ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
最初のコーナーを抜けるとき、ロブロイは後ろを見なかった。
リーフがどこにいるかは気になる。けれど、振り返って探す間にも前は動く。今は、目の前の3人との間隔を崩さずに走る。
先頭の2人は、最初の直線で並んでいた。今は縦になり、すぐ前の子も少し腕の振りを小さくしている。ロブロイは呼吸を整え、同じ速さへ合わせた。
背後の足音が近い。オータムグロウだと、最初の位置取りで分かっていた。
京成杯では坂で前へ出られた。今日は、その坂へ来る前にリーフとの勝負を始めなければならない。
向正面へ入ると、前の子の背中が少し近づいた。速さが落ちたのだ。ロブロイも詰めすぎないように歩幅を変え、外側を確かめる。今なら出られる。
ここで動く。前の肩を避け、外へ出た。腕を振る幅を広げると、近かった背中が横へ移った。その前にいる相手もこちらへ気づき、脚の動きを速める。
ついてくる。ロブロイは、すぐに引かなかった。先頭まではまだ距離があるが、このまま曲線へ入れれば、リーフが追いつくまでに自分から勝負を作れる。
足音が、後ろから離れない。横目に見えたのは橙色だった。オータムグロウは、ロブロイが抜いた相手の外へ出ている。前へ並びかけてはこない。けれど、すぐ後ろにいる。
ロブロイはもう一段、速さを上げた。前の相手が腕を強く振り、進路を守る。簡単には抜かせてくれない。横へ並ぶまでに、思ったより何歩も必要だった。
脚は動く。息もまだ続く。ここまで来て、引く方が苦しい。
曲線へ入りながら前へ出る。先頭の子の肩を越えたとき、客席の声が変わった。誰かが名前を呼んでいる。聞き取ろうとせず、次に踏む芝を見る。
前が開いた。まだ、リーフは来ない。
ロブロイは腕を振り、先頭のまま走った。内側にいた相手が少し下がる。けれど、外側の後ろには、オータムグロウの足音が残っていた。
最後のコーナーを回る間に、肩が並んだ。
「っ……」
ロブロイは息を吐いた。オータムグロウの腕が、視界の端で動いている。京成杯の最後より、ずっと早い場所で並ばれた。ここで抜かれたら、先に動いた意味がない。脚を伸ばすと、橙色がわずかに下がった。ロブロイはそのまま直線へ出た。
正面に坂が見える。向こうにはゴールがある。あそこまで、先頭で。強く踏み込んだ。その瞬間、さらに外から別の足音が聞こえた。
オータムグロウの向こうに、リーフがいた。もう、そこまで来ている。
ロブロイは前を向いた。肩を固めない。腕を最後まで振る。練習で確かめたことを、ひとつずつ身体へ戻した。あと少しだけ速くなるために、足を置く場所を遠くする。
オータムグロウも上げた。2人の肩が、また並ぶ。
その外を、リーフが進んできた。
横にいる時間が短い。追いついてから息を整える間もなく、リーフの肩が前へ出る。腕の動きは大きいのに、身体が左右へ振れない。足が芝を離れるたび、少しずつ遠くなる。
ロブロイは追った。まだ、出せる。ここで終わりたくない。
息が喉へ引っかかった。脚を前へ運び、地面を押す。自分も速くなっているはずなのに、前の背中はさらに小さくなった。
『フライトリーフ、先頭! ここから差を広げる!』
実況の声が聞こえた。客席のどこかで、悲鳴に似た声が上がる。
リーフが坂を上がっていく。
あの子も、まだ速くしている。
ロブロイは奥歯を噛みしめた。足を出す。もう1歩、もう1歩。隣のオータムグロウも同じように踏み込み、互いに譲らず坂へ入った。
脚が重い。向正面で抜いた相手の肩が、頭に浮かんだ。前へ出るまでに、何度も上げた。今になって、その疲れが出ている。それでも、隣には負けたくない。
オータムグロウの肩が少し前へ出た。ロブロイは上体を起こし直し、腕を振った。橙色が近づく。まだ追える。
前でリーフがゴールした。客席が大きく揺れたように見えた。ロブロイはそちらを見ず、隣の肩を追い続けた。線が来る。最後まで脚を伸ばした。越えたあともすぐには止められず、数歩走ってから、ようやく速さを落とした。
オータムグロウの方が、先だった。
胸が大きく動く。吸おうとしても、吐く息が先に出る。ロブロイは両手を腰へ当て、前を歩く相手との距離を少しずつ空けた。
リーフは離れたところで振り返っていた。こちらを見つけ、何か言いかけたように口を開く。けれど声は届かず、ロブロイは顔を上げたまま、小さく手を動かした。
今は、まだ話せない。
*
掲示板のいちばん上に、リーフの番号が出た。
2着がオータムグロウ。3着がゼンノロブロイ。
1着と2着の間は、8馬身だった。
ロブロイは、数字を見たあとで、もう一度リーフを見た。大きな画面にもその姿が映っている。画面のリーフは掲示板で自分の番号を確かめ、片手を少し上げたところだった。
上げた手をどうすればいいか迷ったように、一度下ろしかける。それから客席を見て、今度ははっきり拳を握った。拍手が増えた。
リーフが勝った。
嬉しそうだ。さっき、紹介のときにはあんなに困った顔をしていたのに。
ロブロイは自分の手も握った。爪が手のひらに当たり、そこで力を抜く。あの場所に立つつもりで来た。リーフが笑うところを見たくて、一緒に出てほしいと頼んだわけではない。
オータムグロウが隣へ戻ってきた。まだ呼吸は大きい。
「後ろで脚をためさせてもらった」
途切れた声に、ロブロイは頷いた。
「気づいて、いました」
「だよね」
オータムグロウは掲示板を見上げた。自分とロブロイの間は、クビ差だった。その上の大きな差を見て、口元だけで笑う。
「京成杯の分は、返せたんだけどな」
ロブロイは返事を探したが、見つからなかった。オータムグロウもそれ以上は言わず、先にトレーナーの方へ歩いた。
ロブロイのトレーナーも、通路の入口で待っていた。こちらへ来ると、歩く様子を確かめてから声をかける。
「痛むところは?」
「ありません。脚は、重いですけど」
「分かった。まず戻ろう」
ロブロイは頷いた。もう一度だけ掲示板を見る。表示は変わらない。
トレーナーの隣へ並んだとき、ようやく声が出た。
「……勝ちたかったです」
トレーナーは歩く速さを緩めた。ロブロイも少しだけゆっくり歩き、次の息を吸った。