東方狡兎録   作:真紀奈

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大脱出

 オオクニヌシが神殿に蟄居(ちっきょ)させられてからも、ダイコク村は概ね今まで通りだった。

 出雲一帯の支配権こそ差し出したものの、てゐはオオクニヌシ個人の眷属のままであるし、仮にそうでなくとも支配者が変わっても被支配層の生活に顕著な影響は出ないものだ。

 オオクニヌシは神殿改め出雲大社から出る事が出来なくなったが、元より外出する事は少なかった上に、一つの建物にずっと閉じ込められる訳ではなく、断りを入れれば神域内なら出歩ける。

 併合された王国の元王にしては寛大な処置と言えるだろうか。

 

 出雲を出て行った神奈子は、遠く諏訪まで遠征し現地の強大な祟り神を苦戦の末下して諏訪大社の支配者に収まった。服属した祟り神の監視の為に諏訪を離れられず、軍神としての戦働きは出来なくなったとの事だ。神奈子も滅ぼされた王国の遺民であり侵略は気が向かなかった所に、丁度良い口実だったのかもしれない。

 

 ダイコク村には余り変化が無かったが、てゐには変化があった。

 永き時に渡り兎達を支配する幼い姿の神「白兎大明神」に対する信仰が近隣の人間から発生し、俄かに神力が増しているのだ。

 オオクニヌシに神力を分け与えられて以来、僅かな力である為殆ど意識もしなかった神力だが、最近では妖力に匹敵する程の大きさになっている。

 と言うのも元々てゐの妖力は、数千年と極めて長生きな割には全く大した事が無い。

 年を経る毎に多少増えてはいるのだが、精々が中小妖怪程度にしかなっていない。

 兎の妖獣という種族的な問題なのか、どうにも荒事には向かないようなのだ。

 

 大きくなって来た神力の扱いを練習し始めたてゐであったが、これも荒事には向かないらしい。妖力で桃色の球体を作るのと同じように白色の球体を作る事は出来たが、土や木で試した所、攻撃力は同量の妖力の時よりも下がっている。

 一方で長年の手慰みに覚えて来た妖術の要領で結界術や治癒術を試してみれば、妖力よりも効率良く行使出来そうだった。

 薄々気付いてはいたことだが、此の身は前衛型ではなく後衛向きらしい。

 自分が妖力を持つと知った頃、もう遥か遠く忘れかけた前世ではあるが男の子だった事もあるてゐは、人並みに戦士的なものに対する憧れがあった。諦めざるを得ない現実に、少し神奈子が羨ましくなった。

 

 ー*ー*ー

 

 また随分と時が経ち、妖力をとっくに越えて増える神力の扱いにも習熟して来た頃。

 神々と人間を月に移住させると大和からのお達しがあった。

 何故そんな事をするのかと言えば、近頃凶悪な妖怪が増え、都市すらも危険に晒されているからだそうだ。

 (そもそ)も妖怪というモノは、怖れや恨み等の人間の負の感情が世界に満ちる妖力、又の名を「穢れ」とも呼ばれる力と結び付いて生まれる存在である。長生きした獣が妖力を取り込んで変化する妖獣と違い、生まれた時から人間に対する害意を持つ。

 その力は大抵が一対一なら完全武装の兵士を上回り、何時か出会ったルーミアのような大妖怪ともなれば一軍にも匹敵するだろう。

 力が増すに連れて好戦性が無くなる理由は知られていないが、大妖怪が頻繁に人間を襲撃する事が無いというその事実によって均衡が保たれている現状だ。

 

 いずれにせよ、人間は妖怪による襲撃に耐えかねて、月への脱出を決定した。

 月には生命が無い為か妖力、或いは穢れが全く無い。これにオモイカネが開発した穢れの発生を抑える術式を組み合わせる事で、理論上は永久に妖怪の発生を止められると言う。

 また副次的な作用として、穢れの無い状態では人間が不老になる可能性があるとも言われており、この副次的な作用に多くの人間が飛び付いた。

 結果として、大和の勢力圏つまり西日本ほぼ全域の人間が月への移住を希望した。

 そうなっては神々も黙ってはいられない。人間からの信仰が神力の源だからだ。強大な神力を持たない神々は(こぞ)って移住を希望し、計画の主導的立場だったオモイカネとツクヨミとの想定を遥かに越えて大規模な移住計画が進んでいる。

 蟄居しているオオクニヌシや祟り神の監視任務がある神奈子は移住を許されない。

 出雲系の神以外との交流が無いてゐも、勿論残留を決めた。

 

 ー*ー*ー

 

 やがて時が至り、月への移住計画が実行された。

 諏訪等の土着神の影響が強い地域を除き、大和の人間殆どが都に集まりロケットに乗り込んだ。

 有史以来初めてと言える程の数の人間が集まった為、妖怪の襲撃も熾烈を極めた。

 ルーミアを含め3体もの大妖怪が参戦し、護衛任務に就いた多くの兵士が犠牲になったと言う。

 

 斯くして西日本から人間の姿が消え、後に越の国や武蔵の国から人間が移動して来るまでの間に、高度な文明の遺産は破壊し尽くされた。人間が居なくなっても人間に対する破壊衝動が消えない妖怪達が無人となった都市を破壊して回ったのだ。

 そして西日本各地に東国から来た人間が居着いた頃、地上に残った人間達の文明はてゐの記憶していた「古墳時代」の程度まで後退していた。

 てゐはそれに気付いた時、前世の歴史の真実もこうだったのかもしれないと一晩悩んだとか。


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