ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
自分の番号が2番目にあることを、ロブロイは何度も確かめた。日本ダービー、2着。
皐月賞より上へ来た。オータムグロウにも先着した。直線では、自分で決めた場所から上げられた。
それで、7馬身。
掲示板から目を下ろすと、リーフが榎本と戻っていくところだった。タオルを持って何か話し、途中でこちらへ気づく。ロブロイは頷いたが、まだ声を出せなかった。
自分のトレーナーが近づいてきた。身体の状態を答え、隣を歩く。脚は重いが、痛いところはない。前走のときより、出し切った場所がはっきり分かる。
「最後は、まだ上げられました」
ロブロイから言うと、トレーナーが頷いた。
「うん。オータムグロウを抜いたあとも、動けていた」
「リーフさんが来たところでも、もう一度」
声が少し詰まった。最後に並んだ肩を思い出す。自分も上げた。今までならそこで終わっていたところから、さらに脚を伸ばせた。
それでも、リーフは先へ行った。
「今日は、私も、よく走れたと思います」
「私も、そう思う」
トレーナーの返事を聞き、ロブロイは唇を噛んだ。
ここを直せば勝てた、と言えるような失敗が見つからない。自分ができるようになったことを使い、そのうえで離された。
「……少し、座ってもいいですか」
「うん。戻ったら、先に休もう」
ロブロイは頷いた。通路へ入ると、客席の声が遠くなった。そこでようやく、目元が熱くなった。
*
その日のうちに、ロブロイはリーフへおめでとうと伝えられた。
ライブの準備も、決められた動きもこなした。リーフは中央でまた少し緊張していたが、走路で見せた嬉しそうな顔も、何度か覗いた。
それを見るたび、ロブロイは嬉しくなり、それと同じくらい悔しくなった。
帰りの車では、本を開かなかった。スマホへ届いた応援への返事も、短いものだけにした。ダービー2着はすごい、と書かれた言葉を読んで、ありがとうございますと打つ。
嘘のお礼ではない。見てくれていたことは、嬉しい。けれど、そのあとに続けたい言葉がまとまらない。
リーフからも連絡が来た。
『帰ったら休む。映像は明日見る』
ロブロイはその文章をしばらく眺め、同じようにしようと思った。
『私も、今日は休みます』
返事をして、スマホを鞄へ戻した。窓の外を見ているうち、いつの間にか目を閉じていた。
*
翌日、トレーナーと見た映像では、自分の動きが思っていたより落ち着いていた。
向正面で、後ろから来た相手をすぐには追わない。最後のコーナーで出る場所を選ぶ。直線では、オータムグロウに並んでからも脚が動いている。
トレーナーが、そこを一度止めた。
「ここまで、昨日の自分の感覚と同じ?」
「はい。まだ走れると思っていました」
映像が進む。オータムグロウが下がり、リーフが外から来る。自分がもう一度上げた瞬間も、はっきり映っていた。
リーフの肩へ、少しだけ並び直しかける。そのあと、離れる。
ロブロイは最後まで見た。昨日の走りを、なかったことにしたくはない。前の自分にはできなかったことが、そこには映っている。
「次は、リーフさんに並ばれてからも競り合い続けたいです」
言うと、トレーナーは頷いた。
「そのために何が必要か、休んでから考えよう。春の分は、今日ここまで」
画面が閉じられた。ロブロイもノートを閉じた。最後のページには、昨日使えたことと、まだ足りないと感じたことが、並べて書いてある。
鞄へ入れる前に、使えた方をもう一度読んだ。
*
リーフが図書室へ来たのは、その日の午後だった。
ロブロイは借りていた本を返し、新しいものを選んでいた。今日は練習がない。読もうと思っていた長い物語にも、少し手を出せそうだった。
「ロブロイ」
呼ばれて振り返ると、リーフが入口のところに立っていた。手には本を1冊だけ持っている。
「もう、帰る?」
「いえ。これから選ぶところです」
「じゃあ、そのあと少し話していい?」
ロブロイは頷いた。リーフは急がせずに、隣の棚を見始める。
ロブロイは2冊を比べ、厚い方を選んだ。リーフに見られたが、今日は何も言われなかった。
貸出を済ませていつもの席へ座ると、リーフも向かいへ来た。
「今日、次のレースの相談はしませんから」
先に言っておくと、リーフが少し笑った。
「うん。私も、今日はその話じゃない」
スマホが机へ置かれた。昨日の直線の映像だった。
「ここ。私が来たあと、もう1回上げたよね」
ロブロイは画面を見た。午前中、トレーナーと止めたところと同じだった。
「はい。最後に使う分を、残していました」
「あれ、いつ決めたの?」
「決めていたというより、まだ出せると思ったので。オータムグロウさんを抜いたあとも、脚が動いたんです」
リーフは頷き、少し前から映像を見直した。
「そうなんだ。私、並んだら前へ出られると思ってたから、ここでびっくりした」
ロブロイは顔を上げた。
「びっくり、したんですか?」
「うん。だから、私も上げた」
答えは短かった。リーフは慰めるときの顔をしていない。自分が走っていて気になったところを、普通に聞きに来ている。
ロブロイは画面へ目を戻した。
あそこまでは、届いた。
勝負の全部をひっくり返すほどではない。それでも、リーフの中に自分の走りが残っている。どこで何をしたのか、知りたいと思ってくれるくらいには。
「次は、もっと長く隣で競り合いたいです」
「うん。私も、それは考える」
リーフはスマホを伏せた。
「今、お互いに、最後の競り合いで勝つつもりで話してる?」
「はい」
ロブロイが答えると、リーフは少し困ったように笑った。
「教えてもらったら、また対策が増えた」
「私も、言いすぎたかもしれません」
2人で小さく笑った。ロブロイは借りた本を机へ置き、表紙を撫でた。
昨日、勝って最初にリーフの顔を見るつもりだった。今、見ているのは、自分へ勝ったあとにも、こちらの走りを気にしている顔だ。次は、その顔を変えたい。
あの加速をリーフが覚えていてくれたことは、嬉しかった。今なら、本も読めそうだった。
「リーフさんは、何を借りたんですか?」
「これ。前に教えてくれた、短い方」
「ああ。最初の話が好きなんです」
「じゃあ、そこまで読んでみる」
リーフが本を開いた。ロブロイも、鞄から栞を取り出した。紹介文の下書きに使った、小さな紙だ。
ページを開いてから、向かいのリーフが思い出したように顔を上げた。
「そうだ。夏の新刊、出たらまた本屋行こう」
「はい」
返事をすると、リーフはすぐに目を下ろした。ロブロイも栞を机へ置き、最初の行から読み始めた。