東方狡兎録   作:真紀奈

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因幡てゐ

 人化可能になった「彼」はルーミアと別れた後、兎の姿で眷属達に会いに行って眼の前で人型になって見せた。

 人型になれるようになった事、どうやらいつの間にか妖怪になっていたらしい事、そしてこれから名を貰いに出雲に行く事を告げると、「彼」は人型のまま村の外に駆け出した。

 名を頂きたいのもあるが、ルーミア曰く可愛らしい人型の姿をオオクニヌシに見せたかったのだ。

 別に恋愛感情がある訳ではない。確かにオオクニヌシは大変な美形だが、「彼」の前世は人間の男性である。兎として生まれ育って自身も幾度か子を産んで来た為、雄兎の格好良さは魂で理解してしまったが、人間の男性に対して恋愛感情を抱くなど考えられなかった。

 オオクニヌシに対する「彼」の感情は、昔お世話になった近所のお兄さんが大出世したので凄く尊敬している、というようなものだ。

 もう千年程も会っていない事もあり、気が(はや)った「彼」は全速力で出雲へ向かった。

 

 一日も掛からずに着いた出雲は、何やら物々しい雰囲気で「彼」を出迎えた。

「彼」は不思議そうにしているが、童女が人には出せないとんでもない速度で走って来たら警戒するのが当然である。

 遠巻きに囲みながら誰かと問うて来る兵に、「彼」はダイコク村の長であると告げ、兎の姿に変わって見せた。近隣に兎の怪異が現れそうな場所などダイコク村しか無いのだから、もう身許は証明されたようなものである。

 一応オオクニヌシ本人に伺いを立てた後、問題無く目通りが叶う事になった。

 

 久々に会ったオオクニヌシは、王の威厳を増すばかりか、以前には感じられなかった神々しい力が備わっているようだった。

 以前は「彼」に妖力が無かった所為で感じられなかったのかもしれない。

 人々の信仰によって生み出されるこの「神力」の御蔭でオオクニヌシは千年経っても壮健なのだろう。

 さて神々しさに呆けてばかりはいられない。

 御前に進み出た「彼」は、早速人型に変化し拝謁の口上を述べた。

 オオクニヌシは少し驚いた様子だが、妖獣と化した事にすぐ思い当たったようで、一つ確認したい事があると言った。

 

「妖獣となったのなら、人間を襲ったか?」

「否、此の身は草食の兎であり、()して能力は『人間を幸運にする程度の能力』。何故人間を襲いましょうや」

 

 返答に満足した様子のオオクニヌシは、続けて今日は何をしに来たのかと問うた。

 打てば響くとばかりに「彼」は名を頂戴したいと答え、オオクニヌシは暫し考え込んだ。

 

「ふむ、(ぬし)の村は因幡国にあるから、姓は因幡。因幡てゐと名付ける」

 

 その瞬間、「彼」の、否、てゐの体にオオクニヌシの神々しい力の一端が入り込んだ。名付けによって強い縁を結ばれた神の眷属に幾許かの神力が与えられたのだ。

 今は慣れない力が増えて少し体が動かしにくくなったが、じきに馴染むだろう。

 てゐは感謝の意を告げ御前を辞そうとしたが、まあ待てと呼び止められた。

 なんでも子を紹介したいと言う。

 直々の眷属となったのだから子と同じようなものだという論が正しいかどうかはさて措き、紹介したいと言うなら当然受けるべきだろう。

 呼ばれたのは注連縄を背負い、宙に浮いた何本もの柱を従えた女性だった。名は八坂神奈子、軍神であると言う。特別気が合いそうではないが、向こうに隔意は無いようなので、悪い関係にもならないと思えた。

 その日は出雲に泊まり、人化して初めての宴会に参加した。

 酔ったてゐはありったけの力で参加者全員の幸運を祈り、能力を発動させた。

 その御蔭かは定かでないが、この先十年以上も出雲には災害が寄り付かなかったと言う。


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