ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから……   作:Lagavulin

4 / 47
一緒に来てほしい

 ロブロイは、東京の芝2000mを走る自分を何度も想像していた。

 

 トレーナーとの相談で、デビューは秋を目指すことになっている。夏までに基礎を固め、集団での走り方を練習し、状態を見て具体的な日を決める。まだ出走表に名前はない。それでも、最後の直線で前へ出るところまでは思い浮かべられた。

 

 近頃は、その想像の中にもう1人増えていた。

 

「リーフさんは、いつ頃デビューするんですか?」

 

 練習を終え、木陰のベンチで水を飲んでいるときだった。リーフは蓋を閉めてから、ロブロイを見た。

 

「する予定、ないよ」

「……まだ決めていない、ということですか?」

「今のところ、出ないつもり」

 

 聞き間違いではなかった。

 

 ロブロイは自分の膝に置いた予定表を見た。リーフにも似たようなものがあって、そこに夏か秋の予定が書かれていると思っていた。

 

「走るのは、お好きですよね」

「うん。すごく」

「でも、レースは……」

「大勢に見られるのが、ちょっと」

 

 リーフは少し言葉を探した。

 

「ちょっとじゃないか。かなり。走る前も嫌だけど、走ったあとに名前を覚えられるのが嫌」

「話しかけられるから?」

「知らない人にね。練習を見たいとか、次はいつとか。たぶん悪気はないんだけど、毎回、急に返事を考えるのに疲れる」

 

 普段、リーフは挨拶の前に少しだけ間を置く。ロブロイにはすぐ返せるようになったが、初めて会う指導者には、何を言われるか待ち構えているような顔をする。

 

「1回走ったら、その日で終わりにはならないでしょう」

「はい……」

「私、放課後に本を読んで、ゲームをして、ここで走れたら結構満足なんだ」

 

 ロブロイは、リーフが町の配線を説明していたときの声を思い出した。あの時間も、この併走も、本人が大切にしているものだ。

 

「ごめんなさい。私、当然みたいに聞いてしまって」

「ううん。トレセンにいるんだし、普通はそう思う」

 

 リーフが荷物へ水筒を戻した。これで話を終えれば、いつものように図書室へ行ける。ロブロイも、そうするべきかもしれないと考えた。

 

 けれど、予定表の10月の欄を見ると、言わなかった言葉が喉に残った。

 

「それでも、誘ってもいいですか」

 

 リーフの手が、鞄の持ち手から離れた。

 

「私、リーフさんとレースに出たいです」

 

 先ほどの説明を聞いたうえで言うのは、わがままだ。ロブロイは相手の顔を見ながら続けた。

 

「一緒に走るようになって、前より練習が楽しみになりました。終わったら本の話をしようとか、今日はもう少し長く並んで走れるかもしれないとか。朝から、そんなことを考える日があるんです」

「……うん」

「私のデビュー戦にも、リーフさんがいてくれたらって、ずっと考えていました。応援してもらうだけじゃなくて、同じスタートから走って、最後に勝負したいんです」

 

 リーフは黙って聞いている。うつむかずにいてくれるので、ロブロイも最後まで言えた。

 

「私は、勝ちたいです。大きなレースにも出たい。そのために強くなりたいし、できれば、リーフさんと一緒に強くなりたいです」

「……一緒にレースに出て、私に勝つために?」

「はい」

 

 答えたあとで、自分でも驚いた。頼み事をしている相手へ、ずいぶん正直に言ってしまった。

 

 リーフは口元を緩めた。

 

「そこは、譲らないんだ」

「……譲りたくないです」

 

 ロブロイは両手で予定表を押さえた。

 

「リーフさんと走るのが好きです。だから、私にとって大事なレースでも、一緒に走ってほしいです」

 

 今度こそ言い終えると、耳が少し熱くなった。リーフはすぐには答えず、ベンチの前の地面を見ていた。

 

「今、出るって約束はできない」

「はい」

「ライブも、観客も、その後も、まだ分からないことが多いから」

 

 ロブロイは頷いた。急いで撤回したり、冗談だったことにしたりはしなかった。

 

「でも、練習は続けたい。私も」

 

 ロブロイが顔を上げると、リーフがこちらを見ていた。

 

「それは、今、言える」

 

 ロブロイは予定表を鞄へ戻した。折らずにしまうつもりが、角が引っかかる。リーフが鞄の口を少し広げてくれた。

 

「ありがとうございます」

「大事な予定表、曲がりそう」

「そっちも、ですけど」

 

 立ち上がったあと、リーフが一歩遅れてついてきた。

 

「そんなに考えてたんだ」

「……はい」

「私、来週のゲームの予定くらいしか考えてなかった」

「それも大事です」

 

 ロブロイが真面目に答えると、リーフは今度こそ小さく笑った。図書室へ向かう途中で、次の併走の日を相談した。リーフは土曜の午前を選び、昼からは1人で遊びたいと付け足した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。