ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
「そのゲーム、発電所を止めると町ごと真っ暗になるやつ?」
声をかけられた瞬間、リーフはスマホを伏せた。
練習後の休憩室には、まだほかの席も空いている。そこへ来て、なぜ自分に話しかけるのか。画面には、今夜配信される更新内容が表示されていた。怪しいものは見ていない。見ていないが、とりあえず伏せてしまった。
「トランセンド。こっち、座っていい?」
相手は自分の名を言ってから、椅子を指した。リーフは頷き、膝に置いていたタオルを畳み直す。
「……停電にはなる」
「だよね。昨日、全部止めちゃってさ。配線直しても動かなくて、調べたら起動用の電気までなかった」
「蓄電池は?」
「使い切った」
「小さい発電機、残ってない?」
「あれ、もう要らないと思って片づけたんだよねえ」
それはいけない。
リーフはスマホを起こし、自分の町の画像を出した。大きな施設とは別に、小さな発電機と燃料庫を残してある。
「ここだけ独立させる。主系統につなぐと、止まった工場が一斉に電気を使うから」
「へえ。で、こっちは?」
「予備。燃料を運ぶ装置も電気で動くから、切れたときに戻せなくて……」
説明の途中で、ロブロイが休憩室へ入ってきた。リーフを見つけ、次に画面を覗き込み、少し困ったように笑う。
「もうお帰りになったかと思いました」
「あ。図書室、寄るつもりだった」
「本を返すだけなら、まだ間に合います」
時計を見て、リーフは10分以上話していたことに気づいた。知らない相手との会話は苦手なはずだ。電線の話をしているうちに、自己紹介まで飛ばしている。
「フライトリーフです」
「あはは、今? ロブロイから聞いてたよ。いつも一緒に走ってるって」
それは普通に伝わる。誰にも言わないでと頼んだわけでもないし、頼むようなことでもない。
「リーフでいい」
「じゃあ、リーフちゃん。今度、町の全体も見せて」
「……電線が多いけど」
「いいじゃん。ちゃんと動く町、見たい」
ロブロイが画像の端を指した。
「ここ、お家ですか?」
「うん」
「工場が、すぐ裏なんですね」
「運ぶの、楽だから」
「寝るとき、うるさくないでしょうか」
リーフは、ゲームの住人の睡眠について、今まで一度も考えたことがなかった。
*
5月に入り、ロブロイの練習の設定が少し上がった。
最初は最後の200mだけ。翌週には、その手前からも速さを変えずに走れるようになった。ロブロイは毎回うまくいくわけではなかったが、失敗した翌日に無理をして取り戻そうとはしない。トレーナーと相談し、できた分を確かめていた。
リーフも頼まれた範囲を走った。余裕があることは、ロブロイも知っているだろう。それで構わない。この速さまで出せると知られても、学園には同じくらい走れる子が大勢いる。
この日は、トランセンドも自分の練習を終えてからやって来た。手首には新しい計測用の端末がある。
「最後の400mだけ、並んで走ってもらえない? 前に人がいるときと、横にいるときの表示を比べたいんだよね」
「走るデータ、どこかに載せる?」
「載せない。うちのトレーナーと、端末の使い方を考えるだけ。そっちにも見せるよ」
「あと1本なら」
指定された速さは、今のリーフが予定している運動量に収まる。そばにいた共通練習の指導者、榎本にも確認してから、ロブロイとの分を終えて走路へ入った。
トランセンドは最初の半分を後ろで、残りを横で走った。リーフは位置が替わっても速さを保った。
「おお。きれいに揃ってる」
「同じ速さでって言ったから」
「そうなんだけどさ。横に並んだとき、ちょっと上がったりするじゃん、普通」
トランセンドは端末を操作し、手元の時計とも比べた。ロブロイが後ろから覗く。
「私、最初に走ってもらったとき、すごく楽でした」
「分かる。もう1本、今度は逆側でどう?」
「今日は帰る」
「予定あり?」
「更新が来る」
トランセンドは一瞬だけ考え、それから指を鳴らした。
「あ、空中工場。そうだった」
「新しい輸送設備が増える」
「うちの町、まず電気からなんだけど」
ロブロイが笑い、3人で荷物をまとめた。榎本はリーフに、来週の共通練習で動きを見てもよいかと尋ねた。授業の予定表にある時間だったので、頷いた。
寮へ戻る途中、ロブロイが本の返却期限を確認していた。
「明日は図書室へ寄りますか?」
「たぶん。更新の具合による」
「では、続きの巻は戻しておきますね。今日、読み終えたので」
リーフは少し考えた。走ったあとに寄れば、本を受け取ってからでも夕食には間に合う。
「明日、今日と同じ時間?」
「はい」
「じゃあ、終わったら一緒に行く」
部屋へ戻ってパソコンを起動すると、更新にはまだ時間がかかりそうだった。リーフは待つ間に町の画面を開き、自宅の裏にある工場を少しだけ遠くへ移した。