ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
隣でリーフが速さを上げても、ロブロイはすぐには追わなかった。
脚を出したくなる。並んでいた肩が前へ行くと、その分だけ自分が遅れているように感じる。けれど、今日はそこから試すと決めていた。
前半は自分の速さを保つ。最後に、自分で決めた場所から上げる。
リーフの背中が遠くなるのを見ながら、ロブロイは腕の振りを変えずに走った。目印へ来てから、地面を強く押す。脚が前へ出た。さっき追いかけるのを我慢した分、上げたあとも動きを保てる。
リーフは予定されたペースのまま先へ進み、先に練習区間を終えた。ロブロイも続いて走り切り、呼吸を整えながらトレーナーのところへ戻る。
「最後は?」
「途中で追ったときより、脚が動きました」
「うん。今の感覚を覚えておこう」
ロブロイはリーフを見た。榎本へ何か答えながら、タオルを受け取っている。先ほどの速さは、本人にとっては難しいものではない。
いくら脚を残しても、それだけで追いつけるわけではない。
「本番では、もっと離されるかもしれません」
トレーナーへ言うと、頷きが返った。
「そうだね。いつも同じ場所まで待つ、と決める練習ではないから」
「はい」
「追うか待つかを、その場で選べるようにしたい。皐月賞では、前へ出ることを優先しすぎた。今日は、別の走り方もできた」
ロブロイは自分の脚を見た。先頭へ出るまでに何度も上げ、最後に重くなった感覚は、まだ覚えている。あれを繰り返さず、リーフより先にゴールする。
難しい。けれど、前より早く動く、それだけを考えていた頃より、試したいことがある。
リーフが隣へ来た。
「次も、同じ速さでいい?」
「はい。途中で上げる場所は、少し変えていただけますか」
ロブロイがトレーナーを見ると、休憩を取ってからならと返った。榎本もリーフの状態を確かめ、次の内容を短く相談する。
誰かに合わせて、毎回ぴったり走れる。それだけでも、自分には簡単にできないことだ。ロブロイはタオルで顔を拭き、もう一度リーフを見た。
「ありがとうございます」
「うん。私も、途中で変える練習になるから」
リーフは飲み物を取った。それから少し考えるように、ロブロイへ顔を向ける。
「でも、私が上げても慌てて追わなくなったら、最後まで脚を残されるね。私も困るかも」
「はい。困っていただきたいです」
正直に答えると、リーフはボトルを口元から離した。
「今、ちょっと楽しそうだった」
「すみません」
「謝らなくていいけど」
リーフも少し笑った。
*
共通の練習を終えたあと、最後の仕掛けを考える時間は別々になった。
ロブロイはトレーナーと走路の端を歩き、前に相手がいる場面を確かめた。誰かが動いたら、自分も必ずついていくのか。その相手を抜いても、最後に脚が残るのか。
1度で正解は出ない。過去のレースでうまくいった仕掛けも、次のレースで相手の動きが変われば、通用しないかもしれない。トレーナーへ自分の考えを話すと、別の相手が動いた場合を聞かれた。
「そのときは、外へ出て追いたくなると思います」
「うん。そこで出る理由は?」
ロブロイは答えかけ、少し黙った。
置いていかれたくない。それだけでは、また同じことになる。
「前が、そのまま最後まで行ける速さなら、追います。でも、ほかの方もついていったら……少し、後ろで待てるかもしれません」
トレーナーは頷き、映像を進めた。答えをひとつに決めるより、見る場所が増えていく。
別の区間で、リーフが走り始めた。ロブロイはそちらを見かけ、映像へ目を戻した。見せてもらわないと決めた練習だ。
見なくても、速いことは分かっている。だから、今は自分の方を考える。
*
ロブロイが着替えを終えて外へ出ると、リーフが入口のところで待っていた。
「終わった?」
「はい」
「じゃあ、一緒に戻ろう。ちょっと聞きたいことがある」
ロブロイは鞄を持ち直した。リーフは歩き始めてから、こちらを見た。
「今日は、私が上げても来なかったよね」
「そういう練習でしたので」
「うん。でも本番で前が開いてたら、私、そのまま行くかもしれない」
ロブロイは頷いた。さっきトレーナーとも、その場合を話していた。
「だから、いつまで待てるかは、自分で見ないといけません」
「そうだね」
リーフは少し黙った。並んで歩く足音が続く。
「私、今、自分から作戦を話したね?」
「少しだけ」
「そっちは、全然教えてくれないのに」
ロブロイは、笑うのを我慢できなかった。
「でも、参考になりました」
「聞かなきゃよかった」
リーフはそう言いながらも、怒ってはいない。次の角で立ち止まり、夕食へ行く前に部屋へ荷物を置くと伝えた。
「またあとで」
「はい」
ロブロイはその背中を見送り、自分の部屋へ向かった。
机には、昼に受け取った手紙が置いてあった。京成杯を見てから応援しているという子からだった。皐月賞では最後まで走る姿を見たことと、ダービーでは勝ってほしいことが書いてある。
宛名は、ゼンノロブロイ。
フライトリーフの名前は、どこにもなかった。
ロブロイは椅子へ座り、手紙をもう一度読んだ。自分のレースを待っている人がいる。リーフを追うところだけではなく、自分が勝つところを。
返事の紙を出すと、書きたいことがいくつも浮かんだ。けれど、まずは見てくれてありがとうと書いた。そのあとに、ダービーでは勝ちたいです、と続ける。
ペンを止め、少し前の行を見直した。勝てるように頑張ります、と書き直そうか迷ったが、そのまま残した。