ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから……   作:Lagavulin

34 / 47
追いかける以外の勝ち方

 セントライト記念の出走者に、フライトリーフの名前はなかった。

 

 ロブロイは自分の名前を確かめてから、隣へ並ぶ相手の名前を見た。クレストレイル。夏に長めの距離で続けて勝ち、ここへ来たウマ娘だった。

 

 映像のクレストレイルは、早く動いても最後まで速さが落ちなかった。ロブロイには、後ろから追えば何とかなる相手とは思えなかった。今日、自分が見なければいけない相手の1人だ。

 

「リーフさん、来てるんだって?」

 

 声をかけてきたのは、そのクレストレイルだった。長く編んだ髪を背中へ払い、ロブロイの横へ立つ。

 

「はい。見に来てくれています」

「そっか。じゃあ、私のことも覚えて帰ってもらおうかな」

 

 軽い口調だった。けれど、視線は客席ではなく、これから走る場所へ向いている。

 

「私も、勝つところを見てもらいたいので」

 

 ロブロイが返すと、クレストレイルは笑った。

 

「ふふっ。あとで」

 

 相手がトレーナーのところへ戻り、ロブロイも足元を確かめた。中山の芝2200m。春に走った距離とも、これから目指す距離とも違う。今は、このレースを最後まで走る。

 

  *

 

 前半は、先頭を争う2人の少し後ろについた。

 

 クレストレイルは外側にいる。位置を上げるたび、編んだ髪が視界へ入った。ロブロイはその動きだけを追わず、前の2人の速さも見た。

 

 向正面で、先頭が少し緩めた。

 

 クレストレイルが動いた。前へ出て、そのまま少しずつ間を広げていく。ロブロイの前を走っていた相手も追おうとしたが、すぐには速さが上がらなかった。

 

 ここで、待たない。

 

 ロブロイは外へ出た。前の相手が上げるのを待って、そのあとから追えば、クレストレイルはさらに遠くなる。今の自分の脚なら、ここから続けられる。

 

 追いつくまでに全部を使わず、少しずつ間を詰めた。

 

 曲線へ入る頃、前の背中が近くなった。クレストレイルは振り返らず、速さを保っている。並びに行こうとすると、またわずかに上げた。

 

 簡単には、前をくれない。

 

 ロブロイも腕を強く振った。相手が上げた分に合わせ、その外から直線へ向く。近くにいた足音が後ろへ下がった。残ったのは、すぐ隣の1人だった。

 

 坂へ向かう。

 

 脚は重くなり始めている。けれど、身体を前へ運ぶ動きは崩れていない。クレストレイルの肩が半分だけ後ろへずれ、次の数歩でまた戻ってきた。

 

 ロブロイは歯を食いしばった。

 

 ここで勝ちたい。

 

 隣の相手より、先に線を越えたい。

 

 坂の上まで腕を振り続ける。クレストレイルの肩が下がった。今度は戻ってこなかった。ロブロイは目を逸らさず、残った距離を走り切った。

 

『ゼンノロブロイ、先頭でゴール! 春の悔しさを力に変えて、秋の初戦を勝ちました!』

 

 速さを落とすと、歓声がはっきり聞こえた。勝った。

 

 ロブロイは息を吐き、掲示板を見上げた。自分の番号がいちばん上にある。クレストレイルは2着。着差は1と1/2馬身だった。

 

 少し離れたところで、クレストレイルが両手を腰へ当てていた。目が合うと、苦笑いを向けられる。

 

「坂まで残ってたんだ」

「はい。何とか」

「私も残してたんだけどな」

 

 ロブロイは頷いた。だから、最後まで楽にはならなかった。

 

「おめでとう。次は京都で」

「ありがとうございます。私も、行くつもりです」

 

 トレーナーの顔を見つけたところで、ようやく笑えた。用意していた走りを使い、途中で自分でも選び直して、勝った。その話を、まずトレーナーへ伝えたかった。

 

  *

 

 リーフと会えたのは、必要な対応を終えてからだった。

 

 人の流れから外れた待合の席で、リーフが本を閉じた。隣には榎本もいる。ロブロイが近づくと、リーフはすぐ立ち上がった。

 

「おめでとう」

「ありがとうございます」

「坂のところ、声出た」

 

 ロブロイは目を丸くした。

 

「リーフさんが?」

「ちょっとだけ」

 

 榎本が横で笑っていた。ロブロイはどのくらいだったのか尋ねたくなったが、リーフは先に、スマホの映像を開いた。

 

「ここ。前の子が上げるの、待たなかったよね」

「はい。あそこで待ったら、先頭を追う距離が長くなるので」

「そのあと、ずっと速かった」

 

 リーフの指が、曲線へ入る手前で止まった。ロブロイは隣から画面を見た。

 

「後ろから追う側は、嫌だっただろうなと思って見てた」

「嫌になっていただけると、いいんですが」

「今度、私にもやって」

 

 ロブロイは顔を上げた。リーフも映像から目を離し、こちらを見ると、少しだけ口元を緩めた。

 

「どのくらいで追えばいいか、気になる」

「普段の併走で、最後だけでは分からないと思います」

「うん」

「レースでは、練習の設定より速く走りますから」

 

 リーフは頷いた。

 

「だよね。今日、そう思った」

 

 出走する、という返事ではない。それでも、今日の自分の走りを、今度は相手として受けたいと言ってくれた。

 

 ロブロイは、自分のトレーナーの方を見た。まずは今日の疲れを取ること。次の予定は、そのあとに相談する。先ほど聞いた言葉を、忘れてはいない。

 

「戻って、休んでから、またお話ししてもいいですか?」

「うん。今日はお祝いの方」

 

 リーフは映像を閉じた。代わりに、帰りに寄れる店を見せてくれる。ロブロイが好きだと言った焼き菓子が、メニューの写真にあった。

 

「時間、合えば。トレーナーたちとも一緒に」

 

 ロブロイはトレーナーを見た。短い時間ならと頷いてもらい、リーフへ顔を戻した。

 

「行きたいです」

 

 リーフも頷いて、本を鞄へしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。