ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから……   作:Lagavulin

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私が勝ちたいレース

 ビワハヤヒデの映像を、ロブロイは3度巻き戻した。

 

 有馬記念へ向けて、トレーナーと確認しているところだった。映像のハヤヒデは、直線へ入る前に先頭へ並び、後ろから来た相手が加速を始める頃には、もう速さを上げている。

 

 抜け出したあとも、大きな走りが崩れない。相手が近づいても、その肩が並ぶところまでは許さなかった。

 

「最後の直線だけで追いつこうとすると、届かないと思います」

 

 ロブロイは映像を止めた。

 

「かといって、先に全部使えば、今度はこちらが抜かれる」

「はい。菊花賞のときより短いですけど、上げ始める場所は考え直したいです」

 

 中山の芝2500m。セントライト記念とは違い、内回りを走る。最後の直線へ入ってから考える時間は長くない。

 

 別の映像には、クレストレイルが映っていた。秋に2度走った相手も、年末を目指している。京都では先に動き、簡単には先頭を譲らなかった。

 

 ハヤヒデだけを見ていれば、クレストレイルに離されるかもしれない。前を追う位置を決めたあとで、さらに外から来る相手もいる。

 

「リーフは休むそうだね」

 

 トレーナーに言われ、ロブロイは頷いた。

 

「はい。少し、練習を手伝ってくださいます」

「君の目標は、このままでいい?」

「年末に出たいです」

 

 ロブロイはハヤヒデの映像へ戻した。画面を止めると、その後ろで必死に腕を振っている相手が見えた。

 

「まだ、G1を勝てていないので。今年、1つは取りたいです」

「簡単な相手じゃないよ」

「はい。あの方たちに勝ったと言えるレースにしたいです」

 

 トレーナーは頷き、次の練習の記録用紙を机へ出した。

 

  *

 

 リーフに頼んだのは、練習の最後の600mだった。

 

 前半はロブロイが決めた速さで走る。残り600mからリーフが隣へ入り、途中の目印で少し前へ出る。ロブロイはそこで慌てて追い越そうとせず、自分が最後まで保てる速さでついていく。

 

 1本目、ロブロイはリーフの肩が前へ出た瞬間に力が入った。

 

 置いていかれる、と思う方が早い。気づいたときには脚を伸ばしすぎていて、最後の目印へ着く前に呼吸が乱れた。

 

「今、すぐ上げたよね」

 

 減速したリーフに言われ、ロブロイは頷いた。

 

「最後に使う分まで、使いました」

「じゃあ、次も同じで走る?」

「お願いします」

 

 トレーナーのところへ戻ると、記録を見せられた。最初の加速だけなら予定を超えている。そのあと、保ちたかった速さを下回っていた。

 

 十分に休んでから、2本目へ向かった。今度は横に来た足音を聞いても、すぐには力を増やさない。リーフが前へ出たあと、自分の呼吸と脚の運びを確かめ、少しずつ間隔を詰めた。

 

 最後まで、脚を動かせる。終点で速度を落とすと、トレーナーが手を上げていた。

 

「今の方が、最後は速かった」

「はい。途中では、追いつけないかと思いました」

「そこを確かめたかった。抜かれた瞬間の速さだけで、残り全部を決めないこと」

 

 リーフは榎本の隣で自分の記録を受け取っていた。指定されたペースを確認し、こちらが戻ってくるとタオルを取った。

 

「本番は、私みたいには走ってくれないけど」

「はい。途中で、もっと離してくるかもしれません」

「そこは、ロブロイの方が考えてるよね」

 

 ロブロイは頷いた。今日覚えたいのは、リーフを抜く方法ではない。横に誰かが来ても、自分が使いたい脚を残しておくことだ。

 

 榎本が、今日はここまで、と告げた。リーフが素直に靴を脱ぎ始めたので、ロブロイもトレーナーの方へ戻った。

 

  *

 

 12月に入ってから、ハヤヒデと走路の脇で顔を合わせた。

 

 練習を終えたロブロイが会釈すると、向こうも足を止めた。

 

「年末は、一緒になりそうだな」

「はい。よろしくお願いします」

「君のセントライト記念は見たよ。自分からあの位置を取ったのはよかった」

 

 ロブロイは礼を言いかけ、それだけで会話を終えるのをためらった。映像で何度も追っていた相手が、今は目の前にいる。

 

「年末も、先に動くつもりです」

 

 ハヤヒデが少し笑った。

 

「私の前から?」

「それは、まだ」

「なら、私も楽しみにしておこう」

 

 ハヤヒデは走路へ目を向けた。

 

「ただ、先に行けば勝てるというほど、私も簡単には走らない」

「はい。分かっています」

 

 ハヤヒデがトレーナーのもとへ戻ったあとも、ロブロイはしばらくその背中を見ていた。先に動くつもりだとは言ったが、どこで仕掛けるかまでは明かしていない。ハヤヒデが追ってきても、最後まで競り合えるだけの脚を残しておきたい。

 

 トレーナーへ声をかけ、最後の区間の記録をもう一度見せてもらった。

 

  *

 

 リーフから観戦に行くと聞いたのは、出走が決まってからだった。

 

「榎本さんと行く。混んでるところは、なるべく避けられるようにするって」

「帰省は、大丈夫なんですか?」

「次の日に帰るから。そこは、もともと変わってない」

 

 昼休みの食堂で、リーフは鞄から文庫本を出した。ロブロイから借りていたものだ。

 

「これ、ありがとう。最後に話し始めた人が、いちばん面白かった」

「あの方、途中では全然しゃべらないんですよね」

「ずっと何を考えてたんだろうって思ってたら、全部言った」

 

 ロブロイは本を受け取った。折れないように鞄の内側へ入れ、顔を上げる。

 

「もし、勝てたら」

「うん」

「そのときは、直接、おめでとうって言っていただけますか」

 

 リーフが少し驚いた顔をした。

 

「言うよ。それは」

「はい。聞きたいので、お願いしておこうと思って」

「分かった。ちゃんと言う」

 

 ロブロイは頷いた。食堂のざわめきの中で、その返事だけがよく聞こえた。

 

「終わってから、すぐには会えないと思いますけど」

「うん。私、その日はライブも見てから帰るつもり。時間が合わなかったら、学園に戻ってからでも」

「ありがとうございます」

 

 リーフは飲み物を取り、ひと口飲んだ。

 

「ロブロイが真ん中で踊るの、見たい」

 

 ロブロイは、鞄の口を閉める手を止めた。

 

「……頑張ります」

 

 それだけ答えると、リーフは少し笑った。ロブロイは椅子から立ち、自分の食器を取った。返却口まで歩く間に、ライブの最初の立ち位置を思い出した。

 

 今度は、あそこへ立ちたい。

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