ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
紹介文の最後の1行で、リーフの指が止まった。
「この人、英雄になれなかったの?」
ロブロイは、書きかけのカードを覗き込んだ。図書室で次に並べる本の紹介だった。棚へ置く前に、同じ本を読んだリーフに見てもらっている。
王冠を得るために旅へ出た青年が、最後の戦いに敗れ、残った仲間を連れて故郷へ戻る話だ。ロブロイは、その帰り道の場面が好きだった。
「本人は、そう思っているのではないでしょうか。最後まで、冠を手にすることはできなかったので」
「でも、仲間は連れて帰ったよね」
「はい」
「私、あそこがいちばん格好よかった」
ロブロイはカードへ目を戻した。英雄になれなかった青年が、旅の終わりに見つけたもの。それで結んだつもりだった。
けれどリーフは、その最後に首をかしげている。
「失敗した話として読む感じになる」
「失敗だけでは、ありません。帰ったあとにも、大事な場面があるので」
「うん。だから、負けたところで、その人の話は終わってないと思う」
リーフは本を手に取り、後ろの方を開いた。栞を挟んでいなかったらしく、目当ての場面を探すのに少しかかる。
「このへん。私は、戦うところよりこっちが好き」
ロブロイも隣から読んだ。青年が帰り道で、仲間の荷物をひとつ持つ。長い台詞も、特別な活躍もない場面だ。
「……私は、戦うところも好きです」
「知ってる」
「ただ、あそこまで頑張ったのに、最後には届かなかったことも、ちゃんと書きたくて」
リーフは頷いた。すぐに否定せず、本の少し前へ戻る。
「そこは分かる。本人が悔しいのも。でも、なれなかった、って紹介するのは、ロブロイでしょ」
ロブロイはペンを持ち直した。
その青年が自分をどう思っているかと、ロブロイが読んで何を思ったか。途中まで同じ言葉で書いてしまっていたのかもしれない。
「リーフさんなら、どう書きますか?」
「私?」
「はい」
リーフはカードの余白を見た。しばらく考え、脇にあった下書き用の小さな紙を取る。ペンも借り、そこへ1行だけ書いた。
『帰るところまで読んでほしいです』
ロブロイはその1行を見つめた。
「短くありませんか?」
「最後の1行なら、これでよくない?」
「そこまで読む理由が、もう少しあると」
「前にいっぱい書いてある」
たしかに、カードの上半分には旅の始まりも、途中の戦いも書いてある。ロブロイはそこを読み返し、声を出さないように笑った。
「私、少し書きすぎましたね」
「少し」
リーフが言葉を繰り返す。ロブロイはカードを手元へ引いた。
「前にも、その言い方をされました」
「本屋でね」
「今日は、本は増やしていません」
「文章は増えてる」
ロブロイはペンを置き、一度、両手で口元を押さえた。
*
書き直したカードは、予定していた場所へ収まった。
英雄を目指した青年が、敗北のあとに何を選ぶか。最後の1行はそう変え、帰路の場面を読んでほしいことも短く添えた。リーフは少し離れて見てから、今度は頷いた。
「読んでくれるかな」
「どうでしょう。でも、前より伝わると思います」
棚にはほかの図書委員が選んだ本も並ぶ。明るい冒険の話や、主人公が何度も失敗する話。ロブロイは自分のカードだけ大きく見えていないか確かめ、少し位置を直した。
通りかかった生徒が足を止めた。
「これ、新しい特集ですか?」
「はい。今日からです」
ロブロイは横へ寄った。生徒は順に表紙を見て、ロブロイとリーフが紹介文を考えた本を手に取る。
「これ、最後は悲しい話?」
ロブロイは答えを選んだ。どこまで話すと、読む楽しみを奪ってしまうだろう。
「つらい場面はあります。でも、私は最後の場面が好きです」
隣でリーフが頷いた。
「帰るところまで、読んでほしい」
生徒は少し笑い、裏表紙を見た。
「じゃあ、借りてみます」
受付へ向かう背中を、ロブロイは見送った。空いた場所には同じ本をもう1冊置く。自分が書いた紹介を見て、読もうと思ってくれた。
リーフが小さく言った。
「借りていったね」
「はい」
返事が少し弾んだ。ロブロイは棚へ向き直り、別の本まで斜めになっているのを直した。
紹介文をどう書くかで悩んでいる間、ダービーの映像も、皐月賞の着差も頭から離れていた。こんなに長く別のことを考えたのは、ここ数日では珍しい。
リーフは隣の棚で、まだ読んでいない本を探している。ロブロイもその背を見ながら、先ほどの話を思い返した。
「私も、帰るところの場面、もう一度読もうと思います」
「うん」
「でも、やっぱり、勝つところも読みたいです」
リーフがこちらを見た。
「別の本なら、あるよ」
「はい。そうですね」
ロブロイは笑った。今は本の話をしている。リーフの返事も、ずっとそうだった。
次の担当が来たので、机の上を片づけた。貸出の記録を渡し、紹介文の下書きをまとめる。最後に残った小さな紙を、リーフが指した。
「それ、捨てる?」
リーフが書いた『帰るところまで読んでほしいです』の1行が残っていた。
「いいえ。栞にしてもいいですか?」
「私の字だけど」
「読めます」
ロブロイは紙を折り、本へ挟んだ。リーフは少し首を傾げたが、何も言わずに自分の鞄を持った。
「練習、何時から?」
「4時からです」
「私も。じゃあ、着替えてくる」
廊下へ出ると、別々の方向へ分かれた。ロブロイは鞄の中で本が曲がらないように直し、トレーナーの待つ場所へ向かった。