東方狡兎録   作:真紀奈

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幻想郷にて
状況確認


 八雲の隠れ里に着いたてゐが最初に取り掛かったのは周辺地理の確認であった。転移が無事成功したのなら、竹林の周辺には知らない風景が広がっているはずである。

 てゐは配下の妖獣を数匹ずつの班に分け、それぞれ違う方向に走らせた。各班はその方向がどうなっているのかを調べ、何かあれば一匹がすぐに村で待つてゐに知らせに戻ることになる。妖獣でない普通の兎達は、てゐと一緒に村で待機だ。

 初めに戻って来たのは東に向かった一団であった。報告によると、東側に竹林を抜けて程近くに人里らしき建物と炊煙を見たと言う。此処は八雲が妖怪を集めた隠れ里であり、兎達のダイコク村とて一見人里のような外見をしているのだから、それが人里とは限らないのだが、てゐはまずその人里らしきものへ接触してみる事にした。報告に来た兎を村に残し、他の班から危急の連絡があれば東に行ったてゐの元へ来るよう言い残す。

 人里であろうが無かろうが、それだけ近いのなら否応無く今後関わり合う事になる。

 先方は既に突如竹林が現れた事に気付いているだろう。その状況で後手を打てば、初対面の時には敵対関係という事にもなりかねない。疑念を抱かせる前に此方から接触する必要があった。

 何にせよ初手を間違わない事が肝腎だ。てゐは、一息気合を入れなおして東に向かった。

 

 ー*ー*ー

 

 報告によれば見張りが一人立っているだけの筈の門に農具などで武装した複数の人影が集まっているのを見て、てゐは思わず漏れそうになった溜息を我慢した。竹林の外で待っていた東班の兎達と合流した時点で見えた風景である。人間と妖獣との視力の差はあるが、向こうからも複数の人影が竹林から現れて立ち止まっている事くらいは見えるだろう。

 いきなり警戒されてしまったのは計算外だが、一度警戒させてそれを無事解けば無実の者に疑いを向けた負い目もあり疑われ難くなるのではないかと前向きに考える事にした。永琳の立てた永遠亭隠蔽策の応用である。

 てゐが眷属達を置いて一人で門に向かうと、向こうからも一人の大柄な男が向かって来た。

 剣呑(けんのん)な雰囲気の男が口を開く前に、てゐは第一声を発した。

 

「私は後ろに居る兎達の主、因幡てゐと申します。まず私達は争い事を起こす心算(つもり)はありません。住処(すみか)の竹林と共に此の地にやって来たばかりで右も左も解らず、事態把握の為に手下を方々に走らせておりました」

 

 丁寧な態度に毒気を抜かれた様子の男は、己の後ろにあるのが人間の里だと話し、兎達は人間を襲わないとしても、竹林に住む他の妖怪は大丈夫なのかと尋ねた。てゐが幼い少女のような風貌をしているのも警戒を緩めさせた一因だろう。

 懸念がそれだけならば、てゐとしては好都合であった。転移の際に巻き込まれた妖怪は居るかもしれないが、其奴等は竹林に迷ってそう簡単には出られない為、危険は少ない。説明の際に竹林に(みだ)りに入り込まぬよう釘を刺せるのも、併せて好都合である。

 

「あの竹林の竹は成長が早く、更に住み着いた妖精達が悪戯をして迷わせている為、竹を越える程高く空を飛ぶ事が出来なければ、容易には外に出られません。私が関知する限りではそれが出来るような妖怪は竹林に居ません。竹林を自由に出入り出来るのは住み慣れている私と兎達だけです。人間も迷ってしまうので、彷徨(さまよ)う妖怪の餌になりたくなければ入らない方が良いでしょう。兎が先に見付ければ外まで案内しますが、安全の保障は出来かねます」

 

 一息に言い切ると、てゐは先方の反応を待った。一言断り一度門に戻った男は、数分の話し合いの後戻って来て、概ね信用したいが、入ったら本当に出られなくなるのか自分が確かめてみたいと言った。裏切られるかもしれないのに豪胆な男である。

 

 男を連れたてゐは、竹林に入り外の光が届かなくなる程度に奥まで連れて行くと、半刻後に迎えに来ると言い残して更に奥に消えた。兎以外の妖怪の姿を見たら大声で呼ぶように言い付けるのも忘れてはいない。この男がうっかり殺されてしまったら人里との関係は最悪になるのだ。

 半刻後、男は竹林を出られていなかった。来た方向に向かって歩き出すと、突然眩暈(めまい)がして倒れ込み、立ち上がってみればどの方向を見ても通った記憶が無い。今通って来た筈の道さえ解らず、少しでも見覚えのある方へ歩き出したが、やはり出る事は叶わなかった。

 予告通りに現れたてゐに先程起こった事を話すと、あの眩暈が妖精による幻惑であり、その効果が切れる前に周りの竹が成長して風景を変えてしまっていると教えられた。依然見覚えの無い風景を歩きながら話しているうちにあっさり外に出たので、てゐが自由に出入り出来るというのも恐らく本当だと確認できた。

 

 男と共に人里の門で待つ人間達の所に戻ると、てゐは基本的に相互不干渉としようと提案した。永遠亭という隠したい物がある為、あまり深い関係になるのは宜しくない。人里側としても問題は無さそうだが、此処に居る者の一存では決められず、人里の長の裁可を仰ぐ為保留とした。回答は二日後てゐが人里に聞きに行くと決めて、この場は御開きとなった。

 

 ダイコク村に戻ったてゐは、既に戻って来ていた他の方向に向かった兎達からの報告を受けて、人里のある方向以外は暗く瘴気に覆われた森が広がっている事を知った。瘴気は健康に良くないので立ち入らないよう兎達全員に通達し、差し当たり周囲の把握は済んだものとした。

 

 ー*ー*ー

 

 そして二日後、人里に向かったてゐは人里の長と会談し、普段は相互不干渉とする事と、互いに助けを求められたら応じる事を決めた。人間の手に負える程度の事で助けを求めるとは思えないので後者の条項は片務的とも取れるが、目くじらを立てる程の事では無いので飲み込んだ。

 その代価とばかりに此処はどういう場所なのか尋ねると、各地から妖怪が集まって来るこの一帯は妖怪達に「幻想郷」と呼ばれており、この里は妖怪退治を生業とする者達がそれを目当てに移住して来て出来たのだと言う。近くに他の人里は無い為、里の者は単に「里」や「人里」等と呼んでいるが、敢えて名を付けるなら「幻想郷の人里」だろう。

 

 こうして「迷いの竹林」の兎達は幻想郷の一員としての歩みを始めた。一連の経緯は既に八雲も把握しており、後日八雲の式である九尾が確認しに来たが、これは確認と言うより「お前達の動向は把握しているから何を企もうと無駄だ」という脅しの側面が強かった。

 ただ、迷いの竹林に住む「他の住民」についての詰問は無かった。これを八雲の眼から永遠亭を隠し通せていると素直に受け取って良いものかどうかはわからないが、当面は追及されないというだけで良しとする他無いだろう。


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