ゼンノロブロイが一緒に走りたいって言うから…… 作:Lagavulin
リーフが進路を見つけたときには、ロブロイが先にそこを通っていた。
4人で走る集団走の練習だった。前半は決めた速さを保ち、目印を過ぎたら、空いた進路を選んで前へ出る。強引に人の間へ入らず、周囲を見ながら判断するための練習である。
リーフは前を走る相手の背中を見て、右を見て、左を見た。その間に隣のロブロイが外へ動き、出口を確保していた。
「そこ、今、行こうと思ってた」
「私もです」
走り終えたロブロイは、少し得意そうだった。
「考えてるうちに、なくなった」
「前だけを見ていると、隣の方がどこへ行くか分からないので」
「なるほど……」
リーフは榎本の撮った映像を見た。自分の目が動くより先に、ロブロイの脚が動いている。速さを上げる余裕があっても、前に人がいるところへは走れない。
次の組では、先ほどより早く周囲を見た。今度は進路を取れたが、外へ出すぎて余計に走った。ロブロイが隣で笑いをこらえている。
「笑ってる」
「いえ。すごく大きく回られたので」
「ぶつかるよりいいと思って」
「はい。それは、そうです」
その場での判断が難しい。もう1度やりたい。
リーフが榎本を見ると、先に時計を示された。
「続きは次の練習で。今日はここまで」
「……はい」
追加を頼もうとした自分に気づいて、リーフは口を閉じた。いつもは、帰る時刻を気にしている側なのに。
*
夏休みの間も、出走へ向けた練習は続いた。
ゲートから出る練習。周囲に合わせて位置を取る練習。榎本と確かめた速い設定での走りも、それらとは別に入った。リーフは疲れた日にゲームを途中で切り上げることを覚えた。毎晩そうなるほど練習を詰め込まないよう、榎本と予定も調整した。
週に1度は、夕方に何も入れない日を作った。最初の週は課題を後回しにしたせいで、その時間が数学に消えた。翌週からは昼の空き時間に済ませた。
1番困ったのは、走路の外だった。
「フライトリーフです。本日は……」
録画用のスマホへ向かって名乗ったあと、リーフの口が止まった。
榎本は急かさずに待ち、練習を見に来ていたロブロイも黙っていた。その沈黙で、リーフはさらに次の言葉が出なくなる。
「……すごく、お世話に」
「誰に?」
「分かりません」
リーフは椅子へ沈み込んだ。
当日の案内を確認し、必要な挨拶や短い受け答えを試しているだけなのに、頭の中で言葉が出てこなくなる。観客のいない部屋でも、これだ。
「長く話そうとしなくていい。名前と、聞かれたことへの答えで十分」
「それが出ないです」
「出やすい言い方を探そう」
ロブロイも隣で試した。こちらは名前のあとまで言えたが、最後が早口になった。2人で映像を確認すると、リーフは途中から榎本だけを見ており、ロブロイは最後に深く頭を下げすぎていた。
「お辞儀で画面から消えてる」
「リーフさんも、途中から横向きです」
「本当だ……」
ライブの練習では、振り付けより客席へ顔を向けるところで止まった。ロブロイも得意というほどではなかったが、顔を上げる位置を先に決めると楽だと教えてくれた。リーフが歌いながら移動すると、今度はその目印を見失った。
終わってから、リーフは榎本の隣に座り込んだ。
「これも含めて、レースなんですね」
「今回、参加する予定の分はね。走る日だけを考えて決めると、あとで困るから」
「……練習の時点で、ちょっと困ってます」
「減らせる練習は調整する。歌うところは、あなたの代わりにはできない」
榎本は予定表を開いた。任意の取材や企画は、まず榎本へ届くようにする。それでも学内で名前を呼ばれることや、観客が感想を話すことまでは止められない。
リーフは出走翌日の欄を見た。回復のための軽い運動だけで、それ以外は空いている。
「ここは、空けておきたいです」
「分かった」
「走ったあと、すぐ次もって言われたら」
「あなたが考える時間を取る。私は勧めるかもしれないけど、返事をその場で求めない」
そこまで聞いて、リーフは予定表を戻した。
「10月、出たいです」
榎本が顔を上げる。
「ロブロイと初めてのレースを走れるのは、今だけだから。あとで一緒に走ることはできても、最初の1回は別になるでしょう」
「そうね」
「それを、やってみたいです」
榎本は頷き、申込のために必要な確認を始めた。
*
秋になり、同じ東京の芝2000mへ出走できると分かった日、ロブロイは練習用のノートを胸に抱えていた。
「本当に、同じレースですね」
「うん」
リーフは、出走の予定を両親にも伝えてある。母は少しの間黙り、それから応援に行くと言った。父は、翌日の予定を詰めすぎていないかと尋ねた。出走しないつもりだった頃と、気にするところはあまり変わらなかった。
ロブロイがノートを開き、途中ですぐに閉じた。
「どうしたの?」
「ここからは、当日の作戦なので」
「見せてくれないんだ」
「はい」
リーフは笑い、手を引っ込めた。
「私、後ろにいても追いかけるよ」
「追いつかれる前に、ゴールしたいです」
「そんなにうまくは、いかせない」
「私もです」
その日の併走では、ロブロイから終盤のペースを細かく指定された。リーフは引き受け、自分の分も走り終えてから、榎本に集団走の映像をもう一度見せてもらった。