8月6日の夜
夕食を済ませ、自分の部屋へ戻ってきたぼく。
その両手には、大きな段ボール箱が一つ。
「ふっふっふ……ようやく届いたなー」
思わず口元が緩む。
注文していた最後の部品が、ようやく届いたのだ。
これで、準備は整った。
「よーし! いよいよ計画実行だ!」
ぼくは部屋の片隅へ歩み寄ると、そこに鎮座しているシーツに包まれた物体へ手を伸ばした。
そして――。
「じゃじゃーん!!」
バサァッ!!
勢いよくシーツを取り払う。
まるで秘密兵器を完成させたマッドサイエンティストのような演出である。
もっとも、白衣もなければ怪しげな研究所もない。
あるのは、田舎の一軒家の六畳間。
そして、夏休みを満喫している小学三年生の少年が一人。
……絵面としては、かなり微妙だった。
しかし、ぼくにとっては世紀の大発明なのである。
「ふふふ……待ってろよ、池の主!」
シーツの下から姿を現したのは、一本の釣り竿だった。
正確には、かつて釣り竿だったもの、と表現したほうがいいかもしれない。
楓お姉ちゃんから、この夏の間だけ借りている釣り竿。
先日、蛍お姉ちゃんと二人がかりで挑んだにもかかわらず、池に引き込まれそうになり、ペチが糸を切ってくれて助かった。
その釣り竿は、今やその姿は原形を留めていなかった。
ロッドは軽量で強度の高い素材を組み合わせて作り直し、負荷の集中する部分には補強を施している。
ガイドの位置も見直し、糸が極端な角度で曲がらないように調整した。
さらに、竿の根元には見慣れない金属製の取り付け台。
そこへ、今から秘密兵器を組み込むのである。
「これなら、あいつにも負けない……はず!」
ぼくは段ボール箱を開封すると、中からずっしりと重い金属の塊を取り出した。
「まずは、こいつ!」
取り出したのは動力用モーター。
続いて、もう一つ。
「そして、制御インバータ!」
ぼくの顔は、自然と満面の笑みになっていた。
今回の作戦は単純だ。
人間の力で引き上げられないなら、機械の力を借りればいい。
ただし、単純に力任せで巻き上げればいいわけではない。
相手は生き物。
どれほど暴れるかわからないし、急激に引っ張れば釣り糸が切れる。最悪、せっかく作り直した竿まで折れてしまう。
そこで必要になるのが、モーターの回転力を状況に応じて変化させる仕組みだった。
「えーっと……モーターの仕様は……うん、これで大丈夫。次は配線だな」
説明書を開き、工具箱を引き寄せる。
ケーブルの被覆を剥き、圧着端子を取り付け、端子台へ接続していく。
カチッ。
ガチャッ。
ウィーン!
電動ドライバーの音が部屋に響いた。
「R、S……こっちはU、V、W……ん? VCC? なんだこりゃ?」
説明書をひっくり返す。
「……ああ、制御回路の電源端子か。こっちの説明だった」
電気を扱うのは楽しい。
けれど、適当に繋げば動くというものではない。
特に今回は、博士から口を酸っぱくして教えられている安全確認が欠かせなかった。
「配線ヨシ、固定ヨシ……あとは……」
コンコン。
不意に、部屋の扉がノックされた。
「ボクくーん、お風呂空いたよー」
「あっ、蛍お姉ちゃん! 入っていいよー!」
「はーい。じゃあ、お邪魔しま……」
ガチャッ。
扉を開けた蛍お姉ちゃんが、ぴたりと動きを止めた。
「…………」
目の前には、床いっぱいに広がった工具とケーブル。
段ボール箱から取り出された機械部品。
そして、見たこともない姿に変貌した釣り竿。
その中心で、電動ドライバーを握りしめたぼくが笑っていた。
「……ボク君?」
「なあに?」
「…………」
蛍お姉ちゃんは、もう一度部屋を見渡した。
「な、なにこれぇぇぇ!?」
なぜか、すごく驚かれた。
「えっ? 釣り竿だよ?」
「釣り竿!? これが!?」
「うん!」
「いやいやいや! どう見ても釣り竿じゃないものがいっぱいあるよ!?」
「そうかなあ?」
ぼくは首を傾げた。
蛍お姉ちゃんは頭に巻いていたタオルを外し、恐る恐る近づいてくる。
「あっ、お姉ちゃん! そこ踏まないでね。まだ配線が終わってないから」
「う、うん……」
そろり、そろり。
床に置かれたコントローラーを避けながら、蛍お姉ちゃんが覗き込んだ。
「ねえ、ボク君。いったい何を作ってるの?」
「アシスト君!」
「……はい?」
「釣り上げアシスト君! 仮称だけどね!」
ぼくは胸を張った。
「あの池の主を釣り上げるための秘密兵器だよ!」
「あ、あのお魚!?」
「そう! この前、二人がかりでも全然歯が立たなかったでしょ?」
「ああ……うん。あれは本当にすごかったよね」
蛍お姉ちゃんは、あの日の出来事を思い出したのだろう。
大きな魚影。
水面を激しく揺らす巨大な身体。
そして、あっという間に折られた釣り竿。
「だからね、今度は機械の力を借りようと思ったんだ」
「……え?」
「人間の力だけじゃ足りないなら、モーターに手伝ってもらえばいいんだよ!」
「…………」
蛍お姉ちゃんの目が、点になった。
「ボク君、それ……普通に言ってるけど、ものすごいことしてない?」
「えー? 仕組みは単純だよ?」
ぼくは手を止め、説明を始めた。
「まず、このモーターで糸を巻き取るんだけど、ただ回すだけだと駄目なんだ」
「どうして?」
「魚が急に引っ張ったとき、モーターが無理やり巻こうとすると糸が切れちゃうから。逆に、魚が弱っているときには、ちゃんと巻き取ってほしいでしょ?」
「うんうん」
「だから、糸の張り具合をセンサーで調べて、モーターの力を変えるんだよ。負荷に応じて巻き取る力を調整するようにしたんだ」
「へえー……」
「その調整をするのが、この制御インバータ。設定した範囲でモーターのトルクを変えられるんだ」
「と、トルク?」
「回す力のこと!」
「あっ、なるほど!」
蛍お姉ちゃんが、ぽんと手を打った。
「つまり、魚が強く引っ張ったら、それに合わせて機械も頑張ってくれるってこと?」
「そうそう! でも、糸が切れそうなほど強く引っ張られたら、逆に糸を送り出して逃がすんだ」
「……すごい」
「でしょ!」
「いや、すごいんだけど……」
蛍お姉ちゃんは、ぼくの顔をじっと見つめた。
「……ボク君って、本当に小学三年生?」
「えっ!? ちゃんと三年生だよ!?」
「そういう意味じゃなくて!」
なぜか怒られた。
女の子って難しい。
「でもさ、ボク君。これって電気が必要なんじゃない?」
「うん!」
「池にはコンセントなんてないよ?」
「そこは大丈夫!」
ぼくは、にやりと笑った。
「助っ人をお願いしてるから!」
「……助っ人?」
「うん! 電源担当!」
「…………」
蛍お姉ちゃんの表情が、少し引きつった。
「……なんだか、ものすごく嫌な予感がするんだけど」
「大丈夫だよー!」
「ボク君の大丈夫って、あんまり安心できないんだよね……」
失礼な。
ぼくだって、ちゃんと考えているのに。
……たぶん。
---
「それにしても、よくこんな部品を買えたね」
蛍お姉ちゃんが、モーターを覗き込んだ。
「すごく高そうだけど……お金、大丈夫だったの?」
「大丈夫! 全部新品じゃないから!」
ぼくは得意げに答えた。
「このモーターは、粗大ゴミに出てた洗濯機から取り外したものなんだ。ちゃんと持ち主に許可をもらったよ」
「せ、洗濯機!?」
「うん! 使えそうな部品が結構あったんだよ!」
「……洗濯機って、そんな使い道があるんだ」
「それで、こっちのインバータは工業用機械の解体品!」
「えっ!?」
「ジャンク品として売ってたんだ。動作保証なしだったから、安く譲ってもらえたんだよ」
「いくらくらい?」
「二千円!」
「に、二千円!?」
「うん! 同じようなものを新品で買ったら、三万円くらいするんだよ!」
「えええっ!?」
蛍お姉ちゃんが、さらに驚いた。
「……それって、ものすごくお得じゃない?」
「でしょ! ちょっと不具合があったけど、博士に教えてもらった方法で調べたら直せたんだ!」
「……ボク君」
「なあに?」
「まさか、相手の人を騙して安く買ったりしてないよね?」
「してないよ! ちゃんとジャンク品として売ってたんだから!」
「そ、そう……」
「普通の人には、なかなか使い道がない部品だからね。東京の秋葉原とか大阪の日本橋なら、こういうものを探してる人もいるんだけど」
「……そんな世界があるんだ」
蛍お姉ちゃんは、感心したように呟いた。
ぼくにとっては宝物でも、他の人にとってはただのガラクタ。
逆に、誰かが大切にしているものでも、ぼくには価値がわからないことだってある。
だから面白い。
ものの価値って、使う人によって変わるんだ。
「さてと……配線はこれで完成かな」
ぼくは最後の端子を締め付けると、ケーブルを一本ずつ確認した。
露出した接続部分には絶縁処理を施し、ケーブルは結束バンドでまとめる。
余った結束バンドの先端をニッパーで丁寧に切り落とした。
さらに、配線を蛇腹状の保護チューブへ収める。
「よし!」
「完成?」
「もうちょっと!」
ぼくはマルチメーターを取り出した。
配線の導通、短絡の有無、接地の状態を確認する。
今回は博士にも相談し、電源部分には保護装置を組み込んでいた。
「電気は間違えると危ないからね。ここだけは手を抜けないんだ」
「……なんだか、急に頼もしく見えてきたよ」
「えへへ」
最終確認を済ませ、低電圧の試験用電源を接続する。
ピッ。
制御インバータの表示部に、小さなLEDの数字が浮かび上がった。
「おおっ! 起動した!」
「わあ!」
「さーて、ここからが本番だよ!」
ぼくは説明書を片手に、操作パネルのボタンを押し始めた。
ピッ、ピッ、ピッ。
「えーと……モーターの定格……電流制限……トルクの上限……」
「……何してるの?」
「設定を入れてるんだよ」
「設定?」
「うん。どれくらいの力で巻き取るかとか、急に強い力がかかったらどうするかとかね」
「へえ……」
「最初は弱めにしておいて、動作を確認してから少しずつ上げるんだ」
ぼくは説明書のページをめくった。
「……あれ? この設定、前の項目を有効にしないと使えないのか」
ピッ、ピッ。
「よし、これでいいかな?」
蛍お姉ちゃんは、すっかり黙り込んでしまった。
どうやら、ぼくが何をしているのか理解できなくなっているらしい。
……まあ、ぼくだって最初は全然わからなかったんだけど。
博士に何度も教えてもらって、失敗して、また調べて。
そうして少しずつ覚えたのだ。
「よし! 試運転してみよう!」
「えっ!? ここで!?」
「大丈夫! 危なくないようにしてあるから!」
ぼくは釣り竿の先端を指さした。
そこには、釣り針の代わりにテニスボールが取り付けられていた。
「お姉ちゃん、そのボールを引っ張ってみて!」
「これ?」
「うん! ゆっくりでいいよ!」
蛍お姉ちゃんは、恐る恐るボールを握った。
「じゃあ……えいっ」
くいっ。
糸が引っ張られる。
すると――。
ウィィィン……。
「えっ!?」
小さなモーター音とともに、巻き取りドラムが回転を始めた。
蛍お姉ちゃんが引っ張る力に合わせて、糸に張力が生まれる。
「わっ! 引っ張り返してくる!」
「そうそう! そのままもう少し強く引いてみて!」
「う、うん!」
ぐいっ!
ウィィィィン!
モーターの音が変わった。
「ええっ!? さっきより強い!」
「いい感じ! もっと強くても大丈夫だよ!」
「えっ!? じゃあ……!」
蛍お姉ちゃんは両手でテニスボールを握り、ぐっと腰を落とした。
「ええいっ!!」
ぐぐぐっ!
ウィィィィィン!!
「わっ! わわわっ!?」
モーターが力強く回り始めた。
蛍お姉ちゃんは体格もよく、同年代の女の子と比べても力があるほうだ。
それでも、糸を巻き取ろうとする力に押され始めていた。
「す、すごい! ボク君、これすごいよ!」
「うん! 今のところ狙いどおり!」
ぼくは表示部を確認した。
「よーし……今度は急に引っ張ってみて!」
「えっ!? まだやるの!?」
「うん! 今度は魚が暴れたときの試験!」
「わ、わかった!」
蛍お姉ちゃんは一度力を緩めると、勢いよくボールを引っ張った。
ぐいっ!!
その瞬間――。
ウィン……!
モーターの巻き取りが緩み、糸がするすると送り出された。
「あれっ!?」
「やった!」
ぼくは思わず両手を上げた。
「成功だ!!」
「えっ!? 今度は弱くなっちゃったよ?」
「それでいいんだよ!」
「……どういうこと?」
「急に強い力がかかったときは、無理に引っ張らないようにしてるんだ。糸が切れちゃうからね!」
「あっ!」
蛍お姉ちゃんが、目を輝かせた。
「そっか! お魚が暴れたときは逃がして、落ち着いたらまた引っ張るんだ!」
「そうそう!」
「すごい! ちゃんとお魚と力比べしてるみたい!」
「でしょ!」
ぼくは停止ボタンを押した。
ウィン……。
モーターが静かになる。
「よーし! アシスト君、試運転成功!」
「やったね、ボク君!」
ぱちぱちぱち!
蛍お姉ちゃんが拍手してくれた。
ぼくは思わず胸を張る。
「ふっふっふ……これで、あの池の主も年貢の納め時だ!」
「……ボク君、悪役みたいになってるよ?」
「えっ!?」
---
「でもさ、ボク君」
蛍お姉ちゃんが、完成した装置を眺めながら尋ねた。
「これって、電動リールを買えばよかったんじゃない?」
「うん、そうだよ?」
「……え?」
「でも、ちゃんとした電動リールって高いんだよ。ぼくのお小遣いじゃ買えないし」
「ああ、なるほど……」
「それに、自分で作った道具なら、なんだかズルじゃない気がするんだ」
「…………」
蛍お姉ちゃんは、首を傾げた。
「……うーん」
「だめ?」
「……ギリギリ、セーフかな?」
「やった!」
「いや、まだちょっと納得できないけど……」
ぼくは嬉しくなって、完成した装置を見つめた。
これで、ようやく再戦できる。
あの日、ぼくたちをあっさり負かした巨大な魚。
あの池の底に潜んでいる主。
今度こそ、その姿をこの目で確かめてやるんだ。
「よーし! 明日は絶対釣り上げるぞー!」
「お、おー!」
蛍お姉ちゃんも、つられて拳を上げた。
……けれど、その表情には少しばかり不安が残っている。
「ねえ、ボク君。ところで、こんな重いものをどうやって池まで持っていくの?」
「あっ、それなら大丈夫!」
ぼくは部屋の隅に置いてあった木製の台車を引っ張り出した。
「これ!」
「……えっ?」
木の板に、ストッパー付きのキャスターが四つ。
モーターを固定するための金具と手回しネジ。
さらに、駆動部分を覆うための木箱まで用意してあった。
「ここにモーターを固定して、この箱を被せるんだ。回ってるところに手を入れたら危ないからね」
「……うん」
「それで、上に制御インバータを載せれば、池でも設定を変えられるんだよ!」
「……うん」
「移動するときは、こんな感じ!」
ゴロゴロゴロ……。
台車を転がしてみせる。
「どう? 便利でしょ!」
「…………」
蛍お姉ちゃんは、しばらく何も言わなかった。
そして――。
「……ボク君」
「なあに?」
「本当に、どこまで準備してるの……?」
「えへへ!」
褒められたのだろうか。
たぶん、違う気がする。
「でも、ちょっと重いんだよね。だからお姉ちゃんにも手伝ってほしいんだ」
「えっ、私?」
「うん! 明日、ラジオ体操が終わったら、そのままあの池に行くつもりなんだけど……一緒に来てくれる?」
蛍お姉ちゃんは、ぱっと顔を明るくした。
「行く行く!」
「ほんと!?」
「うん! 私も、あの大きなお魚が釣れるところを見てみたい!」
「やったー!」
「それに、ボク君が一人でこんなものを持っていくのも心配だしね」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ぼくは満面の笑みで答えた。
蛍お姉ちゃんも嬉しそうに笑う。
「でも、これだけ準備したんだもん。今度こそ絶対に大丈夫だよ!」
「…………」
その言葉を聞いたぼくは、少しだけ首を振った。
「……絶対なんて、ないよ」
「えっ?」
「博士が言ってたんだ」
ぼくは、完成したアシスト君に目を向けた。
「どんなに一生懸命考えて、最善の方法を選んでも、最初から思いどおりにいくことなんて滅多にないんだって」
「……そうなの?」
「うん。博士なんて、初めて作ったものが思いどおりに動く確率は一割もない、って笑ってたよ」
「い、一割!?」
「だから、失敗してもいいんだって」
ぼくは、静かに続けた。
「失敗したら、どうして失敗したのか調べる。原因がわかったら、直してもう一回やってみる。それでも駄目なら、別の方法を考える」
「…………」
「そうしているうちに、最初は思いつかなかった方法が見つかったりするんだ」
博士の研究室を思い出す。
何度も壊れた機械。
失敗して真っ黒になった基板。
机の上に積み上げられた、たくさんの設計図。
それでも博士は、いつも楽しそうだった。
『予想外のことが起きるから、実験は面白いんだよ』
あの言葉が、ぼくは大好きだった。
「だからね、お姉ちゃん」
「うん?」
「明日、あのお魚が釣れなかったとしても、きっと何かがわかると思うんだ」
「……そっか」
「もちろん、釣れたら一番嬉しいけどね!」
ぼくが笑うと、蛍お姉ちゃんも微笑んだ。
「……なんだか、ボク君らしいね」
「そうかな?」
「うん」
蛍お姉ちゃんは、もう一度アシスト君を眺めた。
「ねえ、ボク君。将来は、こういう機械を作る仕事がしたいの?」
「んー……」
ぼくは少し考えた。
「……わかんない!」
「ええっ!?」
「だって、面白そうなことって、ほかにもいっぱいあるんだもん!」
「そ、そうなんだ……」
「だから、今は興味があることを片っ端からやってみようと思ってるんだ」
「片っ端から……」
「うん! そうしているうちに、本当にやりたいことが見つかるかもしれないし!」
蛍お姉ちゃんは、呆れたように笑った。
「……ボク君、ちょっと片っ端からやりすぎだよ」
「あはは! そうかなー?」
「そうだよ!」
二人で笑い合った。
窓の外から、虫たちの鳴き声が聞こえてくる。
昼間の暑さが嘘のように、夜の風は少し涼しくなっていた。
夏休みは、まだ始まったばかり。
明日は何が起こるんだろう。
あの巨大な魚を釣り上げられるだろうか。
それとも、また逃げられてしまうのだろうか。
どちらにしても、きっと面白い一日になる。
「よし! 明日は頑張ろうね、お姉ちゃん!」
「うん! 頑張ろう!」
ぼくたちは、もう一度拳を突き上げた。
そして、蛍お姉ちゃんが部屋を出ようとした、そのとき。
「あっ! そうだ、ボク君!」
「なあに?」
「……お風呂、まだ入ってないよね?」
「…………」
すっかり忘れていた。
「……あっ」
「もう! 早く入ってきなさい!」
「はーい!」
慌てて着替えを抱え、廊下へ飛び出す。
その背中に、蛍お姉ちゃんの声が追いかけてきた。
「それと、ちゃんと寝るんだよ! 明日も早いんだから!」
「わかってるよー!」
……なんだか、お母さんみたいだ。
そんなことを考えながら、ぼくは浴室へ向かった。
部屋には、完成したばかりの秘密兵器が静かに佇んでいる。
明日の出番を待つように。
さて。
ぼくの発明した《釣り上げアシスト君》は、果たしてあの池の主に通用するのだろうか。
それは、明日になってみなければわからない。
でも、一つだけ確かなことがある。
失敗するかもしれないからといって、挑戦しなければ、何も始まらない。
博士から教わったその言葉を胸に、ぼくは明日の冒険を楽しみにしていた。
――八月六日の夜。
田舎の小さな六畳間で、一人の少年が作り上げた秘密兵器。
その真価が試されるまで、あと一晩。
もっとも、池の主はまだ知らない。
自分を釣り上げるために、小学三年生の少年が工業用の制御装置まで持ち出してきたことを。
……お魚にとっては、迷惑極まりない話である。