ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
ロブロイは、結果の紙を折らずに鞄へ入れた。
2着。着差は5馬身。
トレーナーには、狙った位置を取れたことも、自分で仕掛けたことも評価してもらった。最後にもう1人へ差されず、2着を守ったところも。それは嬉しい。できたことまで消したくはない。
けれど、1着の欄は何度見ても自分ではなかった。
リーフに一緒に走ってほしかった。実際に来てくれた。あの直線で、隣に来たのが誰なのか、顔を見なくても分かった。
そこから先へ行かれた。
「ロブロイ」
準備室の手前で、リーフに呼ばれた。
走っているときにはまっすぐ上がっていたリーフの顔が、今は少し下を向いている。人に声をかけられるたびに立ち止まり、同じ返事を繰り返していたらしい。
「身体、平気?」
「はい。脚も大丈夫でした」
「よかった」
リーフはそれ以上言わなかった。ロブロイも、すぐには続けられない。廊下を行き交う人を避け、壁際へ寄った。
「おめでとうございます」
ようやく言うと、リーフが顔を上げた。
「ありがとう」
「一緒に出てくれて、嬉しかったです」
それは本当だ。だから、そのまま続けた。
「でも、悔しいです」
リーフは頷いた。笑って済ませようとしなかった。
「私、先にゴールしたかったです。誘ったときから、ずっと」
「うん」
「今日の差は、ちゃんと見ました。そのうえで、また勝負してほしいです」
リーフの目が、ロブロイへ向いた。
「私も、また走りたい」
「次も勝つつもりで行きます」
「私も」
ロブロイは息を吐いた。祝う言葉だけを選んでいるより、話しやすくなった。
「仕掛けたとき、どう思いました?」
「行かれた、って。私、まだ後ろで出口を探してた」
「そのまま、探していてくれてもよかったのに」
「それは、困る」
リーフが真面目に返し、ロブロイは少し笑った。笑うと、目に溜まっていたものがこぼれそうになった。タオルを顔へ当て、リーフに少しだけ待ってもらった。
*
ウイニングライブの準備が始まる頃には、リーフの方が言葉を失っていた。
「立つところ、ここで合ってる?」
「合っています。さっきも確かめました」
「うん。もう1回、確かめたくなった」
リーフは袖から舞台を見ていた。ロブロイも客席の広さに落ち着かなかったが、隣の耳が低くなっていくのを見ると、声をかけずにはいられない。
「練習した順番どおりです」
「分かってる。分かってるんだけど」
「私も緊張しています」
「……そう見えない」
「今、手が冷たいです」
ロブロイが両手を握り直すと、リーフも自分の手を見た。
出番になった。音楽が始まり、照明が点く。
中央へ出たリーフは、最初の数拍だけ顔が硬かった。それでも、教わった位置へ立ち、顔を上げた。歌い出しの声が少し細い。次の息継ぎで持ち直し、隣へ動くところも間違えなかった。
ロブロイも自分の歌う部分に集中した。笑顔を作ると、直線で追い抜かれた場面が一瞬だけ浮かぶ。それを抱えたまま、客席へ声を届けた。
舞台を降りると、リーフが笑顔を止めて壁際の椅子へ座った。
「走る方が、楽……」
「私も、今日は少し分かります」
ロブロイも隣へ座った。2人とも、しばらく水を飲んでいた。
榎本が戻ってきて、リーフへこの後の移動を伝えた。追加で声をかけてきた取材の件は、当日の予定を増やさず、改めて窓口で話すことにしたという。
「今、答えを決めなくていい?」
「大丈夫。今日は、決めてあった分が終わったら帰ろう」
リーフは目に見えて力を抜いた。
ロブロイのトレーナーも戻り、映像を確認する日を相談した。ロブロイは鞄からノートを出した。
「最後に並ばれたところを、もう1度見たいです。リーフさんに抜かれたところのあとです」
「2着争いの方?」
「はい。あそこで、もっと脚を使えたか知りたいです」
トレーナーは予定を書き込み、今日は回復を優先しようと答えた。
*
帰る前、観戦に来ていたトランセンドと会った。
「お疲れ。2人とも、まずは無事に終わってよかったね」
ロブロイは差し出された温かい飲み物を受け取った。指先に熱が戻った。トランセンドのスマホにはレースの映像が止まっている。
「結構、話題になってるよ。最後の加速、何が起きたって」
「今日は、見なくてもいい?」
リーフが尋ねると、トランセンドは画面を消した。
「おっけー。じゃあ、これはしまう」
「ごめん」
「いや、あたしが勝手に持ってきただけだし。ちなみに、あたしの次のレースも応援よろしく」
「もちろんです。いつですか?」
ロブロイが尋ねると、トランセンドは今度は自分の予定を見せた。3人で日付を確かめている間、少し離れたところを通った観客がリーフに気づいた。
「あの子じゃない? 9番の」
「最後、1人だけ脚が違ったよな」
「2着の子もいる。あっちも、早めに動いて残してたよ」
ロブロイは思わずそちらを見た。目が合うと、相手は小さく手を振り、連れと一緒に歩いていった。
自分の走りも、誰かが見ていた。
隣ではリーフが、飲み物の蓋を見つめている。たぶん、名前を覚えられることについて考えている。
「帰ったら、今日はゲームする?」
リーフが、ふいに聞いた。
「リーフさんが教えてくださったゲームですか?」
「うん。町を作る方。競わないやつ」
「少しだけ、してみたいです」
「じゃあ、画面見せる。今日は工場を増やさないで、家を建てる」
ロブロイは頷いた。次の勝ち方を考える時間は、トレーナーと決めてある。今夜はリーフの町に、自分ならどんな図書館を置くか考えることにした。