ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
ゼンノロブロイは、最後の直線で脚が重くなるたびに、少し前の自分を叱りたくなる。
あのとき、前へ出なければよかった。相手が速くなったところで、自分まで速くする必要はなかった。走り終えてからなら、原因を順に並べられる。
「今日は追いかけた時点で、気づいてたね」
担当トレーナーが、記録の横へ印を付けた。
「はい。でも、離されるのが気になって……」
「次は前半を決めた速さで走ろう。最後まで余裕を残して、そこから上げる感覚を覚えたい」
「お願いします」
秋のデビューまでに、できるようになりたいことがいくつもある。レース映像の中では、誰もが自分の脚で展開を変えていた。ロブロイも、後ろで結末を見届けるだけでは終わりたくない。
練習後、図書室の当番へ向かうと、窓際の席に見覚えのないウマ娘がいた。
暗い栗色の髪が頬にかかり、左耳には細い緑のリボン。読んでいるのは『灰の城と銀の騎士』の3巻だった。表紙が見えた瞬間、ロブロイの足は少し速くなった。
「あの、その本……」
「はい」
相手がぴたりと顔を上げた。叱られるのを待つような姿勢でこちらを見ている。ロブロイは慌てて首を振った。
「すみません。読むのを止めたかったんじゃなくて。私も好きなんです、そのお話」
「……ああ。うん」
相手の肩が下がった。
「3巻、読み終わりました?」
「2回目。城を出る前のところ」
「私、あの場面が好きで。みんなが止めるのに、1人で橋へ向かうところです」
誰かが行かなければ、追っ手は城へ入ってくる。自分も怖いのに、騎士は剣を取る。何度読んでも、その前の静かな数ページで胸がいっぱいになる。
ところが、相手は少し考えてから言った。
「橋、先に落とせばよかったと思う」
「……橋を?」
「物資を運び終わった日に。そうしたら、1人で守らなくても」
ロブロイは、相手が開いているページを見た。橋を落とす道具は、確かに2巻で出てくる。
「でも、向こう岸に残っている人たちがいます」
「あ、そうか」
「主人公は、その人たちを待ちたかったんだと思います」
「それなら、しょうがないか……」
相手は前のページへ戻った。ロブロイも隣の空いた椅子に座り、救助を待つ村人の話が出てくる箇所を一緒に探した。
閉室の20分前になって、互いの名前を知らないことに気づいた。
「私、ゼンノロブロイです。図書委員をしています」
「フライトリーフ。高等部の1年」
「今年、入学されたんですね」
「うん」
リーフは名乗ったあと、また本へ目を落とした。ロブロイも返却された本の確認を始めた。
次の話題を探さなくていい。リーフは本に戻っていて、ロブロイも落ち着いて貸出の処理を進められた。終えてから顔を上げると、リーフは眉を寄せて、さっきのページを読み直していた。
*
数日後、走路でリーフを見かけた。
ロブロイは、トレーナーに作ってもらったメニューを確認していたところだった。決めた速さを保つ800mを、十分に休みながら2本。その後は1人で仕掛けの練習をする。
リーフは、同じ走路へ入る前の準備運動をしていた。図書室より顔が上がっていて、こちらが声をかける前に気づいた。
「こんにちは」
「こんにちは。あの、今から走るんですか?」
「うん」
「もし速さが合うなら、少しだけ一緒に走っていただけませんか。800mを2本なんですけど」
ロブロイはメニューを見せた。リーフは距離より先に、開始時刻と終わる予定を確かめた。
「これなら、私が走る分の中に入れられる。先生には言ってある?」
「今、確認します」
トレーナーからも了承を得て、最初の1本を走り出した。
リーフは半歩前を進んだ。ロブロイが近づきすぎても、競うように速くならない。ロブロイから見ると、曲がっても、直線へ出ても、前を行く背中との距離が変わらない。普段ならつい相手を追ってしまう場所で、呼吸を整えることができた。
止まったとき、まだ脚に余裕があった。
「走りやすい……」
「遅かった?」
「いえ。いつも、このくらいで走るつもりなんです。でも、途中で速くなってしまって」
時計を持つトレーナーが、2人へ近づいてきた。
「ほぼ設定どおり。次も同じでお願いできる?」
「はい」
リーフの返事は短かった。2本目も、走り方は変わらなかった。
全部の練習が終わるまで、リーフは少し離れた場所で自分のランニングを続けていた。ロブロイが荷物をまとめる頃、ちょうど戻ってくる。
「4巻、借りられる?」
「はい。今ならあります」
「今日、寄っていい?」
「もちろんです」
歩きながら、ロブロイは3巻の最後について尋ねた。リーフは一度だけ後ろを見て、ほかに読んでいる人が近くにいないことを確かめた。
「主人公、あのあと休暇をもらうと思った」
「次は隣の国へ行きますから」
「知ってる。12巻まである」
「……長い休暇は、なかなか難しそうです」
リーフは気の毒そうな顔をした。騎士への感想としては珍しくて、ロブロイは笑ってしまった。
図書室へ入る前に、次の週も併走を頼んでみた。リーフは時間を確かめてから、同じように頷いた。