完全に捏造なので、なんでも許せる方向け。
カプ要素はなし。(あくまで主観です)
夜明けを告げる鳥の声が聞こえる。
さぁ、最後の時に、僕は何をしよう。
※ver4.6ネタバレあり
※pixivにも同作品を投稿しています
それは、太陽が深く没する直前の瞬間を切り取って、額縁に入れて飾ったかのようなひとときだった。
空を見上げると、弾丸が今まさにターゲットの胸を貫いて、飛び散る血を年代物のカメラに焼き付けた様な色褪せた夕焼けが、辺り一面に広がっている。
……らしくなく詩的なことを考えてしまうのは、思いがけぬ再会のせいだろうか。
それとも僕の命が今終わろうとしているからだろうか。
目の前の黒衣の女性は、服が汚れるのも厭わず草むらの上に腰を下ろし、ただじっと同じ空を見つめている。
何を考えているのかは分からない。分からないが、何となく僕とは違う情景を見つめている気がする。
思い返してみれば、彼女が何を考えているのかなんて理解できた瞬間の方が少ないかもしれない。
だが黙っているのはもどかしくて性に合わない。
そちらに珍しく口を開く気がないなら、僕から口火を切ってやろう。
「おたく、いつまで黙ってるつもりだ?せっかくの再会なんだ、何か言うことはないのか?」
「あら、言いたいことがあるのは君の方じゃない?」
「じゃあ単刀直入に言うが、何故おたくがここに居る?」
そう、真っ先に気になったのがそれだ。
僕の記憶が正しければ、或いは先ほどまでが夢でこれが現実でなければ、僕は先ほど死んだ筈だ。
その最期に言う事はないが、目の前の女に言いたいことは色々とある。
まさか、彼女も死んだなんて言うんじゃないだろうな?
「ここは夢なんだから、別に私と君が再会しても不思議じゃないでしょう?」
「夢?夢とはまた大きく出たな。じゃあおたくは僕が走馬灯で作り出した幻だとでも?」
「違うわよ……知らない?悪獣の巫女は悪魔として夢に出るの」
「何を……いや、無量塔の先祖の話か」
「だから別におかしい事ではないわ。だいいちこれが走馬灯なら、君の人生に反してあまりにゆっくりしすぎじゃない?」
「それもそうか……僕の走馬灯はあまりに長すぎて、こんなゆったりはしていられないだろうしな」
夢ならまあそういうものか。
死を前にして理屈を説くのもナンセンスだろう。
だが彼女がここにいる理由は、依然として解けていない。
彼女は人間ではなく古獣だ。
その時間の尺度は僕ら人間とはあまりに違う。
彼女が息をする一瞬で、人は生まれ死に至れてしまう。
ましてや一度別れた後なのだ、二度と会うことは無いと思っていた。
何を言うべきか悩んでいる間、時が止まったかのような一瞬の隙間を、枯れた葉が老樹から滑り落ちていく。
まだ瑞々しい葉脈の残る朽葉だ。その躍動感は、少し前まで葉が生きていたことを知らせている。
その葉が地に還るのを眺めるうちに、ふと哀愁に似た感情が脳裏を掠めた。
こんな緩やかな時間を過ごすのは、いつぶりだろうか?
「何しにきた?」
「君に聞きたいことがあるの。こんな時じゃないと、君は私に会ってくれないと思って」
「おたくは僕を何だと思って……」
「ねえ不死途さん。君は自分が何者で、何故この世界に生まれてきたのか理解できた?」
その質問には既視感があった。
恐らくそれは、目の前の女が人として生きようとする限り避けては通れない根幹だ。
かつて本能のままに生きる事しか知らず、今もモラルと自制の枷に阻まれている彼女の命題。
人でないものが人として生きる上で、悦びという過程を知る上で行き着く、人とそうでない者の境界。
だから僕は、人間らしく遊びのある答えを口にすることにした。
「さあな。そんな哲学じみた難しい話、僕は今でも分からないままさ」
「……そうなの?意外だわ。君なら明確な答えを持ってると思っていたから…」
「死ぬまでに答えを得られた人間は幸福だが、別に答えが見つからなければそれはそれで良いと僕は思うよ。
大体僕は本能のまま好きに生きて、自分自身の後悔に散々他人を巻き込んだんだ。そんな大層な答え合わせを出来る身分じゃない」
「じゃあ、どうして……」
一呼吸。女の首筋を汗が伝う。
「どうして、君はそんなに晴れやかな表情をしているの?」
女の目が開かれる。
戸惑いと好奇心、反発。
いずれもただの獣には有り得ない色。
「僕は、僕の心には一度も嘘をついたことがない。最初から最後まで本能のままに生きたんだ。後悔は星の数ほどあれど、後悔に背を向けた事はない。
僕はただ目の前の獲物に食らいつく牙を手にし、守るべき群れを夢見ただけだ。その獣のような本能に、生存以外の意味が必要だと思うか?
人間は高尚な生き物ではなく、この宇宙に住む命のひとつに過ぎない。僕らも結局は本能のままに生きている」
“そうしたい”という本能、“そうしなければならない”という本性、“そうなりたくない”という忌避感。
実は獣と変わらないのではないか?
「だから、僕は後世の人間に意味を託すのさ。貪慾な彼らは僕の行いを評価し、僕が生きた軌跡から、人それぞれに全く違う意味を見出すんだ。いつかは僕の後を追おうとする変わり者が現れて、そうして道は続いていく。僕ではない誰かが僕の軌跡の先を描いて、僕にも想像出来ない世界へ行くだろう」
人が死ぬ生き物だからこそ、道は決して途絶えず続いていくだろう。
開拓の星神が死した後も、過去から続く途に感銘を受けた人々が自発的にレールを敷いて、今も開拓し続けている事が何よりの証だ。
「僕が何者かは僕の後に続く人たちが定義するし、僕の生まれた意味は遥か彼方の終点で嫌でも分かる。
筆を取ってくれる者がいる限り、僕たちの物語は終わらないのさ。その先にある終点で、僕たちの物語にピリオドが打たれた時、それでも残るものが僕が生まれた意味だ。
おたくはその瞬間を見届けられるかもしれないな?」
「君ってこういう時はよく喋るわね…
まあ良いわ、不死途さんの答えは分かったから」
「不満だったか?」
「飲み込めていないというのが実情ね。どう咀嚼すべきか、終わりを知らない私では判断しきれないの」
「まあ、僕に言えるのはこれだけだ。
“どんな道にせよ、選んだ道を信じて貫き通せ”」
「はぁ、まあ良いわ。ここに来ただけの価値はあったし」
そう言いながら、黒衣の女性は大きなカバンを手に身を翻した。
いつの間にか日は暮れていて、辺り一面を闇が支配していた。
鳥も目を瞑るような仄暗い夜。
頼りは星と月の明るさしかない。
二相楽園で馴染んだ人工物の光がない夜は、僕の意識の奥深くに潜んでいる原初の記憶を呼び起こさせる。
カランシュタットの、月と獣の夜。
「もう行くのか?」
「私はまだ立ち止まる訳にはいかないから。
でも最後に聞かせて。君は自分が望む最後を手に入れられた?」
その質問に苦笑する。
この期に及んで、本当に答えられない質問をするやつがいるか?
「おたく、ほんと、はぁ………覚えていない。
嘘じゃなく、本当に最期を思い出せない。死んだって実感はあるんだが……まあ、どんな最期でも後悔はないだろうな」
「そう、良かった。
餞別に君の腕の影と未練は私が
君はもう荷物を降ろしていいわ、じゅうぶん頑張ったんだから」
「餞別で僕の一部を持って行くって意味分からないんだが……
あぁ、でも、おたくならまあ良いか……」
「えぇ、君から預かった荷物は失くさないようにするから安心して」
女の輪郭を、闇が溶かしていく。
さっきまでなぞることが出来た輪郭は、天蓋を覆い尽くす星の群れに呑み込まれ始めていた。
まるで絵のようだ、と思った。
星と月の夜。渦を巻く星の真ん中で、月だけが煌々と帰り道を照らしている。
それは、僕にはもう微笑まない道。
既に過去に置いてきた、
「じゃあさようなら、探偵さん。
いつか刻の果てでまた再会しましょう。
そこには君が失った全てのものが眠っているわ、ひと足先にそこで待っていて」
女が振り返る。
闇と星に形を奪われて、女の表情はもはや見えない。
女の黒衣は宵闇を更に深く暗く彩っていく。
まるで、女は最初からその闇に身を置いていたかのようだ。
永遠に続く黒夜。
そこで朽ちることのなき葉の脈動が、“夜でも光は存在する”と囁くように。
そして、女は闇に還った。
自分とは違う、[[rb:まだ道を行く者 > 生者]]の居場所だ。
「……語り部くん、僕の荷物、全部持っていかれてしまったよ。晴れて本当に一文無しだ。
ここに語り部くんが居たら、何て言ったかな……」
存在しない友人、或いは相棒に向けて独りごちる。
答える声がないのが純粋に寂しい。
漆黒の星海はいつの間にか、空に焼き付けた執念さえも食らい消化してしまった。
本当に、何も持たない状態になったのは幼少期ぶりかもしれない。
故郷に居た頃を思い出す。
「家に帰りたくなった時はお月様に言えばいいのよ」、と優しく語りかける人の姿を想像する。
長く、母の姿を思い出せなくなる程の長い途を歩き続けてきた。
全ての物事には終わりがある。それはあの黒衣の女も、この宇宙だって例外じゃない。
だからこそ、この世界に生まれた全ての生命は、完結した物語に自分なりの評価をつけられる。
頑張った、あぁ、本当に本当に頑張ったんだ。
少しくらいは甘めに点数をつけても良いんじゃないか?
パールさんなら何点をつけるだろうか。
あの人はなんだかんだで僕に甘かったからな。
さぁ、この幸せな夢が醒める瞬間まで、何をしよう。
子供の時のように勇気を振り絞って、星海の下を探検するか?
それとも草木を撫でる風の音に身を任せて目を閉じるか?
こうなるなら、黒衣の女を呼び止めてかくれんぼでもすれば良かったか。夜にかくれんぼなんて、危険で馬鹿らしくて最高だ。それに今の僕は、もう鬼の役を被り続けなくて良い。鬼に肩を叩かれた時、きっと今までとは違う感傷が湧いてくるだろう。
悔しいな。
やりたいことは山ほど思いつくが、悔しいくらいに時間がない。
月明かりは変わらず僕を照らし続けている。
ふと、仮面舞踏会のようだった御伽話の遊戯を回想する。
あの時も月は、再び空に昇った。
太陽が沈むと月が夜の幕を開け、月が眠ると太陽がまた昇る。その当たり前がどれだけ愛おしい事か、今の僕は知っている。
夜明けを告げる鳥の声が聞こえる。
さぁ、最後の時に、僕は何をしよう。
それは或る夢の終わり。
彼方を目指した騎士の誓いは、歌うように。
ただ、遠い空の果てまで響いていく。