ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
リーフは、「三冠を期待しています」と声をかけられることが増えた。
リーフが菊花賞へ向けた練習をしていると伝わってから、廊下で声をかけてくる相手も、そのつもりで話すようになっていた。まだ返事をしていない話まで、外では少しずつ進んでいる。
榎本は、出走は検討中だと答えてくれていた。それでも、楽しみにしていますという声までは止まらない。
その日のロブロイは、違うことを言った。
「リーフさんの三冠を、私が止めたいです」
リーフは借りる本を持ったまま、ロブロイを見た。
図書室の当番が終わり、今度の出走の相談をすると聞いていた。だから、驚かないようにして来たつもりだった。
つもり、ではあった。
「止めるために、来てほしいの」
「はい」
「私が出なかったら、三冠にはならないけど」
「それでは、私が止めたことになりません」
返事が速い。
リーフは近くの椅子へ座った。ロブロイも隣ではなく、向かいへ座る。手帳は持っていたが、今日はすぐに開かなかった。
「皆さん、リーフさんが3つとも勝つところを見たいんだと思います」
「そう言われるね」
「でも、私は先にゴールしたいです。三冠を見せてくださいとは、お願いできません」
リーフは本を机へ置いた。ロブロイは、三冠達成を阻んででも勝つつもりで誘っている。
「止めたら、私、かなり悔しがると思うよ」
「はい」
「泣いちゃうかもしれないよ?」
ロブロイはすぐには答えなかった。けれど、視線は逸らさない。
「……私に負けて、悔しいと思ってほしいです。泣いたら、一緒に泣いてしまうかもしれません」
光景が簡単に想像できる気がした。
普段は、本を読み終わるのを待ってくれる。食堂で席を取っておいてくれるし、面白いものを見つけると教えてくれる。その同じ声で、今日は自分を負かしたいと言っている。
「応援してくれる人より、ずっと遠慮ないね」
「応援する日もあります。でも、今度は私も走るので」
リーフは小さく笑った。ロブロイも、そこで少しだけ笑った。
*
開かれた手帳には、京都へ行く日が書いてあった。
ロブロイの方は、トレーナーと準備を進めている。リーフには榎本と作った予定があり、授業と提出物のことも確かめていた。見比べると、一緒に練習できる日は多いが、最後の調整までは同じではなかった。
「この日は、別なんだ」
「はい。私の方で確かめたいことがあるので」
「分かった。そこは聞かない」
リーフは自分の手帳を開いた。遠征から帰ったあとの休みも入っている。夏に取れた時間を思えば、書いてあるだけの休みではない。
人の多い場所へ行く負担は、またある。京都は、ここから近くもない。けれど、今日の練習では長く走ったあとにも速さを上げられた。身体がどこまで動くかは、榎本へ隠さず伝えてある。
ロブロイの新しい走りを、本番で受けてみたい。
それに、ここまで2つ勝った。
リーフは菊花賞の日付を見た。初めから三冠が欲しくて走ったわけではない。それでも、最後の1つを目の前で取られるところを想像すると、思っていたより嫌だった。
「……出る方で、考えてる」
ロブロイの手が止まった。
「まだ、トレーナーに返事してないから。先にそっちと話す」
「はい」
「三冠を止められるかどうかは、別ね」
ロブロイは深く頷いた。そのあとで、ようやく、待っている間の緊張が顔から抜けた。
「ありがとうございます」
「さっきまで、私を悔しがらせたいって言ってたのに」
「それも、本当です」
リーフは手帳を閉じた。一緒に走りたいのも、負かしたいのも、本当なのだろう。
「来ていただけたら、3つとも、一緒に走れますね」
ロブロイが言った。
「3つとも、ロブロイに誘われたレースだけど」
「……はい。そうなります」
それを聞いたロブロイの顔が、さっきより嬉しそうになった。
リーフは理由を聞きかけ、やめた。聞くと、また今すぐ返せない言葉が来そうだ。
*
翌日、最後の確認をしてから、リーフは榎本へ出走すると伝えた。
榎本は予定表を直し、現地での時間をひとつずつ確かめた。リーフも、移動する日は人と話す用事を増やしたくないと伝える。前に相談していたとおり、事前の取材は数を絞ることになった。
「ロブロイからは、何て言われた?」
聞かれ、リーフは少し黙った。
「三冠を、止めたいって」
榎本が顔を上げた。
「そのために、来てほしいそうです」
「……そう」
榎本は笑いかけ、それから、リーフをまっすぐ見た。
「止めさせる?」
「嫌です」
自分でも、思ったよりすぐに答えた。
「ここまで勝ったので。出るなら、全部勝ちたいです」
「分かった。そう走れるように準備しよう」
面談室を出てから、ロブロイへ返事を送った。登録に関することは榎本からトレーナーへ伝えてもらえるが、出ると決めたことは、自分から言いたかった。
『菊花賞、出る。3つ目も取りに行く』
すぐに既読が付いた。返ってきた文章は、短かった。
『お待ちしています。渡しません』
リーフはその返事を残したまま、明日の練習時間を開いた。