ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
聞きたいことは、スマホに3つ書いてあった。
リーフは大学の門をくぐる前に、もう一度それを読んだ。最初に何と言えばいいかも考えてある。見学に来ました、は受付で使う。そのあとは、まだ分からない。
「先に、学科の説明でしたよね」
隣でロブロイが案内図を見ていた。
「うん。そのあと、作ったものを見せてもらえる」
「図書館の展示は、午後も開いているそうです」
「じゃあ、ご飯のあとにしよう」
リーフは、帰省から戻って本屋へ行ったときに見学の話をした。ロブロイにも付き合ってほしいと頼むと、大学の図書館を見られることも気になると返ってきた。申し込みを済ませ、今日は2人で来ている。
授業の説明を聞く部屋では、後ろの端に座った。リーフは資料に目を通し、知らない言葉へ小さく印を付ける。数学を使う話では、もう少し真面目に復習しておこうと思った。
ロブロイは隣で静かに聞いていた。すべてに同じように頷くのではなく、分からないところでは資料へ戻っている。それを見て、リーフも少し落ち着いた。
展示の部屋へ移ると、学生たちがパソコンの前で説明をしていた。リーフは端から見ていき、本の表紙が並ぶ画面の前で止まった。
読んだ本と、その感想を残すものだった。日付や題名で探すこともできるらしい。
「これ、同じ本をもう1回読んだときは、どうなりますか?」
リーフの質問に、説明していた学生が画面を切り替えた。
「読み終わった日ごとに、別の感想を残せます。前と違うことを書く人もいるので」
「前に書いた方は、消えないんですね」
「はい。比べて見られるようにしています」
それはいい。さっき用意した質問より先に、ほかにも聞きたいことが出てきた。
「途中まで読んで、やめた本も入れられますか?」
「今は入れられます。最初は読み終えた本だけだったんですけど、使ってもらったら、それも残したいと言われて」
リーフは画面を見直した。読んだ本を並べるだけなら簡単そうだと思っていたが、実際に使う人は、自分が思いつかなかったこともしたくなる。
「作ってからも、変えるんだ」
「かなり変えました。最初のものも見ます?」
頷くと、少し違う画面を見せてもらえた。横からロブロイが顔を寄せ、どちらにも同じ本が入っていることに気づいた。
「この本、私も読みました」
「本当? 最後が好きで」
今度はロブロイが話し始めた。リーフはその間にメモを取り、用意していた質問も忘れないうちに聞いた。
立ち去ろうとしたとき、学生が少しためらってから、名前を尋ねた。
「もしかして、フライトリーフさん?」
リーフの返事が一瞬遅れた。
「……はい」
「やっぱり。レース、見ました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
お決まりの返事までは出た。その先を考える前に、学生は展示の資料を渡してくれた。
「よかったら持っていってください。さっきの授業のことも載っています」
リーフは受け取り、もう一度礼を言った。廊下へ出てから、ロブロイを見る。
「こっちでも、分かるんだね」
「はい。でも、たくさんお話しできていましたね」
「あれは、聞きたいことがあったから」
スマホのメモには、来る前より文字が増えていた。リーフは読み直して、最後に、自分でも何か作ってみる、と書き足した。
*
昼食のあとは、ロブロイが案内図を持った。
図書館では、児童文学の小さな展示をしていた。古い版の本と、書き直した跡の残る原稿が並んでいる。ロブロイは最初のケースの前から、なかなか動かなかった。
「読んだことある?」
「はい。小さい頃に。ここの会話、初めは違う言葉だったんですね」
リーフも覗き込んだ。消して書き直した1行の下に、完成した本の同じ場面が添えられている。
「書き直す前の台詞、結構怒ってない?」
「そうなんです。ここを変えると、次の返事も違って聞こえます」
ロブロイは読んだことのない別の本の前でも足を止めた。リーフが隣へ来ると、さっき見つけた箇所を教えてくれる。
何でも知っているわけではない。知らないものを見つけるたび、読む方に夢中になっている。リーフは時計を確かめ、ロブロイが見終わるまで、気になった原稿をもう一度読むことにした。
1周して出てきたとき、ロブロイは薄い案内冊子を両手で持っていた。
「ここまで、付き合ってくださってありがとうございます」
「先に付き合ってもらったし。あの原稿、面白かった」
「はい」
返事をしたあとも、ロブロイは冊子を見ていた。気になる本が増えたらしい。リーフは閉館時刻の表示を見て、今日は追加で戻る時間はないと伝えた。
*
帰りの電車では、並んで座れた。
リーフはもらった資料を鞄へ入れ、ロブロイは展示の冊子を開いた。窓の外が動き始めてから、ロブロイが尋ねる。
「ここへ進学したいと思いましたか?」
「候補にはなる。ほかも見たいけど」
「来年も、見学に?」
「たぶん。そこまで、まだ決めてない」
ロブロイは頷いた。それから冊子を閉じずに、膝の上へ置いた。
「大学へ行ったら、今みたいに、毎日は会わなくなるんですね」
リーフは吊革の揺れから、隣へ目を戻した。
「今も、毎日じゃないよ」
「でも、図書室へ行けば会える日が多いので」
「うん」
「その先は、会う約束をしないといけないんだなと思って」
卒業したら、授業の時間も、住むところも変わる。図書室の向かいの席に、同じ相手が座っているとは限らない。リーフは少し考えたが、それは会わなくなる理由にはならなかった。
「じゃあ、約束すればいいよ」
ロブロイがこちらを見た。
「大学へ行っても、本は読むし。感想、言いたくなると思う」
「……感想聞きたいです」
「うん。だから、会おう。そっちが忙しかったら、私から行くし」
言い終えてから、どこへ行くかも分かっていないことに気づいた。ロブロイが遠くで暮らしていたら、今ほど気軽ではない。それでも、最初から会わないつもりで考える気にはならない。
「近ければ、だけど。遠かったら、日を決めて」
「はい。私からも、会いに行きます」
ロブロイの声が、少しはっきりした。
「予定は、まだ全然分からないよ」
「分かっています。でも、先に言っておきたくて」
リーフは頷いた。窓の向こうに駅が見えてきて、降りる場所を確かめるためにスマホを出す。
「その前に、来週の練習ね」
「はい。そちらは決まっています」
ロブロイも冊子を鞄へしまった。電車が止まると2人で立ち上がり、リーフが先に、乗り換えの表示を探した。