ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
実家の机には、読みかけの本を置く場所が空いていた。
リーフは鞄から1冊取り出し、そこへ置いた。パソコンをつなぎ、持ち帰った課題は棚へ入れる。今日は移動だけで十分働いた。残りは明日の自分に任せたい。
ダービーのあとの6月は、授業に出て、少しずつ普段の練習へ戻った。取材も受けたが、榎本と選んだ分だけで終えた。夏休みに入ってからの帰省は、予定どおりだった。
「ご飯まで、何する?」
戸口から母に聞かれ、リーフはパソコンを指した。
「ゲーム」
「うん。聞くまでもなかったね」
「ご飯、何?」
「唐揚げ」
それなら、呼ばれたらすぐに行く。リーフは椅子を引き、しばらく遊んでいなかったゲームを開いた。1人で工場を作り、少しずつ大きくしていく。最後にどこを直そうとしていたのかは、もう忘れていた。
画面を眺めているうち、思い出してきた。もっと品物を作りたくて、途中で止まったのだ。今日は、止まったところが動けばいい。
以前の自分が置いた設備を見て、余計なものまで作っているなと思う。けれど、誰にも説明しなくていい。少し消して、別のものを置く。動き始めたところを眺めてから、また次を考えた。
リーフ、と階下で呼ばれたときには、窓の外が暗くなっていた。
*
食卓へ座ると、母が待ちきれない顔でスマホを出した。
「これ、見た?」
ダービーのあと、リーフが胸の前で手を握っている写真だった。
「見た。もう何回も」
「お母さんは、まだ見せてない」
「お母さんから見せてもらっても、同じ写真だよ」
母は気にせず、画面をリーフへ向けた。隣で父がご飯をよそっている。
「走ってるところもよかったけど、これがね。嬉しかったんだなって、すぐ分かるから」
リーフは写真を見た。あのときは、画面に映っていることを忘れていた。勝ったと分かってから、榎本へ話すまでの間のことは、今もよく覚えている。
「……嬉しかったよ」
「うん」
「でも、大変だった」
母は笑って、スマホを伏せた。唐揚げの皿を寄せられ、リーフは大きいものを選んだ。
食べ始めてしばらくすると、父が大学の資料のことを尋ねた。リーフは帰省前に、夏の見学へ行くつもりだと父へ話してある。
「どこを見るか、決まった?」
「情報系の学科があるところ。授業の説明と、学生が作ったものを見られるみたい」
「予約は?」
「した。学園に戻ってから行く」
父はそれで頷いた。母も、そこで習いたいことがあるのかと聞いた。
「自分で使うものを作ってみたい。読んだ本を記録するものとか。ゲームも、作る方はまだ全然分からないし」
「遊ぶだけでも、ずいぶん忙しそうだけど」
「それとは別」
言ってから、確かに時間は足りなくなりそうだと思った。リーフは唐揚げをもう1つ取り、見学の日までに課題を済ませることだけ、先に決めた。
*
翌朝は、改修の終わった地元の走路へ行った。
母も一緒に来たが、今日は時計を持っていない。空いている区間を選び、リーフはゆっくり身体を温めた。途中から少し速くし、風が頬へ当たるのを楽しむ。
前へ出たい相手はいない。決めた場所で誰かを抜く必要もない。もう少し走りたいと思ったので、戻る前に1周足した。
走路を出ると、母が自分の靴紐を結び直していた。
「お母さんも走った?」
「ちょっとだけ。あんたを見てると、座ってるのがもったいなくなって」
「じゃあ、もう少し待つよ」
「今日はこれで十分。帰ろう」
帰りに買ったアイスは、家へ着くまで袋に入れておいた。リーフはシャワーを済ませ、冷凍庫から取り出して、自分の部屋へ持っていく。
本を読んで、ゲームをして、眠くなったら寝る。昨日のうちに考えていた休み方へ、ようやく取りかかれた。
昼過ぎ、読み終えた本を閉じた。
最後に主人公が手紙を出さなかったのが、少し意外だった。途中までは、きっと送るのだろうと思っていたのに。納得はできる。でも、出した場合も読んでみたい。
リーフは隣へ顔を向けかけた。机の横にあるのは、自分で置いた鞄だけだった。
ロブロイは、ここをどう読んだのだろう。
スマホを取って感想を送ると、少しして返事が来た。最初は短かったが、続いて届いた文章は画面を何度か送る長さだった。
『長くなってしまいました。まだ続きがあるのですが』
まだあるんだ。
リーフはベッドへ座り直し、さっき閉じた本を開いた。ロブロイが挙げた場面を読み、そこは違うと思ったことを打つ。続きも送って、と最後に付け足した。
廊下を通った母が、開いていた扉から顔を出した。
「ロブロイちゃん?」
「何で分かるの」
「本を開いて、ずっと返事してるから」
そういうものだろうか。リーフはスマホを伏せずに、また届いた文章へ目を落とした。
「仲いいね」
「うん」
今さら隠すことでもない。母が階下へ戻ると、リーフは画面へ向き直った。
『私も、主人公には最後の手紙を出してほしかったです。でも、リーフさんはきっと、出さなくてよかったとおっしゃると思っていました』
『うん。手紙を出さなかった理由は分かるけど、相手が読んだらどうなったかも気になる』
ロブロイから、では、とまた続きが来た。リーフはゲームをするつもりだった時刻を過ぎても、その文章を読んでいた。
途中で、ロブロイが尋ねた。
『お休みの邪魔をしていませんか?』
リーフは本を膝へ置き、両手で返事を打った。
『今、したいことをしてる』
送信してから、さっきの感想へ戻る。最後の手紙のことは、もう少し聞きたかった。