8月7日の昼
雷魚騒動から引き上げた一行は、楓お姉ちゃんの車でそれぞれの家へと送ってもらった。
朝から池の主との大格闘。
自作した釣り補助装置《アシスト君》は見事に役目を果たし、長年の宿敵ともいえる大物をついに釣り上げたのである。
「くくく……」嬉しくて、思い出してしまう。
アシスト君の実験のつもりだったのに、思いのほかうまくいき1回で釣れしまった。嬉しくてたまらない。
「ボク君? どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」
遅い朝食を蛍お姉ちゃんと一緒に食べ終えると、蛍お姉ちゃんは夏休みの宿題を片づけるため、自室へ戻っていった。
ボクも部屋に戻り、机の上にこれまでの戦利品を並べる。
「さて……どうしようかな?」
まずはジェットサイダーの王冠。
現在、二十三種類。
最初の頃は道端や川原で面白いように見つかったのだが、ここ二日ほどは新しい種類が一つも増えていない。
「やっぱり、普段行かないところを探さないと駄目かなあ……」
次に昆虫。
ノコギリクワガタにコクワガタ。
どちらも立派な昆虫なのだが、夏海ちゃんの虫相撲軍団を相手にするには、いささか心許ない。
「うーん……そろそろ羽化してくれないかなあ」
以前見つけた正体不明の幼虫。
何が出てくるのか分からないが、ひょっとしたら大逆転の切り札になるかもしれない。
もっとも、カブトムシとは限らない。
蛾だったらどうしよう。
……いや、それはそれで面白いか。
そんなことを考えながら、机の上を片づけた。
続いて、おじちゃんから預かっていたスマートフォンを確認する。
データの復元はすでに完了。
動作確認も済ませてあり、特に問題は見当たらなかった。
「よし、これで大丈夫!」
書斎の机にスマートフォンを置く。
ちなみに、おじちゃんには今日は携帯電話を家に忘れたことにしてもらっている。
修理中に電話がかかってくると面倒なので、機内モードにしたままだった。
あとは返却して終わりである。
そのときだった。
コンコン。
「あら、ボク君。ここにいたのね」
書斎の扉が開き、おばちゃんが顔を覗かせた。
「ボク君にお客様よ」
「えっ? 誰だろう?」
こんな時間に、誰だろう。
夏海ちゃんだったら玄関から大声で呼びそうだし、れんげちゃんだったら家の中まで突撃してきそうな気がする。
不思議に思いながら、一階へ降りた。
そして玄関に立っていた人物を見て、思わず足を止める。
「…………」
「あっ……卓お兄ちゃん?」
越谷卓。
夏海ちゃんと小鞠お姉ちゃんのお兄ちゃんであり、この村では珍しい年上の男の子である。
そして何より。
この人が喋っているところを、ボクは一度も見たことがない。
「…………」
卓お兄ちゃんは、無言でこくりと頷いた。
どうやら人違いではないらしい。
「え、えっと……とりあえず、上がって?」
「…………」
再び頷く。
……会話が成立しているのか、していないのか。
微妙なところだった。
---
リビングに通した卓お兄ちゃんは、ソファーに腰を下ろすと、じっとボクを見つめていた。
「…………」
「…………」
沈黙。
時計の秒針だけが、やけに大きく聞こえる。
「あ、あの……何か用事?」
こくり。
頷いた卓お兄ちゃんは、持参した鞄から一台のタブレットを取り出した。
画面を操作し、こちらへ向ける。
「あっ! これ、さっきの雷魚!」
そこには、今朝釣り上げた池の主が写っていた。
巨大な雷魚。
その横で、得意満面のボク。
……誰が撮ったんだろう、この写真。
卓お兄ちゃんは無言のまま、次の画像を表示した。
「おおっ!」
今度は立派などじょうだった。
それも、普通のどじょうよりずっと大きい。
写真の中央には、釣り上げたどじょうを手に、珍しく誇らしげな表情を浮かべる卓お兄ちゃん。
そして手前には、満面の笑みでピースサインをする夏海ちゃん。
「すごい! 卓お兄ちゃん、こんなの釣ったんだ!」
こくり。
卓お兄ちゃんは満足そうに頷いた。
……ように見えた。
ところが。
すっ。
次の画像が表示される。
「…………え?」
そこには、小さなお墓が写っていた。
木の板に書かれた文字。
『どじょうのおはか』
その前で、がっくりと肩を落とす卓お兄ちゃん。
そして。
その隣で、先ほどとまったく同じ笑顔とピースサインを決める夏海ちゃん。
「…………」
ボクの背筋に、冷たいものが走った。
「も、もしかして……」
卓お兄ちゃんを見つめる。
「……雷魚に、食べられちゃったの?」
こくり。
その瞬間。
卓お兄ちゃんの眼鏡の奥から、一筋の涙が頬を伝った。
「す、卓お兄ちゃん!?」
無言で眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭う。
……なんだろう。
声を上げて泣かれるより、ずっと胸が痛い。
「ご、ごめんなさい! ボク、そんなことになってるなんて知らなくて……!」
今朝、あんなに喜んで雷魚を釣り上げた。
けれど、その雷魚は卓お兄ちゃんの大切などじょうを食べてしまっていたのだ。
もちろん、ボクが雷魚を放したわけではない。
それでも、なんだか申し訳なくなってしまう。
「……ボクに何かできることがあったら、手伝うよ。罪滅ぼしってわけじゃないけど……」
ぽん。
卓お兄ちゃんの手が、ボクの肩に置かれた。
「…………」
優しく頷く。
そして。
キラン!
眼鏡が光った。
……あれ?
なんだろう。
今、ものすごく嫌な予感がした。
卓お兄ちゃんは素早くタブレットを操作すると、次の画像を表示した。
そこに映っていたのは。
「……パソコン?」
こくり。
「えっと……自作パソコン?」
こくこく!
「……もしかして、ボクに手伝ってほしいの?」
こくこくこく!!
……この人。
最初から、それが目的だったんじゃないだろうか。
しかも、さっきまで泣いていた人とは思えないほど行動が早い。
気づけばボクは、卓お兄ちゃんの自転車の後ろに乗せられていた。
「ちょっ、卓お兄ちゃん!? 速い! 速いってばあああ!!」
「…………!」
立ち漕ぎ。
全力疾走。
田舎道を疾走する自転車。
無言の運転手と、悲鳴を上げる小学生。
……誰か助けて。
---
「……で、なんで私が車を出すことになったんだ?」
駄菓子屋の前。
腕を組んだ楓お姉ちゃんが、呆れたようにこちらを見下ろしていた。
「…………」
卓お兄ちゃんがタブレットを差し出す。
画面には、例のどじょうのお墓。
「……ああ、そういうことか」
楓お姉ちゃんは深くため息をついた。
「お前も大変だったな、卓」
こくり。
「でも、それと車を出すのは別問題だろうが!」
「…………」
すっ。
次の写真。
涙を流す卓お兄ちゃん。
「……分かったよ! 分かったから、その写真をしまえ!」
……強い。
卓お兄ちゃん、無言なのにものすごく強い。
結局、楓お姉ちゃんが車を出してくれることになった。
しかも、話を聞きつけた夏海ちゃんたちまで便乗。
小鞠お姉ちゃん、蛍お姉ちゃん、れんげちゃん。
気がつけば、いつもの顔ぶれが揃っていた。
「いやっほー! 街だー!」
「なっつん、うちも楽しみなん!」
「ちょっと夏海! 車の中で暴れない!」
「先輩、落ち着いてください!」
……うん。
いつも通りだ。
「まったく……大所帯になっちまったな」
楓お姉ちゃんは苦笑しながら、車を発進させた。
---
「それで卓、今日は何を買うんだ?」
運転席から楓お姉ちゃんが尋ねる。
卓お兄ちゃんはタブレットを操作し、パソコンの画像を表示した。
「パソコン? 買い替えるのか?」
こくり。
「卓お兄ちゃん、自作PCに挑戦したいみたいなんだ。それで、ボクがアドバイスすることになって……」
「自作!?」
小鞠お姉ちゃんが目を丸くした。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
卓お兄ちゃんは無言でボクの肩に手を置く。
そして親指を立てた。
「……ボク君次第ってことか」
「責任重大だなあ……」
「でもさ、自作ってことはゲームもできるんでしょ!?」
夏海ちゃんが勢いよく身を乗り出した。
「ウチのパソコン、古くて最近のゲームが全然動かないんだよ! 兄ちゃんのパソコンなら遊べるじゃん!」
「あっ、そういう魂胆なんですね……」
蛍お姉ちゃんが苦笑する。
「でも、卓お兄ちゃんが作りたいのはゲーム専用じゃないみたいだよ」
「えーっ!?」
「CADも使いたいみたいだから、CPUとGPUの組み合わせを考えないとね。メモリ容量も必要だし、冷却と電源にも余裕が欲しいかな」
「…………」
夏海ちゃんが固まった。
「……日本語で頼む」
「日本語だよ?」
「そういう意味じゃないんだよ!」
「私も半分くらいしか分からない……」
小鞠お姉ちゃんまで首を傾げる。
「蛍は?」
「えっ? 私は……だいたい分かりますけど」
「おおっ! 蛍すごい! リケジョってやつじゃん!」
「そ、そんなことないですよ!」
蛍お姉ちゃんの顔が真っ赤になる。
「蛍って裁縫も料理も得意だし、電気工作もしたことあるんだよね?」
「簡単なものだけです! ボク君のほうがずっと詳しいですから!」
「そういえば……」
蛍お姉ちゃんが、ふと思い出したように手を叩いた。
「この間、ボク君の電気工事士の免状が届いたんですよ」
「……は?」
楓お姉ちゃんがミラー越しにこちらを見た。
「電気工事士? 国家資格の?」
「うん。第二種電気工事士だよ」
「おいおい……お前、まだ小学生だろ?」
「えへへ……」
「筆記試験だって難しいって聞くぞ? 電気の計算なんか、中学生でも簡単には解けないだろ」
「計算問題は、ほとんど捨てたよ」
「……は?」
「配線図とか器具の知識とか、得意なところで点数を稼いだんだ。もちろん、技能試験はちゃんと練習したよ!」
「……なるほど。得意分野で勝負したわけか」
楓お姉ちゃんが感心したように頷く。
「ひょっとして、最年少合格なんじゃないか?」
「ううん。ボクより一回前の試験で、もっと若い子が受かってたよ」
「十分すごいだろ、それ……」
「んなっ!」
れんげちゃんが突然、身を乗り出した。
「ボク君、何がすごいんな?」
「えっとね、家の電気工事をするための資格を取ったんだよ」
「んなっ! おうちの電気を直せるん!?」
「資格でできる範囲ならね。でも、工事にはいろいろ決まりがあるんだ」
「ボク君、電気の博士なん!」
「博士は別にいるよ!」
「……ところで」
楓お姉ちゃんが、妙に優しい声を出した。
「その免状、なんでわざわざこっちに送ってもらったんだ?」
「えっ? 夏休み中に何か役に立つかなーって……」
「ほう……」
ニヤリ。
バックミラーに映った楓お姉ちゃんの口元が、不敵に歪んだ。
(……何かに使う気だ)
ボク以外の全員が、同じことを考えた。
そして楓お姉ちゃんだけは。
(……何を頼もうかな)
まったく別のことを考えていた。
---
「デパートなーーーん!!」
到着するなり、れんげちゃんが両手を広げて叫んだ。
「れんちょん、声大きいって!」
「都会の建物は大きいんな!」
「いや、都会ってほどじゃないけどね……」
夏海ちゃんが苦笑する。
「私も久しぶりです! 婦人服売り場、どこかなあ?」
小鞠お姉ちゃんが嬉しそうに周囲を見回した。
「姉ちゃんは子供服売り場でしょ?」
「夏海ぃぃぃ!!」
「ぎゃー! 怒ったー!」
……相変わらずだ。
「おーい! 好き勝手に行くのはいいけど、何かあったら連絡してこいよ!」
楓お姉ちゃんが声を張り上げる。
それぞれが目的の売り場へ散っていく中、ボクと卓お兄ちゃんはパソコンショップへ向かった。
---
「うわあ……結構揃ってるね!」
デパートの一角にあるパソコン専門店。
CPU、マザーボード、メモリ、グラフィックボード。
ずらりと並ぶ部品を見て、思わず目が輝いた。
卓お兄ちゃんも、いつになく真剣な表情で棚を眺めている。
「それで、卓お兄ちゃん。どんなパソコンを作りたいの?」
「…………」
タブレットを差し出す。
そこには、欲しい部品の一覧が並んでいた。
「えっと……CPUはこれで、GPUは……」
……ん?
「卓お兄ちゃん」
「…………?」
「これ、スペック上げすぎじゃない?」
ぴたり。
卓お兄ちゃんの指が止まった。
「この組み合わせだと消費電力も発熱も大きいよ。電源容量を見直さないといけないし、冷却も考えないと……」
ふむふむ。
頷く卓お兄ちゃん。
「それに……ペルチェ水冷!?」
思わず声が裏返った。
「これ、確かに面白いけど、消費電力も大きいし、結露対策だって必要だよ! 流行り物を全部詰め込めばいいってわけじゃないんだから!」
「…………」
「卓お兄ちゃん、パソコンは必要な性能を見極めるのが大事なんだよ。最初から全部最高性能にするより、今必要なものを揃えて、足りなくなったら交換するほうがいいと思う」
卓お兄ちゃんは、しばらく考え込んだ。
そして。
すっ。
別の部品を指さした。
「あっ、それならいいと思う! こっちのほうが費用対効果もいいし!」
こくり。
「でも、メモリはもう少し増やしたほうがいいかな」
こくこく。
「あと、ケースの大きさも確認しないとね!」
こくり。
……奇妙な光景だったと思う。
九歳の少年が専門用語を並べ立て、その横で眼鏡の少年が一言も喋らず頷いている。
通りすがりのお客さんたちが、何度もこちらを振り返っていた。
しかし、そんなことは気にならない。
楽しい。
すごく楽しい!
機械のことを一緒に考えられる人が、この村にもいたんだ。
卓お兄ちゃんも、どこか嬉しそうだった。
……たぶん。
---
「いやあー! 遊んだ遊んだー!」
集合場所に現れた夏海ちゃんは、両手いっぱいに袋を抱えていた。
中には、ゲームセンターの景品らしいぬいぐるみがぎっしり。
「……お前、また随分と金の使い方が豪快だな」
楓お姉ちゃんが呆れたように言う。
「えー? だって楽しかったんだもん!」
「まあ、お前の小遣いだから構わんけどな……」
「れんちょんは何買ったの?」
「うちは、これなん!」
れんげちゃんが取り出したのは、三十六色の色鉛筆だった。
「おおっ! すごいじゃん!」
「駄菓子屋には十六色までしかなかったん。これで具をもっと細かく描けるんな!」
「……すまんな、れんげ」
楓お姉ちゃんが苦笑する。
「言ってくれれば取り寄せるのに」
「でも、今日は自分で選んだん!」
「そっか。大事に使えよ」
「もちろんなん!」
そこへ、小鞠お姉ちゃんと蛍お姉ちゃんが戻ってきた。
「ただいまー!」
「あっ、姉ちゃん! 何買ったの?」
「ふふーん、見て!」
小鞠お姉ちゃんが、くるりと一回転する。
髪の横には、ひまわり柄の黄色いシュシュ。
夏の日差しによく似合っていた。
「蛍が選んでくれたんだ! 可愛いでしょ!」
「わあ、先輩! やっぱり似合ってます!」
「えへへ……」
「ほ、蛍は?」
「私は麦わら帽子を買っちゃいました。可愛かったので、つい……」
蛍お姉ちゃんは照れながら、買ったばかりの帽子を見せた。
白いリボンがついた、上品な麦わら帽子。
「おおー……」
夏海ちゃんが、二人を交互に見た。
そして。
ちらり。
自分の手にある、大量のぬいぐるみ。
もう一度、小鞠お姉ちゃんのシュシュ。
蛍お姉ちゃんの麦わら帽子。
「…………」
すっ。
ぬいぐるみの袋を背中に隠した。
「……なっつん?」
「な、なんでもない!」
「お前、今さら恥ずかしくなったのか?」
楓お姉ちゃんがニヤニヤする。
「ち、違うし! これはこれでいいんだし!」
「そうかそうか」
「その顔やめろー!」
そんな騒ぎの中、小鞠お姉ちゃんが周囲を見回した。
「あれ? お兄ちゃんとボク君は?」
「ああ、まだパソコンショップだな」
「ずいぶん時間かかってますね」
「様子を見に行くか」
一行が歩き出した、そのときだった。
カラーン! カラーン!
景気のいいベルの音が響いた。
『おめでとうございまーす!!』
「ん?」
『特賞! 沖縄旅行三泊四日の旅! 大当たりでーす!!』
「……えっ?」
夏海ちゃんが足を止めた。
「お、沖縄!?」
「いいなあ……」
小鞠お姉ちゃんが羨ましそうに呟く。
「あっ、そういえば、さっき買い物したときに福引券を一枚もらったんだった!」
「私も一枚ありますよ!」
「じゃあ、行ってみようか!」
二人が福引会場へ向かう。
すると。
「……あれ?」
そこには、見覚えのある少年が立っていた。
「ボク君!?」
「あっ、蛍お姉ちゃん!」
ボクは頭をかきながら、係員さんから大きな目録を受け取っていた。
「な、何してるの!?」
「えっと……福引?」
「それは見れば分かるよ!」
「卓お兄ちゃんのパソコンの部品を買ったら、福引券を何枚かもらったんだ。それで、お礼にって何枚か分けてもらったんだけど……」
「……まさか」
「うん。当たっちゃった」
ボクが目録を見せる。
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『特賞 沖縄旅行三泊四日・五名様ご招待!』
「…………」
夏海ちゃんが固まった。
小鞠お姉ちゃんも固まった。
蛍お姉ちゃんは口元を押さえた。
そして。
「おっ……」
夏海ちゃんの肩が震え始める。
「おおおおお……!」
「な、夏海?」
「沖縄ああああああ!!」
周囲の人たちが、一斉に振り返った。
「ちょ、ちょっと! 夏海! 恥ずかしいって!」
「だって姉ちゃん! 沖縄だよ!? 海だよ!? 南国だよ!?」
「まだ私たちが行けるって決まったわけじゃ……」
「えっと……」
ボクは目録を確認した。
「五人まで無料なんだって。だから、ボクと夏海ちゃん、小鞠お姉ちゃん、蛍お姉ちゃん、れんげちゃんで行けるかなって……」
「…………」
三人の視線が、ボクに集中した。
「……いいの?」
蛍お姉ちゃんが尋ねる。
「うん! みんなで行ったほうが楽しいもん!」
「ボクくううううん!!」
夏海ちゃんが飛びついてきた。
「ぐえっ!」
「お前は神か! 神なのか!?」
「く、苦しいよ夏海ちゃん!」
「夏海! 離しなさいって!」
大騒ぎである。
そんな中、楓お姉ちゃんが目録を覗き込んだ。
「……ん? これ、まだ続きがあるぞ」
「えっ?」
「宿泊先は民宿……追加宿泊オプションあり。食費と追加宿泊費を負担すれば、同じ民宿に最大十二名まで宿泊可能……か」
「十二人!?」
「ただし、追加の交通費は別途必要だな」
「……じゃあ、みんなで行けるかもしれないんだ!」
ボクが嬉しくなって顔を上げる。
「一穂先生も、楓お姉ちゃんも、卓お兄ちゃんも!」
「おいおい、勝手に決めるなって」
そう言いながらも、楓お姉ちゃんは少し楽しそうだった。
「それに、出発は八月十一日……って、四日後じゃないか!」
「えええっ!?」
小鞠お姉ちゃんが叫ぶ。
「そんな急に!?」
「旅行会社への確認も必要だし、追加の人数も決めないとな……」
「ひかげ姉ちゃんも誘おうよ!」
夏海ちゃんが手を上げる。
「このみちゃんも!」
「みどりちゃんにも聞いてみたいな!」
ボクも思わず口を挟んだ。
北海道から来たみどりちゃん。
この間、一緒に歩いたときのことを思い出す。
きっと、沖縄の海を見たら驚くだろうなあ。
「……まったく、大変なことになりそうだ」
楓お姉ちゃんは苦笑した。
そのとき。
「……あっ、そうだ」
ボクはもう一つ、隣に置かれた大きな目録を指さした。
「実は、これも当たっちゃって……」
「……は?」
そこには。
『二等 55インチ有機ELテレビ』
と書かれていた。
「…………」
沈黙。
夏海ちゃんが、ゆっくりと振り返る。
「……ボク君」
「な、なに?」
「……お前、何者?」
「ただの小学生だよ!?」
「ただの小学生が沖縄旅行とテレビを同時に当てるかあああ!!」
「ボ、ボクに言われても!」
「……すごいですね」
蛍お姉ちゃんが呆然と呟いた。
「……運を使い果たしたんじゃない?」
小鞠お姉ちゃんが、ぼそりと言った。
……やめて。
なんだか怖くなってきた。
---
カラーン! カラーン!
再び、福引会場にベルの音が響いた。
『おめでとうございまーす! 三等! 高級黒毛和牛セット大当たりでーす!!』
「……え?」
全員が振り返った。
そこには。
腕を組み、堂々と仁王立ちする小さな少女。
宮内れんげ。
その手には、三等の当選札が握られていた。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
不敵な笑み。
「ボク君ばかりに、いい格好はさせないんなー!」
「れ、れんげちゃん!?」
「うちは牛を手に入れたん!」
「牛!?」
「黒毛和牛なん!」
夏海ちゃんが、ゆっくりと膝をついた。
「……沖縄旅行」
ぼそり。
「……でっかいテレビ」
もう一度。
「……高級黒毛和牛」
そして、自分の持っている袋を見る。
中には、ゲームセンターで手に入れた大量のぬいぐるみ。
「…………」
ぷるぷる。
「なんで……」
肩が震え始めた。
「なんでウチだけ……!」
「な、夏海?」
「なんでウチだけ、変なぬいぐるみなんだよおおおお!!」
「自分で取ったんでしょ!?」
小鞠お姉ちゃんのツッコミが炸裂した。
その横で、れんげちゃんが静かに呟く。
「なっつん……」
「……なに?」
「牛、食べる?」
「食べるうううう!!」
……うん。
夏海ちゃんは、やっぱり夏海ちゃんだった。
---
帰り道。
車内は、沖縄旅行の話題で持ちきりだった。
青い海。
白い砂浜。
見たことのない魚。
美味しい料理。
れんげちゃんは、沖縄の色を全部描くんだと張り切っている。
蛍お姉ちゃんは、買ったばかりの麦わら帽子を大切そうに抱えていた。
小鞠お姉ちゃんは、旅行に持っていく服を真剣に考えている。
夏海ちゃんは、すでに海で何をして遊ぶか計画を立てていた。
卓お兄ちゃんは。
「…………」
タブレットに、沖縄の地図を表示していた。
……この人、準備が早い。
ボクは窓の外を眺めた。
流れていく田んぼ。
遠くに見える山々。
蝉の声。
まだ、ここへ来て一週間しか経っていない。
それなのに。
もう、何年も前からみんなと一緒にいたような気がする。
「……沖縄かあ」
思わず呟いた。
「楽しみだね、ボク君」
隣に座る蛍お姉ちゃんが微笑む。
「うん!」
八月十一日。
あと四日。
ボクの夏休みは、まだまだ始まったばかりだった。
……そう思っていた。
このときのボクは、まだ知らなかったのだ。
この夏に出会う人たちが、いつか大人になった自分にとって、どれほど大切な思い出になるのかを。
窓の外では、真っ青な空に入道雲が浮かんでいた。
夏は、まだ終わらない。
――八月七日、午後。
沖縄まで、あと四日。