ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
翌朝、リーフは自分の名前が入った通知を、まとめて閉じた。
母から来た写真だけは先に見た。昨日の表彰の場面だった。リーフの顔より、父の指が大きく写り込んでいる。
『これは失敗した方』
次の写真では、ちゃんと顔が見えた。リーフはそちらを保存し、失敗した方も残した。あとで父に言うことができた。
ベッドから起きると、脚の重さはほとんど気にならない。窓を開け、着替えてから、机の端へ置いた本を取った。昨日はバッグへ入れたまま、1ページも進まなかった。
朝食と身体の確認を済ませたあと、榎本に呼ばれていた。
面談室へ入ると、机の上には昨日まで使っていた予定表と、別の紙が置いてあった。リーフはその紙の行数を見てから、椅子へ座った。
「増えました?」
「増えた」
榎本が紙を裏返した。
「でも、今日は全部決めない。先に、休みの話」
予定表には、今日と明日の練習が軽くなること、午後の時間を空けることが書いてある。昨日も聞いた内容だ。リーフは念のため、今週の提出物の締切を隣へ書き足した。
「今日の午後、ロブロイとゲームします」
「うん。何時から?」
「2時です」
「じゃあ、ここはそれまでに終わらせよう」
榎本が裏返した紙を戻した。取材、写真、短いコメント。リーフは上から見て、途中で指を止めた。
「生放送」
「出演できるか、という問い合わせ。受けると決まった話じゃない」
「それは、やめます」
「分かった」
榎本は印を付けた。次の行は、質問を先にもらえる文章の取材だった。前に受けたものと似ている。
「これは、何を聞かれますか?」
「まず質問を確認する。返答の日も含めて、それから相談しよう」
「はい」
知らない相手と、その場で次々に話すよりは考えられる。ただし、今日の午後を使うつもりはない。リーフがそう伝える前に、榎本は紙を脇へ置いた。
「今日は、ここまで。残りは私から返事をしておく」
面談室を出ると、廊下にいた生徒からおめでとうと言われた。ありがとうございますと返す。角を曲がった先でも言われ、今度は会釈もした。
増えている。
部屋へ戻ったら、しばらく出たくない。リーフは食堂の昼の時間を確かめ、先に借りていた本だけ返しに行った。
*
午後2時、ロブロイがゲームへ入ってきた。
通話がつながると、最初に聞こえたのは、何かを机へ積む音だった。
「本?」
「はい。画面の前へ置いてしまっていて」
「見えなかった?」
「半分ほど」
画面を隠すところまで積まなくても。
リーフは笑い、保存していた街を開いた。今日は、2人で作りかけた図書館を完成させる。やることは、昨日のレースより前から決めていた。
出かける誘いだったら、今日は断っていたと思う。知らない人と会わずに、部屋でだらだらしたい。けれど、ロブロイとは少し話したかった。
「今日は、図書館だけね」
「はい。あの、少し大きくしてもいいですか?」
「どのくらい」
ロブロイが選んだ建物が、画面に出た。最初のものより、明らかに大きい。
「少し?」
「この方が、本をたくさん置けそうなので」
「それ、買うときも言ってそう」
「……本棚のときは、言いました」
言ったんだ。
リーフは空いている場所へ大きな図書館を置いた。現実の部屋では、こんなに簡単に本棚を増やせない。ここなら好きなものを選び、気に入らなければやり直せる。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
ロブロイのカーソルが、建物の周りをゆっくり動いた。たぶん、いろいろな角度から見ている。
リーフはその間に、入口の近くへ噴水を置いた。寝る前に思いついたものだ。ロブロイがすぐに気づき、綺麗ですねと言った。
「ここに座って、本を読みたいです」
「ゲームの中でも?」
「はい。雨が降ったら、中へ入れるので」
リーフは少し考え、噴水のそばへベンチを置いた。
ゲームをしていると、何かを話し続けなくてもいい。ロブロイが画面を眺めている間、自分も好きなところを触っていられる。話したいことができたら声をかけて、返事のあとにまた黙る。
リーフはヘッドホンを少しずらし、机の飲み物を取った。昨日は、次に何を聞かれるかばかり考えていた。今日は、自分のペースで過ごしていられる。
「昨日、帰ってから本、読めた?」
「少しだけです。同じところを、何度も読み直してしまって」
「私も、全然進まなかった」
勝った方も、負けた方も、帰ってすぐ普段どおりにはならないようだ。リーフは画面の中の図書館を見た。借りている本の続きは気になるが、今はロブロイの返事を聞いている方が楽だった。
「今日も、眠かったら先にやめていいよ」
「眠くはないです。もう少し、遊びたいです」
間を置かずに返ってきたので、リーフは口元を緩めた。
「じゃあ、私も」
昨日、またゲームをしようと自分から聞いたとき、少しだけ気になっていた。ロブロイは、今はリーフの声を聞くのも嫌だと思っていないだろうか。そんな言葉は来なかったが、こうして遊び始めるまでは分からなかった。
向こうで、本のページをめくる音がした。
「あれ、もう読んでる?」
「いえ。今の図書館、挿絵で似たものを見た気がして」
ロブロイはしばらく探してから、見つかりませんでしたと言った。リーフは笑い、画面を少し遠くへ引いた。
街の真ん中に、図書館が大きく収まっている。近くの駅より大きかった。
「これ、図書館のための街みたい」
「……大きすぎましたか?」
リーフは完成した建物をしばらく眺めた。自分だけで遊んでいたら、たぶん別のものを選んでいた。こんなに大きな図書館を置こうとは思わなかっただろう。
「いいよ。ロブロイの作りたいの、見たかったし」
返事が少し遅れた。
「ありがとうございます。リーフさんは、次に何を作りたいですか?」
「今日は、ここまで。次は考えておく」
リーフは街を保存し、図書館が正面から見える角度に画面を戻した。図書館の入口へ、小さな人影が入っていく。
「今、入りましたね」
「うん」
ロブロイは、それだけで嬉しそうだった。
リーフは机の横へ置いた本を取った。通話はまだ切らず、栞を挟んでいたページを開く。
「ごめん、読みかけの本、先にちょっと読んでいい?」
「はい。私も読みます」
向こうでも、本を開く音がした。リーフは画面をそのままにして、読みかけの行へ目を戻した。