ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
「そこ、狭くない?」
談話室へ来たトランセンドが、ソファを見て言った。
リーフとロブロイは、3人掛けのソファの片側に寄って座っていた。さっきまで1冊の本を一緒に読んでいたので、肩が触れている。本はもう閉じ、机へ置いてあった。
「そっち、空いてるよ」
リーフが隣を指すと、トランセンドは向かいの椅子へ座った。
「あたしの座る場所じゃなくて、2人の話」
「……狭い?」
「いえ、大丈夫です」
ロブロイに確かめてから、リーフも頷いた。トランセンドは何か言いかけたが、先にスマホの予定表を開いた。
「ま、いっか。来週、猫探しのゲームの続きやらない?」
「土曜の午後なら。ロブロイの図書当番、午前中だよね」
「はい。リーフさんも、その日は練習がお休みでしたよね」
「うん。課題は金曜までにやるつもり」
午後2時で決まり、トランセンドが予定を入れた。その間にロブロイが机の本を取ろうとしたので、リーフは少し身体を引いた。ロブロイは本を膝へ載せ、またリーフと肩の触れる場所へ戻ってきた。
「……ねえ。2人とも、そこがいちばん落ち着くんだ?」
リーフは顔を上げた。ロブロイも、本の表紙に置いた手を止めている。
「そこ?」
「お互いの隣。ほかの席が空いてても、ずっとくっついてるよね」
リーフは隣を見た。ロブロイの顔が、思っていたより近くにあった。相手も同じことに気づいたらしく、2人は同時に身体を引いた。
ソファの真ん中が、丸ごと空いた。
「そこまで離れなくても」
トランセンドが笑った。リーフは自分の座っている場所と、反対側の端にいるロブロイを見比べた。
「……そんなに、近かった?」
「うん。2人とも全然気にしてないんだなって」
「本を、一緒に読んでいたので」
ロブロイが膝の上の本を少し持ち上げた。
「本を閉じてからも、ずっとくっついてたよ。あと、休みの予定を聞いたら、お互いの予定から返ってくるし」
「一緒に遊ぶつもりだったから」
「そこなんだよねえ。もう一緒にいるのが普通、って感じがする」
リーフは返事を考えた。土曜日にロブロイと会うつもりなのは、本当だ。次の週も、空いていれば会いたい。トランセンドと遊ぶ日だって、その前後に2人で本を読む時間くらいあると思っていた。
「リーフちゃん、あたしが同じくらいくっついて座ってても、そのまま?」
「……言われてみると、少しずれると思う」
「だよね」
「あ、嫌とかじゃなくて」
「分かってるって」
トランセンドは笑ったまま答えた。リーフも少しほっとしたが、ソファの反対側を見ると、ロブロイはまだ本の表紙を見つめていた。まだ顔が赤いままになっている。
「普通に、仲がいいつもりだったんだけど」
「うん。仲がいいのは分かるよ。すごく」
最後の一言に、リーフは何も返せなかった。
*
談話室を出て、寮へ戻る道でも、2人の間には少し隙間があった。
リーフが隣を見ると、ロブロイもこちらを見ていた。前を歩く生徒たちとは、話が聞こえないくらい離れている。
「ロブロイの前だと、何を話すか、前みたいに考えなくなったかも」
リーフが言うと、ロブロイは少し考えてから頷いた。
「私も、リーフさんには、言うつもりのなかったことまで話してしまいます」
「うん」
「一緒に走ってほしくて、あんなに泣いてお願いするなんて。自分でも、思っていませんでした」
リーフは年末の休憩室を思い出した。あのときは、来年のレースに出るかどうかを話していたはずだった。ロブロイがあんなにリーフといたがっているとは、聞くまで知らなかった。
「私も、嫌われるのが怖いなんて、人には絶対言えないと思ってた」
「はい」
「ロブロイには、泣きながら全部言っちゃったけど」
顔を見ると、ロブロイは笑わずに聞いていた。それで、リーフも続きを話せた。
「こんなに何でも話せる人、ほかにいない。これから先、誰かとこんなに仲よくなれるとは思えない」
ロブロイは歩く速さを緩めた。リーフも隣でゆっくり歩いた。返事を待つ間、もう少し軽い言い方があった気もしたが、後の祭りだ。
「私も、リーフさんと出会うまで、誰かにここまで一緒にいてほしいと思ったことはありませんでした」
「……うん」
「リーフさんには勝ちたくて仕方がないのに、負けたあとも、いちばん会いたいんです。そんな人、ほかにいません」
リーフは頷いた。何度も負かした相手からそう言ってもらえることが嬉しくて、少しの間、ロブロイの顔を見ていた。
「じゃあ、無理して離れなくても、いいよね」
「はい。隣がいいです」
ロブロイが近づくと、リーフはその手を取った。ロブロイも自然に握り返し、2人は歩く速さを合わせた。
手をつなぐくらいなら、もう平気だった。さっき話したことの方が、よほど恥ずかしい。けれど、相手がロブロイだから、最後まで言えた。
友だちにしては、仲が良すぎる。親友にしては、嫌われたくないと泣いて、心の奥までさらけ出しすぎている気がした。
じゃあ、ロブロイは、私の何なんだろう。
リーフは答えを探したが、しっくりくる言葉は浮かばなかった。つないだ手が少し揺れ、ロブロイがこちらを見る。
「来週、ゲームの前にも会えますか」
「うん。午前中、図書当番だったよね」
「そのあと、一緒にお昼を食べられたら」
「じゃあ、先に席、取っておく」
ロブロイが嬉しそうに頷いた。リーフも頷き返し、手をつないだまま寮への道を歩いた。
*
数日後の昼休み、リーフは談話室のソファで本を読んでいた。
ロブロイも隣にいる。それぞれ違う本を開いていたが、肩が触れるくらいの場所に座っていた。向かいの席も、ソファの反対側も空いている。
読みかけの章が終わり、リーフが栞を取ったとき、肩に軽く重みがかかった。
ロブロイが眠っていた。
膝の上の本は閉じてある。昼食のあと、午後の授業まで少し読もうと話していたのに、先に眠くなったらしい。顔を覗き込んでも、起きる様子はなかった。
リーフは時計を見た。まだ20分ほどある。スマホでアラームを設定し、自分の本も閉じた。
肩へ寄りかかったロブロイの頭に、そっと頬を寄せる。髪が柔らかかった。少し目を閉じるだけのつもりだったが、隣の静かな寝息を聞いているうちに、リーフも眠ってしまった。
飲み物を取りに来た2人の生徒が、ソファの前で足を止めた。
「……あの2人って、最近いつも一緒にいるよね」
「昨日、手をつないで歩いてたよ」
小さな声で話してから、その生徒たちは少し離れた席へ座った。そのあと談話室へ来た生徒も、ソファを見ると話す声を落とした。
アラームで目を覚ましたロブロイは、リーフと頭を寄せ合っていたことに気づいた。リーフは音を止めたあとも、眠そうに目を閉じている。
この寝顔をそばで見ていられることが、ロブロイには嬉しかった。いちばんの友だち。それは間違いない。けれど、親友という言葉だけでは、泣いて引き留めた気持ちも、腕の中で泣いたリーフを離したくなかった気持ちも、言い表せない気がした。
誰にも見せたことのない心の奥底を見せ合った2人を、何と呼べばいいのだろう。
ロブロイは頭を離さず、リーフへ声をかけた。
「リーフさん。そろそろ、教室へ戻りましょう」
「……うん」
リーフが身体を起こすまで、ロブロイもそのままでいた。
*
「なんか、前よりくっつくようになってない?」
翌日の放課後、トランセンドが言った。
リーフはソファで顔を上げた。隣ではロブロイが本を読んでいる。リーフは、貸した本の感想を聞きたくて、ロブロイが読み終わるのを待っていたところだった。
「……そう?」
「今朝、クラスの子に言われたよ。あの2人、すごく仲いいんだねって」
「前から、仲はいいけど」
「うん。最近は、見れば分かる」
リーフはロブロイを見た。ちょうど本を閉じたところで、目が合った。
「少し離れてみたら、隣の方が落ち着いたので」
「それで、もっと近くなったんだ」
トランセンドが口元を押さえた。ロブロイは少し恥ずかしそうに頷いた。
「昨日、ここで一緒に寝てたって話も聞いたよ」
「……見られてたんだ」
「談話室だもん。普通に人、来るよ」
それはそうだった。リーフはソファの背へ寄りかかった。寝ているところを見られたのは恥ずかしい。けれど、次にロブロイが隣で眠っても、席を離れる気にはならなかった。
「私、重くありませんでしたか」
ロブロイに聞かれ、リーフは首を振った。
「平気。私も、寝ちゃったし」
「また眠くなったら、寄りかかってもいいですか」
「うん。いいよ」
答えてからトランセンドを見ると、今度は肩まで震わせていた。
「……何?」
「いや、もう、仲がいいってことでいいと思う」
リーフとロブロイは特に反論もせず、少しだけ距離を詰めた。
肩が触れても、今度はどちらも離れなかった。ずっと一緒に走ってくれる大切な人が隣にいると思うと、自然と距離が縮まっていた。