Qui se ressemble s'assemble (似たもの同士は自然と集まるものだ) 作:タカハシ サツキ
Je ne peux pas vivre sans toi. (あなたがいなければ私は生きていけない。)
『はぁ、はぁっ...』
柄にもなく、全力で走る。
デスクワークにかまけて鈍った体を恨めしく思ったのは、デートに遅刻してしまった時以来だ。
結局、今も大して変わらない。
私がたとえどんなに急いだって...
ーーーーーー
(...ごめんなさい、ムル。思った以上に仕事が立て込んでしまって...)
(...問題ない。上映は始まってしまったが、
シアターへの途中入場は可能だ。)
(そうだったわね、なら...ちょっと、大丈夫よ。
汗くらい...自分で拭えるから。)
(そうか。)
ーーーーーー
『巨人が一人、死んだらしいな。』
『しかも、息子の手によって。』
『鎖で絞殺だとさ。頸椎骨折、即死らしい。』
『首の血管が詰まって壊死して、
黒ずんでいたらしい。』
『あぁ、実の母になんて事を。
そんな事を出来てしまうなんて、
なんて残虐で、恐ろしい男なんだろうか。』
いつもより数段強い頭痛に耐えながら、
重苦しい扉を開ける。
視線。視線。視線。
自分達が定義できる以外の形で存在する存在を決して許さず、法に基づく'正義'で以て断罪せんとする空間。裁判所。
『...なんで、弁護士席が空席なの?』
裁判長のガベルが、正午を告げる鐘と
混ざり裁判の開始を告げる。
目が眩む、最も陽差しの強い時間に。
『では...被告人、ムルソーの裁判を執り行う。』
いつも通り、世界が応えることは無いのでしょうから。
検察が証拠を提出する。鎖。
曰く、
『母親の皮膚片が付着しており、被告人の指紋が検出された。被害者は巻かれた鎖を天井の梁に引っ掛け、吊りげる形で絞殺されている。
事故や偶然を疑う余地は無く、明確な殺意のこもった行動であった。』
『...』
何故、彼は何も言わないのだろう。
周囲の荒れ具合は尋常ではなかった。
母親が暴れたどころか、
彼が全力で暴れたとしても、
壁に大きな爪痕が付いたり、窓のバリケードを捻じ切るなんてできる訳がない。
何か、あったのだろう。
母を殺さなければならない何かが。
殺害の事実はともかく、そこに至る事情を語れば情状酌量の余地はある筈なのに。
『被告人ムルソー、発言を許可する。
何か反論はあるか。』
『ありません。』
何も、語らない。
ただ他人に鎖を巻かれることを、
受け入れている。
目が合わない。私や裁判員を見ていない。
彼はずっと少し上を向いたまま、ひどく眩しそうに目を細めている。
『被告人ムルソー、このような凶行に
至った理由を説明しろ。それならば、
司法取引という形で減刑を行おう。』
『............太陽が、眩しかったからです。』
口先八丁で誤魔化そう、という声色ではない。
勿論、それをこそ最も嫌う彼が
虚飾を口にする訳もないのだけど。
質問に対して、自分の出せる適切な答えを
出しているという確信を感じた。
...わからない。
彼が今、私は見た事も感じたことも無い何かに
縛られ始めている様な気がする。
...私と共有し得ない痛みを、
感じてしまっている気がする。
『...被告人は、社会的規範や倫理観が著しく欠如した者であり、情状酌量や執行猶予その他の措置に足る人物ですらない。よって即刻、
シーシュポス刑とする。』
酷く、寂しい気がする。
私が、彼の理解者足り得なくなってしまい。
...彼が、私の理解者足り得なくなってしまったのではないか。
あまりにも恐ろしい想像が首をもたげた。
...あの場所でなら。
私が彼を定義し、私が彼を釘付け、
私の望むカタチに、縛り付けられる。
孤独の恐怖から逃れ、私だけが、
世間に馴染めない
異邦人であるという自覚を薄れさせられる。
...置いていかれずに、済むかもしれない。
『お待ち下さい。』
『シーシュポス塔の巨人として、その処置に反対致します。
被告人はシーシュポスシステムに対して甚大な損害を齎しました。
その様な人物の収容は、シーシュポスシステムへの更なる被害を引き起こしかねません。』
でも、ダメよ。私は巨人であるから。
世界を恐れる者だから。きっと、
互いが理解者でなくなったとしても。
その苦痛だけは鮮明に伝わってしまうから。
...少なくとも私には耐えられそうにないわね。
『...であれば、どのような刑をお望みですか?』
『...彼は史上類を見ないほど優秀な職員でした。
ただ処分するには惜しい。よって...
N社特異点に関わる事項の秘匿を前提として、
N社地域からの追放刑が妥当と考えます。』
『...了解しました。上位職員特別法に基づき、
判決をN社からの追放刑とする。
以後のN社地域での6時間を超えた滞在は不法となり、
滞在時間の超過及び機密の漏洩が確認された場合は再度裁判を行い、処罰を決定する。閉廷。』
『...面会時間は10分です。貴女であっても例外はありませんので、ご承知下さい。』
『ええ、わかったわ。ありがとうね。』
無理を言って、刑務官を部屋の外に出した。
まぁ、x社製の特殊合金で作った部屋なのだから、
元々警備も要らないと思うけどね。
静かに、扉を開ける。
『...』
椅子に対する不安は捻じ伏せて、座る。
恐ろしくても、そうしなければ目線が合わないから。
彼は、何も言わない。
『ねぇ、ムル。』
色々、聞きたい事はあったのに。
色々融通は利かせたけど、これから
外でどうするのだとか...
『...なんだ。』
なのに、
『...恋人の定義って、何かしらね?』
...なんで私は、こんな事を
聞いてるのでしょうね?
『...定期的にデートへ赴き、プライベートを共に過ごす。互いに...愛情を向け合う仲だろう。』
『...そうね。...私が、聞いた事があったでしょう?私を愛しているか、って。
貴方は何て答えたか、覚えている?』
『愛していない、と言った。』
『えぇ!...私には衝撃だったのよ?
もしかして、私には一切気が無くて...ただ、
気安い理解者であって欲しかったのかなって。』
『でも...私が付き合いましょうって言った時も、
私が貴方を恋人って呼ぶ様になっても、何回聞いたって貴方はそれを否定しなかった、でしょ?』
『...そうだ。事実を否定する必要はないから。』
『あら、嬉しい事を言ってくれるわね?でも、そうね、これからはきっと...
定期的どころか永遠に、会えなくなってしまうから。
私は、貴方の定義に基づくなら...元恋人。昔の女になってしまうわね?』
『......』
『...肯定も否定も、しないの?』
『...状況の変化に伴う、自然な関係の変化だ。
そしてその正否を判断するのは...今の私には酷く面倒だ。
だから...ジャンヌ、君がそう定義するなら...そうなのだろう。』
『...あらそう?なら...最後に好き勝手言っちゃおうかしら。』
死が私達を分かつまでもなく、
私と愛しいあの人は分かたれている。
私は彼ではなく、彼は私ではないから。
根本から違っている。感じる痛みの程度も。
でも痛みの耐え方は似通っていて、
なによりも...
二人で話す時だけは何故痛いのか、なんて事を説明する必要がなかった。
傷を覆う為に瘡蓋を引き剥がし、
膿を引き摺り出す為に傷口を広げる必要がなかった。
なんて幸福な時間だったのでしょうね。
この頭痛以外に意識を向けて
生きることができて。
この感覚を知る人と、
色々な事を分かちあえて。
...それでもきっと、理解はできていないのでしょう。
彼が母を殺した理由を何一つ弁明しないことも、
彼が裁判官達の語る【実の母にさえ情を持たない冷酷な殺人者】
という定義に縛られる事を許容している理由も、
私にはわからないのだから。
だからこそ、私にはわかりきった事だとしても...
伝えなくていい理由なんて無いのよ。
『Mon chéri...いえ、少し堅苦しいわね。』
嗚呼、私の愛しい人。私を理解してくれる人。
どうか、私の元に戻らないで。
この寂しさが解消できるなんて希望を思い出してしまって、何もかもに耐えられないから。
『それじゃあ...マ・ピュス。私の、愛しい人。』
でも、もし戻って来てくれるというなら...
『貴方を、ずっと。愛しているわ。
...どうか、元気でね。』
その時こそはきっと、離れないでね。
上位職員〜って言うのは完全に根拠のない妄想です。
一企業が地域政府みたいな事する統治体制なんだから、役員にそういう権限ありそうだなって...
それと彼女、ムルソーの事マピュスって呼ぶじゃないですか。
フランス語で私のノミって意味なんですけど、
家族みたいな親しい間柄での愛情表現なんですよ。
何でかって言うと...ずっと一緒に居る存在だからです。
ジャンヌの願いが籠ってると勝手に妄想してます。