ぼくのなつやすみ〜のんのんといっしょ〜   作:Edward

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8月2日の午前中

朝の駄菓子屋には、すでにいつもの面々が集まっていた。

 

そしてボクは今、夏海お姉ちゃんから途方もない試練を言い渡されている。

 

「というわけで!」

 

夏海お姉ちゃんが、びしっ、とボクを指さした。

 

「ジェットサイダーの王冠、全五十種類! これを集めきったら、ボク君を一人前と認めよう!」

 

「それ、ほとんど丸投げじゃない?」

 

「細かいことを気にしてはいけない!」

 

胸を張る夏海お姉ちゃん。

 

どうやら本気らしい。

 

「まあ、それが無理なら虫相撲でウチに挑んでもいいし、川釣りでウチ以上の釣果を叩き出してもいい! ウチに勝てるものがあるなら、どーん! と挑んできたらいいさ!」

 

どん、と自分の胸を叩く。

 

すごい自信だ。

 

「ボク君、夏海先輩は強いから、無理して勝とうなんて思わないでね」

 

蛍お姉ちゃんが心配そうに言う。

 

「そうそう。まぐれでも勝ったら夏海はしつこいから大変だよ」

 

小鞠お姉ちゃんまで続いた。

 

「ねーちゃん! なんて人聞きの悪いことを!」

 

夏海お姉ちゃんが抗議する。

 

「ウチ、負けた時は潔く負けを認めるよ! ちゃんとボク君にも秘密を教えるし!」

 

「どの口が言う!」

 

小鞠お姉ちゃんが立ち上がった。

 

「虫相撲で連続して負けた時、ザリガニ出してきたのはどこの誰だ! 私のカナブン返せぇぇぇ!!」

 

「え?」

 

何の話だろう。

 

蛍お姉ちゃんが、そっとボクの耳元に顔を寄せた。

 

「先週、小鞠先輩がすごく大きなカナブンを見つけたんです。それが夏海先輩の自慢のノコギリクワガタに勝っちゃって……」

 

「うん」

 

「夏海先輩、次の対戦相手にザリガニを出したんです」

 

「…………」

 

嫌な予感しかしない。

 

「それでカナブンは……」

 

蛍お姉ちゃんが目を伏せた。

 

「ザリガニの餌食に……」

 

「私のカナブーン!」

 

小鞠お姉ちゃんの悲痛な叫びが駄菓子屋に響き渡った。

 

なんだ、この村の虫相撲。

 

怖い。

 

すると、それまで黙って話を聞いていたれんげちゃんが、腕を組んで重々しく頷いた。

 

「虫相撲とはいえ、甲虫たちはウチたちが作り出したデスゲームに巻き込まれているのん」

 

「デスゲーム……」

 

「ひと夏の尊い犠牲は、ウチたちに大切なものを教えてくれているのな」

 

「じゃあ、やめようよ」

 

「それとこれとは別なん!」

 

れんげちゃんの顔が、ずいっと目の前まで迫ってきた。

 

「不幸な事故はあったけど、これは掟なん! 夏休みと虫相撲は切り離せない、この地に伝わる祭なん!」

 

「いつから祭になったの!?」

 

小鞠お姉ちゃんが泣きながら突っ込んでいた。

 

ボクは手のひらを見る。

 

そこには、昨日見つけたジェットサイダーの王冠。

 

《トンガ王国》。

 

五十種類のうち、まだほんの一つ。

 

「……わかったよ、れんげちゃん」

 

王冠をぎゅっと握りしめる。

 

「とりあえず、できることからやってみるよ」

 

こうしてボクの夏休みに、新しい目標ができた。

 

◇ ◇ ◇

 

朝ごはんを食べるため、ボクと蛍お姉ちゃんは一条家へ戻ることになった。

 

もちろん、ただ帰るだけじゃない。

 

道端や草むらを覗き込みながら、ジェットサイダーの王冠を探していく。

 

「それにしても夏海お姉ちゃん、王冠に蛍光塗料を塗ってたんだね」

 

ボクは茂みを掻き分けながら言った。

 

「お母さんに見つかるの、最初から想定してたのかな?」

 

「夏海先輩、そういうところだけはすごく勘がいいんです」

 

蛍お姉ちゃんが苦笑する。

 

「それ以外はだいたい見抜かれてますけど」

 

「ふーん……」

 

草を掻き分ける。

 

朝の日差しが茂みの奥へ差し込んだ、その時だった。

 

何かが、きらりと光った。

 

「あっ!」

 

しゃがみ込んで拾い上げる。

 

「蛍お姉ちゃん、あった!」

 

「本当!?」

 

土を払う。

 

昨日のスペインとは違う。

 

描かれている国旗を確認する。

 

「アルジェリアだ!」

 

二個目。

 

やった!

 

「ボク君、すごいね。この調子ならすぐ集まるかも」

 

「そうだといいけど……」

 

ボクは王冠をポケットへしまった。

 

「夏海お姉ちゃん、あちこち逃げ回ってなければいいんだけど」

 

「あー……」

 

蛍お姉ちゃんの表情が微妙になった。

 

「あの時のおばさん、ものすごく怒ってたから……夏海先輩、半日くらい追いかけ回されてたから」

 

「半日!?」

 

「川に飛び込んで泳いで逃げたりもしてました」

 

「……川?」

 

嫌な予感がした。

 

「じゃあ王冠、川にも落としてるの?」

 

「たぶん……」

 

「見つかるかなぁ……」

 

いきなり五十種類への道が険しくなった気がする。

 

「ボク君」

 

蛍お姉ちゃんが少し心配そうにボクを見る。

 

「無理しないでね」

 

「うん」

 

一学期からこの村で暮らし始めた蛍お姉ちゃんは、都会とは違う遊びをたくさん経験してきたらしい。

 

山。

 

川。

 

虫取り。

 

魚釣り。

 

東京ではなかなかできない遊びばかりだけど、同時に危ない場所も多い。

 

蛍お姉ちゃんは女の子だから、みんなもあまり無茶をさせなかったらしい。

 

でもボクは男の子だ。

 

夏海お姉ちゃんに目をつけられた以上――。

 

なんだか、とんでもない遊びに巻き込まれそうな気がする。

 

◇ ◇ ◇

 

一条家へ帰ると、おばちゃんが出迎えてくれた。

 

少し遅くなった朝ごはんを食べていると、おばちゃんが何か思い出したように手を叩いた。

 

「そうそう。ボク君って、機械が得意なんだって?」

 

「うん」

 

「じゃあ、これってわかる?」

 

そう言って持ってきたのは、一台の無線LANルーターだった。

 

「あ、これ?」

 

ボクは箸を置いて手に取る。

 

「できるよ。ボクの家のは全部ボクが設定したから」

 

「本当!?」

 

おばちゃんの顔がぱっと明るくなった。

 

「助かるわぁ。インターネットの契約まではしたんだけど、ルーターの設定っていうのがよくわからなくて。業者さんにも頼めるんだけど、この辺まで来てもらうと出張費が結構かかるのよ」

 

「でも、おばちゃん」

 

ボクは家の中を見回した。

 

「この家広いから、一台だけだと二階までちゃんと電波届かないかもしれないよ」

 

「あら。そうなの?」

 

「うん」

 

「同じの、もう一台あるんだけど……」

 

おばちゃんが押し入れから同じ形のルーターを取り出してきた。

 

「二台あったら何とかなる?」

 

「ちょっと見せて」

 

側面を確認する。

 

切り替えスイッチがある。

 

これなら――。

 

「うん、できるよ。こっちをブリッジにして二階に置けば、二階でもネット使えるようになると思う」

 

「まあ!」

 

おばちゃんは嬉しそうに財布を取り出した。

 

「じゃあお願い。お駄賃も弾んじゃう!」

 

ボクの手のひらに置かれたのは――。

 

五百円玉。

 

「おおっ!」

 

輝いて見える。

 

「おばちゃん、ありがとう!」

 

夏休みに入って初めての収入だ。

 

五百円。

 

駄菓子ならいっぱい買える。

 

ボクは急いで朝ごはんを食べ終えると、ルーター二台を抱えて設定を始めた。

 

それからしばらくして。

 

一条家の通信環境は劇的に変わった。

 

一階と二階の両方で無線LANが使えるようになり、パソコン、タブレット、ゲーム機も次々とインターネットへ接続されていく。

 

そして何より大きかったのが携帯電話だった。

 

今まで電波状況の悪さに悩まされていたアプリも、無線LANにつなげば使える。

 

通話もできる。

 

動画も送れる。

 

蛍お姉ちゃんもさっそく東京の同級生とビデオ通話を始め、久しぶりに見る友達の顔に嬉しそうに笑っていた。

 

都会から離れたこの家に、ほんの少しだけ東京が戻ってきた。

 

そしてボクも――。

 

インターネットが使えるようになったことで、できることが一気に増えた。

 

「…………」

 

ボクは画面を見ながら、にやりと笑った。

 

さて。

 

何をしようかな。

 

◇ ◇ ◇

 

朝ごはんの後。

 

蛍お姉ちゃんにバスの乗り方を教えてもらったボクは、一人で学校へ向かった。

 

正確には学校ではない。

 

その裏に広がる山だ。

 

蛍お姉ちゃんから借りた虫取り網。

 

虫かご。

 

水筒。

 

目的は三つ。

 

虫相撲で使えそうな甲虫探し。

 

ジェットサイダーの王冠探し。

 

それから今後の昆虫採集や釣りに使えそうな場所の確認。

 

完璧な計画だと思った。

 

……思ったんだけど。

 

「いないなぁ……」

 

木を一本ずつ調べながら山道を歩く。

 

甲虫なんて全然見つからない。

 

「うーん。虫の見つけ方、夏海お姉ちゃんに聞いとけばよかった」

 

蝉時雨の中を歩き続ける。

 

暑い。

 

汗が止まらない。

 

それにしても、田舎の夏は音まで東京と違う。

 

ボクの住んでいた町では、ジージー鳴くアブラゼミや、シャワシャワとうるさいクマゼミばかりだった。

 

でもここでは、ミンミンゼミの声が山中から降り注いでくる。

 

夕方になれば、ヒグラシがカナカナカナカナと鳴く。

 

さらにツクツクボウシまで加わって、一日の暑さが終わることを教えてくれる。

 

昨日初めて聞いた時から、ボクはその音が気に入っていた。

 

――これが田舎の夏なんだ。

 

そんなことを考えながら歩いていると。

 

「あっ!」

 

山の一角に畑を見つけた。

 

その脇に、刈り取った草が積み上げられている。

 

「もしかして……」

 

駆け寄る。

 

虫取り網を置き、枯れ草を少しずつ掘り返していく。

 

すると――。

 

いた。

 

白くて大きな幼虫。

 

一匹。

 

二匹。

 

さらに三匹、四匹。

 

「やったぁ!」

 

何の幼虫かまではわからない。

 

でも、この大きさなら甲虫の仲間だと思う。

 

「もうすぐ大人になるかな?」

 

枯れ草と一緒に四匹を虫かごへ移す。

 

何が羽化するんだろう。

 

カブトムシだったらいいな。

 

もしかしたら、すごく強い虫になるかもしれない。

 

だけど、虫相撲にはまだ使えない。

 

即戦力も探さなければ。

 

ボクは再び虫取り網を手にして、山の奥へ向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

午前中いっぱい山を歩き回った結果――。

 

「ノコギリクワガタ、一匹だけかぁ……」

 

木陰に座ったボクは虫かごを覗き込んだ。

 

小さなノコギリクワガタが一匹。

 

戦力としては、なんとも頼りない。

 

「まだ小さいしなぁ。これからもっと大きくなるのかな?」

 

そんなわけはないような気もするけど、よくわからない。

 

「駄菓子屋に寄って、成長させる栄養剤とかないか聞いてみよう」

 

おばちゃんが持たせてくれたおにぎりを頬張る。

 

「んぐ……おいしい」

 

午後は川を調べよう。

 

学校の裏を流れる川は浅い場所が多く、ここから見た限りでは大きな魚はいそうにない。

 

でも釣り餌に使えそうな生き物は捕れるかもしれない。

 

それに――。

 

夏海お姉ちゃんが逃走中に落としたというジェットサイダーの王冠。

 

川の中にもある可能性が高い。

 

虫取り。

 

王冠探し。

 

釣り場探し。

 

忙しい夏休みになりそうだ。

 

そんなことを考えながら、二個目のおにぎりに手を伸ばした時だった。

 

「おっ。きみが、ひかげの言ってたボク君かいー?」

 

「ん?」

 

振り返る。

 

そこに一人の女の人が立っていた。

 

「こんにちはー」

 

「あ、こんにちは」

 

のんびりした人だ。

 

「ひかげお姉ちゃんを知ってるの?」

 

「まーねー」

 

女の人は笑った。

 

「私は宮内一穂。ひかげのお姉ちゃんで、ここの学校の先生をやってるんだよ」

 

「先生?」

 

思わずじっと見る。

 

「なんか先生っぽくないね」

 

「あっはっはっは!」

 

一穂先生は豪快に笑った。

 

「私もそう思うよー」

 

「自分で言うんだ」

 

「だってさー、こんなところにわざわざ先生として来てくれる人、なかなかいないからねー」

 

一穂先生は頭の後ろで手を組む。

 

「大学で教員免許取ったら授業料の免除もあるって話だったから、なんとなーくそっちに進んじゃったんだよ」

 

「なんとなくで先生になったの?」

 

「人生なんて案外そんなものだよー」

 

すごいことを言っている気がする。

 

「本当は理系だったから、研究職とかもやってみたかったんだけどねー」

 

「そっちはもっと向いてなさそう」

 

「…………」

 

一穂先生の笑顔が止まった。

 

「初対面でここまで言うとはねー」

 

がくっと肩を落とす。

 

あ。

 

ちょっと言いすぎたかもしれない。

 

それでも一穂先生は怒らなかった。

 

「まあいいや。それより、山に入るなら気をつけるんだよー」

 

「うん」

 

「今日は暑いからね。熱中症にならないように、水はちゃんと飲むこと。あと、知らない場所に一人で入りすぎないこと」

 

「はーい」

 

「よろしい」

 

一穂先生はひらひらと手を振った。

 

「じゃあねー、ボク君」

 

「うん。またね、一穂先生」

 

そのまま学校の方へ戻っていく。

 

たぶん、校舎から山にいるボクを見つけて、わざわざ様子を見に来てくれたんだろう。

 

……先生っぽくない、なんて言ったけど。

 

ちゃんと先生なんだ。

 

「向いてないは、言いすぎたかな……」

 

ボクは頭を掻いた。

 

遠ざかっていく一穂先生の背中へ、小さく頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

 

蝉の声にかき消されて、もちろん先生には届かなかった。

 

虫かごの中では、小さなノコギリクワガタがもぞもぞと動いている。

 

ジェットサイダーの王冠は二個。

 

虫相撲の戦力は一匹。

 

謎の幼虫が四匹。

 

そしてポケットには、今日稼いだ五百円玉。

 

まだ八月二日の午前中。

 

ボクの夏休みは――。

 

始まったばかりだった。

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