ぼくのなつやすみ〜のんのんといっしょ〜   作:Edward

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8月6日の朝

 ――絵日記。

 

 8月5日

 

 今日は朝からばてばて……。

 

 ほのかちゃんが東京に帰っちゃった。

 

 ぼくも帰ったら、会いに行ってみよう。

 

 最後の一文字を書き終えたぼくは、鉛筆を置いて大きく伸びをした。

 

「うーん……また忘れちゃったなあ」

 

 これで二日連続だ。

 

 本当なら一日の終わりに書くはずの絵日記なのに、一昨日は海水浴で疲れ果て、昨日は風邪で寝込んでしまった。

 

 昨夜は目が覚めたものの、思いがけない出来事があって、それどころではなかったし……。

 

「やっぱり、絵日記はその日のうちに書かないとダメだね」

 

 ぼくは出来上がった絵を眺めながら、ぽりぽりと頭をかいた。

 

 昨日のことは、もちろん覚えている。

 

 でも、時間が経つと、どうしても細かな景色や色合いが曖昧になってしまう。

 

 あの夜の星空も、ほのかちゃんの泣き顔も、ちゃんと描いておきたかった。

 

「……よしっ!」

 

 ノートを閉じて引き出しにしまうと、ぼくはラジオ体操へ向かう準備を始めた。

 

 昨日までの体のだるさは、すっかり消えていた。

 

 熱もないし、頭もすっきりしている。

 

 ただ、今日のラジオ体操は少しだけ気が重かった。

 

 ……れんげちゃんに、伝えなくちゃいけないことがあるからだ。

 

     ◇

 

 朝の公園には、いつもと変わらない光景が広がっていた。

 

 青々と茂る木々。

 

 朝日を浴びて輝く草花。

 

 そして、ラジオから流れる軽快な体操の音楽。

 

 その中に、一人だけ明らかに違う動きをしている女の子がいた。

 

「いっち、にー! さん、しー!」

 

 腕を大きく広げ、くるりと回転。

 

 続いて謎のステップを踏み、最後には両手を天高く突き上げる。

 

 ……うん。

 

 今日も絶好調だね、れんげちゃん。

 

 ぼくはその隣に並ぶと、いつもの挨拶を口にした。

 

「にゃんぱすー」

 

「むっ!?」

 

 れんげちゃんの動きが止まった。

 

 くるりとこちらを向くと、大きな瞳を輝かせる。

 

「ボク君からうちの挨拶で来るとは! ようやくここのルールが身に染みてきたんな!」

 

「あはは、そうかもしれないね」

 

「うむ! よい心がけなん!」

 

 満足そうに頷いたれんげちゃんだったが、ふと思い出したようにぼくの顔を覗き込んだ。

 

「それよりボク君、もう体は治ったのん?」

 

「うん。すっかり元気になったよ」

 

「それはよかったん!」

 

 ぱあっと笑顔になるれんげちゃん。

 

 その顔を見た途端、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

「……ねえ、れんげちゃん」

 

「なん?」

 

「ラジオ体操が終わったら、ちょっとお話ししたいんだ。時間をくれるかな?」

 

「……む?」

 

 れんげちゃんが不思議そうに首を傾げる。

 

「ボク君、どうしたんな? なんかいつもと雰囲気が違うのん」

 

「うん……ちょっと真剣なお話なんだ」

 

「真剣?」

 

「だから……お願い」

 

 ぼくが真面目な顔で頼むと、れんげちゃんはしばらくこちらを見つめていた。

 

 やがて、こくりと頷く。

 

「……わかったん」

 

「ありがとう!」

 

 ぼくは笑顔を取り戻すと、大きく両腕を広げた。

 

「じゃあ、元気にいくよ!」

 

「むむっ! ボク君、やる気満々なん!」

 

「れんげちゃんには負けないからね!」

 

「望むところなん!」

 

 ぼくはいつも以上に大きく体を動かした。

 

 れんげちゃんも負けじと、謎のダンスに磨きをかける。

 

 傍から見れば、いつもと変わらない朝の光景だっただろう。

 

 けれど、ぼくの胸の中には、昨夜のほのかちゃんの泣き顔が残っていた。

 

「……ボク君、ほんとにどうしたのん?」

 

 れんげちゃんの小さな呟きは、ラジオの音楽にかき消された。

 

     ◇

 

 ラジオ体操が終わると、子供たちは一斉に雪子さんのところへ集まっていった。

 

 毎朝恒例のスタンプを押してもらうためだ。

 

 ぼくはれんげちゃんを誘って、公園の端にあるベンチへと向かった。

 

 木陰になっているそこは、朝の涼しい風が通り抜ける場所だった。

 

「……れんげちゃん」

 

「なん?」

 

「ほのかちゃんのことなんだけど……」

 

 その名前を聞いた途端、れんげちゃんの顔が明るくなった。

 

「ほのかちん!今日は水車を見に行く約束してるん!」

 

「…………」

 

 ぼくは一瞬、言葉を失った。

 

 ……やっぱり、まだ知らないんだ。

 

「……あのね、れんげちゃん」

 

 ぼくは昨夜の出来事を、ゆっくりと話し始めた。

 

 風邪で一日寝込んでいたせいで、夜中に目が覚めてしまったこと。

 

 外へ出たとき、偶然ほのかちゃんに会ったこと。

 

 そして、お父さんの都合で急に東京へ帰らなくちゃいけなくなったこと。

 

「…………」

 

 れんげちゃんは、黙って聞いていた。

 

「……ほのかちん、帰っちゃったのん?」

 

「……うん」

 

「……今日、水車……」

 

「……うん」

 

「……約束したのん」

 

 その声が、少しずつ小さくなっていく。

 

 大きな瞳が潤み、やがて一粒の涙が頬を伝った。

 

「……うち、まだ……」

 

 ぽろっ。

 

「……さよなら、言ってないのん……」

 

 ぼくはポケットからハンカチを取り出した。

 

 そっと涙を拭いてあげると、れんげちゃんはぼくのシャツに顔を埋めた。

 

 小さな手が、ぎゅっと服を握りしめる。

 

 声を上げて泣くわけじゃない。

 

 ただ、静かに、次から次へと涙をこぼしていた。

 

 ぼくはその背中を優しく撫でた。

 

「……れんげちゃん」

 

「…………」

 

「ほのかちゃんも、すごく泣いてたよ」

 

「……ほのか……」

 

「れんげちゃんに会って、ちゃんとさよならしたかったって」

 

 ぼくは携帯電話を取り出した。

 

「だからね、これを見てほしいんだ」

 

     ◇

 

 ベンチの上に携帯電話を立てかける。

 

 昨夜、ほのかちゃんにお願いして撮影した動画。

 

 ぼくは再生ボタンを押した。

 

 画面の中に、少し目を赤くしたほのかちゃんが映し出された。

 

『……れんげちゃん』

 

「……ほのかちん!」

 

 れんげちゃんが画面に顔を近づけた。

 

『お別れの言葉も言えずに、ごめんなさい』

 

 ほのかちゃんは、少しだけ俯いた。

 

『ほんの数日だったけど……すっごく楽しかった!』

 

 そして、涙をこらえながら笑顔を見せる。

 

『一緒に遊んでくれて、ありがとう!』

 

「…………」

 

『ここはお父さんの実家がある場所だから……またお休みがあったら、遊びに来るね』

 

 ほのかちゃんの声が震えた。

 

『だから……れんげちゃんも……』

 

 ぽろっ。

 

 画面の向こうで、ほのかちゃんの涙がこぼれた。

 

『……泣かないでね』

 

「……ほのかぁ……」

 

 れんげちゃんの瞳からも、涙があふれた。

 

 画面の中と外。

 

 二人の女の子が、同じように泣いていた。

 

『……ごめんなさい』

 

 ほのかちゃんは袖で涙を拭うと、もう一度顔を上げた。

 

『れんげちゃん。今度会うときは……今日、見に行くはずだった水車を見せてね』

 

 そして、画面に向かって小指を立てた。

 

『……約束だよ』

 

 れんげちゃんは、しばらくその小指を見つめていた。

 

 やがて――。

 

「……うん」

 

 小さな手を持ち上げる。

 

「……約束なん」

 

 画面の向こうの小指に、自分の小指を重ねた。

 

「今度は……絶対、一緒に行くのん……」

 

 動画が終わった。

 

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 

 遠くでは、雪子さんが子供たちにスタンプを押している。

 

 セミが鳴いている。

 

 いつもと同じ、夏の朝。

 

 だけど、れんげちゃんにとっては、少しだけ違う朝になってしまった。

 

 やがて、れんげちゃんはごしごしと涙を拭いた。

 

「……ありがとなん、ボク君」

 

「……うん」

 

「ボク君が夜に出歩いてなかったら……うち、ほのかの言葉、聞けなかったん」

 

「……そうだね」

 

「だから……ありがとなん」

 

 ぼくは微笑んだ。

 

「それとね、れんげちゃん」

 

 もう一度ポケットに手を入れる。

 

「これ、あげる」

 

 取り出したのは、小さな青いビーチグラス。

 

 海で拾った、波に磨かれたガラスの欠片だった。

 

 朝日を受けて、淡い青色に輝いている。

 

「……綺麗なん」

 

 れんげちゃんが目を丸くした。

 

「もらっていいのん?」

 

「うん。ほのかちゃんには橙色のをあげたんだ」

 

「……ほのかにも?」

 

「そう。だから、れんげちゃんには青色」

 

 れんげちゃんは両手で大切そうに受け取った。

 

 光に透かして眺める。

 

「……お空みたいなん」

 

「うん、綺麗だよね」

 

「……大事にするのん」

 

 れんげちゃんは、たすき掛けにしていたポシェットを開けた。

 

 そして、宝物をしまうように、そっとビーチグラスを入れる。

 

 ぱちん。

 

 留め具を閉じると、ぼくに向かって丁寧に頭を下げた。

 

「ボク君、ありがとうなん」

 

「どういたしまして!」

 

 れんげちゃんは雪子さんのところへ向かい、スタンプをもらった。

 

 そして、そのまま帰ろうとしたのだけれど――。

 

 ぴたり。

 

 突然、足を止めた。

 

「……ん?」

 

 くるりと振り返る。

 

 そして、ぼくに向かってびしっ! と指を突きつけた。

 

「ボク君!」

 

「は、はいっ!」

 

「ボク君は、勝手にいなくならないように!」

 

「……え?」

 

「うち……」

 

 れんげちゃんは、少しだけ唇を尖らせた。

 

「……もっと泣いちゃうんな!!」

 

 そう言うと、くるりと背を向けて走り去っていった。

 

「…………」

 

 ぼくはその小さな背中を見送った。

 

 ……そっか。

 

 ほのかちゃんが突然帰っちゃったから、心配になったんだね。

 

「……うん」

 

 ぼくは小さく頷いた。

 

「ボクは大丈夫だよ」

 

 でも。

 

 夏休みが終わったら、ぼくも東京に帰らなくちゃいけない。

 

 ……そのときは、ちゃんとさよならを言おう。

 

 絶対に。

 

     ◇

 

「ふうーっ……」

 

 大仕事を終えた気分だった。

 

 ほのかちゃんの気持ちを、れんげちゃんに届けることができた。

 

 これで一安心だ。

 

「さて、スタンプもらって帰ろうっと♪」

 

 ぼくは雪子さんのところへ向かった。

 

「雪子さーん! スタンプお願いしまーす!」

 

「…………」

 

「……あれ?」

 

 雪子さんは、なぜかじっとぼくを見つめていた。

 

 その目が、妙に冷たい。

 

「……ぼく君」

 

「はい?」

 

「……やるわねえ」

 

「……え?」

 

「れんげちゃんを振るなんて」

 

「…………はい?」

 

 雪子さんは、スタンプ台に判子を押しつけた。

 

 ぐりぐりぐり。

 

「……あの子の、どこが気に入らなかったの?」

 

「えっ!? な、なんのこと!?」

 

「泣いてたじゃない」

 

「えっ、いや、あれは……」

 

「しかも、抱きつかせておいて……」

 

 ぐりぐりぐりぐり。

 

「……いいお大尽ねえ」

 

「ち、違うよ!?」

 

 どすんっ!!

 

 スタンプが押された。

 

 いや、押されたというより、叩き込まれた。

 

 紙がしわしわになっている。

 

「…………」

 

 ぼくは恐る恐る雪子さんを見上げた。

 

 ……こ、この目。

 

 どこかで見たことがある。

 

 そうだ。

 

 夏海お姉ちゃんが言っていた――。

 

『アルマゲドン』!!

 

「ゆ、雪子さん! 誤解だよ!」

 

「何が?」

 

「れんげちゃんは、ほのかちゃんが帰っちゃったから泣いてたんだよ!」

 

「……ほのかちゃん?」

 

「そう! だから動画を見せて、それで……!」

 

「動画?」

 

「う、うん!」

 

「……詳しく聞かせてもらおうかしら」

 

「ええええっ!?」

 

 こうして、ぼくの朝ご飯はどんどん遠ざかっていった。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 一条家の食卓では、蛍がテーブルに突っ伏していた。

 

「……ボク君、遅いなあ」

 

 目の前には、目玉焼きとソーセージ。

 

 今日は珍しく、蛍が自分で焼いたものだった。

 

「せっかく一緒に食べようと思ったのに……」

 

 お父さんは既に出勤し、お母さんも家事に忙しい。

 

 朝食の時間は、とっくに過ぎている。

 

「……冷めちゃうよぉ」

 

 そんなときだった。

 

 プルルルル……。

 

「あっ、電話」

 

 蛍は近くにあった子機を取った。

 

「はい、一条です」

 

『あっ! 蛍? 私、小鞠!』

 

「先輩っ!?」

 

 がばっ!

 

 蛍が勢いよく起き上がった。

 

「お、おはようございます! どうしたんですか、こんな朝早く!」

 

『えっとね、今日よかったら街までお出かけしない?』

 

「…………!」

 

 蛍の表情がぱあっと明るくなった。

 

『実は昨日、うちにアルマゲドンが落ちて……』

 

「……アルマゲドン?」

 

『夏海が外出禁止になっちゃったんだ』

 

「ああ……」

 

 蛍は何となく察した。

 

 越谷家のアルマゲドン。

 

 つまり、雪子さんの雷である。

 

『それでね、お母さんが帰ってくる前に出かけたいんだ。下手に家にいたら、とばっちりが来そうで……』

 

「行きますっ!!」

 

『えっ!?』

 

「ぜひっ! ぜひ行きます!!」

 

『そ、そう? じゃあ駅で待ち合わせね』

 

「はいっ! わかりました!」

 

 電話を切った蛍は、しばらく子機を抱きしめていた。

 

「……先輩と……」

 

 ぽつり。

 

「……街へ、お出かけ……」

 

 にぱあああっ♡

 

「やったあああっ!!」

 

 しかし。

 

 次の瞬間、蛍の顔が真剣になった。

 

「……はっ!」

 

 服。

 

 そう、服である。

 

 憧れの先輩と、街へお出かけ。

 

 これは普段着で行くわけにはいかない。

 

「ど、どうしよう! 何を着ていけば……!」

 

 蛍は階段を駆け上がった。

 

「おかあさーん!!」

 

 ……こうして、一条家の二階では、小さなファッションショーが開催されることになった。

 

     ◇

 

「……ただいまあ」

 

 ぼくは、とぼとぼと一条家の玄関を開けた。

 

 長かった。

 

 本当に長かった。

 

 雪子さんに事情を説明して、動画まで見せて、ようやく誤解が解けた頃には八時を回っていた。

 

「……お腹すいたぁ」

 

 ぐうううう。

 

 お腹が盛大に鳴った。

 

「あら、ボク君。お帰りなさい」

 

 おばちゃんが台所から顔を出した。

 

「今日は随分遅かったわね」

 

「うん……ちょっと、いろいろあって……」

 

「あらあら」

 

 おばちゃんは苦笑した。

 

「蛍もね、一緒に朝ご飯を食べようって待ってたんだけど、急に用事ができたみたいで、さっき出かけたわよ」

 

「えっ、そうなんだ」

 

 ぼくは少し申し訳なくなった。

 

「……お姉ちゃんに悪いことしちゃったなあ」

 

「ふふっ。大丈夫よ。ご飯はラップしてあるから、温めて食べなさい」

 

「はーい!」

 

 ぼくは椅子に座り、目玉焼きとソーセージを頬張った。

 

 ……おいしい。

 

 お腹がすいていると、何でもご馳走だ。

 

 ところが。

 

「……それと、ボク君」

 

「んむ?」

 

 おばちゃんの声が、少しだけ真面目になった。

 

「夜遊びなんて、しちゃダメよ」

 

「ぎくっ!!」

 

 思わず、ご飯を飲み込みかけた。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

「あらあら、慌てなくてもいいのに」

 

「な、なんで……」

 

「今朝ね、お部屋を掃除しようと思って入ったの」

 

「…………」

 

「そしたら、びっくり。蛍が一匹、部屋の中を飛び回ってたのよ」

 

「……あ」

 

 昨夜、捕まえた蛍。

 

 虫かごに入れたつもりが、逃げていたらしい。

 

「ちゃんと捕まえて、網に入れておいたけど……」

 

 おばちゃんは、ぼくの向かいに座った。

 

「ボク君。夜中に一人で出歩いたんでしょう?」

 

「……うん」

 

「ダメよ。万が一のことがあったら、悲しむ人がいるんだからね」

 

「……ごめんなさい」

 

 ぼくは素直に頭を下げた。

 

 昨夜は、たまたまほのかちゃんに会えた。

 

 でも、もし転んで怪我をしていたら。

 

 もし道に迷っていたら。

 

 おばちゃんたちに、すごく心配をかけてしまう。

 

「好奇心旺盛なのはいいことよ。でもね、男の子はこの時期、思いもよらない事故に遭うことがあるの」

 

「……うん」

 

「だから、無茶だけはしないでね」

 

「……わかった!」

 

 ぼくが頷くと、おばちゃんは優しく微笑んだ。

 

「いい子ね。さあ、ご飯を食べたら、今日も目一杯遊んでらっしゃい」

 

「はーい!」

 

 おばちゃんは立ち上がると、台所へ戻っていった。

 

 ぼくは残ったソーセージを口に運ぶ。

 

「……そっかあ。蛍お姉ちゃん、今日はお出かけかあ」

 

 少し寂しいけれど、仕方ない。

 

 さて、今日は何をしよう?

 

 ……あっ!

 

「そうだ!」

 

 ぽん、と手を叩いた。

 

「ちょうどいいや! 頼まれてたゲーム機、直しておこうっと♪」

 

     ◇

 

 朝食を済ませたぼくは、二階へ上がった。

 

 蛍お姉ちゃんから、ゲーム機のコントローラーの調子が悪いと相談されていたのだ。

 

「えーっと……これだね」

 

 机の上にゲーム機を置く。

 

 工具箱からトルクスドライバーを取り出し、裏蓋のネジを外していく。

 

 かちゃ、かちゃ。

 

「……うーん」

 

 内部を確認すると、バッテリー付近の接続ケーブルに変色が見つかった。

 

「……あれ?」

 

 よく見ると、被覆の一部が熱で傷んだようになっている。

 

「……焼けてるなあ」

 

 ぼくは顔をしかめた。

 

「接触不良かな? バッテリーも弱ってるのかもしれない……」

 

 バッテリーの電圧が下がっただけでケーブルが焼けるわけではない。接触抵抗の増加や過電流が起きていないか、確認する必要がありそうだ。

 

「これは、ちゃんと調べないと危ないなあ」

 

 無理に電源を入れるのはやめておこう。

 

 ぼくはバッテリーの型式をメモ帳に書き留めた。

 

「あとでネットで調べて、交換部品が買えるか確認しようっと」

 

 とりあえず、危ないところには触らず、外した部品を整理する。

 

 ……さて。

 

「それにしても……」

 

 ぼくは、ふとベッドの方を見た。

 

「……お姉ちゃん、急いでたのかな?」

 

 そこには、なかなか凄まじい光景が広がっていた。

 

 シャツ。

 

 スカート。

 

 ワンピース。

 

 カーディガン。

 

 普段着から、お洒落な服まで。

 

 まるで小さな洋服屋さんが、ベッドの上で店を開いたみたいだった。

 

「……すごいなあ」

 

 ぼくは感心した。

 

 お姉ちゃん、こんなに服を持ってたんだ。

 

 何となく、一枚の服を手に取ってみる。

 

「……あれ?」

 

 ぼくは首を傾げた。

 

 蛍お姉ちゃんは小学五年生。

 

 ぼくは小学三年生。

 

 だけど、身長はぼくの方がずっと低い。

 

 当然、服の大きさも違う。

 

「……でも、これなら……」

 

 少し大きめだけど。

 

 袖を折れば、何とかなるかもしれない。

 

「…………」

 

 ぼくは服を見つめた。

 

 そして。

 

「……ボクも、着られるかな?」

 

 その瞬間。

 

 九歳の少年の頭の中で、何かが閃いた。

 

 それが好奇心なのか。

 

 単なる思いつきなのか。

 

 それとも――。

 

 新たな騒動の始まりなのか。

 

 ……このときのぼくは、まだ何も知らなかった。

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