東方狡兎録   作:真紀奈

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土蜘蛛

 神々と人間達が月へと去ってから、東国に居た人間達がやって来るまでの間。

 因幡の国から人間の姿は消え、都市も破壊し尽くされ、広がる山と森と荒野とに兎等の獣達が暮らしていた。

 妖獣を含め殆どの獣には良い影響しか無かったが、人間の信仰が無くなった為、てゐの神力は刻々と少なくなって行った。

 とは言えそれまでも大した力がある訳ではなかったし、神力が減って困った事は無い。

 妖怪もまた人間の負の感情が無くなった所為で弱体化し、力の弱い者は耐え切れず消滅しているので、外敵の危険はむしろ減っている。

 無人となった出雲では、依然強い神力に覆われている出雲大社をぽつんと残すように一帯が破壊されていた。オオクニヌシ程の有名神(ゆうめいじん)になると、今更信仰が止まった所でちょっとやそっとでは存在が揺らぐ事は無い。(そもそ)もオオクニヌシの名は今回月に脱出した者達以外にも轟いているので、完全に信仰が無くなった訳でもなかった。

 

 ー*ー*ー

 

 強い行動力を持つ人間達が居なくなって今まで以上に日々変わらない生活を送るダイコク村に、久しく訪れなかった来客が訪れた。

 其れはまだ姿も見えない頃から妖力を感じる程の強大な存在である。

 てゐは妖獣となっている兎を辺りに潜ませ警戒態勢を敷いたが、先方は意に介した様子も無く変わらぬ速度で接近して来る。

 近くに寄れば息苦しくなる濃密な妖力に顔を(しか)めつつ、小山のような巨体の蜘蛛を見て、てゐは来客の正体を察した。

 

『土蜘蛛』

 それは巨大な蜘蛛の姿をした怪異であり、反抗や疫病の概念を根幹とした強大な妖怪(・・)である。

 姿こそ実在する蟲の蜘蛛にそっくりだが、蜘蛛が変異した妖獣ではない。

 てゐは知らないことだが、ロケット打ち上げを妨害した3体の大妖怪のうちの1体でもある。

 その大妖怪が何の用で此の地に、否それ以前に何故力が減衰するのを承知で西に留まっているのか。人間の負の感情に依存する純粋な妖怪連中は既に東に去っている筈だ。

 まずは目的から質した。

 

「白兎大明神殿、警戒せずとも何もしないよ。力を大きく失う前に地底に退く心算(つもり)でな。地底には亡者の怨念やら怨霊そのものやらが未だ漂って妖怪には住み良い。しかし暫くは地下に籠る前に、地上の行った事が無い辺りも見てみようという訳だ」

 

 そういう事情ならば邪魔をしようとも思わぬが、やはりその巨体と膨大な妖力は物騒である。

 せめて騒ぎを起こさず旅をしてくれないかと頼めば、人型は窮屈だから嫌なんだよなと渋りながらも人化してくれた。茶色の装束を纏った少女の姿である。

 余談ではあるが力のある存在が人の姿を取る際は寿命に対しての現在の年齢が反映される。最初から神として生まれた類の神は寿命自体が無い為この限りでは無いが、神に「なった」者や妖怪は概ねその法則に従う。

 てゐの寿命は極めて長く、また普段から健康に気を遣って生きている事でまだまだ伸びており、何時まで経っても幼い姿である事がこの時点でほぼ確定している。本人は知らないが。

 

「目的は違うかもしれないが、『闇の』や『境界の』も西でうろついているらしいから、この辺にも来るかもな」

 

 最後に厄介な懸案を残して、二度と会う事も無いだろう大妖怪・土蜘蛛は去って行った。

 

ー*ー*ー

 

 その後、「闇の妖怪」ことルーミアは漆黒の巨大な球体の目撃証言という形で周辺に来ていた事が確認されたが、接触して来る事は無かった。

 一方の「境界の妖怪」については土蜘蛛から聞いた以外は一切の情報が無かった。余程秘匿性が高い能力を持っているのか、土蜘蛛が話に出す程の強大な妖怪である筈なのに、噂ですら出回っていない。後に幻想郷で出会うまで、てゐが「境界の妖怪」と遭遇する事は無かった。


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