東方狡兎録   作:真紀奈

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幻想入り

 射命丸から得た情報は永琳とも共有されている。

 その中で永琳が一際興味を示したのは「境界の妖怪」が率いる隠れ里の件だった。

 永琳と輝夜が隠れ潜んでいるのは月からの追手に見付からない為だし、てゐに結界を破られた際に結界が揺らいでいたのは、永琳も知らない事だが「境界の妖怪」が仕掛けた月面侵攻が原因だ。当時永琳は月の裏と地上とを結ぶ道が開かれた事を察知し、月から何者かが降りて来る為と考え、半径百里の月人に反応する広域探査を掛けていた。流石に今は出力を下げているが同様の探査自体は常時続けている。

 それが、月から開いたのではなく地上の妖怪の仕業だと言う。月の裏には永琳が今張っている物よりも数段強力な結界がある。その話が本当だとすれば、桁外れの距離を越え、結界を物ともせず突破する極めて強力な妖怪である。容易に信じられる話ではない。

 しかし何年経っても月人の追手が来る気配は無いのだから、「道」を開いた方法如何については()くとしても、地上から開いたのは事実かもしれない。どうやら地上の妖怪が月に戦争を仕掛けたという件については引き続きの調査が必要である。

 永琳はてゐに「境界の妖怪」の情報を重点的に集めるよう依頼した。

 

 ー*ー*ー

 

 さて、情報を集めるとなれば射命丸だけでなく他の妖怪にも聞いてみるべきだろう。

 幸い竹林には時々外の妖怪が入って来て、迷って出られなくなっている。少し噂話を聞かせてくれたら外に案内してやるとでも言えば面白いように乗って来た。最近では他所と違う風景に惹かれたのか妖精達も集まって来て、悪戯で人妖を迷わせ防衛に一役買っているのだが、妖精は殆ど例外無く頭が弱いので、情報源としては期待できない。

 

 妖怪達が言うには、東国に妖怪の楽園があるという話はかなり前から聞くそうだ。月との戦争の件についても、当時参加しないかと勧誘を受けた者が居た。なんでも「境界の妖怪」が、秘密裏に月へ侵入できる方法があるから血気盛んな妖怪を集めろと号令を掛けたらしい。ところが一般に大妖怪は落ち着きがあるので、血気盛んな妖怪と言うと往々にして力が大して強くなく、月人に散々に打ち破られて逃げ帰って来たのではないかと言う。自分は参加しなくて良かったと。

 根拠の薄い推測ではあるが、頷ける推測だ。月には古の神々も居るのだから、忍び込めたとしても簡単に打ち破れる相手ではあるまい。

 しかし、伝聞や推測だけでは確かな事は解らない。

 実際に月へ行った者に聞かなければ断言は出来ないと付け加えて、てゐは情報を永琳に伝えた。

 

 ー*ー*ー

 

 はっきりした事は解らないという事でこの件は終わるかと思われたのだが、数十年後に調査依頼があった事も忘れかけた頃、或る妖怪が竹林を訪れた事で事態は急変した。実際に月へ行って敗走して来たルーミアである。昔妖力の事を聞いて以来だから、気の長い人外基準で言っても恐ろしく久しぶりに見る顔だ。

 ルーミアの言う事には、

 

「月との戦争? そう言えば八雲の誘いで行った事があったね。だけどアレは戦争なんて上等な物では無かったよ。最初は月の兎と殴り合いをしていたけど、剣を持った女が出て来たと思ったら、神の力で稲穂でも刈り取るように薙ぎ倒して行った。一撃(ごと)に別の神の力を感じたよ。私は勝ち筋が見えなかったから即逃げに徹したけど、無事に帰れたのは一割にも満たなかったね」

 

 持つべき物は縁だなと思いつつ、事の次第を永琳に報告した所、剣を持った女の正体に心当たりがあるので行った先は間違い無く月だろうという判断になった。

 となると、名を八雲と言うらしい「境界の妖怪」は、実際に月へ行く能力と月への敵対意志とを持つという事だ。月人の追手から逃げるには、八雲の隠れ里に密かに侵入するのが最善手だと永琳の並外れて明晰な頭脳が告げている。そうすれば仮に居場所が月に漏れても、迫った追手に八雲が勝手に(・・・)応戦してくれるだろう。八雲が退けるようなら問題無いし、負けてもその間に別の場所に逃げられる程度の時間は稼げる。

 

 永琳は侵入計画をてゐに打ち明けた。取れる選択肢が二つあるからだ。

 

  ・永遠亭だけを転移させる。

  ・竹林を丸ごと転移させる。

 

 後者の選択肢を取った場合、てゐや兎達も八雲の隠れ里に行く事になる。八雲がどれ程の能力を持つか未知数の為、永琳はてゐの同意さえあれば竹林ごと行きたいと考えている。

 竹林が突如現れれば目立つが、兎達が姿を見せれば「此処は兎達が支配する地だ」という認識で決着を付け、永遠亭を隠す目眩ましになるだろう。誰しも一度疑問を抱いて決着した後に再び同じ疑問は持ち難い。「誰が住んでいるのだろう?」に「兎達が住んでいる」と解答を与えれば、次に変事が起こるまでは目を逸らせるという事だ。

 

 不意に重要な舵を渡されたてゐは悩んだ。

 長年暮らした地を離れるのなら抵抗があるが、竹林ごと移るのならそれ程問題は無い。

 積極的に同行しなければならない理由も無いので、結局てゐの気持ち次第という事になる。別の地に移り新たな刺激を得る事は精神面で健康に益する。更に東国ではこの辺りには無い薬草も見付かるだろうし、兎の健康第一という行動原理から考えて此処は乗るべきではないか。

 八雲の対応に些少の不安は残るが、てゐは竹林ごとの転移を望んだ。

 

 大規模な転移となれば術式の構築にも相応の時間が掛かる。

 てゐはその間に、出雲のオオクニヌシ様と、馴染みの射命丸くらいには遠方に引っ越す事を伝えておく事にした。

 久々に会ったオオクニヌシ様は、王として働いていた頃より肌艶が良くなっている気がした。少し思う所はあるが、御元気なら何よりである。東に行くのなら諏訪に行く機会があれば神奈子の嫁の顔を見て来いと言われたが、生憎(あいにく)直接転移なので諏訪に行く事は無いだろう。

 

「あそこに行くんですか。じゃあ私が行った時は竹林に顔を出しますよ」

 と射命丸が言うのを聞いて、この天狗は彼の地に行った事があるのだと思い出した。

 向こうでも会うのなら二度手間だったかもしれない。

 

 ー*ー*ー

 

 その後、転移の準備は予定よりも早く済んだ。向こう側からも此方を引き寄せる力が働いていたからである。永琳はそれに気付いた時、既に此方の所在も意図も割れているのかと思ったが、よく調べてみるとその引力には指向性が無く、あらゆる方向から幻想に属する存在を呼び込んでいた。それならば却って都合が良い。てゐが独力で転移を行ったと説明するよりも、この幻想を呼ぶ力も手伝ったとした方が説得力がある。

 憂いが一つ消えた永琳は、されど油断する事無く慎重に転移の術式を起動した。

 こうして、てゐと兎達と永遠亭の二人、更に竹林に住む妖精や動物、偶々(たまたま)迷い込んでいた妖怪も巻き込んで、「迷いの竹林」は八雲の隠れ里、又の名を「幻想郷」へと転移した。

 

 折しも人の世は戦国、日の本が乱れに乱れ弱き人々が神仏に縋る時代。太古より因幡国高草郡に住まい、人間を見守って来た土地神が忽然と姿を消した。

 鎮守の竹林から神の気配が消えた事に気付いた神社関係者は慌てたが、運気上昇や疾病快癒等の白兎大明神様の加護は途絶えていなかった。訳あって御隠れになられたが我らが見限られた訳では無いのだと、人々は感謝を新たにしたと言う。

 実際には人間を見守って来た心算(つもり)は無く、加護も信仰に対して自動的に与えられているのだが、神の心を人が知る由は無く、また知らない方が良い事実でもあった。


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