お昼を食べ終えたぼくたちが、パラソルを立てた場所へ戻ってくると――なぜかそこだけ騒然としていた。
「危ないので離れてくださーい!」
数人のライフセーバーさんが、砂浜の一角を取り囲んでいる。
何事だろう?
人垣の隙間から覗き込んだぼくの横で、越谷姉妹が同時に足を止めた。
「あ……」
「にいちゃん……」
砂浜から、一本のシュノーケルが生えていた。
その根元。
顔面を完全に砂へ埋められ、首から下まで見事に埋葬されながら、シュノーケルだけで呼吸している卓兄ちゃんがいた。
…………。
どうやら、誰かが通報したらしい。
そりゃするよね。
遠目に見たら、どう考えても事件だもん。
◇ ◇ ◇
「午前中はいろいろあったけど、ようやく全員揃ったな!」
無事に砂浜から発掘された卓兄ちゃんも加わり、夏海ちゃんが両手を広げた。
「で! 今度は何して遊ぶ!?」
「はいっ! はいっ! のん!」
真っ先に手を挙げたのは、れんげちゃんだった。
「おっ! れんちょん、いい意見があるのかな?」
「うち、中当てやりたいん! 今、中当てが熱いんな!」
どこから取り出したのか、れんげちゃんの手にはすでにボールが握られていた。
しかも瞳には、めらめらと炎まで宿っている。
「さすがれんちょん……。どこへ行っても自分のスタンダードを貫く姿勢には感心するよ」
夏海ちゃんが呆れ半分で言うと、ほのかちゃんまで小さく頷いていた。
「れんちゃん、せっかく海に来たんだから、もうちょっと海らしい遊びにしない?」
蛍お姉ちゃんがやんわり提案する。
「じゃあ――ビーチ中当てなん!!」
「そこは中当てから離れないんだ……」
蛍お姉ちゃんの鋭いツッコミが入った。
「ビーチ中当て!?」
ぼくは思わず身を乗り出した。
「ぼく、やったことないよ! なにそれ!?」
「まさか食いつく人がいた!!」
小鞠お姉ちゃんが驚いてぼくを見る。
「さすがボク君な……。うちが見込んだだけはあるのん」
れんげちゃんが腕を組み、うんうんと頷いた。
「このビーチ中当ては、一見すると普通の中当てのように思えるが……舞台は海。海でするのん!」
「海で! これはまた難易度が高い!!」
夏海ちゃんが叫ぶ。
「砂浜じゃないんだ……」ビーチの意味なんだろう?と言いたい・・・
お姉ちゃんの冷静な声が入った。
「うんうん! それで!?」
ぼくはもう完全に興味津々だった。
「さらに! ボール以外にも水鉄砲による妨害あり! 何でもありのデストロイなのん!」
「つまり、中当てしながら水鉄砲で相手を邪魔してもいいってこと?」
「それだけではないなん!」
れんげちゃんが人差し指を立てる。
「外野同士で、相手の援護を邪魔することも可能なん!」
「面白そう! やろうよ!」
「……これ、中当てより水鉄砲合戦にならない?」
ぼくとは対照的に、夏海ちゃんは妙に冷静だった。
――と言いながら。
ゴソゴソ。
自分の鞄から、かなり大きなポンプ式水鉄砲を取り出した。
「持ってるじゃん!」
「こういうこともあろうかと!」
「えっ……でも私、水鉄砲なんて持ってないよ?」
「あ、私も……」
蛍お姉ちゃんと小鞠お姉ちゃんは無装備だった。
「のん!」
れんげちゃんもポンプ式。
「私はこれ」
ほのかちゃんはハンドガン型。
「ぼくもあるよ!」
ぼくも鞄からハンドガン型の水鉄砲を取り出した。
「…………」
卓兄ちゃんまで無言でハンドガン型を取り出す。
「みんな何を予想して海に来たの!?」
小鞠お姉ちゃんの悲鳴が響いた。
◇ ◇ ◇
チーム分けは、蛍お姉ちゃんとぼく。
対するは、小鞠お姉ちゃんと卓兄ちゃん。
外野は卓兄ちゃん側に、れんげちゃんとほのかちゃん。
蛍お姉ちゃん側には夏海ちゃん。
人数と装備を考えれば、だいたいこれでバランスが取れるらしい。
海へ入り、膝くらいまでの深さのところで大まかに陣地を決める。
各自、水鉄砲へ海水を補充。
じゃんけんの結果、先攻はぼくたちになった。
「それじゃあ――いくよ!」
蛍お姉ちゃんが卓兄ちゃんへ向けてボールを投げる。
正面。
これなら普通に取れる。
卓兄ちゃんも両手を伸ばし――
「…………!」
突然、真横へ飛んだ。
直後。
ビシュウウウウウッ!!
さっきまで卓兄ちゃんの顔があった場所を、強烈な水流が通過した。
外野の夏海ちゃんだ。
ポンプ式水鉄砲の中身を、一気に全部ぶちまけたらしい。
卓兄ちゃんが回避したことでボールはそのまま外野へ流れ、夏海ちゃんがキャッチする。
「ちっ!」
凶悪な顔で舌打ちした。
「夏海ちゃん、顔怖いよ!」
そのまま夏海ちゃんはボールを内野へ返す。
「オーライ!」
ぼくが受け取ろうとした――その瞬間。
ピシュッ!
「うわっ!?」
ほのかちゃんの水鉄砲が、ぼくの目元を直撃した。
「目が! 目がぁぁぁ!!」
「ボク君!?」
ぼくは目を押さえ、その場で右往左往する。
大事なところで突然役に立たなくなるぼくをよそに、ボールはれんげちゃんのところへ転がっていった。
「ほのかちん、ナイスなん!」
れんげちゃんがボールを拾う。
そして――。
「ボク君! 覚悟なん!!」
目を潰されているぼくへ容赦のない追撃!
「危ない!」
バシッ!
ところが、そのボールを蛍お姉ちゃんが身体を入れて受け止めた。
「ほたるー! ナイスアシスト!!」
夏海ちゃんから声援が飛ぶ。
蛍お姉ちゃんはすぐさま夏海ちゃんへパス。
夏海ちゃんはボールを受け取る直前、卓兄ちゃんへ水鉄砲を向けた。
ビシュウウッ!!
「…………!」
今度は避けきれなかった。
強烈な水流を顔面に受け、卓兄ちゃんがわずかによろめく。
その瞬間。
夏海ちゃんがボールを受け取った。
「もらったぁ!!」
「えっ?」
狙いは卓兄ちゃん――ではなかった。
卓兄ちゃんの援護が途切れた一瞬を狙い、その横にいた小鞠お姉ちゃんへ投げつけたのだ。
「ちょっ――!」
ボスッ!
ボールが小鞠お姉ちゃんに直撃。
「わああっ!」
バッシャーン!!
「小鞠先輩!!」
蛍お姉ちゃんが心配そうに声を上げる。
しばらくして、小鞠お姉ちゃんが水面からゆっくり起き上がった。
頭を横へ傾け、耳に入った水を抜く。
「油断したぁ……。今の、お兄ちゃんを先に封じてから私を狙ったのかぁ……」
「なっつみちゃんの頭脳プレイだよーん♪」
夏海ちゃんが満面の笑みでガッツポーズする。
「うわぁ……夏海に言われると余計に腹立つなぁ」
「なんで!?」
小鞠お姉ちゃんはトボトボと外野へ移動していった。
◇ ◇ ◇
「…………」
卓兄ちゃんが、ほのかちゃんへパスを送った。
「えっ……と、はい!」
そして卓兄ちゃんが再び手を上げる。
ほのかちゃんは素直に投げ返した。
ボールは再び卓兄ちゃんへ。
ぼくと蛍お姉ちゃんは前後に分かれ、警戒する。
「今度こそ!」
ぼくも水鉄砲を構え、卓兄ちゃんの顔面を狙った。
ところが。
スチャッ。
「…………」
卓兄ちゃんが、頭に載せていたゴーグルを目元へ下ろした。
「あっ!」
目潰し対策された!
「進化した!?」
卓兄ちゃんは何も言わない。
ただ、ぼくへ狙いを定め――ボールを投げた。
「うわっ!!」
速い!
なんとか横へ飛んでかわす。
ボールはそのまま誰もいないはずの外野へ――。
バシャアッ!!
「のん!!」
「ええっ!?」
海の中から、シュノーケル姿のれんげちゃんが飛び出した。
その手にはボール。
「ボク君、覚悟なんー!!」
「ちょっと待っ――」
ボスッ!!
「うわぁっ!」
腹に直撃。
そのままぼくは海へ沈んだ。
バッシャーン!
「あーあ……やられちゃった」
浮かび上がったぼくは、悔しそうに外野へ移動する。
「ふっふーん♪」
れんげちゃんが得意げに鼻を鳴らした。
「ほのかちんとにいにいでパスを回せば、みんなそっちを見ると思ってたん。その隙に、うちは水中で待ってたんな!」
「なんと……」
夏海ちゃんが愕然とする。
「あちらにも知将がいたとは……!」
ただの中当てだったはずなのに、いつの間にか軍師同士の戦いみたいになっていた。
◇ ◇ ◇
「ほたるー! チャンスだ! こっちの攻撃で終わらせるよ!」
「う、うん!」
今度はぼくたちがボールの主導権を握った。
外野に移ったぼくも参加して、一気にパスを回す。
蛍お姉ちゃんから夏海ちゃん。
夏海ちゃんから蛍お姉ちゃん。
蛍お姉ちゃんからぼく。
ぼくから夏海ちゃん。
水の中では足を取られる。
砂地も沈み込むので、陸上のようには素早く逃げられない。
パスを回しているうちに、夏海ちゃんと卓兄ちゃんの距離がどんどん縮まっていった。
「にいちゃん!」
夏海ちゃんがボールを振りかぶる。
「覚悟ぉぉぉ!!」
至近距離からの渾身の一撃。
――しかし。
バシッ!
「…………」
卓兄ちゃんは、真正面から受け止めた。
「うそぉ!?」
ゴーグルの奥で。
卓兄ちゃんの瞳が、キランと光った気がした。
「あれを止めるか……! 蛍!!」
夏海ちゃんが叫ぶ。
ぼくも慌てて蛍お姉ちゃんを見る。
「きゃあああっ!」
「蛍お姉ちゃん!?」
その頃。
蛍お姉ちゃんは、れんげちゃんとほのかちゃんによる一斉掃射を受けていた。
「ほのかちん! 右なん!」
「うん!」
ピシュッ!
「ひゃっ!?」
ほのかちゃんの細い水流が、蛍お姉ちゃんの脇腹を正確に狙う。
「きゃははっ! ちょ、ちょっと! そこくすぐった――!」
「今なん!!」
ビシュウウウッ!!
「きゃああっ!」
続けてれんげちゃんのポンプ式水鉄砲が炸裂。
強烈な水圧に蛍お姉ちゃんがよろめいた。
そこへ――。
「…………」
卓兄ちゃんがボールを構える。
そして。
ポーン。
さっきまでの剛速球とは違う。
やさしい山なりのボールが飛んでいき――。
ボスン。
「いたっ」
蛍お姉ちゃんの頭に当たった。
一瞬、静寂。
「…………」
「…………」
「あちゃあー……」
これで内野二人ともアウト。
ゲーム終了だった。
「やったのんー!!」
「れんげちゃん、やったー!!」
れんげちゃんとほのかちゃんが、海の中でハイタッチする。
完全に勝者の顔だ。
夏海ちゃんは悔しそうに頭を抱えていた。
「くっそー! まさか、れんちょんの水中奇襲とにいちゃんの鉄壁守備にやられるとは……!」
「…………」
卓兄ちゃんは無言だった。
でも、なぜかちょっと誇らしげに見える。
「れんげちゃん!」
ぼくはれんげちゃんのところまで駆け寄った。
「ビーチ中当て、面白かったよ!」
「…………!」
れんげちゃんの眉がピクリと動く。
そして。
「ふっふーん♪」
胸を張り、いつもの得意げな顔になった。
――こうして、海水浴場で行われた第一回ビーチ中当て大会は幕を閉じた。
たぶん。
普通の中当てとは、だいぶ違ったと思う。