仮面ライダーフレア/炎   作:モリオカ ハヤト

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第3話

「ちょ、おいって。どこ行くんやて」

 男の戸惑いをフル無視し、ひたすらに走る。

 どこに逃げよう。この辺りで隠れられる場所はあったか。

 焦るせいで全く頭が働かない。

 とにかく走るしかできなかった。

 

 一瞬振り返ってみる。

 あいつの姿は見えなかった。

 よかった。追ってきていないのか。

 そう安心したのも束の間だった。

 

 ベチュ、ボチュベシュグジュ! ビチャベチャクチャベチョ!!

 通りからそいつが出てきたと思いきや、とんでもない速さでこっちの方に向かってくる。単に走ってきているというより、粘液で滑り、今にも倒れそうな勢いで向かってきているといった感じだった。

 恐怖が何倍にも膨れ上がり、私は走る速度を限界まで上げる。

 どこか隠れられるところはないか。無理やり脳を回転させる。

 

 そのとき、ある場所に差し掛かる。

 鳥居の奥にはずっと階段が続いていた。階段には草があちこちに生えていて、半分獣道のようでもあった。 

 そうだ、神社があったんだ。

 

 ここしかない。

 私は鳥居をくぐり、一気にその階段を駆け上がる。

「ちょいっ、脚いってまうってっ。さすがに階段くらいゆっくり登ろうや」

「そんなこと言ってたら殺されるって! 見たでしょ! あいつの出した液体!」

 感情的になってしまうものの、足は緩めなかった。

 後ろを一瞬見る。

 バクシビロンベクチャアドロリ!!!

 怪物の身体はさっきの三倍ほどの粘液に覆われていた。もはや原型が見えにくく、どろどろとした塊が迫ってきているようでさえあった。

 ひたすら登ることを続ける。

 

 すると、道が二手に別れていた。

 どうする、どっちにいく。

 この神社に来たのは初めてだった。

 行き止まりだったら、終わる。

 

 まて。

 なにも、二人一緒に同じ道に行かなくてもいいんじゃないか。

 

「あっち行って! 私こっち行くから!」

 勝手に指示し、私は独断で右の方の道を行く。

「え、ちょい」

 男の戸惑いを傍らに、私は男と反対方向の道を走った。

 もし行き止まりだったとしても、分散すればどっちかは助かるんじゃないか。そう思った上での決断だった。

 

 ギュルルルル、べシャア!!!

 どうやら怪物は、私に狙いを定めたようだ。後方から迫ってくる音が聴こえる。

 とにかく道なりに進むしかなかった。あまり舗装されていない、草の生い茂った道だった。その草の量は、進む度に増えていく。

 

「いっ——」

 足をつられ、盛大に倒れる。どうやら膝を擦りむいたらしい。

 しかし、痛がっている暇はなかった。一秒ほどで起き上がって、また走る。

 

 ギュロロロン、ズベブチャアァァァァァ。

 怪物の近づいてくる音が、段々ととんでもないものになってくる。決して振り向くことなく、無我夢中で走った。

 

 やがて、展望台のような場所へ辿り着く。周辺には明かり一つない。唯一あるとすれば、下方に広がる街の、まばらな明かりくらいだった。

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 息があがりすぎて、今にも倒れそうだった。

 

 ズチッ。

 後ろから音がして、振り返る。

 怪物は私を袋のネズミだと思ったのか、速度を緩め、ゆっくりと近づいてくる。

 私は一歩ずつ下がった。後ろには展望デッキとベンチくらいしかなく、武器になりそうなものは見当たらない。

 そもそも暗すぎて、よく分からない。いまさら蒸し暑さを自覚し、汗が出ていることに気がつく。

 

 これが絶体絶命というやつか。こんな状況にもかかわらず、妙に冷静な自分がいる。さっきまであんなに焦っていたのに。

 極限状態になると、人はかえって冷静になるのかもしれない。

 

 ギルギルゥゥゥ、ワシャアァァァァ。

 怪物が腕を広げる。見えなくともよく分かるそのおぞましさに、恐怖はピークに達する。

 

 そのとき、ふと思い出した。

 私はリュックサックのポケットをまさぐる。

 取り出したのは、オレンジ色の石だ。

 今朝見つけた、出処の一切わからない謎の石。

 捨てようと思っていたが、結局存在自体を忘れてしまい、入れたままだった。

 

 ひょっとして、今が使い時なんじゃないか。

 その石をひたすら握りしめる。両手で、胸の前に掲げて。

「頼むからなんとかしてよ! じゃないと、なんのために出てきたのか分かんないって!」

 やけくそだった。しかし、何もしないまま死ぬのを待つよりは、いいと思った。

 それが最後の、私の叫びになるのか。

 

 その瞬間、怪物が自分の身体の粘液を、一部もぎ取った。それを私に、投げつけてくる。

 死ぬ。

 私、こんなところで死ぬんだ。

 すごいあっけないな。

 せめてもうちょっと、生きてたかった。

 これじゃあママに、合わす顔もない。

 

「開けてっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 私の握りしめていた両手が、弾けるように離れる。

「うわっ!」

 あまりの衝撃で後ろに倒れてしまう。

 なにか大きなものが、私の手から出てきた。

 いや、私の手からではない。石からだ。

 

 それは炎のような形をしていた。暗いこの空間が、それによって照らされる。

 ギユブァ!

 炎が怪人に体当たりし、怪人は後方に倒れた。

 その反動で、炎も反対側に飛んでいく。

 

 すると、私の元に、なにかが飛んできた。

「……なにこれ」

 これもまた、炎のような形をした物体だった。ゆらゆらと揺らめいて、光っている。なんなのかはよく分からない。

「お、おめぇが、フレアか?」

 石の中から出てきた炎がしゃべった。状況をよく理解できず、固まってしまう。

 

 炎には、まん丸の目がついていた。口もある。手足のようなものもある。手は球体、足は三角形だった。 

「おめぇが、フレアなんだな!?」

 その炎は、ふわりと人魂のように浮き上がり、そのままこっちまで近寄ってきた。驚きすぎて、仰々しく後退りをしてしまう。

「あれ? ど、どこいった。わいっちの持ってたベルトコア、どこいったっしゃあ!」

 炎の浮遊体は、焦りながら辺りを漂う。

「あ! あった!」

 その物体を見つけると、炎は小さい丸っこい手で物体を手に取る。

 

「これ、ベルトコアっしゃあ。ほら、はよフレアんなって、あいつぶっ倒せ」

 言っている意味がよく分からなかった。

「ほら、早く」

 炎は私に、そのベルトコアなるものを押し付けてくる。

 

 色々と混乱し過ぎて、わけが分からなかった。

 疑問が山のようにある。

 どれから聞けばいいのか。

 でもまずは、これだろう。

 

「あんた、何者……?」

「今はそんなこと聞いてる場合じゃないっしゃあ! はよ変身せんかいなぁ!」

「はぁ? なによ変身って! わけわかんないこと言わないでよ!」

「なにぃ? お前が変身者だろ! なんで知らないんだっしゃあ!」

「知るわけないでしょ! ていうかあんた、まじで誰なの! どうやって石の中から出てきたの! わっけわかんない頭おかしくなりそう!」

 やけになって頭を掻きむしってしまう。そろそろ頭がパンクしそうだった。

 

 ギュララララァ、ベジン!

 しかし、怪物は待ってくれないようだった。

 怪物は腕をこっちに向けてくる。

 すると、その腕がこっちに向かって伸びてきた。

 はぁ? 伸縮自在とか聞いてないんですけど!

 開き直りすぎて、そんなことまで叫んでしまいそうだった。

 

 ギュラァァァァ!

 怪物は私に、伸ばした腕を振りかざしてくる。

 やられる。

 次こそ私は、ペシャンコにされて終わるんだ。

 

 そう思った時だった。

 炎の浮遊体が前に出てくる。すると、怪物の腕を受け止めた。

「とりあえず逃げろっしゃあ! 話はあとからっしゃあ!」

 浮遊体は小さな身体で、怪物のでかい腕を受け止めていた。

 今はその言葉に甘えるしかなかった。

 私は腰を上げ、来た道を戻り始める。

 

 私の片手には、ベルトコアがあった。浮遊体がそう言っていたから、そう呼ぶのが正しいのだろう。

「変身って、どういうことなの」

 暗くて前がよく見えず、スマホのライトを起動する。

「なんなの、ベルトコアって」

 浮遊体はこれで変身して倒せと言っていた。

 これがあれば、あの怪物を倒せるのか。

 しかしイマイチどう使うのか分からない。

 

「おーい!」

 浮遊体がそう言いながらこっちに来る。どうにかしてあの怪物から逃れたらしい。

「ねえ、これ使ったらあいつ倒せるの?」

「当たり前っし! あいつらを倒すために、ベルトコアは存在してるんだっし!」

 しかし、私には使えっこない。そもそも“変身”ってなんなんだ。この石の何がどうなって、あいつを倒せるというのか。

 一体誰が、変身できるのか。

 

 ふと、あの男を思い出した。

 手のひらにバッテンがある、あの男。

 私の夢に出てきたライオンの牙にも、バッテンがあった。

 

「もしかして」

 全部繋がっているのか。

 私がずっと見ていたあの夢も、

 オレンジ色の石も、

 男のバッテンも、

 あの怪物も、

 この浮遊体も。

 

 とにかく、考えるのはあとだ。

「もしかしたら、私知ってるかも! 変身できる人!」

「ええ!? まじっしゃあ!? そいつ、どこにいるっしゃあ!!」

「ついてきて!」

 そのまま走る。下りは登りの時よりもずっと足を踏み外しやすく、何度も転びそうになる。

 すると、転びそうになって木製のフェンスに手をかける。

 

「いったっ!」

 そのフェンスに大きなささくれができていて、手のひらを怪我してしまった。

「ああもうっ!」

 感情が溢れかけるが、なんとか抑えてまた走り出す。

「なに怒ってるんだっしゃあ?」

「うるさい! 何から何まで、もう意味わかんない!」

 私に降り掛かっているこの状況は、一体なんなのか。なんでよりによって、私がこんな目に遭わないといけないのか。理解不能は一瞬にして憤りへと変わってしまう。

 

 ただ、投げ出すことはできなかった。

 そうすれば、死んでしまう。あいつに殺されて終わる人生など、真っ平ごめんだ。

 私はまだ、なにも成し遂げていない。

 

「あ、いた!」

 男はさっきのことなど忘れたかのように、悠然と歩いていた。またあくびをした。楽観的にもほどがあるだろう。

「おーい!」

 声をかけながら、男の腕を掴んだ。そのまま前方へ突っ走る。ここだと暗くてよく見えない。

「え、おい。今度はなんやねん」

 男の戸惑いは無視する。いま来た道を戻ると、確実に怪物と鉢合わせしてしまう。だから、そのまま突っ切るしかなかった。

 

「おめぇか! おめぇが変身者なんだな!」

 浮遊体が感激するように言う。

「うわ、なんやこいつ」

 男はわけがわからない様子だった。

 やがて、第二展望デッキへ辿り着く。私がさっき行った展望デッキより高い位置にあり、より広く街が見える。そして街灯が一つあった。

 

 ギュラララララァ。

 怪物が向こうからやってくる。

 両手は触手のようにうねうねしている。その両手からボタボタと粘液が落ちた。地面の土がぷしゅーといって溶ける。

 

「これっ」

 私は片手に持っていたベルトコアを男に渡す。

「なんやこれ」

 男は受け取ると、珍しいものを見るようにベルトコアを見る。

「あなた、変身できるんじゃないの?」

「へんしん?」

 男は眉をひそめる。

「ベルトコアで変身して、あいつを倒すっしゃあ!」

 浮遊体がそう言う。

「何言うてんのか、よう分からんねんけど」

「うそ! だって手のひらにあるでしょ! バッテンの傷跡!」

 男は「ああ」と言って手のひらを見る。

「でも、それがなんやねん」

「はあ?」

 呆れた感情が表に出てしまう。身体が思わず項垂れた。

「この流れだったらどう考えてもあなたがなるもんでしょ!」

「いや流れってなんやねん」

「どうにかなんないの? じゃないと殺されちゃうって!」

「んなこと言われてもなぁ」

 男は悠長に頭を搔く。なぜそうボケッとしていられるのだろう。

 この男はさっきからそうだ。この状況なら普通はもっと焦るはずなのに、落ち着き払っている。動揺がまるで滲み出ない。

 

 ギュルルル、ゲギュアァァァァァァァァァァ。

 怪人の触手が、瞬時に私たちの元まで迫ってきた。

 

 その時だった。

 ベルトコアが、強い光を放った。あまりの眩しさに、私は両目を腕で覆う。

 

 ブチィ!

 なにかが切断される音が聞こえた。

 光が収まり、私は腕を退ける。

「え……」

 怪人の触手が、地面に落ちていた。切り離された断面からは、ドブ色とそのほか様々な色が混ざった液体が溢れ出ている。あれが、怪物の血なのか。

 

「ベルト・フレアだ!!」

 浮遊体が突然叫ぶ。

 男が持っているベルトコアを見ると、違うものになっていた。

 横長の炎っぽい形をした、大きいもの。中央には丸いガラス窓のようなものがある。燃えたぎるような雰囲気のそれは、単なるインテリアとは訳が違うように思えた。

 

「これは、変身者の前でしか姿を表さない! まぎれもなく、おめぇが変身者だっしゃあ!」

 浮遊体が興奮しながらそう言う。

 男はぽかんとしていた。

「早くそれを腹に着けるっしゃ!」

 そう催促される。

「いや、なんで俺が——」

「早くするっしゃ!!」

 男は不服そうにしながらも、その通りにする。

 

 すると、そのベルト・フレアの左側面から、炎のビームのようなものが発射する。それが男の腰を一周し、右側面にまで到達する。その瞬間、炎のビームは黒いギザギザのベルトに変貌した。

「きったぁー!!!」

 浮遊体は小学生のように舞い上がる。

「……なんやこれ」

 男は自分の腰に巻きついたベルト・フレアを、戸惑いの目で見る。

 

「『変身』って言うっしゃ!」

 浮遊体が男の顔面に接近する。

「変身?」

「そうっしゃ!」

「なんで?」

「その掛け声がないと変身できないってしゃ!」

 男はあからさまに面倒くさそうな顔をする。

「おいおい、ちょっと待ってくれや。俺はなぁ、今から家帰ってビスケット×ビスケット食う予定やってんぞ」

 男が初めてまともな主張をした。しかしその主張は今の状況において、拍子抜けするようなものだった。

 そういえば、男はまだ片手にビスケット×ビスケットを持っていた。

 私はすかさずそれを奪い取る。

 

「あっ」

「あとで食べればいいでしょ!」

「てんめぇ。俺のビスケット×ビスケット返——」

「あいつ倒さなかったら、ここでみんな殺されて、ビスケット×ビスケット食べらんないから!」

 私の手にあるビスケット×ビスケットを取り返そうと手を伸ばした男は、ぴたっと止まる。

「まあ、そうか」

 スッと姿勢を正した男は、怪物と向き合う。怪物は片腕を失くし、苦しんでいるようだった。

「えー、なんやっけ。あぁ、『変身』って言うんか」

 男は目を瞑る。

 男なりの覚悟の決め方なのだろうか。

 

 すると、男の周囲に風がまとい始める。落ち葉があれば、それが巻き上げられていただろう。

 なにかが起こる気配がした。

 ギュララァ……っ! ギュラギュララァ……!

 怪物は尻もちをつく。腕を切断され、明らかに怯えているようだった。 

「変身」

 男の落ち着き払った声が響く。

 その瞬間、私は一歩後退りした。ついにこの時が訪れるのか。男は今から、変身するのだ。

 

 辺りを包んでいたのは、静寂だった。

 特になんのアクションも起こっていない。

「え」

 さすがに予想外すぎて、どう言えばいいのか分からなかった。

「ねえ、どういうこ——」

「待つっしゃあ」

 ついさっきまで騒がしかった浮遊体は、冷静沈着な声で私を制す。

 

 すると、男についたベルト・フレアが、揺らめく炎のようにゆらゆら照り始める。

 その時だった。

 

 ベルト・フレアの左右側面から、爆発せん勢いで炎のロープのようなものが飛び出してくる。

 左側面から出たロープは男の上半身を、右側面から出たロープは男の下半身を覆っていく。ロープは加速度的に巻く速度を速めていく。

 やがて、全身がそのロープに覆われる。男の身体が密閉された。

 すると、みるみるそのロープが炎そのものに変化していく。男の身体が火だるまになってしまう。

 女性のソプラノ歌手のような声が複数響いた。綺麗なハーモニーを奏でたその声が止むと同時に、その炎が溶けていく。

 

 オレンジのヒーローが、そこにはいた。

 サファイアのように青く輝く目があり、黒のマスクを基調に炎の仮面がひっついている。胴体、腕、脚、全てにおいて黒を基調としつつも、炎を思わせる装甲がそれぞれについている。

 街灯しかなかった暗闇の展望台を、オレンジのヒーローは照らした。

「フレアっしゃあ!! 仮面ライダー! フレア!!」

 浮遊体が感激する。

「仮面ライダー、フレア?」

 それは、ちっとも聞いたことのないフレーズだった。

「この世界を救う、炎の戦士っしゃあ!!」

 

 

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