ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
セントライト記念の出走者に、フライトリーフの名前はなかった。
ロブロイは自分の名前を確かめてから、隣へ並ぶ相手の名前を見た。クレストレイル。夏に長めの距離で続けて勝ち、ここへ来たウマ娘だった。
映像のクレストレイルは、早く動いても最後まで速さが落ちなかった。ロブロイには、後ろから追えば何とかなる相手とは思えなかった。今日、自分が見なければいけない相手の1人だ。
「リーフさん、来てるんだって?」
声をかけてきたのは、そのクレストレイルだった。長く編んだ髪を背中へ払い、ロブロイの横へ立つ。
「はい。見に来てくれています」
「そっか。じゃあ、私のことも覚えて帰ってもらおうかな」
軽い口調だった。けれど、視線は客席ではなく、これから走る場所へ向いている。
「私も、勝つところを見てもらいたいので」
ロブロイが返すと、クレストレイルは笑った。
「ふふっ。あとで」
相手がトレーナーのところへ戻り、ロブロイも足元を確かめた。中山の芝2200m。春に走った距離とも、これから目指す距離とも違う。今は、このレースを最後まで走る。
*
前半は、先頭を争う2人の少し後ろについた。
クレストレイルは外側にいる。位置を上げるたび、編んだ髪が視界へ入った。ロブロイはその動きだけを追わず、前の2人の速さも見た。
向正面で、先頭が少し緩めた。
クレストレイルが動いた。前へ出て、そのまま少しずつ間を広げていく。ロブロイの前を走っていた相手も追おうとしたが、すぐには速さが上がらなかった。
ここで、待たない。
ロブロイは外へ出た。前の相手が上げるのを待って、そのあとから追えば、クレストレイルはさらに遠くなる。今の自分の脚なら、ここから続けられる。
追いつくまでに全部を使わず、少しずつ間を詰めた。
曲線へ入る頃、前の背中が近くなった。クレストレイルは振り返らず、速さを保っている。並びに行こうとすると、またわずかに上げた。
簡単には、前をくれない。
ロブロイも腕を強く振った。相手が上げた分に合わせ、その外から直線へ向く。近くにいた足音が後ろへ下がった。残ったのは、すぐ隣の1人だった。
坂へ向かう。
脚は重くなり始めている。けれど、身体を前へ運ぶ動きは崩れていない。クレストレイルの肩が半分だけ後ろへずれ、次の数歩でまた戻ってきた。
ロブロイは歯を食いしばった。
ここで勝ちたい。
隣の相手より、先に線を越えたい。
坂の上まで腕を振り続ける。クレストレイルの肩が下がった。今度は戻ってこなかった。ロブロイは目を逸らさず、残った距離を走り切った。
『ゼンノロブロイ、先頭でゴール! 春の悔しさを力に変えて、秋の初戦を勝ちました!』
速さを落とすと、歓声がはっきり聞こえた。勝った。
ロブロイは息を吐き、掲示板を見上げた。自分の番号がいちばん上にある。クレストレイルは2着。着差は1と1/2馬身だった。
少し離れたところで、クレストレイルが両手を腰へ当てていた。目が合うと、苦笑いを向けられる。
「坂まで残ってたんだ」
「はい。何とか」
「私も残してたんだけどな」
ロブロイは頷いた。だから、最後まで楽にはならなかった。
「おめでとう。次は京都で」
「ありがとうございます。私も、行くつもりです」
トレーナーの顔を見つけたところで、ようやく笑えた。用意していた走りを使い、途中で自分でも選び直して、勝った。その話を、まずトレーナーへ伝えたかった。
*
リーフと会えたのは、必要な対応を終えてからだった。
人の流れから外れた待合の席で、リーフが本を閉じた。隣には榎本もいる。ロブロイが近づくと、リーフはすぐ立ち上がった。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「坂のところ、声出た」
ロブロイは目を丸くした。
「リーフさんが?」
「ちょっとだけ」
榎本が横で笑っていた。ロブロイはどのくらいだったのか尋ねたくなったが、リーフは先に、スマホの映像を開いた。
「ここ。前の子が上げるの、待たなかったよね」
「はい。あそこで待ったら、先頭を追う距離が長くなるので」
「そのあと、ずっと速かった」
リーフの指が、曲線へ入る手前で止まった。ロブロイは隣から画面を見た。
「後ろから追う側は、嫌だっただろうなと思って見てた」
「嫌になっていただけると、いいんですが」
「今度、私にもやって」
ロブロイは顔を上げた。リーフも映像から目を離し、こちらを見ると、少しだけ口元を緩めた。
「どのくらいで追えばいいか、気になる」
「普段の併走で、最後だけでは分からないと思います」
「うん」
「レースでは、練習の設定より速く走りますから」
リーフは頷いた。
「だよね。今日、そう思った」
出走する、という返事ではない。それでも、今日の自分の走りを、今度は相手として受けたいと言ってくれた。
ロブロイは、自分のトレーナーの方を見た。まずは今日の疲れを取ること。次の予定は、そのあとに相談する。先ほど聞いた言葉を、忘れてはいない。
「戻って、休んでから、またお話ししてもいいですか?」
「うん。今日はお祝いの方」
リーフは映像を閉じた。代わりに、帰りに寄れる店を見せてくれる。ロブロイが好きだと言った焼き菓子が、メニューの写真にあった。
「時間、合えば。トレーナーたちとも一緒に」
ロブロイはトレーナーを見た。短い時間ならと頷いてもらい、リーフへ顔を戻した。
「行きたいです」
リーフも頷いて、本を鞄へしまった。