ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
京都の客席には、三冠という文字がいくつも見えた。
ロブロイは準備を終え、走路へ向かう手前で立ち止まった。フライトリーフの名前を呼ぶ声が聞こえる。春から勝ち続けたウマ娘が、最後の1つも取る。その瞬間を見たくて来た人が、今日は大勢いる。
リーフは少し離れたところにいた。榎本と短く話し、タオルを渡している。こちらに気づくと、歩いてきた。
「人、多いね」
「はい」
「前より、応援のセリフが長い」
ロブロイは客席へ目を向けた。リーフの名前に続いて、三冠を取ってくれと呼ぶ声がする。
トレーナーから声がかかり、ロブロイは返事をした。
「また、あとで」
「うん」
リーフが榎本の方へ戻っていく。その背中を見てから、ロブロイも歩き出した。
途中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。客席の一角に、ゼンノロブロイと書かれた応援のボードがある。こちらが顔を向けると、大きく振ってくれた。
「勝って!」
声が届き、ロブロイは頷いた。
自分の勝利を待っている人もいる。その前で、よい走りだったというだけで終わるつもりはない。
*
クレストレイルは、ゲートへ向かう前から落ち着いていた。
セントライト記念のあと、ロブロイは相手の映像を見直した。クレストレイルは最後まで大きく速さを落としていなかった。先に動いた相手より、ロブロイの方に力が残っていたのだ。今日は距離も走る場所も違い、同じ形で勝てるとは限らない。
「京都で会えたね」
目が合うと、クレストレイルが言った。
「はい」
「今日は、私が先に行くから」
それが、どこで前へ出るという意味なのかは聞かなかった。ロブロイも、自分で決めた走り方は話さない。
春のクラシックを一緒に走ったオータムグロウは、ここにはいない。秋は距離を延ばさず、別のレースを選んでいた。代わりに、長い距離を得意とする相手が何人もいる。
ロブロイはゲートへ入り、前を見た。
3000m。自分が最後まで力を使う場所を、途中で見失わない。
*
走り始めると、すぐに坂の上りがあった。
ロブロイは前の集団へ入り、外から来る相手との間隔を確かめた。クレストレイルはさらに前へ進み、先頭を争っていた相手のすぐ後ろにつく。
最初の坂を越え、下りへ入った。
脚は自然に前へ出る。ここで速さを上げたくなるが、ロブロイは腕の振りを大きくしなかった。今日はもう一度、この坂を越える。最初から最後のつもりで走らない。
客席の前へ来ると、歓声が急に近くなった。
『フライトリーフは中団、前を見る位置! ゼンノロブロイはその前です!』
名前が聞こえた。ロブロイは後ろを見ず、前の足音に自分の呼吸を重ねた。リーフがいる場所より、今は自分が無理なく走れているかを確かめる。
最初の正面を通り過ぎ、向こう側へ回る間に、クレストレイルが先頭へ出た。
前にいた相手も引かなかったが、少しずつ後ろへ収まった。クレストレイルはそこから、楽に追わせるほどには緩めない。縦に続いた列の間が、わずかに広がった。
ロブロイは近くの相手を見た。呼吸の大きくなった子がいる。けれど、自分の脚はまだ動く。前半に無理をしなかった分を、ここから使える。
次の坂が近づく前に、前との間がまた開き始めた。
クレストレイルが上げた。
待っていたら、あの子の好きな速さで最後まで行かれる。
ロブロイは外へ進み、前の相手と肩が重ならなくなってから脚を伸ばした。腕の振りを少しずつ大きくし、速さを上げる。いきなり追いつこうとはしない。坂の向こうまで、これを続ける。
1人を抜いた。もう1人の肩へ並び、その先を見る。クレストレイルは前にいる。こちらの動きが分かったのか、背中の位置が簡単には近づかない。
ロブロイはもう少し力を使った。
脚は応えた。夏に何度も確かめた、速さを保ったまま長く走る感覚がある。最初に残し、途中で無駄に使わず、ここへ持ってきた分だ。
『ゼンノロブロイが上がってきた! 先頭のクレストレイルを追って、坂の手前から動いていく!』
後ろから、別の足音が近づいた。
ロブロイは顔を向けなかった。今、上げた速さを緩める方が怖い。ここで少しでも前へ行き、先に下りへ入る。
クレストレイルの肩が、近くなった。長く編んだ髪の横へ、自分の腕が出る。相手も上げた。ロブロイはその動きに合わせ、坂の上まで踏み込んだ。
『フライトリーフも動いた! 外から先頭へ迫ってくる! 離陸の準備に入ったか、二冠ウマ娘もここで前を追う!』
リーフの名前が聞こえた。
もう来た。直線まで待たずに、ここで追ってきた。
ロブロイは前を向いたまま、脚を動かし続けた。来てくれたことを喜ぶのは、あとにする。今は、その先へ行く。