ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
日曜の午後、ロブロイから届いた予定には、次の併走が書かれていなかった。
代わりに、ビワハヤヒデたちとの練習を優先してほしいという文があった。自分の分はトレーナーと相談できるので心配しないでほしい、とも。
リーフは、送られてきた画面をしばらく見た。
先輩との練習は、たしかによかった。思うように脚を動かせたし、自分に必要な補強も分かった。速い相手がいると、榎本も練習を組みやすい。
だからといって、火曜の夕方が急に空くのは困る。その時間には、ロブロイと走るつもりだった。
リーフは返信を打ちかけ、消した。文章で話せるのは楽だが、何を心配されているのか、まだ分からない。
『明日、図書室の当番のあと、少し話せる?』
返事はすぐに来た。
*
翌日の閉室後、2人で校舎の外のベンチへ向かった。ロブロイは鞄を膝に置き、リーフの方へ身体を向けた。
「火曜、一緒に走れなくなった?」
「いえ。時間は空いています」
「じゃあ、走りたい」
「……私と、ですか?」
ほかの誰の話だろう、と言いかけてやめた。先日の練習から、ロブロイの様子が少し違う。
「先輩の方が、リーフさんの練習になると思ったんです。私に合わせていたら、あんなふうには走れませんから」
「先輩と走る日は、別に作る」
「でも、その分、練習が増えてしまいませんか」
リーフは頷いた。そこは榎本にも聞いた。速く走る練習を増やすときには、ほかの運動量を調整する。全部を上乗せするつもりはない。
「回数は相談したい。でも、なくしたいとは思ってない」
ロブロイはすぐには答えなかった。
「一緒に強くなりたいって、言いましたけど」
「うん」
「私だけ、ずっと助けてもらっていたんですね」
リーフはベンチの背へ寄りかかりかけ、そのまま止まった。
「本、いっぱい教えてもらったけど」
「そういうことでは……」
「そういうこともあるよ」
リーフは言い直した。練習の役に立つかどうかだけで話すと、たぶん伝わらない。
「私、ロブロイと走るのが好きだよ。終わってから話すのも。先輩と走ったら、それが要らなくなるわけじゃない」
ロブロイがこちらを見た。目を逸らすと、リーフはまた言えなくなりそうだった。
「別に、毎回いちばん速い相手を探してるわけじゃない。速く走りたい日は速く走って、ロブロイと走る日は一緒に走りたい。それじゃ、だめ?」
「……だめでは、ないです」
ロブロイは鞄を抱え直した。
「ただ、あんなに遠いとは思っていなくて。私が少し速くなれば、いつか全力で競えるのかなって」
「うん」
「見せてくれたのは、嬉しかったんです。本当に。でも、帰ってから、次の練習で何をお願いしたらいいか分からなくなってしまって」
リーフは膝の上で指を握った。自分にはいつもの速さでも、初めてそれを見たロブロイには違ったのだ。
「……もっと速く走れるって、先に話せばよかった。騙したみたいになって、ごめん」
嘘ではないが、傲慢な謝罪になってしまったように感じた。ロブロイは少し目を伏せ、それから頷いた。リーフも黙りかけたが、ここで話を終わらせたくはなかった。
リーフは、ロブロイの選抜の映像を何度も見たことを話した。
後ろから見るだけなら簡単そうだった。ところが、実際に自分があの場所にいると想像すると、動く時機が分からない。前にいる相手を抜くために、いつ脚を使うか。走る速さ以外にも、決めることがある。
「教えてほしいこともある。でも、それがなくても一緒に走りたい。そこは、混ぜないで聞いてほしい」
「……はい」
風が吹いて、ベンチのそばの落ち葉が動いた。リーフは自分の靴先を見た。ここから先の言葉は、返事次第で昨日の夜から何度も考えている。
返事が遅くても待ってくれて、次に会えばまた本の話をしてくれた。こんな陰キャと仲よくしてくれるロブロイに、ありがとうとは何度も思っている。言葉にするだけでなく、何かできたらとも。今度は自分から、一緒に走るための準備を始めたい。
「秋のデビューの話、まだ誘ってくれる?」
ロブロイが顔を上げた。
「もちろんです。でも、無理をして……」
「まだ怖い。たぶん当日も怖いし、次の日も嫌なことはあると思う」
そこをなくなったことにはできない。勝って喜んでも、その後で誰にも会いたくなくなる日はありそうだ。
「ただ、選抜を見てから考えてた。ロブロイが前へ出たとき、私もあそこにいたら、追いかけたいって」
「……私を?」
「うん。一緒に走りたいって思った」
ロブロイの口元が緩んだ。リーフも、少しだけ話しやすくなった。
「一緒にデビューするための準備をしたい。トレーナーにも、そう言う。やってみて無理だと思うところがあったら、そこで相談する」
「はい」
「だから、デビューの日は待たなくていい。ロブロイの予定どおりで」
「分かりました。私も、予定どおり強くなります」
その答えが嬉しくて、リーフは笑った。
「火曜の併走は?」
「走ります。あの、最後だけ、前回より少し上げてもらいたいです」
「メニュー、送って。私も確認してもらう」
話し終える頃には、夕食の時間が近づいていた。2人で食堂へ向かうと、ロブロイが本を鞄から取り出した。
「この前の本、今日はちゃんとお渡しします」
「この前も入ってたね」
「……すみません」
「ううん。読み直してたから、ちょうどよかった」
受け取ったのは、騎士が故郷へ戻る巻だった。表紙を見ながら歩いていると、ロブロイに、食堂はこっちだと呼び止められた。