだった。

 

 食べる量だけなら、育ち盛りの夏海お姉ちゃんにも負けていない。

 

「……やっぱり食事?」

 

 小鞠お姉ちゃんの目が光った。

 

「こまちゃん、急に食べても縦に伸びるとは限らないん」

 

「れんちょん!?」

 

 食事も終わりかけた頃。

 

「そういえば、みどりちゃん」

 

 ぼくは聞いてみた。

 

「親戚の家って、この辺なの? ぼくたち、電車で結構来たんだけど」

 

「私も電車だよ」

 

 みどりちゃんは鞄から帰りの切符を取り出した。

 

「ここ」

 

「あー」

 

 一穂お姉ちゃんが覗き込む。

 

「隣町だね。学校からならバスで四つくらい、電車なら一駅だ」

 

「そんなに近いんだ!」

 

 ぼくは嬉しくなった。

 

「じゃあ、みどりちゃんもよかったら遊びに来ない?」

 

「いいよ」

 

 みどりちゃんはポケットから携帯電話を取り出した。

 

「何かあったら連絡して。遊びに行くから」

 

「うん!」

 

 ぼくもキッズ携帯を取り出し、お互いの番号を登録する。

 

 登録完了。

 

 すると、みどりちゃんが人差し指を立てた。

 

「でも!」

 

「ん?」

 

「二人だけは無しだからね」

 

「なんで?」

 

「デートになっちゃうから!」

 

「……?」

 

 よく分からない。

 

「うん! 分かった!」

 

「……あんた、絶対分かってないでしょ」

 

 みどりちゃんが呆れた顔をした。

 

 蛍お姉ちゃんが、なぜか少しだけ笑っていた。

 

「じゃ、私そろそろ行かないと」

 

 みどりちゃんが立ち上がる。

 

「ご飯、ごちそうさまでした!」

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

「お金はいいよー」

 

 一穂お姉ちゃんが手を振った。

 

「今度はうちにも遊びにおいで」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 みどりちゃんはみんなにも頭を下げる。

 

「じゃあ、ボク君。またね!」

 

「うん! またね!」

 

 店の外へ駆け出していく。

 

 そして途中でくるりと振り返り、大きく手を振った。

 

「したっけばいびー!」

 

「ばいばーい!」

 

 ぼくも大きく手を振り返した。

 

 北海道にいるはずだった従妹と、まさかこんなところで会うなんて。

 

 今年の夏は、なんだか不思議なことばかり起きる。

 

「……ボク君」

 

「ん?」

 

 蛍お姉ちゃんがぼくを見る。

 

「今度みどりちゃんが来る時、私も一緒に遊んでいい?」

 

「もちろん!」

 

「私もなん!」

 

「うちも!」

 

「私も!」

 

 次々と手が挙がる。

 

 なんだ。

 

 みんな、もうみどりちゃんと友達になったみたいだ。

 

「じゃあ、みんなで遊ぼう!」

 

「おーっ!」

 

 夏の予定が、また一つ増えた。

 

 ――ところで。

 

「駄菓子屋ー! 休憩まだー!?」

 

「客が途切れたらなー!」

 

「全然途切れないじゃん!!」

 

「繁盛してんだから喜べ!」

 

「バイトが喜ぶ要素どこにあんのさーっ!!」

 

 店の奥から、ひかげお姉ちゃんの悲鳴が響いてくる。

 

 ……今年の夏。

 

 大変なのは、ぼくだけじゃないみたいだ。

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